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旅立ち


「それじゃ、行ってきます!」

「気をつけて行くのよ。お母さんはずっとこの村で、帰りを待ってるから」

「お母さん……」

「いってらっしゃい」


お母さんはそう言うと、いつもと同じ笑顔で送り出してくれた。


「さて、とりあえず街道に出よう」

「ちょっと待ちなさいよおおっ!」


村の門を出て街道へと続く道をのんびり歩いていると、後ろからアイシャが走ってきた。

息を切らせたアイシャは、皮のマントを羽織った旅装に身を包んでいる。

そして何故か手には竹ぼうき。

背中には大きな荷物を背負っている。


「アイシャ、どうしたの? アイシャも旅にでるの? ていうかそのほうきなに?」

「そうよ! アンタ一人で旅なんて、危なくって見てられないんだから! 私もついていってあげるから、感謝しなさい!」

「一緒に来てくれるの? 嬉しいなあ。村長さんは許してくれたの?」

「いいの⁉ じゃない、当たり前でしょ! お父様は私に甘いんだから、許すに決まってるわ!」

「あはは、ありがとう。ねえ、そのほうきなに?」

「魔法使いといえば、杖じゃない。でも杖がなかったのよ」

「ああ、それで……ほうき?」

「うん」


アイシャの考えはよくわかんないなあ。

まあ、いいか。

ひとりでの旅より、二人での旅のほうがずっと楽しい。

観光するのだって、色んな食べ物を食べるのだって、アイシャと二人のほうが美味しく感じるに違いないのだ。

私が笑いかけると、アイシャは照れたように頬を赤くした。


「ねえ、まずはどこに行くの?」


てくてくと道を歩きながら、アイシャが口を開いた。

ほうきが邪魔そうだ。アイシャの身長くらいあるもん。

だいぶでかいの持ってきたな。


「とりあえず街道に合流しようと思うんだけど……その後は海を見に行きたいかな」

「海! いいわね!」


アイシャも賛成してくれたようで良かった。

前世でも海の近くの街は行ったけど、ほとんど見て回れなかったんだよね。

一度ゆっくり見てみたかったし、海の幸も堪能したい。


「海っていうと、南の方?」

「うん、たしか……」


ポケットに入れていた地図を取り出すと、アイシャにも見えるように広げてあげた。


「レティ、地図持ってたの? すごいわね」


地図を見て驚くアイシャに、ギクリとする。


「う、うん。亡くなった父さんの持ち物みたいで」

「そ、そうなの」


お父さんの遺品というのはウソである。

気を遣ってそれ以上追求しないアイシャの優しさに感謝と、罪悪感が少し……

ごめん、アイシャ。

それというのも、地図はこの世界ではほとんど普及していない。

地図は国が管理しているもので、よっぽど高位の貴族くらいしか、詳細な地図を持っているものはいないと思う。

領地を与えられている貴族ですら、自分の領地以外の詳細な地図などもっていないんだから。

……少なくとも、一介の村人や遊び人が持っているものじゃない。


この地図は、勇者だった頃に与えられていたのを、覚えているかぎり書き出したんだよね。

各地を転戦していたし、自分の足でまわった場所はよく覚えてる。

だから少々詳しすぎるかもしれないけれど、私の記憶は三十年も前の物だから、今とは違う部分とかもあると思う。


「ずいぶん前のものだから、いまとは違いがあるかもしれないけど」

