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短編 女性主人公

才能無しの令嬢とスパルタ魔導士

 彼と出会ったのは冷たい雨が降りしきる、冬の日だった。





「はあっ!」


 その日、私は1人、魔法の練習をしていた。もう何度繰り返したかわからない。掌に魔力を込めて、その力を行使しようとする――――失敗。


「あぐっ!」


 集まりかけていた魔力が破裂し、その衝撃で私は後方へ投げ出される。僅かな浮遊感。衝撃。受け身が取れず、雨に濡れた草原に顔面から叩きつけられた。


 いつっ……。


 思わず顔に触れると鼻血が溢れ出ていた。立ち上がろうとしたが力が入らず、そのまま倒れ込むようにして鉛色の空を仰ぐ。


 身体中がズキズキと痛む。服はボロボロ、全身濡れ鼠だ。泥に汚れた金髪に鼻血にまみれたみっともない顔。


「惨めね……」


 そう自嘲気味に呟くと胸がチクリと痛んだ。魔法の才能が無い。よりによって魔法の名門ーーーールヴィリアス家に生を受けて。


 優れた魔導士を何人も輩出してきたルヴィリアス家。王家にその魔法力を持って貢献し、信頼も厚い。そんな家に生を受けながらも私は魔法の才能が無いクズであった。


 どうして私だけ。何故私が。


 誰に向ければよいのかわからない疑問が浮かんでは消えていく。


 ――惨めで、かわいそう。


 才能が無いと分かってからそういう視線や言葉は、自分が落伍者とわかってから浴び続けていたから慣れっこだった。


 が、慣れているから平気なわけではない。だから、1人家から抜け出しこんなマネをしているのだから。


 ――けどもう限界かもしれない。


 私は一年後、ルリーグリント魔法学校への入学試験を控えていた。ここは王国一の名門校であり、私の家族は代々ここの卒業者だ。


 つまり、ここへ入学できなければルヴィリアス家にいる資格はないのだ。けれども私の実力では……。


 曇天の空を見つめる。叩きつける冷たく雨が、不思議と心地よかった。魔力の使い過ぎか視界が歪む。このまま倒れていれば死んでしまうかな。でも、それでも別にいいかな。


「こんな惨めなら……」


 呟いた言葉は雨粒に溶け込み、私は闇へと意識を沈めた。





 ■ ■ ■ ■




 暖かい。誰かが私の髪を撫でていた。優しく心地良い感触。あれ、私はなにを……っ!


「誰っ!」


 私は反射的に身を起こそうとするが――痛っ。全身にズキリと痛みが走り、再び倒れ込む。


「おい、まだ寝てろ」


 頭上から降ってきた低い声。見上げると見知らぬ男がそこにいた。


「貴様、何者だ!」


 見知らぬ男がいるのにこんな無防備を晒すわけには……っ!


「だから、寝てろって怪しい者じゃないよ。えーと、ほら」


 もがいて体を起こそうとする私に、男は服から金色に輝く勲章を取り出す。


「あ……それは」


 帝国の紋章が刻まれた金色の勲章。それは、国が認めた魔道士の証だ。男の姿をよく見ると濡れてはいるが、折り目の正しい黒の魔道着に、癖があるが雨粒を弾いて銀色に輝く髪。どこか気品のある顔は育ちの良さを表していた。


「ふぅ……やっと大人しくなったか」


 不審者がそんな者を所持しているわけもなく、多分このひとは。


「お父様に言われて来たのね」


「その通り。私はアレス。貴女の魔法教師だ」


 ――教師。教師というのは私にとって惨めさを再認識させる存在でしかなかった。私が手の施しようがないと、ありもしない世辞を並べて去って行く。嘘に塗り固められたその言葉はジワリと響く。


「しかし、ボロボロで無茶するなぁ。闇雲にやっても意味ないぜ」


 アレスは親切心から言ったのだろう。だが心が逆立っていたから思わず。


「意味無くなんか無い!」


 パチンッ!


