2、異界の妻をめとらば
牛頭の毒ナイフで倒れた俺は、天女達に命を救われた。目覚めればフカフカベット寝かされ、JKアーシャが俺の体上で馬乗りなっている。
寝ている間に、俺の貞操が奪われたかしら?
誰かの声がする。俺の名前を呼んでいる。
人は死ぬときに、最後まで耳は聞こえるのだと何かの本で読んだ。
俺は死ぬのか?うっすらとした意識の中で、赤毛でそばかすの女の子が俺を見つめている。
ああ、俺の名を呼んでいたのはジェイか。今日会ったばかりだが、何故か懐かしい気もした。
俺のために泣いてくれた女。
俺の意識は、もう一度深い闇の中へ落ちていった。
胸が押さえつけられるような、息苦しさを感じる。
(く、苦しい)
なんとか息を吸おうとあがくが、意識がはっきりしない。一瞬、胸の重みが楽になると、思いっきり息を吸い込む。そこで俺は目が覚めた。
「あっ!やっと起きた。お寝坊さんね」
寝ている俺の胸の上に、アーシャが馬乗りになって座っている。胸の息苦しさは、こいつのせいか。
「えっとアーシャ、何をやってるのかな?」
これが自宅で、自分の部屋なら喜ばしいシチュエーションだが、ちゃんと記憶はある。
油断して牛頭の毒ナイフにやられたのだ。どうやら、まだ生きているらしい。
「ジンたら、毒が抜けても全然起きないんだもん。私が起こしてあげたんだよぉ〜」
俺はフカフカベッドに寝かされていた。
アーシャが離れると、ベットの脇にはジェイがいた。窓から高層ビルが見える。ホテルの部屋のようだ。
「目覚めたかジン。よかった」
ジェイは、今にも泣きそうな顔をしている。心配してくれたのだろう。
「ありがとうジェイ。迷惑かけたな」
自分の失態で、看病までしてもらったようだ。
「気にすんな。仲間だろう?」
笑顔のジェイが眩しく見える。やっぱいい女だな。年上で俺より身長が高い点を除けば、お嫁に欲しい。
「ジェイは3日も付きっ切りだったんだよ」
「アーシャ!それは!」
顔は疲れてやつれているように見えるが、照れてるジェイも可愛い。
法衣から着替えたようで、映画で見たアマゾネスみたいな格好をしている。革製のブラや割れた腹筋は、グラマス感が増して、均整の取れた身体に一層の美しさを感じる。
「牛頭はどうしたんだ?」
無事にミッションを果たせたか、俺は気になった。
「大丈夫だよぉ〜。今頃は監視付きでアスラのお城で牢屋の中さ」
レンゲの旦那。天界と地獄界の裏切り者、アスラの暗殺計画は防げたようだ。
アーシャはレンゲとラングスに、俺が目覚めた事を伝えると言って、部屋を出て行った。
「ジンはこれからどうするんだ?」
ジェイが問いかける。
レンゲとの約束の、阿修羅王暗殺は防いだ。もちろん俺一人の功績ではないが、少しは役に立ったはずだ。天女達ともっとお近づきになりたいが、バイトもあるし親が心配しているかもしれない。
「俺のヘマで、みんなには迷惑かけた。ジェイにも感謝しているが家に帰るよ。俺は今のまま、普通の人間でいい」
地獄界の十王達が俺の裏切りを知ろうが、生きてるうちは手出しが出来ない。
「そうか。ジンには帰る場所があるものな」
ジェイは寂しそうに言う。
1日限りの仲間だったが、彼女たちがこれから人間のために戦おうとしているのに、そうと知っても、俺は居心地の良い自分の世界に逃げようとしている。
顔を合わせているのが辛くなり、部屋を見廻す。
シェラトンだかハイアットだかわからないが、一流ホテルのスウィートであることに間違えはなさそうだ。
「武藤仭!」
「ハイ!どうしたジェイ?」
突然真顔になったジェイに、俺は油断しての失態を怒られるのかと思った。
起き上がるとベッドに腰掛け、ジェイの方を向く。
「私の本名はジェシカだ。ジンにだけはジェシカと呼んでほしい」
「わかったよジェシカ。本名が聞けて嬉しい。ジェシカはいい女だな」
ぽろっと本音が出てしまった。
キャバ嬢口説いてるわけでもないのに、死線をさまようと人間は素直になるのか?
