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1、人間界~初戦にしては上出来でしょ!~

まだ早朝だと言うのに、レンゲからメールが届く。今時メールですか?とか思ったが、指示通り池袋へ向かう。そこには、地獄の使い牛頭と美女3人が。

 何かの物音で目を覚ますした俺は、枕元に置いているスマホに手を伸ばした。

 時間を確認すると朝方だった。

 レンゲと別れて帰路に着いた俺は、同居の両親へただいまと言った後に自室へ直行して眠りについた。


 スマホにメール着信マークが付いている。


「メール?」


 どうやらスマホのバイブで起こされたようだ。メールなんて今時ほとんど使わないので、着信メッセージは1件だけだ。


「、、、読めない」


 メッセージは英語だった。よくある海外からの迷惑メールだと思い、スマホ画面をオフにする。

 もう一度眠ろうかと目を閉じるが、自分で登録したアドレス以外は、メール受信しない設定なので迷惑メールが来るはずがない。

 気になってメールの内容をコピぺして、翻訳してみる。


(思ったより相手の動きが速い。直ぐに行動を。午前6時池袋)


「これだけ?」


 レンゲなのか牛頭なのかわからない上に、送信先のアドレスは空白だった。

 どうやら異界の人間は不親切らしい。


「こんな朝方にどう行動を起こせって言うんだ?」


 寝ている所を起こされた俺は、届かないとわかっていても、返信メールに文句を書いて送信ボタンを押す。すると不思議な事に返信が来た。


「また英語だ、、、」プリーズジャパニーズ!俺は英語は苦手なんだよ、英単語を見るとアレルギー反応が出るんだよ!と無茶苦茶な内容の返信を送る。


 何回か宛先不明者とのメールをやり取りすると、やっと日本語で返信が来た。


「牛頭が動いた。接触して情報を得よ。あなたのレンゲより」


 どこぞのキャバ孃じゃあるまいし、あなたのレンゲって何だよ!とメールに突っ込みを入れつつ、俺は出掛ける準備を始める。池袋なら始発で十分間に合う。


 日が昇る前の街を駅へと向かう。


 閻魔達もレンゲと同じく、連絡はこちらからすると言っていたが、使いの牛頭はどうやって連絡してくるつもりなのだろうか?

うっすらと東の空が明るくなって行く、例え地獄に落とされようが、陽はまた昇る。

 2、3日レンゲとアスラの夫婦に協力すれば、元のお気楽生活に戻れる。そんな事を考えながら電車に乗り込むと、今度はスマホの着信が鳴った。


「ハイ」車内だが周りに人もいない、電話をしてても大丈夫だろう。


「私だ。これから池袋まで来い。場所は、、、」


 牛頭だった。どうも最初の戦地は池袋のようだ。バイト以外で都心に出かけたりしない俺は、全く土地勘がない。


「以上だ」


 要件だけ言うと電話が切れた。嫌われるタイプの人間だ。いや、元人間の地獄の使い魔か。

改札を出て、牛頭の指定場所へ移動する。人気も少ないサンシャインシティ。指定されたコンベンションホール入り口へとたどり着いた。本日貸切のホール入口ドアは鍵が開いていた。おそらく牛頭側が1日借り切ったのだろう。


 レンゲに牛頭からの指示があった事を伝えたかったが、スマホのメールフォルダに受信履歴も着信履歴も残っていない。どういう仕組みだ?


 映画館並みの分厚いドアを開けると、ホールの中には俺を最初に地獄送りしてくれた牛頭がいた。相変わらず黒ずくめのスーツで、奴の放つ禍々しいオーラが、俺の全身を警戒モードにする。

 今回は他に、三人の白いフードを頭からかぶった怪しい人物も同行している。

俺は観客席の狭い階段を降りて行く。


「思ったより早かったな」


 例によって牛頭の冷たい視線が俺を威圧する。SPに紛れ込むだけあって、身長は190を超えガタイもいい。元は人間のはずだが、悪い意味で人間離れした印象を受ける。ホール内の照明は明るいが、こいつの周りだけが闇を放っている。


「この人は?」


 白フードの一人が口を開いた。女性の声だ。


「人間界の協力者だ」と牛頭。


 協力した覚えはないが、とりあえず合わせておく。


「どうも武藤仭です。ジンと呼んで下さい」


 どうも、と三人の白フードは頭を軽く下げる。よく見れば三人とも女性のようだ。


「私は相手の動きを探ってくる。武藤に計画を説明しといてくれ」


 牛頭はそう言うと足早に去って行く。呼び捨てかよ!と俺は思いながらも、白フード達と顔を合わせる。ホールの扉が閉ざされると、白いフードの1人が口を開いた。


「レンゲも大変だな。こんな頼りなさげな男じゃ」


 俺の顔を凝視するなり、本人の目の前でそう言う。

 少しびっくりしたような表情をしていたのは、気のせいだろうか?