「あー……レティのお父さんって、随分前に亡くなったものね。でも、なんとなく街とかの方向がわかるだけでも充分助かるわよ!」

「えへへ、ありがと」

「な、何言ってるのよ。お礼を言うのは私のほうでしょ!」


アイシャは照れくさそうにそっぽをむいた。

お父さんの遺品と言った私に気を遣って、慰めてくれたのだ。


「アイシャって優しいよね」

「ななななな、なんなのよ! からかわないで!」

「それで、村の位置はここなんだけど」

「なっ! むう……あら、私たちの村って随分外れにあったのね」

「そうだね。マルク村は、帝国の東の端にあるね」


マルク村は、イーフリート帝国の東の端の山の中に、ひっそりと存在する村である。

イーフリート帝国の東にあるリント王国やユーグ都市国家とは南部エスト山脈によって分断されており、そちらへ行くには険しい山脈を越えるか、大きく迂回する必要がある。

帝国が王国だったころはこの辺りは小国連合が集まっていたんだけど、併呑されたって事だろう。


「街道を通ってエスト山脈に沿って南に行けば、ユーグ都市国家の港につくから、まずは街道に出よう」

「なるほどね。というか、マルク村ってすんごい山の中にあったのね。どおりで誰も来ないわけだわ」

「まあ、街道から村まではなかなか距離があるからね」

「街道につくまで二日くらいだったっけ。わが村ながら、わざわざ寄るほどの名産品もないしねえ」

「村長の娘がそんなこと言っちゃダメでしょ」


アイシャの言う通り、村の近くを通る街道まで徒歩で二日程度、街道に合流してから最も近い街まで三日程度かかる。

どれくらい辺鄙な場所にあるかわかるというものだろう。

時折訪れる馴染みの行商人以外はほとんど人の出入りもなく、村人が外に出ていくこともほとんどない。

嗜好品を除けば、自給自足で事足りているからだ。

そして嗜好品の存在すら、ほとんど知らないのがマルク村の村人である。

そんな、ある意味浮世離れした、のんびりとした村のことが、私はとても気に入ってる。

戦いに没頭してすり減っていた何かが、満たされていくような気がするんだ。

まあ、マルク村しか知らないアイシャからしたら、退屈なだけかもしれないけど。


「でも、帝国とユーグ都市国家間、そこを介してのリント王国との交易は盛んみたいだし。街道まで出れば、商隊とかもるいんじゃないかな」

「商隊と合流出来たら助かるわね! 馬車に乗れたりするかしら」

「馬車は……難しいかもしれないけど。この道もあんまり使われていないから、獣や魔物もいるかもしれない。街道に出るまでは気を付けよう」

「そ、そうなの⁉ ま、まあ、魔物位、私が魔法でけちょんけちょんにしてやるけどね!」

「あはは、まあ、気を付けて行こうね」


カミユ村は山の中にあるから、魔物の被害もそれなりにある。

とはいっても帝国のさらに北にある魔族領からは遠いせいか、弱い魔物しかでてこない。

魔王が倒され、魔物の活動が大人しくなってからはそれすら減ったらしく、村の周りには獣除けの木の柵が設けられているだけだ。

なので、村長の娘のアイシャは、魔物はおろか野生の獣とすら戦ったことはないはずである。


やけに張り切っているアイシャには悪いけど、彼女の魔法で何とかなると思えないからなあ。

いざとなれば私がアイシャを守ればいいけど、できれば前世とかのことは隠しておきたい。

それにいつも私に守られてるだけじゃアイシャのためにならないし、私は遊び人の範囲内で頑張るとしようかな!