ジェイ改めジェシカは、顔を真っ赤にしている。
「す、すまないジェシカ。いや気にしないでくれ。色々あって俺もその、、、」
なぜか、お見合いみたいで居心地が悪い。
「本当か?」
「?」
「本当にアタイはいい女だとジンは思うのか?」
ここは、冗談ですでは済まされない雰囲気だ。
「それはそうさ。初対面の俺にもここまでしてくれて、俺が倒れた時も抱きとめてくれた。ジェシカはとてもいい女だ」
「それはお前にとっていい女か?」
「もちろんだ」
一流ホテルのスウィートらしき寝室で2人きり。赤面した赤髪長身女を前に、妙な感じになってしまった。
ドアが開くと、天界の乙女たちが入ってきた。服装は今どきのファッションだ。
俺は、ジェシカだけが、戦闘服ぽいのが気にはなった。生粋の日本人に見える、黒髪ショートボブのレンげは、俺が帰ると言うと不機嫌になった。
「ちょっと!私達はいいとして、ジェイはアンタの命を助けるのに大変な思いをしたのよ!」
「俺のヘマで迷惑かけたのは謝るよ」
すごい剣幕で、レンゲに怒られた。
俺一人残され死んでいても、みんなは、それぞれの異界に帰ればいいのだから、都会の不審死で終了。誰も困らなかっただろう。
「いいんだレンゲ。アタイ達もジンの助けがなきゃヤバかっただろう?」
怒るレンゲを制止して、ジェシカは俺の方を向く。アーシャ、ラングスも横に並ぶ。
「武藤仭。天界を代表して礼を言う。良くやってくれた」
天界の3人は頭を下げる。修羅界レンゲは、まだむくれている。
「こちらこそ、命を助けてもらって本当にありがとう。みんなと一緒に行きたいが、俺では足を引っ張る事になるかもしれない。だからここでさよならするよ」
アーシャは涙ぐんでる。後ろ髪引かれる思いだ。
「勝手にすれば!」
レンゲは目を合わせようともしない。預かった現金を返そうとするが、これも受け取ろうとしなかった。
4人は別れを告げて、部屋から出ていった。
去り際にジェシカが振り向いた。化粧っ気のない顔だが、口角を少し上げて意味深な言葉を残す。
「またなジン」
その笑顔は、本当に美しかった。
「ああ、ジェシカも元気でな」
ゴージャスな部屋に一人残された俺は、寂しさもあったがバイト先への無断欠勤の言い訳と、数ヶ月の手取りバイト代に匹敵する現金をどうするか考えていた。
せっかくの一流ホテルだからと風呂に入り、チェックアウトする。支払いは済んでいた。
電車を乗り継ぎ自宅へ帰ると、玄関で両親が揃って出迎える。食卓には普段並ばないような料理と、お酒まで用意されていた。
家族の誕生日でもない、それとも父親の還暦祝いか?