「ちょっと!初対面なのに失礼よ。いくら頼りなさそうに見えても、レンゲ姉が選んだんだから」


 失礼を輪にかけて、もう一人が口を開く。


「二人とも、おやめなさいよ!仮にも阿修羅様と蓮華王の選ばれた御仁よ。頼りなさそうに見えて、実は屈強なお方なのよジン様わ!」


 こいつら全員失礼だ!と思いながらも、地獄の使者である牛頭の連れ人からレンゲの名前が出るとは思わなかった。

フードを取ると三人とも年齢はまちまちのようだが、なかなかの美人だ。


「安心してジンさん。私たちは阿修羅側よ。閻魔の依頼で天界から遣わされたの」


 黒髪ロングのツリ目女子がニコリとすると皆を見回す。人間界の年齢なら15、6歳くらいか。三人の中ではピカイチは彼女だ。成人したら是非お嫁にしたい。


「あたい達は怪しまれずに天界から人間界に降り、某国通じてレンゲとコンタクトが取れたってわけさ」


 今度は、長身の赤髪そばかす女子がそう言う。20後半と推測。


「そう言う事ですので、阿修羅様の暗殺計画は、我々4人で協力して防げればと思います。よろしくお願いします」


 金髪のポニーテールで、一番まともそうに見える女子は、20前半といったところかしら?

 三人ともアスラとレンゲ側の、天界のブレーンというわけだ。女性とは言え、三人ともレンゲと同じく王とか神とか呼ばれるのだろうから、俺一人よりずっと心強い。


 尚且つ俺は、短い間でも女子と行動をともに出来る事に喜びを感じていた。

 バイト先はコック長やイケメン男子達。久しぶり女子との接触で、期待に胸を膨らませたレンゲは所帯持ち。

 暗殺だろうが、天中殺だろうが防いじゃうぞー!と気合を入れる。下心のない男など存在しない。断言出来る。


 金髪女子は笑顔のまま自己紹介を続ける。


「私はラングス、ラングス=テルモア。人間界で暮らしている頃は、錬金術師を生業にしておりましたのよ」


「あたいは、今の世界でジェイと呼ばれてるアルファベットのJだ」


 赤髪も名乗る。


「私わぁ。アーシャー=イル=ダルカナ、アーシャでいいわ」


 ツリ目もニコリとする。女子に囲まれて俺は少し緊張している。


「よろしく。ジンと呼んでくれよな」


 今日一日でも、女子にファーストネームで呼ばれるのはとても嬉しい。出来れば、現生でもっとお近づきになりたい。年老いて天国に逝く前に。


 俺は白い法衣をまとった、美女達の服装が気になった。


「ところでその服、目立ちすぎじゃない?」


 教会にいる神父さんみたいな格好だ。コスプレにも見えなくもないが、暗殺には向かない。逆に目立つ事でアスラ暗殺の邪魔にはなるのかもしれない。


「その辺、牛頭も無頓着のようでね。だいたい、あいつも暑いのに上から下まで真っ黒いスーツってのも目立つよな」


 そばかすのジェイは法衣が邪魔そうだ。


「私達は暗殺を防げれば、目的は達成ですから目立ってよろしいのでは」


 金髪ラングスは法衣の中から、何やら木簡らしきものを取り出す。木のお札のようだ、何やら文字が書いてある。牛頭の動きがこれで解る、との事だ。


「牛頭の計画でわぁ。アスラ一行がまもなくここのホテルに来るので、車から降りたところを、人間達を囲んで術で金縛りにしてぇ〜。阿修羅王が逃げようとしたら、頭上から牛頭が叩くの」