そんなことを考えつつ、キャッキャとおしゃべりしながら進んでいく。


「ねえレティ、海についたらなにするの?」

「やっぱり海水浴でしょー! ビーチでごろごろしたりさあ」

「ビーチでごろごろって危なくない? ていうか、海って泳げるの? 海の魔物は大きくて怖いって聞いたことあるけど」

「げっ! やっぱり海にもまだ魔物っているのかなあ。泳げないのは残念……アイシャは海についたらなにがしたいの?」

「私は、海でとれる魚っていうのを食べてみたいわ。行商人さんが美味しかったっていってたの」

「それも楽しそう……アイシャッ!」


後ろに気配を感じ、私は咄嗟にアイシャを思い切り引き寄せた。

アイシャが後方に投げ飛ばされた一瞬後、さきほどまでいた場所を鋭い爪が通り過ぎる。


「な、なにす……ま、魔物⁉」


おもいっきりしりもちをついたアイシャは、抗議の声をあげようとして目をむいた。

アイシャがさっきまでいた場所には、鋭い犬歯をむき出しにした巨大なオオカミが、目をらんらんと輝かせてこちらに狙いを定めている。

ぼたぼたと垂れるよだれに、アイシャは嫌悪と恐怖がないまぜになった小さな悲鳴を上げた。


「ひ……」

「……グレーファングだ。こんな南にいるような奴じゃないのに……はぐれならいいけど、群れがいたらやっかいだね」


グレーファングはオオカミ型の魔物で、群れを作る習性がある。

冒険者ギルドの格付けでは、一匹ならDランクであまり強い魔物じゃない。

でも十頭以上の群れの場合はBランク指定になり、群れの中にリーダーがいる場合などはAランクに指定されることもある。

以前の私なら、ものの数ではなかったけど……現在は筋力も十分ではなく、街に出てから調達する予定だったため武器も持っていない。

でも、魔王と互角に戦った私にとっては、この程度の魔物なんて雑魚も雑魚。


「素手かあ……手が汚れるから嫌だなあ。いや、待てよ?」

「レティ、下がって! 私が魔法で……!」


決死の覚悟を決めたようなアイシャが、私を押しのけて魔法のほうきを構える。


「アイシャ、隠れてて! ていうかほうきじゃ無理だよ!」

「レティこそ武器なんてなんにも持ってないじゃない! 下がってなさいよ!」

「うっ!」


「GYAOOOOOOOOOO!!」


「ひっ!」


口角からよだれを垂らしてうなり声をあげたグレーファングに、アイシャが小さく悲鳴を上げてぺたりと座り込んだ。


「アイシャ、私に任せて」

「レティ!」

「試してみたいことがあるの」


私はグレーファングに向かって一歩踏み出した。

睨み据えた目線は決して外さない。

グレーファングは警戒して一歩下がり、遠吠えをするために息を大きく吸い込んだ。


「レティ、気を付けて! 仲間がいるんだわ! 遠吠えで呼ぶつもりよ!」


グレーファングが再び声をあげる前に、私は全身に力を籠める。

流れるような動作で両手を高く掲げ、不死鳥をイメージしたポーズ!


「なかまよびっ!!」

「はっ? 仲間?!」

「なかまよび……遊び人の奥義のひとつだよ!」

「そうなの⁉ だ、誰が来るの?」

「わかんない」

「ちょっとおおお!!!!!」


焦りをみせるアイシャに、私は冷静に目線を向け、しっかりと頷いた。

何が来るか……それは私にもさっぱりわからん。

しかし、私の呼び声に反応し、何かが近づいてくることを感じていた。


「大丈夫……来るよ!」

「おお……おおおお?! きゃあああああああああ!」

「あ……」


突然空が暗くなったと思ったら、大きな影が舞い降りてきた。


「ぷきゅっ!」


大きな影は体重を感じさせない動きで降り立つ……グレーファングを踏みつぶしているな。

体重、あったね。

すごいあった。


「我を呼んだのはお主か。お主は誰……んん?」

「ド、ドラゴンンンンンン⁉」


グレーファングを踏みつぶして舞い降りたのは、鮮やかな白銀色のドラゴンだった。

陽の光を反射して輝く見事な体躯は、おおよそ二十メートルくらいだろうか。

ドラゴンは長い首を曲げ、私と目線を合わせてしげしげとこちらを観察する。

顔の大きさが、かなり大きいため、頭を地面すれすれに下げている感じだ。


「……まさか、あなたが来てくれるとは思わなかった」

「んんんん? なんか見覚えがある……」


そういうと、ドラゴンは私の首根っこを噛んで掴み上げた。

服の襟を噛まれているので痛くないけど、勢いあまって振り回されてしまう。


「こら、ちょっとやめてっ!」

「レティ! こら、ドラゴン! レティを離しなさいよ!」


ドラゴンは私をぶんっとほおり投げると、ひょいと頭にのせた。

そのまま首をブンブンふるものだから、しがみつくのに精いっぱいだ。

ドラゴンの足元でこちらを見上げているアイシャはもう涙目で絶叫している。

本人はほうきで攻撃しているつもりみたいだけど、あれくらいじゃあこのドラゴンにとっては猫じゃらしでくすぐられているくらいだと思う。


「ロゼット、やっぱり生きてたんだな! 少々見た目が違うが、魂が同じだ!」

「あははは! シュバルツ、久しぶり!」

「お前が死ぬわけがないと思ってはいたが、寂しかったぞ」

「ごめんね、シュバルツ」


シュバルツの頭を、ぎゅっと抱きしめてやる。

魔王との戦いの前にシュバルツと別れてから、ずっと探していてくれたんだね。


「レティ……?」


小山ほどもあるドラゴンの頭にのった私を、アイシャがぽかりと口を開けて見上げていた。

シュバルツの頭をよしよしと撫でながら、私はアイシャに友達を紹介した。


「アイシャ、この子はシルバードラゴンのシュバルツ。シュバルツ、友達のアイシャだよ」

「我はドラゴン族の王、シルバードラゴンのシュバルツだ。アイシャとやら、ロゼットが世話になったようだな。これからもよろしく頼むぞ」

「あ、そうなの。よろしくね、シュバルツ! ……じゃないわっ! なんでドラゴンと友達なのよおおお!」


顔を真っ赤にしたアイシャの絶叫が山道にこだました。



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