ハッスル効果と母の想い
最近、うちの娘の様子がおかしい。
旅立ちをやめさせてからが特にひどい。
幼い頃からやけに大人びているというか、なにを考えているのかよくわからない娘だったが、最近は別の意味で訳がわからない。
突然遊び人になると言い出してみたり、奇妙な掛声を叫びながら、おかしな動きで村を徘徊してみたり……
最初は戸惑っていた隣の奥さんも、最近は私のことを気の毒そうに見ているのが特に辛い。
もはや我が娘は、触れてはいけない存在になっている。
以前はミステリアスな美少女、なんて言われていたのに。
私はどこで育て方を間違ったのだろうか……
先の魔王との大戦で夫が還らぬ人となった後、天からの授かりもののように我が家に来た娘、レティ。
あの子にはいっていないが、レティは私と血の繋がっていない拾い子。
我が家の裏の林から聞こえた泣き声に誘われてあの子を見つけた私は、あれ以来ずっと、レティの虜だ。
天使と見まごうほど愛らしくいとおしい、私のレティ。
目の中に入れても痛くないほど可愛がって育ててきた娘が、『遊び人』になるなど、どんな親が許せるというのか。
たしかに『遊び人』は職業のひとつだ。
しかし、最初から遊び人を目指す者など、真っ当な人間には皆無である。
レティは「職業に貴賎はないもん!」と涙目で言っていたけれど……
私には、ただ遊びたいだけの子供の戯言にしか聞こえなかった……はずなのに。
なんなのだろうか、あの熱の入れようは。
怠けたいだけにしては、謎の反復運動(本人は修行だと言っている)が真剣すぎるし、以前の達観した様子とは比べものにならないほど生き生きとしているのだ。
「もう本当、意味がわからない……」
はあ、とため息をつきながらも、私はなんとなく安心している自分を知っていた。
ほとんど手のかからなかったなかった娘が、生き生きとしている姿は、なににも変えがたい喜びたったから。
「多少? のわがままも聞いてあげたいけれど……いくらなんでも遊び人になりたいっていうのもねえ」
「あら、レティちゃん、遊び人になりたいのかい?」
「あらやだ、声が出てた? そうなのよ、困った子よねえ」
井戸で水を汲んでいたのだけれど、二軒隣のバースおばあちゃんに独り言を聞かれていたみたい。
しかし私の言葉に、バースおばあちゃんはニコニコと笑顔を返した。
「あたしゃ、遊び人ってのがどういうのかはわからないけど。最近のレティちゃんは一生懸命頑張ってるようにみえるよ」
「ああ、それは確かに……なんだか遊び人の修行とかいって遊んでるのよ」
「遊びにしてはやけに真剣だけど……レティちゃんみてると、なんだか元気が湧いてくるんだよ。お陰様で曲がってた腰がのびたしね」
「それは、レティのお陰なのかしら……」
首を傾げていると、お向かいのテッドおじいさんが井戸水を汲みに来た。
ひとかかえもある桶いっぱいに水を汲んでいるのに、私は目を見開いた。
テッドおじいさんは、腕が痛くなってから水汲みはしていなかったのに!
「お、おじいちゃん! 水汲み変わるわよ! また腕が痛くなるわ!」
慌てる私に、テッドおじいさんはからからと笑う。
「最近、腕が痛くなくなったんだよ! ほら、この通り!」
「まあ!」
「おやおや」
テッドおじいさんは、ブンブンと腕を振り回してみせた。
「レティちゃんのお陰さ。節々の痛みが無くなって、すっかり若返ったみたいだ!」
「ええ……レティのおかげなの……?」
「ああ! レティちゃんのハッスルダンスを見てると、元気になるってもっぱらの評判なんだよ!」
「ええ……?」
「最初は何やってるんだかって思ってたけどねえ」
「ああ。変だったよな。おかしくなったかと思ったぞ」
「は、はは……」
レティの謎の修行の謎の効果に、私は苦笑いを返すしかできなかった。
あのおかしなダンスには、元気になる効果があるのかしら?
でも確かに、私も最近調子がいいような……
レティが生き生きしているからだと思ってたけれど、本当に効果があるのかしら。
家に戻ると、裏のほうから「ハッスル! ハッスル!」というもはや聞きなれた声が響く。
ため息をつきながらそちらに目をやると、レティが信じられないくらい素早い動きで腕をふりたくっていた。
……これだけ熱心に修行をしているのなら、今度レティが旅立つときには、許してしまうかもしれない。
だって私はすでに、レティの目指す『遊び人』を知りたいと思っているのだから。
大切な一人娘と離れるのはつらいけど……飛び立ちたくてうずうずしているあの子を、いつまでもこの小さな村に閉じ込めてはおけないわよね……
「全く、私も甘いねえ……」
平和の訪れた村ののどかな昼下がり。
庭とは名ばかりの畑に、ハッスル、ハッスルと叫ぶ声が響いていた。
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