#8 音楽少年の葛藤
今は総合の時間だ。『愛情』というテーマで、ペアでスピーチをするとの事らしい。…まぁ、この情報は万作からなんだけど。入学早々にってどういう事だ。
「…という事なので、とりあえずくじ引きでペアを決めます。決まり次第、話し合いを始めてください。発表は再来週のこの時間です。」
くじ引き⁉運ゲーじゃん、それ。しかも発表再来週⁉舐めてんのか。…渋々くじ引きをして、俺は小倉と組む事になった。
「宜しくな、小倉。」
「…ん。」
うーん、やっぱり塩対応。しかも機嫌が悪いようで。
「はい、今日はもう時間なので、各自で話し合ったりして下さい。」
え、くじ引きだけで終わったんだが。…仕方ない、何書けば良いか分からないし、相談するか。
「小倉ー、スピーチの件。テーマは『愛情』だけどさ…何書けば良いんだろうな。小倉、何か案ある?」
「ねぇよ。…面倒くせぇ、お前が勝手に書け。」
「ちょ、そんな言い方しなくても…一人で書くには量が多すぎんだって。お前だってあるだろ?ほら、親とか…」
ガタンッ
突然、机が倒れた。いや、蹴り倒された、と言う方が妥当だろうか。突然の事だったので、教室が静まり返った。前を向くと、蹴ったのは小倉なのだとすぐ分かった。
「うるっっせぇな!書けっつってんだろ!」
…怒らせてしまったようだ。どう、したんだ…?
「…すまん、言い過ぎた。でも、俺とお前は生きる世界が違う、だからお前の事は分からねぇ。それに、愛なんて綺麗事だ。俺には何か分からねぇ。…先帰る。」
「おい、ちょっと…。」
「…え、翔⁉どうしたんだ?」
「五月蝿ぇ、一人にさせろ!」
俺だけじゃなく、遠藤の事も拒絶していた。遠藤も何があったか分かっていなく、オロオロしている。こんな遠藤、見た事ないぞ。
「…谷黒、彼奴どうしたんだ?」
「あぁ、それが…。」
俺は遠藤に経緯を話した。
「…成程な。地雷、踏んだみたいだ。」
「地雷…?」
「此処で話すのも…ちょっと部屋でるぞ。」
廊下に出た。
「…それで、小倉の地雷って…。」
「あぁ…彼奴、親関係の事が地雷らしいんだ。彼奴のクラリネットも、私の親が買った物だ。」
え、なんで小倉のクラリネットを遠藤の親が…?
「私の親ならこういう人だ。」
そう言って見せられたのは、遠藤の両親の名刺。父親は有名企業の社長、母親は弁護士らしい。…え、遠藤ってお嬢様なのか!
「いや、そんな驚く程でもないだろ。これでもバイオリンとテューバ持ってるんだぞ。」
「いや、バイオリン持ってる人なら結構いそうだけど、テューバ持ってる人って珍しいぞ⁉」
遠藤…感覚がズレているのか。…っと、話を戻そう。
「…それで、小倉は?」
「あぁ、彼奴は孤児院出身なんだ。」
…え?
「こ、孤児院…?」
「小さい頃親に虐待を受けていたらしくてな、四歳くらいの時に孤児院に入ったらしい。虐待のせいで乳歯は何本か折れていたらしいし、親がいないから小学校時代はずっといじめられていたんだと。この高校受けた理由は、全寮制だから。高校入学と同時に、孤児院からも出たんだと。」
小倉…だからあんな事を言っていたのか。そんな辛い思いしていたから、心を閉ざしているのかもな。
「それで、中学に入って初めて友達が出来たらしく…それが私なんだってさ。」
そういう事なのか。…あれ、俺と小倉って共通点あるのか。ならもしかしたら…。
「…俺、もしかしたら彼奴の力になれるかもしれない。俺もついこの間までいじめられていた人間なんだ。」
「…本当か、それ?」
「あぁ。まぁ、地雷踏んだ本人でもあるけど。」
「別にいいさ。それじゃあ、私と一緒に翔の所に行ってくれ。彼奴を助けたいのは山々だが、私は彼奴と正反対の環境で育ってる訳だし、彼奴の気持ちまでは分からないんだ。頼む!」
勿論、こんな頼みを聞き入れない筈がない。俺がきっかけを作った訳だし。
「…勿論だ。」
「サンキュー!じゃ、早速行くぞ。」
教室を出た直後だった。何人かの生徒が、急いで廊下を走っている。
「何があったんだ…?」
「さぁ…でも、何かから逃げている感じだな。」
「…すまん、匿ってくれ!」
一人の男子生徒が、俺達にそう話しかけてきた。首元には『Se』の文字。上履きの色からして、同学年だろうか。それも、他のクラス…B組か。ちなみに、上履きも学年カラーが使われていて、一年は緑、二年は青、三年は赤だ。
「どうしたんだ?」
「あっちの方で、同学年の男子が物凄い音量を出していて…いや、暴れている感じだったんだ。あんたらのクラスメイトか?」
俺は遠藤と目を合わせた。音…もしかしたら。
「えっと…その人の見た目で、何か覚えてるか?」
「あ、音符のピンを右側にしていたな。」
「間違いない、翔だ…!ありがとう。行くぞ、谷黒。」
「あぁ、分かってる。…すまないが、一緒に来てくれないか?」
「いいけど…まずあんたらが誰か知ってからだぜ。俺は山瀬廉、スキルは『招き猫』だ。」
「谷黒晴人、スキルは『“気”使い』だ。」
「遠藤奈子、スキルは『触覚』だ。宜しく頼む。」
「宜しくな、谷黒、遠藤。こっちだ、ついてこい!」
俺達は、山瀬に続いて走った。これは、想像以上に厄介な事になったのかもな。
甘蜜です。今回は翔の話です。今回に限らず、こういう話は二話以上に分けるつもりです、このシリーズ限定で。次回は翔視点、といった感じで。
次の投稿まで少し間があきます。テスト前だからです。次回も是非読んでくださいませ。