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3、修羅界〜永遠という地獄〜

ジェシカをアマゾネスみたいだと思ったのも、あながち間違いではなかったようだ。

それぞれが、天界の戦士として気の遠くなる時間を過ごしてきた天女達。

これから、始まる異界での生活。困るのはコンビニもネットもない事かな?

 俺とジェシカは皆の前で、婚約発表までしてしまった。

 もう後戻りは出来ない。


「ジンは後悔しないか?」


 ジェシカを阿修羅城にあてがわれた部屋の前まで送り、おやすみのチューをした時に、将来の伴侶ジェシカに問われた。


「後悔するなら、その時は2人で悔やめばいいんじゃないかな」


 なんて、キザなセリフがポンポン出てくるのは、異界で過ごしたせいかもしれない。


「それと、俺のためにもう無茶はするなよ。いいね?」


 聞けば、1年前の牛頭との一戦の時、ジェシカ、アーシャ、ラングスが天界の使いで地上に降りて、レンゲと接触したのが天界にバレていたそうだ。

 もし、何も知らずに3人が天界へ帰っていたら、反逆罪で地獄行きは免れなかっただろう。

 それを知っても、危険を冒して戻ったのは、俺を助けるためと言っても危険すぎる。


「ジンを助けるだけじゃないさ。アタイの愛刀を持って帰るのと、アーシャの愛犬を連れて脱走してきたしな」


 アンタのためじゃないんだからね!的なツンデレってのが、男は好きだろ?とジェシカは言うが、レンゲを筆頭に1年の人間界暮らしで、どうやら天女達は毒されたようだ。

 他の3人も日本に住み、たまにジェシカと接触していたという。


 レンゲも言葉遣いがおかしくなったし、アーシャは変なアニメの影響受けるし、ジェシカまでも地上の男は、皆アキバ系と勘違いしている。

 地上には毒がいっぱいだな。と改めて思う。


 翌日はレンゲの案内で、天界3人娘と俺は修羅界の散策に出かけた。


「創造主は世界を作ろうと、1つ目のワールドを構築した。でもそこには空が無くて、上を見上げると地面しか見えない、穴倉の世界だったの」


 修羅界の不毛の大地を歩きながら、レンゲは六界の成り立ちを説明してくれた。

 後に古代人は、その失敗作に地獄界を作った。


「次に作られた世界には、海がなかった。永遠の陸地では雨も降らない、創造主が放棄した乾いた世界に、古代人はその後、修羅界を作った」


 修羅界の空は雲が存在しないので、毎日晴天だそうだ。茶色い大地に存在する街並みは、砂漠の集落といった所か。

 泥で固めた質素な家に、数人が同居しているようだ。


「次に創造主は、エデンである天界を構築した。なんの不自由もない、まさしく理想郷だった。ところが人間は創造主の怒りに触れ、エデンを追い出された。人間を甘やかしすぎたのね」


 人間のご先祖がアダムとイブで、その子供がカインとアベルだっけ?


「誰も暮らさない理想郷のワールドは、その後、古代人が入植し、天界と呼ばれるようになった」


 なんとなくレンゲが天界の話をする時に、辛そうというか悔しそうに話すのに、俺は気がついていた。

 アスラとの結婚直後、永遠の命を約束され理想郷へ移住したはいいが、そこは神とは程遠い古代人が治める世界だった。

 天界の重鎮に反抗的なアスラは、天界をクビになり、王の位を剥奪され地獄界へ左遷。

 奥さんのレンゲは、たまったものではない。


「エデンを追い出された人々が、不毛や洞窟のワールドでは、あまりにもかわいそうだと、創造主はエデンに似せて人間界を創造した」


 創造主って人に甘やかしすぎじゃないか?孫に甘い爺さん婆さんみたいなものか?


