8、放たれた刺客
霊力とは魂の強さ。
天界の刺客を迎え撃つべく、俺は鍛錬を励む。
霊力とは魂の力。肉体だけをいくら鍛えても、それだけで霊力が強くなるわけではない。アスラの護衛で、人間界へ行く日は近い。今日も、自身の霊力活性化のため、ジェシカと訓練に励む。
ただ、成果は思わしくない。
「みんな、いいかしら?」
いつもの阿修羅城中庭での訓練に、レンゲが顔を出した。またレイピアでの模擬戦闘だろうか。
「天界に動きがあったわ。アルファベットが動いた」
トップ会談の日取りまで決まっているが、こちらを安心させておいて刺客を放つ。どこの為政者でもやりそうな手口だ。
「相手は何人なんだ?」
霊脈を破られる事はないと言うが、万が一に備えは必要だ。
人間界と修羅界を繋ぐ霊脈は、厳重に管理されている。人界から修羅界へ門を開こうとすれば、霊脈を開く暗号キーみたいなものが必要で、修羅界ではラングスやレンゲの他、数名しかゲートを作れない。
「暗殺部隊では、Yと呼ばれている。フォロー役がいるかもしれないけど、多分相手は一人よ」
「Y、あいつか」
ジェシカが顔をしかめる。戦闘に関しては、いつもの自信満々の彼女しては、珍しい。
「知っているのかジェシカ?」
「ああ、暗器の使い手だ。手口がわからないだけタチが悪い」
「暗器って何?ジェシカ姉」
アーシャのお姉さん役に、ジェシカも加わったようだ。
「敵は武器を隠し持ってる。相手の武器が剣なのか槍なのかで、間合いも変わって来る」
「Yと戦った事があるのか?」
レンゲも、全ての暗殺部隊員を把握しているわけではない。ジェシカの情報は有難い。
「ああ、この前天界でな」
俺が死にかけた時に、ジェシカは危険を顧みず、天界に戻って薬草を持ち帰ってくれた。その時の追っ手がYだったようだ。
「彼女なら私も知っています。相手を追い詰め、少しずつ弱らせてから殺します」
ラングスも話に加わる。
相手は女か。殺しを楽しむタイプのようだが、その隙をつけるかもしれない。
相変わらずアスラの趣味に合わせて、今日は猫耳のレンゲも、真剣な面持ちだ。
「人間界のどこへKが降りたのか解っていない。私は情報を集めるわ」
「修羅界の、どこへゲートを開くかもわからないしな」
「それなら特定出来るわよ。修羅界で人界との門が繋がるのは阿修羅城だけなの」
俺の疑問に、即座にレンゲがこたえる。
「そうなのか?」
「六界の中で、門の構築が場所を選ばないのは、人間界だけなんです」
ラングスが教えてくれる。
「そう、人界から開門するには、地獄界では審判の間。天界は大神殿、修羅界はこの阿修羅城、この場所以外にゲートは作れない」
なるほど。レンゲの話でよくわかった。門を繋がれたら、天界のターゲットであるアスラがいる阿修羅城。断然こちらが不利になる。
なんとか戦士としてみんなの役に立とうと、ジェシカと訓練に励む。
休憩時間に、金髪ラングスが再び中庭へやって来た。
「ねえジン。あなたが牛頭の毒ナイフで危なかった時に、危険を承知で天界へ戻ったのはジェシカだけど、ゲートを開いたのも、お薬のエリクサーを調合したのも私なのですよ」
「そうだったのか、お陰で助かったよラングス。ありがとうな」
俺が、一人になるのを見計らって近づいてくる、何か話でもあるのか?
「ですので、命を助けてもらったから、ジェシカだけががジンを独占するのは、不公平だとわたくしは思うのです」
ラングスはわたしではなく、わたくしと言う。実にお嬢様ぽい。
「もちろんジンが、それだけでジェシカを選んだとは思いません。でも婚約発表したからと言って、ジンを専有する権利は誰にもありませんよね?」
ラングス何を言いたいのか、イマイチわからない。
「例えば、私にもアーシャにだって、蓮華王にだって、ジンの専有権はあると思うのです」
「ハイ?専有ってのは」
「いいからお聞きなさい!先日もあなたが危ない所を助けたのは誰でしたか?」
「ラングスです」
普段冷静なラングスが、顔を赤くして力説してるのだから、よほど重要な事なのだろう。
「そうでしたよね。ですので、これからは平等にですね」
「そうか、わかったよラングス」
「ご理解頂けて、私も嬉しいです」
微笑むラングスは、とても美しい。天界美少女、微笑コンテストがあれば文句なしに1番だろう。
「これからは俺の訓練に、ラングスも参加してくれ。その方が俺の霊力を鍛えるのも早い。ありがとうラングス」
「えっ?ジン、あのですね」
「いや、気が付かなかった。ラングスは充分強いから、訓練とか必要ないと思ってたんだ。ごめんな」
多分、中庭を独占して、ほとんどジェシカと訓練していたのが、マズかったのだろう。これからはチーム全員で鍛錬に励もう。
「まてよ、チーム全員。そうか、ラングスの言う通りだ、天界の暗殺部隊と戦うのに、個別では無理だ。まずは、4人でフォーメーションを組もう」
「あのジン?」
「わかっている。ラングスの術式や、それぞれの力が、チーム以外に漏れないように注意が必要だ」
考えてみれば、牛頭の時もレンゲを入れて5人で挑んだ。アルファベットの暗殺者は単独で動くという。
「こうしちゃいられない。お〜いジェシカ、アーシャ!ちょっと集まってくれ」
俺は頭の中で、複数でのフォーメーションを練ってみた。レンゲが戦闘に参加した時の事を考えて、5人バージョンも必要だ。