聞けば、どうやら俺へのはなむけらしい。社会人になって、一度もそんな歓待を受けたことがない俺は驚いた。
「ジン!やれば出来るやつだと父さんは前から思ってたんだよ」
「そうよぉ。うちのジンは小学生の頃は優等生だったんだから」
父親も母親もなんだかいつもと違う。優等生だったのは情けない話だが小2までだ。
「親父もお袋もどうしたんだ?3日も連絡しなかったのは悪かったけどさ」
少々、両親の興奮ぶりが気持ち悪くなってきた俺は理由を尋ねる。
「何ってお前!すごいじゃないか。ジンが大使館勤めで、いきなり役職だろう!母さんと驚いてたんだよ」
「そうよぉ。ジンさんは今帰宅しましたからと、わざわざ電話まで頂いて、急いでお祝いの準備したんだから。研修ご苦労さまだったわねぇ」
ものすごーく、嫌な予感がしてきた。
聞けばバイト先はすでに退職扱いになっていて、3日前から亡国の大使館に勤務している事になっていた。
(や、やられた・・・)
レンゲが、事前に手を回していたのだ。
考えてみれば六界の存在を知り、関わった俺を、レンゲが素直に帰す訳がない。
「明日も大変なんだろう?今日はゆっくり休みなさい」
「そうよぉ。大使館から迎えの車が毎朝来るって言うじゃない。大出世ねぇ」
こんなに両親が喜んでくれているのだから、何かの間違えですとも言えない。
しかし、迎えの車とは驚きだ。
翌朝、我が家にしてはゴージャスな朝食を摂っていると、玄関のチャイムが鳴る。
「あらぁ。わざわざ、すいませんね。さぁさぁ汚い所ですが、もうすぐジンも用意できますのでぇ」
お迎えとやらが来たらしい。母親が俺のいる台所へと招き入れる。
「ブッーーッツ」
口に含んでいた味噌汁を、俺は思い切り吹きだした。
「ジェ、ジェシカ!」
入り口に立っていたのは、黒いスーツと赤髪をヘアセットしたジェシカだった。
「武藤補佐官。お迎えに上がりました」
今日はメイクしているが、それにしても昨日までと大違いだ。
初めて会った時の神父服と、戦闘用装備みたいな服装のジェシカしか見た事がない俺は、女って怖いと心底思った。
180を超える身長と、整ったスタイル。
髪をアップにしているジェシカの姿は、海外のアスリートかモデルのようだ。
「ほらジン。お待たせしたら申し訳ない。早く行きなさい」
父親急かされ、ジェシカに見とれていた俺は我に帰る。
「またねって言っただろ?」
ジェシカがスワヒリ語で、そう言うとにこりと笑う。光の先人が授けてくれた語学能力のお陰で俺にも理解出来る。
「こんなに早く、君と再開できて嬉しいよ、ジェシカ」
少しイヤミ含めて、俺もスワヒリ語で言い返す。両親はいきなり息子が外国語喋ってると、驚いている。
「さぁ、行こうか」
昨日、大使館から俺宛に届いていたスーツのジャケットを羽織ると、ジェシカと共に家を出る。こうなったら、乗ってやろうじゃないか、レンゲの計画とやらに。
家の前には、黒塗りの高級車が止まり、運転手さんが挨拶して来た。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
車に乗り込むと、横に座ったジェシカに聞いてみる。
「アタイの役目はジンを守ることさ。レンゲも言ってただろう?地獄界は直接人間の魂を奪う事は出来ない。ただし拘束や、死なない程度の拷問は出来る」
忘れていた。地獄の使いは牛頭だけではないのだ。
「でも、この前はたまたまうまく行ったが、俺の力なんてたかが知れてると思うが」
黒塗り高級車を近所の人が、何事かと見ている。俺の両親は、玄関先で手を振っている。
結構恥ずかしい。
「とりあえずは、本当の大使館員として生活してもらう。ジンが必要になれば、レンゲから連絡が来る」
車が走り出し高速道路に乗る。ジェシカは物珍そうに窓の外を見ている。俺はスマホのマップを使い、遠くに見えるビル郡や地名を説明する。