「他のワールドと違うのは、時間も資源も限りがあったと言うこと。今度はうまく行った。住み、養い、平和に暮らせるだけのものを創造主は用意した」


 ショートカットの黒髪が揺れ、レンゲは遠い地平線を見ている。


「だけど奪い合いが始まった。やがて民族や国に分かれて不毛な戦争が繰り返された。これが今の人間界よ」


 何故あるもので、古代人は満足しなかったのか?サトリ世代の俺には理解できない。


 こうして創造主が作った4つの世界は、古代人によって蹂躙された。

 地獄界には古代人により畜生道、餓鬼道が追加され、六界と呼ばれ今に至る。


 砂漠と、岩場の中に立ち並ぶ街は、人間界で言えば、未開の地の貧しい村のような感じだ。そこから見える阿修羅城が、贅沢の極みみたいな建物に見える。人間界から部材を取り寄せたそうだ。


「アスラが修羅界を平定するまでは、泥壁の家ですら存在しなかった。各々が荒野で寝起きして、出逢えば殺し合う。勝者は数日分のマンナを得る」


 マンナとは修羅界に住む者が生きるために必要な、エネルギーみたいなものだ。

 天界は人間界の人々の祈りが、地獄界は人々の苦悩がマンナになっている。餓鬼道に落とされた魂は、仮の肉体で食欲旺盛になるが、実際はインプットされた欲望で、屍肉を喰らわなくても仮の肉体を維持できる。


「人間界と違って食物が必要ないの。創造主が、人間界以外に時間の流れをつくらなかったから」


 天女達は、永遠に若さと美貌を保てるってわけだ。人間界で何年も暮らせば、天界の神でもそうはいかない。

 あくまで異界での暮らしが条件になっている。


「マンナを得るために、今の修羅界は武術比べの試合が毎日行われる。ケンカもだけどね。それとアスラが甘露の源泉を天界からパクってきたから修羅界の人々は暮らしていける」


 甘露とは、異界の人々の補助食みたいなものだそうだ。

 お酒もタバコもない。性欲や食欲も衰退して、ボーっとして過ごすにはいいかも知れないが、やっぱり物足りない。甘露の水しか飲み物もないが、これが美味い!