「……っ」


 手がアレスの頬を張っていた。張らずにはいられなかった。でないと私がやっている事が否定される気がしたんだ。


 アレスは驚いた様子で私を見ている。


「私はっ。私は優れた魔導士にならなくちゃいけないんだっ! 魔法学校に入学しなきゃいけないんだ!」


 心から溢れ出す思い。溜め込んでいた物が溢れ出てくる。


「だからっ……がんばって練習して……なのに皆んな無理だとかばかにしてっ……私だって……私だってっ!」


 心の奥では分かっていた。周りが言うように、私のような才能無しが優れた魔導士になれない事を。でもそれを認めることは、自分を殺す事になる。 


 だから――認める事など出来るわけがないのだ。


「えぐっ……えぐっ……」


 怒り、悔しさ、悲しみ。色々な感情が入り混じり涙が止まらない。


 ふと掴まれていた手が離される。あ……勢いで顔を張ってしまった。涙で前はよく見えないが、怒っているだろう。


 アレスの手が顔に迫るのが分かった。私はぶたれると思い、目をギュッと瞑る。


 だけど、予想していた衝撃来ず、代わりに柔らかい布が顔に当てられた。


「悪かった」


 アレスはそう言って、涙にまみれた私の顔を拭き始めた。


「や、やめて」


 突然の事に驚き、そして見知らぬ人に顔を拭かれる恥ずかしさから、私は抵抗するが。


「ほらっ動くな。ちーんってしろ。ちーんって」


 有無を言わさぬ手つきである。抵抗も虚しく、私はなすがままになる。うう……恥ずかしい。


 顔を拭き終え、アレスは何かを考えるような目付きで私を見ている。


「優れた魔導士になりたいのか?」


「……うん。いえ、ならなくちゃ行けないの」


「名前は?」


「……リリー。リリー・ルヴィリアス」


「……リリー。死ぬほど辛いぞ」


「えっ」


「魔導士になるには、死ぬほど辛い思いをしなくちゃいけないぞ? いや、本当に死ぬかもしれない」


 そう語る蒼い瞳は鋭かった。幼いながらも、嘘ではないのが分かる。


 だけど、引くわけにはいかない。私に退路はないのだ。


「私は……魔導士になりたい」


 俯き、拳を握ってそう呟いた。そして、ふいに頭を撫でられる。


「そうか。なら教えてやるよ」


 この出会いが全ての始まりだった。




 ■ ■ ■ ■




 比喩でも無くーーアレスの修行は死ぬかと思った。


「っあ?!」


 魔法の爆風による余波で私は吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。背中を強く打ち付け息が出来ない。だがそんな私をアレスは決まって助けはしない。


「がっ……はっ……」


「いつまで寝ている。才能無しがそんなに寝ている暇なんかないぞ」


 アレスは追い討ちをかけるようにこちらに魔法を放つ。


「っ……」


 私は息も絶え絶えにどうにか立ち上がり転がるように避ける。



 ーー地獄のような特訓ばかりだった。アレスは今までの教師役とは違い軍人であった。だから軍隊仕込みの訓練というか……とにかくスパルタな特訓であった。


 才能を努力で埋める。それは途方も無い事だと身に染みて感じる。毎日、毎日死にものぐるいで私は特訓を続けた。体は何時も傷だらけだったけれどもーーその代わり実力は付いてきた気がする。


 そうして雨の日も風の日も訓練を続けそしてーーーー。






「今日で訓練は終わりだ」


「え?!」


 それはあまりに唐突であった。ある日訓練終わりに私は唐突に告げられた。期日はまだ3ヶ月程ある筈だが。


「ーー呼ばれちまってな」


 アレスは戦地へ招集される事になったのだ。私のいる王国と隣国が開戦する事になったのだ。話には聞いていたがこんな早くアレスが招集されるなんて思っていなかった。


「入学試験は大丈夫だ。もうお前は入学生どころか戦場の魔導士張りに鍛えたからな。リリー、頑張ったな」


 そう言ってアレスは私の頭を撫でる。出会った時と同じ様に。


「アレス……あの、私!」


 私には伝えたい事が沢山あった。感謝、そして。


「ああ、辛気臭いのはやめやめ。直ぐに帰ってくるから」


 アレスはそう言って私の声を遮る。出会いも急であれば、別れも急であった。そうして、アレスは私の元を去り、戦地へ向かった。






 ーーーーアレスが私の元へ帰って来る事は無かった。


 






 ■ ■ ■ ■








「出てけこの酔っ払いが!」


 1人の男が酒場から蹴り出される。薄汚れた癖のある銀髪。その下の蒼い瞳には濃い隈が浮かんでいる。


「金もねえくせに飲みやがって」


「……」


 蹴り出した酒場の店主は銀髪の男に唾を吐きかける。だが、その虚ろな蒼い瞳を虚空に向けたまま反応をしない。


「……けっ。戦争で何があったか知らないが、魔導士もこうなっちまったらおしまいだな」


 蔑みと哀れみを込めた台詞を吐き、店主は踵を返す。銀髪の男はただその背中を見つめていた。姿が消えた後もずっと虚空を見つめていた。


 ーーーーそうして何時間が経っただろうか。日も高かった筈なのに、いつの間にか夕日が差していた。


 そして1人の影が男へ近づいて来た。男はふとそちらを向きーー息を飲んだ


「……あ」


 久々に感情が乗った言葉を発したのを男は感じる。何故ならとても懐かしい顔がそこにあったからだ。気の強そうな金髪の少女。


「……リリー」


「何をやってるのよアレス」


 5年振りに見るかつての教え子は成長していた。背は伸び顔は幾分か大人びている。そして、胸には金色に輝く魔導士の証。


 だが自分はどうかーーアレスは惨めになった。だが、仕方がないだろう。戦争でーーーー。アレスは顔を逸らし俯く。


「アレス、貴方あと一年で魔導士の免許が失効するわよ」


 アレスは一年以内に審査を受けなければ魔導士としての資格を失効する。これがなくなればアレスは本当の意味で終わりだ。


「……俺には無理だ」


 アレスは魔法の使用に問題が生じていた。戦争によるとある出来事がアレスから魔法を奪った。だが、リリーはそれを知っていた。だからーー。


「そうか。なら教えてあげるわ」


「……あ」


 リリーはその言葉をアレスに投げかけ手を差し伸べた。アレスはハッとする。酷く懐かしい言葉。かつて、アレスがリリーに投げた言葉だ。そして、救いの手。


 酷く緩慢だが、アレスの手がゆっくりとリリーへ伸ばされた。


「死ぬほど辛いけど、ね」


 そうして、2人の止まった時間が再び動き始めた。


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