レンゲは今回の人間界は、100年ぶりだと言っていた。ジェシカも久しぶりの下界なのだろう。
六本木の高層ビル内にある、某国の大使館に着くと、俺専用のオフィスまで用意されていた。秘書官がジェシカで、他に某国の大使館員が数人。皆、俺の部下だそうだ。
「武藤補佐官、着任早々で申し訳ないのですが、来月の視察と日本のデパートで開催される。我が国のレセプションの打ち合わせです」
最初の仕事は、某国の遺跡や古代文明の展覧会を大使館主導で開催する企画だった。各国大使も参加する、某国にしてみれば重要な案件だ。
「わかりました。まずは関係各所への連絡と、手配の担当決めからですね」
なんで日本の若造が、自分の国の大使補佐官なんだ?という顔の課員をまとめ、俺は人間界の仮の仕事に打ち込んだ。
スワヒリ語、英語、フランス語、中国語など多国語を使いこなし、その国の文化にも精通した俺への、周りの目はすぐに変わった。
他国との大使補佐官パイプも作り、秘書のジェシカやスタッフが有能だった事もあり、数ヶ月で東京にある各国の大使館に、某国の大使補佐官、武藤仭の名は知れ渡る事になった。
大使館の給料は俺にとっては破格の金額で、両親にプレゼント。生まれて初めて自分用に車も購入し、ジェシカとドライブを楽しむ。
ジェシカの人間界の住まいは、なんと俺の自宅の裏にあるアパート。2階の俺の部屋から、ジェシカの住んでいる部屋が見える。お互いがベランダに出れば、建物の距離が近いので直接会話が出来るくらいだ。レンゲの手回しの良さには感心する。
我が家は禁煙なので、俺はいつものように自室ベランダに出て一服する。
「おつかれジン。例の経費の件なんだけどさ」
ジェシカも窓を開けて、自室ベランダに出てきた。手を伸ばせば触れられる距離で、今日も夜の打ち合わせだ。
「まずは、この見積もりだけどさおかしくね?」
俺も軽く仕事モードに入る。
アマゾネスの格好や、スーツスタイルのジェシカもいいが、風呂上がりの素っぴんスウェット姿もいい。
「そうだ。週末は新宿どう?会食の店探しも兼ねて」
俺の護衛をレンゲから仰せつかったジェシカは、自宅以外ではほとんど一緒に過ごしている。
休日に俺が外出しないと、ジェシカも自室で閉じこもっているので、最初は悪いなと思いデートに誘ったが、今は毎週末一緒に出かけたり、俺の家で過ごしている。
オンもオフも充実した1年。リア充とはこんな生活を言うのだろう。ジェシカも心底楽しそうだった。
ただ、不思議と好意は寄せていたが、お互いが、恋愛感情までには至らなかった。
今は、仮の姿なのだ。心のどこかでそう思っていたからだろう。それでも俺は、本来の目的を忘れかけていた。
ある日の事。深夜、自宅にいた俺はコンビニに行こうと、サンダルを引っ掛けて家を出た。しばらく歩くと、突然あの違和感が不意に俺を襲う。そう、最初のアスラ暗殺計画を阻止した時の、牛頭に感じた禍々しいオーラだ。
ジェシカ曰く、霊力と呼ぶらしい。
「武藤仭だな?」
コンビニの手前にあるパーキングで声を掛けられた。見た目は、普通のガタイのいい青年。ただ、その目は冷たく、血の通った人間のものとは違う。
「あんたは?」
地獄界の十王の使いである事は間違いない。俺は殺されかけた、1年前の出来事をすっかり忘れていた。
「私は馬頭。自己紹介の必要はないな。1年前、我々と天界が放った阿修羅暗殺部隊は、返り討ちにあったと判断された。なぜお前は生きている?」
馬頭は懐に何か忍ばせている。天界と地獄界の条約のおかげで殺されはしないが、痛いのはヤダ。
「俺が集合場所に到着した時には、誰もいなかった。仕方なく帰った」
前から用意していたセリフを喋る。
「牛頭の居場所も知らないのか?」
どうやら牛頭が逃亡して、地獄側に報告したわけではなさそうだ。