 俺が牛頭の毒ナイフでやられて、うなされている時に、ジェシカは口移しで甘露水を与えてくれたという。すごく照れる。


 トイレも必要ないので、水の問題はない。着るものは、異界に与する人界から手に入れる。おおよそ生産性のない国なわけだ。


「当面は天界も地獄界も動けないでしょうから、今のうちに準備を進めなきゃね」


 計画では修羅界の戦士が、文字通り魂の解放のため、天国と地獄のマンナ精製システムと、地獄界の魂輪廻装置をぶち壊す。

 最終的には人間界から異界へ来た、肉体を持つ人間を除いて、全員が解脱する。

 人間界以外の5つの異界は、永遠に封鎖される。


「それでいいのか?レンゲもアスラもジェシカ達も、人間界に来たら数十年の寿命だぜ?」


 数千と何百年。永遠とも言える月日を生きた人々にとっては、人の一生などあっという間だ。


「ジン。それは間違いなのよ。人は永遠に生きるように元々作られなかった」


 優等生のラングスは、ごもっともな発言をする。


「他のみんなには悪いが、人間界に行ったら先にジンと所帯を持って子供でも作るぜ。次の世代に夢を託す為にな。俺たちは長生きしすぎだ」


 俺の横を歩くジェシカは楽しそうに言うが、生半可な気持ちで天界の剣士なんてやってなかっただろう。


「そうそう。永遠の命なんて地獄のようなものよジン」


 見た目、JK世代のアーシャまでそう言う。


「最初は永遠の命に憧れていた。でも、アーシャの言う通り、命は限りがあるから大切な人との大切な時間を、人は一生懸命努力して守ろうとする」


 レンゲは街並みを眺め、遠い目をする。


「そうだな。アタイもそう思うよ」


 ジェシカが俺の腕をギュっとする。少し痛い。


「永遠の命は地獄か。そういうもんかな」


 ただの人間には理解できない、異界人の苦悩があるのだろう。

 俺はどこまでも続く荒野で、限りない時を生きる人々の気持ちが、少しわかった気がした。


 しばらく歩くと、街を出て岩場の続く大地が広がる。


 そこでは、数十人の男女が素手や木刀を使った試合をしていた。各々の試合に、ちゃんと審判役もいる。

 マンナを得る為に、修羅界では戦う事が毎日の仕事のようだ。

 前は真剣や、修羅界に魂が降りた時に配布される武器を手に戦う、命のやり取りが勝敗を決めたが、阿修羅王の時代から、殺すまでには至らない試合形式なった。


「お兄ちゃん。綺麗どころ引き連れてお散歩かい?」


 いきなり巨漢の大男が行く手を阻む。

 例え王族と同行していようが、修羅界では戦いたい相手と、自由に試合ができるとジェシカが教えてくれた。

 相手は、2メートル以上、推定120キロ以上の大男。つるっ禿げで全身傷だらけの、どこからどう見てもヒールなオッサンだ。

 目は剛悪で血走り、口元は喋るたびに悪臭を放つような、これぞ修羅界生き残り組といったところか。

 神具と、仲間の援護で牛頭は倒せたが、タイマンでレスラー並みのおっさん相手では分が悪い。


「にいちゃん。エモノは何がいい?」


 全て木材で作った刀、戦斧、槍などをおっさんは選んでる。やる気満々だ。


「試合ですよねぇ?」


 俺は少々ビビりながらも、ジェシカ達の前で、カッコ悪い負け方も出来ないなと困っていた。


「アナタ応援してるからね!」


 ジェシカは煽ってくれる。


「それでは審判は、私レンゲが受けましょう。相手が参ったと言うか、行動不能で試合終了。いいですね?」


 ヒールのおっさんは、いいともいいともと頷く。3度の飯より喧嘩好きという感じだ。

 参ったな。と思いながらも、なんとか無傷で切り抜けようと頭をフル回転させる。

 俺は武器に木刀を選び、おっさんと向き合う。


「それでは、試合開始!」


 デカイ相手とやりあうなら、牛頭の時と同じように、速攻戦でスピードが命だ。

 俺は、おっさんへ向かいダッシュすると、足元で両手を地面に付き、両足を顎めがけて蹴り上げた。

 デヘデヘと、口元にヨダレを垂らしていたおっさんは油断していた筈だ。

 おっさんがフラついた所を、後ろから首筋に木刀で一撃。相手は倒れた。


「試合終了!」


 流石に百戦錬磨の蓮華王。

 試合が長引けば俺が不利であると解っている。おっさんが起き上がる前に、終了のゴングを鳴らしてくれた。


「やるじゃんジン!」


 仲間たちとハイタッチを交わすと、おっさんは尻もちをついたまま、立ち上がれないようだ。


「お若いの、お見それしたぜ」


 潔く自分の負けを認める辺り、顔に似合わず、そこまで悪人ではないようだ。

 いつの間にか周りの戦士達も、傷だらけのおっさんと、王族同行者の俺の試合を遠巻きに観戦していた。