「ラングスからの提案なんだが、刺客は多分、単独で修羅界に潜入すると考えられる。そこで俺たちは4人とか2人2組のユニットで挑もうと思う」
俺は地上の仕事を思い出し、個々でバラバラに動くよりも、遥かに効率の良いチーム戦導入を説明する。
「なるほど。アタイは、単騎特攻型だけど、力を合わせれば、あの大天使にだって勝てるかもしれない」
「アーシャはね、UFOさんを大きくもできるからね」
アーシャは円盤型の神具を、UFOと呼んでるのか、可愛い。
「アーシャの神具は大きくも出来るのか?それはすごいな」
俺は、人間界での会議の要領で、個々の意見を募る。ジェシカもアーシャも賛成のようだ。
「さすがはラングスだな。頭がいい。アタイも地上では戦略とか勉強したが、天界との戦いにチーム戦は思いも付かなかった」
「もちろんフォーメーションが、そのまま活かせない場合もあるし、戦闘で一人が倒れた時のフォローも必要だな」
「あのね、アーシャはね。んと、なんだっけ?」
それぞれが。自分のチーム戦での役割を考え始める。俺はそれぞれの霊力と、神具の特異性を生かして、どんなフォーメーションが組めるか作戦を考えたいと提案した。
「ラングス。疲れている所を悪いが、ラングスの木簡で使える術を教えてくれないか?」
さっきもラングスは顔が赤かった。体調でも悪いのだろうか。今は少し呆然としているようにも見える。
「えっ!あっ、ハイ」
「大丈夫か?ラングス。チーム戦なら指揮官が必要だ。アタイはラングスがいいと思う」
ジェシカも、珍しく惚けているラングスを気にしている。
「そうだな。基本的には俺とジェシカが前衛、ラングスとアーシャが後衛で攻撃補助を担当する。ラングスは全員の動きを把握して指示を出す」
「アーシャのお目々はね、スゴーく遠くまで見えるんだよ」
ラングスは、アーシャの持つ霊力に詳しそうだ。通訳をお願いする。
「ラングス、アーシャの言うお目々とは?」
「ああ、俗に言う千里眼ですね。ただし、アーシャの場合は、自分の神具へ霊力の届く範囲まで」
ラングスが、ようやく会話に参加してくれた。これで作戦も組み立てられそうだ。
「それで、アーシャの霊力範囲は?」
「約一里です」
「4キロ近くも?」
「ごめんなさい。ジンの世界では国によって単位が異なりますよね、約500メートルですね」
やっぱり普段のラングスぽくない。
「アーシャね。レンゲ姉とジンの特訓ときみたいに、UFOさんを武器とか盾にも出来るよ」
「円盤の神具30枚を、アーシャは個別に操作出来ます。普段は、お皿くらいの大きさですが、1枚が最大で直径1メートル位まで巨大化します」
「すごいじゃないか!」
俺はアーシャの神具が、作戦で大いに役立つと考えていた。
「ただし大きくなればなるほど、一度に使える円盤の枚数も減ります」
「なるほど、円盤の巨大化は霊力の消費が激しいのか」
個人差はあるが、一度に消費する霊力にも限界はある。
「私の木簡は、捕縛、ジンも見た細胞死滅、火炎、風。攻撃と攻撃補助で使えそうな術は、これくらいでしょうか」
「火炎と風のお札の威力は?」
「火炎は、そうですね半径5メートルくらい。風は人間一人を飛ばせるくらいの強風を引き起こしますが、これも範囲は同じくらいでしょうか」
異界の霊術使いは、自分の手の内をいくら仲間とは言え、全て明かしたりはしない。いつ裏切りがあるかわからないからだ。信用されている証拠だろう。
「よくわかったよラングス。ありがとうな。ジェシカの提案通り、ラングスが俺達の作戦指揮官だ。よろしく頼むよ」
それから数日は、昼も夜もチーム戦での戦闘訓練と、作戦会議で費やした。レンゲにも作戦会議に参加してもらった。
「私の場合は、確かに8つの神具を使えるけど、一度に装備出来るのは2つまでかな。レイピア、魔鏡、ボム、絶対零度、ジェシカも使えるファランクス、ジンの反物質、重力変換のアスク、アーシャのオリハルコン神具ブーメランバージョン」
「魔鏡ってのは?」
「相手をいっときだけ封じ込める。ただし、アルファベットには通用しないわね」
「レンゲ姉、ボムって何?」
「空気爆弾ね。これは相手の動きが早いとアウト。使い方が難しいわ」
さすがは神具専門の教官だけあって、レパートリーが広い。
「蓮華王は重力を操れるのですね。お強い訳です」
少し前まで元気のなかったラングスだが、だいぶ復活したようだ。風邪でも引いていたのだろうか。
「アスクって技があるのか?」
「特定の場所のGをコントロール出来る。最大出力なら、一瞬でビルでもペッシャンコだ」
ジェシカはウキウキとしている。レンゲがアスクを譲ってくれないか、と考えているのだろう。
「ジンの神具にも、アスクの機能はあるわよ。使いこなせていないみたいだけれど」
「そうなのか?知らなかった」
「三節棍には3つの特性があるの。1つは、街を吹き飛ばす威力の反物質。もう1つは衝撃波」
その2つも使いこなせているのか、俺には自信がない。
「そしてジェシカの言う通り、特定の場所へ重力をかけてペッシャンコに出来るアスク。こっちは期待して神具を預けたんだから、精進してよね」
レンゲのショートボブが揺れる。
俺の霊力が強まれば、神具が導いてくれるという。ホント精進します。
次回、天界の暗殺部隊