 アーシャはかわいく言うが、絶対何か狙っていると思う。


「で、計画に俺が入っていないようだが?」


 ただの人間の俺がVIPに近づけるわけもなく、必要とされていない気もする。


「いえ!ジン様には重要な役割がありますわ。まずは車列を止めねばなりません。私達も瞬間移動が出来る訳ではないので」


 木簡を手にラングスは俺の方を向く。


「ラングス、ジンでいいよ。えっと、車列を止めるとは?」


「だからよー。ジンが車の前に飛び出して、轢かれるだろう。で慌てて出てきた護衛やVIPを俺らが動けなくする」


「そこを牛頭が、阿修羅をグサッと行くのだぁ」


 金髪も、そばかすも、黒髪JK世代も何を言ってるのか最初は理解出来なかった。


「グサッとじゃなくて!車にはねられた俺はどうなる!?」


 思わず笑いたくなる。なんて杜撰な計画だろう。


「人間界の医療技術は、かなり進歩していると聞きましたが」


 ひょっとして天界人は痛いとか感じないのか?三人とも、車にはねられる事くらいどうしたの?的な反応だ。


「わかった。ラングスが速攻で治癒魔法とかやってくれて、俺も痛いのはちょっとだけ。とか、そう言う事か?」


 なんとなく腹が立ってきたので、少し声を荒あげる。


「ジン怒ってるぅ〜」


 アーシャはぷくっと頬を膨らませる。小学生かお前は!


「治癒魔法というのは初めて聞きました。人間界の錬金術師も進歩したのですね」


 前言撤回。一番まともそうに見えた、金髪ラングスは天然のようだ。


「まぁ怒んなよ大将。牛頭の計画を台無しにしてやんだから、あんたも車に突っ込まなくていいだろ」


 赤毛ジェイ、もう君のことをそばかすなんて呼ばない。と俺は心に誓いつつ、まともなのはジェイのようだと認識を改める。さっきからジェイの俺を見る視線が気になる。


「それでわぁ。ジン計画を教えて」


 どこで覚えたのか、最近流行りのアニメのキメポーズを真似て、上目づかいのアーシャが俺に問う。


「計画って?」


「蓮華王は貴方に託したとおっしゃってましたが?」


 天然ラングスは、木簡から顔を上げて俺を見る。


(あのアマ〜!何が俺に託しただ!)


 心ではそう叫びつつも、レベルの高い女子に囲まれ、無策ですと言うのもカッコ悪い。


「まずは牛頭って強そうだけど、武器とか持ってんのかな?」

 敵を知り己を知れば・・・とかいうし。


 三人はお互いの顔を合わせると、全員が首を横に振る。


(何にも知らないのかよ、、、)