「ああ、わからないね」
人間界で俺と行動を共にしている、ジェシカの存在も、馬頭は知らないようだ。
俺は少し安心した。
「一緒に来てもらおうか。十王がお待ちだ」
十王の命令は、牛頭をサポートしてのアスラ暗殺。万が一、修羅界側が接触して来たら仲間になる振りをして情報を知らせる事。
「もう俺は用済みだろう?」
天界3人娘も阿修羅の暗殺計画に動いたが、最初から地獄界を裏切っていたとは知るまい。
「そうは行かない。お前はすでに関わってしまったのだから」
そう、一度関わってしまえば、何事も勝手に抜ける事は出来ない。特に異界を知る者は。
目隠しされた俺は、馬頭に拉致され地獄界へ連れて行かれた。
そして、冒頭の2回目の十王との対面となった。
阿修羅暗殺計画に、参加すら出来なかったという俺の言葉を聞いて、十王達は信用したのかわからないが、素直に地上へ返してくれそうにない。
どうしたものかと思っていると、突然地獄の審判室に虹色の光が現れる。
「これは地上からの門。一体誰が?」
十王達が騒ぎ出した。無理やり地獄界へと繋がるゲートを誰かが開いたのだ。飛び出して来た黒い影は、大型の剣を十王に向けて放つ。
「ファランクス!」
アマゾネス戦闘着のジェシカだった。
大剣から放たれた火球が、四方八方で爆発する。
「ジン!これを!」
ジェシカが投げよこしたのは、俺のラムーの三節棍。ダッシュで受け取ると、俺も戦闘態勢に入る。
どこから出て来たのか、頭が猿とか鶏のマスクをした地獄界の兵隊が襲ってくる。
「ジェシカ数が多い!」
なんとか神具を駆使して、戦闘員を倒す。牛頭とやりあった時より身体が軽い。
俺は息切れして来たが、ジェシカは目にも止まらない速さで大剣を振り回し、敵を斬り倒していく。
「ジン、ジェシカ!こっちよ!」
地獄の業火の壁に、別のゲートが開かれていた。ラングスだ。
木簡が宙を舞い、大きな六芒星を描く。
「今のうちに!」
ラングスの捕縛術式が発動し、俺たち以外はその場を動けなくなる。ラングスの作ったゲートをくぐり抜け、なんとか俺達は人間界へと戻った。
ゲートの出口は、お寺の境内のようだった。そこにはアーシャやレンゲもいる。
「レンゲ、みんなも。どうして?」
また助けられた。
「話は後よ、これで地獄界も本気になる」
聞けば、俺の霊力を繋いで、何かあれば全員で行動に移せるように、準備していたようだ。
「審判の間へのゲートは、人間界からしか開けない。追っ手が来る前に行くわよ」
レンゲ達は別のゲートを開く。修羅界へと続く道だ。
「今度はどうするのジン?」
天界4女が俺を見つめる。
仕事も順調、光の先人から受け継いだ知識は豊富で、大学から考古学の授業のオファー来ていた。
地獄の使者の追跡をかわして生きる事も出来なくはない。
ジェシカが俺の正面に立つと、顔を近づけてくる。
(これは?えっと)
チュウーだ。接吻だ。口と口で!
いいのかな?と思いながらも、ジェシカと俺は長いキスを交わす。
(気持ちイイ〜)
仲間同士の挨拶にしては濃厚だった。生きててよかった。
しばらくの沈黙の後、
「ジン。無理にとは言わない。ただ、これからのアタイにはジンが必要だ」
ジェシカは、座っている俺の前にひざまずくといきなり切り出した。
「えっ!えっと。」
最近は女性からのプロポーズが多いと聞いたが、まさか自分に求婚してくれる女がいるとは夢にも思わなかった。
「今は、そんな場合ではないのは重々承知。ただ約束してくれるなら、生涯を貴方の盾となり剣となる事をアタイ、いや私は剣士として誓おう」
普通は男性のセリフだが、ジェシカが言うとなぜかサマになる。素直にカッコいい。惚れる。
「俺でよければ」
軽いノリで応えたつもりもないが、なんとなく、友達が彼女になっちゃいました的な感じで、そう言ってしまった。
俺は押しに弱い。
