第二話『主人公「自分が序盤のボス」元死神「そして、うちが元死神のメイド」』
目を覚ませば知らない天井……ではなく、何百回も見慣れた天井だった。
言うまでもないけど言葉通りである。布団に入って、寝て、起きて、天井を見た。深い意味などこれぽっちもない。ごく満ち溢れた普通の生活の一つ。それだけである。
しかし、いつ布団に入ったのか、いつ寝たのか、それが分からなかった。
いや、正確には分かる。分かるのだけど、さっきまで布団で寝ていたということは、それまでの出来事は夢であったと言うことだ。いつ布団に入ったは置いといて、あの時に感じた脱力感が残っていようが、刺された箇所が痛み続けていようが、今、こうして布団から目覚めたということは、あの数々の出来事は夢だったと言う証明だ。で、なければ、今頃、――ラズリィが言う、よくあるファンタジー的に考えて――棺の中である。
「いや~、変な夢だった……」
「ホンマ、その変な夢のままやったら、うちとしても嬉かったんやけどなぁ……」
はず、だったんだけどなぁ……。
清清しい気分をぶち壊してくれた一言の方へ振り返ると元凶が座っていた。
言うまでも無くラズリィである。この状況を作り出した元凶である筈なのに深刻な表情でウンウンと頷きながら答えていた。しかし、自分の記憶が正しければ、喉に不可解な剣が刺さって殺された筈だ。そんな彼女の筈なのだが、何故か鎧姿ではなくメイド姿で座っている。
「……おい、お前、死んだはずだろ? いや、生きている自分が言うのもあれだけど」
「何を言っているんや、兄さ……じゃなくて、ますたぁ? うちも転生させられたに決まっとるやろ」
そんなの知らん。お前も転生するとか知らん。
しかし、自分の心境を小馬鹿にするかのようにラズリィは話を続けた。
「いや、うちのお姉様がゆーとったやん。ちゃんす? を与えるって。それはますたぁ? だけの話じゃなくて、うちも、ってだけや」
「それは何となく、見れば何となくだけど分かるのだが、何故メイド姿?」
「そら、メイドに転生したからや。見れば分かるやろう?」
自分の質問が変だったらしくラズリィは首を傾げて答えた。
……いや、普通におかしいから。
……メイドは職業であって種族ではない、はず。
「ますたぁ? にも分かりやすく説明するとなぁ、メイドってもんは、普段はますたぁ? を一心でふぉろぉ? して、戦闘ではますたぁ? を一身でがぁど? する人気の種族なんや。つまり、うちがますたぁ……ちょっと前風に言うと、兄さんのことやな、をふぉろぉ? したいから、ここにおるんや」
「この世界のメイドって職業の扱いじゃなくて種族扱いかよ……」
自分は呆れながら呟く。このことから、自分は少しだけ――考えたくなかったけど――考えてみた。あの時、ラズリィはこう言った筈だ。「よくあるふぁんたじぃ? の世界」と。フタを開けてみれば、課金ゲームの世界だったけどな。そのことから、この"よくある”の範囲が、メイドを種族に収まったのではないか、と。あまりにも馬鹿馬鹿しい話であるが、そう考えるとこれが納得出来る話である。
しかし……そう考えると、すげぇな、この世界。この世界を作った神様。
何か、うん、頭が悪そうな設定が普通で。
そのうち、そのうちだが、奴隷と言う種族が登場しそうだ。
取り合えず、そんなことは置いといて、だ。
「で、そのメイドに転生してしまったラズリィさん。序盤のボスになってしまった自分に対して、何か言うことありませんか? 『イエス』や『はい』も言っていない自分に、誠心誠意で伝えるべきことがありませんか?」
「……うちの巻き沿いで、勝手に転生してしまい、すみませんでした」
ラズリィはそう言いながらうつ伏せになる。
土下座の上位版、土下寝であり――ネタ的な意味での――最強の謝罪表現。
「……」
「……」
黙る自分にチラッチラッと様子を窺うラズリィ。
これで許されるとでも本気で思っているのか。
……思っていそうだ。そうだもんな。頭が空っぽだもんな。
「すみませんで済む問題じゃねぇだろぉ! 常識的にぃ考えてぇ!」
自分は吼えるように声を荒げた。当然である。勝手に転生された件もそうだけど、魔王の筈が序盤のボスに転落したのである。そりゃ、ただの人間、つまり、前の自分より遥かに上の存在になったのだけど、そんなのこれっぽっちも望んでいないし柄でもない。顔は合っているかもしれないけれど。兎に角、文句だらけだ。
「お前のせいで、お前のせいで! 魔王どころか序盤のボスになっちまったじゃねぇか! つーことは、やられ役ってことだよな? そんなになるぐらいだったら、どっかそこらへんの村人に転生したかったわ!」
「ちゃいます。ただのやられ役じゃあないん」
「……だったら何だよ?」
今まで以上に真剣で言うラズリィに、自分もそれに応えて真剣に尋ねる。
「踏み台役が正しいのやと」
「余計にタチがわりぃじゃねぇか!」
……やっぱり頭が空っぽだったよ。
自分は再燃焼した怒りをラズリィにぶつける。
「どうするんだよ!? 踏み台つーことは、近いうちに勇者だか英雄だか分からんが、そいつがやってきて、自分を殺そうとするんだぞ! また自分が死んでしまうのだぞ! もう死にたくねぇよ!」
「ますたぁ? はうちが死なせん」
ラズリィは変わらない様子で言った。
「死神だった頃と比べると滅茶苦茶弱くなったんやけど、それでもや! それでも一命に賭けて守り通す。これは、もう、メイドの使命やから、死神の使命やからとかちゃう。魂の誓いや! うちはマスターが人間に戻るまで永遠に守り通す」
「人間に戻るまでって、方法はあるんかよ?」
自分は顔をしかめて言ってしまう。
「方法とゆーより手段やけどあるん」
それをラズリィは否定した。
土下寝の状態で。
……。
……まぁ、うん。
ちょっとぐらい……その、真面目になろうよ?