「共に闘おう。魂の解放を阿修羅王とともに!」


 木刀を高々と振り上げると、歓声が上がる。効果はバッチリのようだ。

 結構、俺って役者だよなと思う。

 二度とこんな危険な博打は打てないな。


 その翌日、天界から使者を通して、修羅界アスラへ会談の申し込みがあった。

 神々の全権代理はガブリエル。聖書でも名前が出てくる大天使だ。こちらの意図が見えない以上、探りを入れてくるのも当然だろう。


「話し合いを装い、グサリとくるのが戦争というもの。レンゲとアスラは割と人がいいからなぁ〜」


 物心ついた時には短刀を与えられ、人の殺し方を教えられたジェシカ。

 結構、物騒な事をサラリと言う。


 そのジェシカを天界へと誘ったのは、大天使ガブリエルだったそうだ。


 一体、どこの国のどんな時代だったのか検討もつかないが、ジェシカが人間界にいる時代、刃物で語り合う争い事は尽きなかった。

 修羅界でのジェシカを、アマゾネスみたいな格好と思ったのも、あながち間違いでもなかった様だ。

 ジェシカの生まれ育った部族には、なぜか男子の人数が、圧倒的に少なかった。

 男達は戦で死んだのか、生まれてくる赤ん坊に女の子が多いのかわからなかったが、20対1くらいの割合で若い女子の多い部族だった。


「世の中そういうもんだと思ってた。長老の夫婦を除いて、多分みんな年齢は20、30代。アタイも入れて半分は子供で、食事の世話も武術訓練も女達全員が母であり、子供にすれば、躾けにうるさい大人達だったな」


 父親には合った事がなく、部族の女達の誰が生みの親かもわからなかったという。


「アタイが短剣から、弓とか剣の訓練をしていた頃だったから、ジンの国で言えば中学生ってところか」


 馬術戦を得意としたアマゾネス部隊は、近隣の国から戦の時は外人部隊として重宝される。

 だが、一度敵になれば被害は甚大とみなされた。


「それで、アタイ達の村に兵士達がやってきた。明け方の奇襲だったよ」


 まさか自治独立を保障されている自分達に、自国の軍が攻めてくるとは考えなかったのだろう。村には砦すらなかった。


 火を放たれ、子供達も皆殺された。

 戦士の女達は勇猛果敢に戦い散って行った。数人の幼子を連れて、森へ逃げ込んだジェシカだったが、火傷を負った子らから順に死んでいった。

 雨風を凌ぐ場所も見つからず、明け方には氷点下の気候の中、抱いていた赤ん坊が息をひきとると、ジェシカは自害を選んだ。


「もういいだろう。そう思ったんだ、自分は精一杯やったからと」


 赤ん坊の亡骸を埋めるために、凍りついた大地を木片と素手で掘る。

 爪は割れて、両手は傷で血だらけになる。


「泣き方も忘れた。悔しかった。自分の無力さを呪った」


 大木の下に埋めて、子供の頃から愛用していた短剣を取り出す。


「その時だ。大木の枝が風もないのに震えたと思ったら、図太い幹が観音開きに開いたんだ」


 多分、神木とか言われるほどの樹齢を重ねた木だったのだろう。天界へのゲートが開かれた。


「そこから金の瞳を持った男が現れた。数人の女もいた。ああ、天からのお迎えだなと」


 自分は、すでに死んだのだとジェシカは思っていた。


「そして天界での生活が始まった。天界では年はとらない。その後、天の使いで何回か下界へ降りて人間相手に闘った。地上で過ごした分だけ、肉体は年をとった」


 天界の先人達は、剣術や武術に優れた者も多かった。彼らに鍛えられ、ジェシカは戦術にも長けた剣士に育てられた。天の剣士として神々の為に闘うのだ。そう思っていたそうだ。


「ところが大先輩のレンゲに教えられた。天界人は神なんかじゃないってね」


 当時、天界の一部の地域を、アスラとレンゲが赴任して治めていた。

 異界のワールドの広さは、地上界の広さと同じだそうだ。地域ごとに、王や藩主が人民を治めている。


「神の作った地上から、何百年たっても、何回も何百回も討伐だと人殺しをしても、戦争も争いも無くならないんだ」


 天の使いでジェシカは、神々に都合が悪い人間を屠っていたのだ。

 ジェシカの瞳に涙が浮かぶ。


「何度も、何度も、、、」


 嗚咽をあげるジェシカに、俺は何も言えなかった。

 こんな生き方を強要され、千と何百年も生きるのは、まさに地獄の日々だっただろう。

 天界の在り方を疑問に思っても不思議ではない。


「みんなで世界を変えよう。全部終わったら一緒に暮らそうな」


 俺は、泣いているジェシカの肩を抱く。


※アマゾネスー実在したかは不明ですが、女だてらにやたらと強かったそうです。

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