「そ、そうかジン!いやジン様。修羅界で共に闘い、必ずや勝利を手に入れよう。そうしたら今度はお嫁さんとしてジンの両親にご挨拶に行って、、、」
レンゲ達は、遠巻きに成り行き見守ってる。
「ジェシカ、今まで通りジンでいいよ。一緒に行こう」
こうまでされては、もう引き下がれない。
レンゲ達が飛び込んでいくゲートを、俺とジェシカは手を繋いで潜る。
「ジンとは初めて会った気がしなかった。最初に出会った時から」
グレーの瞳の中で、ゲートの放つ七色の光が反射する。
「実は俺も。なんだろうな」
不思議な感覚だった。
おそらくは千年以上も前に現生を生きた古代人と、生まれ落ちてたかだか20数年の俺が前世を共にしていたとは思えない。
ただ、運命があるとしたら、これが運命かもしれない。
「決めた。もう人間界には帰らない。ジェシカと地獄だろうと、一緒に行こう。俺は頼りがいがないがいいのか?」
今度は俺からジェシカを抱き寄せる。
「ジン。最初に頼りなさげと言ったのは謝るからぁ」
困った顔をしているジェシカに、俺は笑顔でこたえる。
「気にしてないよ」
もう一度、二人はお互いの意思を確認し合うように、抱擁と長いキスを交わす。
「2人とも早く!ゲートが閉まる」
光の門から、首だけ出したアーシャに急かされ、俺達は修羅界へと足を踏み入れる。
修羅界へのゲートは、アスラが築いた阿修羅城へと繋がっていた。
仲間達との、1年ぶりの再開の挨拶も早々に、阿修羅王との接見があった。
「阿修羅王のおなーりーぃ〜」
アーシャやラングスとレンゲ、そしてその横に、長身の細身で色白の男が付き人の僧侶達と部屋に入ってきた。
流石に王だけあってオーラを感じる。
バイオレットの瞳が静かに俺を見る。
レンゲのエジプト風衣装と、アスラの黒い僧侶服がなんともアンバランスだ。
彼がこの世界の王、阿修羅王か。
この世界で生きると決めた以上は、俺が仕えるのはこのアスラな訳だ。
王は俺とジェシカに近づいて来た。
おもむろに膝を折ると、忠義の挨拶をする。
「阿修羅王とお見受けしました。この度は、私ごとき卑しき者をお助け下さり、誠にありがとうございます。このご恩に報いるよう、命をかけて闘う事を誓います」
えっと、王の指輪にキスだっけ?
昔見た、中世剣士物の映画の口上は、こんな感じだったハズ。
するとアスラも膝を折り、俺の肩に手を置く。
「おやめ下さいジン殿。貴方に2度も命を救われたのは私の方です」
「勿体無きお言葉」
俺は、意外にも腰の低い王に戸惑った。
「二人とも、格式ばった挨拶はもういいでしょ。これからは天界、そして地獄界と闘う戦友だからね」
クレオパトラみたいな格好のレンゲは、呆れた顔だ。着ている物のせいか、地上にいる時より大人っぽく見える。
「ところで蓮華王。最初に命を救ってくれた礼を言ってなかった」
俺は頭を下げようとするが、レンゲが制する。
「私たちはほとんど何もしてないわよ。ジンの命は、あの時マジやばかった。私達は止めたのに、ジェシカが危険を承知で天界へ戻って薬草を手に入れなきゃ、牛頭の毒ナイフで死んでたわよアンタ」
「ジェシカが?」
ジェシカは顔を紅くして、モジモジしている。ここでキメなきゃ男すたる。
ジェシカの気持ちに応えると決めた。
俺は立ち上がってジェシカの前に立つ。
「阿修羅王よ。お願いがございます」
アスラは俺を見て両手を開くと、何なりとという素振りを見せた。
「ジン殿、いやジン。今後、私をアスラと呼んでくれたら、なんでも願いを聞きましょう」
なかなか良い王様だと思う。
「では、お言葉に甘えてアスラ。今は貴方とレンゲ王女の配下であるジェシカを、闘いが終わった後に、私の妻として迎える事をお許し願いたい」
アスラの返答はもちろんYESだった。
仲間たちの祝福の拍手はいつまでも続いた。
まだまだ続きます。