ううん、違うか。今のラズリィは真面目だもんな。だから、言葉を変えるよ。
ラズリィ、今の姿勢をやめて。どう見ても、ふざけている風にしか見えないから。
「踏み台ってゆーことは、ますたぁに挑んでくる者が、何度も何度も、何回も何回も現れるってゆーことや。それも序盤のぼす? やからな。けど、その逆に何度も何度も、何回も何回も倒し続けたら?」
ラズリィは顔を上げて言う。表情は語るまでも無く真剣――ひょっとしたら演技かもしれないけれど――なのだが、如何せん姿勢が、だ。姿勢が真剣とは真逆の位置に座ってしまっているのだ。その為、自分は真剣になるべきか、それとも怒るべきなのか、何とも言えない表情を浮かべてしまう。
「物語は一向に進まん。踏み台の機能を果たせていないからな。そうなるとますたぁ? を序盤のぼす? にしたお姉様が責任とる形で、ますたぁ? を元の世界、元の種族に戻れるかもしれん。ついでに、うちも死神に戻れるかもしれん」
「ここは戻れるって断言はしないのだな」
「意図的にいれぎゅらぁ? を狙うんやから、断言なんて出来へん」
ラズリィは続けた。
「勿論、問題もあるん。倒し続けるのやから、強い魔物を仲間にせなあかん」
「……それってチート有りの勇者様、英雄様に対抗できる強い魔物ってことだろう? そんな魔物、本当にいるのか? いや、詳しいこと分からないけど」
自分は少しだけ考えてから言う。確か、ラズリィは自分を此処に連れて来る前に、こう言った筈だ。滅多なことが無い限りは、勇者や英雄が来ず、それ以外は、自分は女神に愛されていると勘違いしている変人か、本当に女神に愛されている狂人が来る、と。そう考えると、今は、最低でも、変人か狂人を追い払える程度の戦力を確保しないといけない。
ただし、その、宝と称したエ○本を使って。
……。
……。
……。
……うん。
……それ以外の方法、ないのかな……本当に。
例えば、罠とか交渉とかボールとか使ってさ。魔物を捕まえる、とか。
……。
……。
……。
……いや。
……やめよう。
何となく。
そう、何となくだけど。
これ以上はやめておこう。
ここはよくある――課金要素を付け加えた――ファンタジーの世界だ。モンスターをハントするゲームの世界でも、悪魔や天使を交渉で仲間にするゲーム――あ、炎の紋章でもあるな、交渉。――の世界でも、モンスターなボールがあるゲームの世界でも何でもない。エ○本で仲間を増やすファンタジーもどきの世界だ。
そう、誰かに言い訳するかのように言い聞かせる自分に、ラズリィは答える。
「いるとゆーたらいるし、いないとゆーたらいない。れあ? な魔物を手に入れても、個体値ってゆーのかな? 性格や特技がぼろっかすやったら駄目ってやつやな」
さらりと酷いことを言うラズリィだったが、依然とした様子で話を続けた。
「でも、これはゆーたと思うけど、ちぃと? ってゆーても、頑張れば乗り越えられる程度や。だからとは言わんけど、場合によってはのぉまる? な魔物の方がええ時もあるん。極端な例えやけど、強いけどゆーことを聞かない魔物と、弱いけどゆーことを聞いてくれる魔物やな」
「つまり、レアでもノーマルなハズレ魔物がいたり、ノーマルでもレアな当たり魔物いるってことか」
「と、ゆーても、外れ当たりはますたぁ? 次第やけどね」
そう考えると、ラズリィの姉を引き当てたのはハズレのハズレ、大ハズレだ。
だって、自分を問答無用……いや、もう済んだ事を蒸し返すのはよそう……。
取り合えず、ケラケラと笑ったラズリィに、自分はこう言うのであった。
「……分かったけどさ。取り合えず、その姿勢、やめようか?」
いくら美少女と言えど、うつ伏せの状態でケラケラと笑う姿は、怖い。
自分は、内心、先行き不安な未来に対して、頭を抱えながら溜息を付いた。
一話が約14000文字に対して、二話が約4000文字。
うーん、遅筆。
これでは、三話目がいつになるのか、コレガワカラナイ。