 美女ってだけで、情報戦では役に立ちそうもない三人を放っておいて、俺はスマホを取り出す。

 牛頭のスペックくらいは把握しておきたい。


 その間、法衣着た天女達は、異国の言葉でペラペラとおしゃべりしていた。

 レンゲといい、異界で生きるには語学力が必要なようだ。

 俺なんか日本語もあやしい。


「なるほど、牛頭も元は神様か。多分強いよなぁ」


 俺は独り言を言いながら、スマホで牛頭関連を検索していたが、考えてみれば現代人が真の異界の情報を知っているとは思えない。


「ヨォ大将。なんか策は浮かんだか?」

 ジェイに急かされる。


「いっそのこと、、、」


 思わず俺が口に出した言葉に、全員が振り向く。


「いっそのこと?」


「全員で協力して牛頭を倒せないか?」


「全員と言うと?」

 アーシャは普通言葉に戻っている。多分、ラングスに諭されたのだろう。


「もちろん俺を含めてここにいる4人、それとレンゲとアスラで、俺はともかく異界の戦士が5人いれば、いくら牛頭でも敵わないだろう?」


「戦士って言われてもねぇ?」アーシャが他の二人に同意を求める。


「ジン。私はこのお札を使って術は使えますが、人間界で異界の者相手では、効果は期待出来ません」


 ラングスの術は捕縛か。手に持った木簡は術式を封じ込めたお札なわけだ。


「あたいは剣使いだが、あいにく武器は目立つと牛頭に言われて手元にないんだ」


「アーシャも飼ってる子を連れて来れないから、人間界では普通の子。UFOさんは重くて」


 赤毛ジェイは剣士か。黒髪JK世代は何を言ってるのかわからないので、軽く流す。


「困ったな。でもアスラは修羅の世界をおさめた猛者だろう?牛頭くらいなら一撃なんじゃない?」


 やっぱり無策か。という天女の視線をかわしつつ、俺は“なんとかこの場を切り抜けるぜ”作戦を発動させる。


「ジン、阿修羅王は武術に堪能だから修羅界を一つにした訳ではありません」


 ラングスは木簡のお札を懐にしまう。


「そう、アスラはどう見ても肉体系ではないな。なんでレンゲが好いたのかわからんぜ」


 熱くなってきたのか、ジェイは法衣の袖を腕まくりする。


「そ、そうなのか?」


 阿修羅といえば現代のマンガやアニメ、俺のつたない仏教の知識でも、敵を切り倒し焼き尽くすイメージなのだが。そう言うと、美女3人は笑い出した。


「へぇ!この世界では阿修羅王ってそんなイメージなんだ。可笑しいの!」


 アーシャがケラケラ笑う。


「どちらかといえば、こっちの世界で言うところの、ガリ勉君だよ。なぁラングス?」


 ジェイは笑いすぎて目に涙を浮かべている。


「そうね!ジンたらやめてよ、もう!」


 ラングスも大笑いだ。


 3人の美女が屈託無く笑う姿は、見てて心地よい。こっちまで笑顔になる。


 しかし、武力戦で期待していた阿修羅王が戦力外とは困ったものだ。レンゲとの合流方法もわからないし。あとは・・・


 俺はレンゲから預かった黒棒を、背中の隙間から取り出す。ただの棒で地獄の使い相手にどうしろと言うのか?

 すると女子達の笑い声が途絶え、俺の手の中の黒棒を凝視している。


「ジン、その神具は?」金髪が驚いた表情を見せる。少し後ずさって見えたぞ。


「お前!使いこなせるのかよ?やばいぞそれ」


 ジェイまで驚愕の表情で黒棒を指差す。


「レンゲ姉の切り札はこれなの?!危険すぎる!」


 アーシャなんて三歩は後ずさりしている。「そんなにヤバイ武器なのか?」


 俺は軽く棒を、目の前で軽く振ってみせる。すると3人が後方へ下がると、敵意丸出しで俺を威嚇し始める。


「やめて!それ以上ラムーを私達に近づけたら、天界の敵とみなすわ!」


 さっきまで笑顔だったラングスが、木簡の札をこちらに向けている。一歩でも動けば術式を発動する気だろう。


「ごめん、悪気はなかったんだ。レンゲは何も教えてくれなくて」


 俺は言い訳すると、黒棒を背中にしまう。三人娘はやっと警戒を解き、少しだけ俺に近づいた。

 せっかく打ち解けたと思ったのに、心の距離が相当開いてしまった。


「本当に何も知らされていないのですね。それはラムーの兵器。古代、海に沈んだムー大陸の神具」


 ラングスは、札を持ったまま説明してくれる。やっぱ警戒してる。


「古代人。閻魔大王も含まれますが、彼らの時代に大国は二つありました。ラムーとアトランティスです」


 なんかすごい時代背景の話になってきたが、神話の時代に作られた破壊兵器のようだ。


「使い手の能力にもよるが、その神具は重力を操ることが出来る。街を一瞬で消滅させたとも言われてる」


 目を細めて、警戒心むき出しのジェイ。

 アーシャなんか、俺の半径5メートル以内に近づこうともしない。


「使い方もわからない神具じゃ役に立たないかな?」


 俺はなるべく乙女達の警戒心を和らげようと、笑顔で接する。


「神具を使いこなせる技量があると見込んで、レンゲ姉は託したハズよ」


 アーシャは、ジェイの背中に隠れながらそう言う。


「いいでしょう。牛頭を倒せないまでも、力を弱めて天界のどこかに隔離する事は可能かもしれません」


 ラングスは意を決したように、別のお札を取り出す。


「これは古代の知識を凝縮した木簡。時間もないので、ジンの頭の中にその一部を書き込みます」


「ラングスそれは危険だ!」


 赤毛ジェイだけが、俺を心配してくれている。ラングスはお札を俺の額にあてる。


「時間がないのです。ジンが受け入れるなら、牛頭を捕縛も可能です」


「なんかわからないが、やると決めた以上は最後まで付き合うよ。勉強は苦手だけどね」


 俺はなるべく平常心で、その場で座り込み知識の吸収とやらを待つ。


「ジン、しっかりな」


 ジェイは隣に座ると、俺の背中に抱きつく。いや押さえ込むと言った方が正しいか。ジェイが身体を密着させると、思ったより豊満なボディーで、柔らかな感触が俺の背中を包む。カンドーです♩


「しょうがないね。レンゲ姉の見込んだ男の子だもんね」


 アーシャも正面から俺の身体を羽交い締めにする。ぺったんこでもいい!おいちゃんは将来に期待する!なんて考えながら、甘い乙女の香りを期待したが、2人の法衣からはカビ臭い匂いがしただけだ。

 洗濯くらいしてほしい。


「えっとこれは?」


 これは、あれか?独占ハーレム、ムフムフ状態か?

 嬉しいやら、恥ずかしいやらで困惑している俺を無視して、ラングスは術式を発動させる。


 目に前が真っ暗になり、無数の光が伸びていく。光の輪が俺の周りをグルグルと周り、やがて人の姿になった。


(これが神様かな?)


 光の人物は手を俺に伸ばすと、額に指を置く。すると、強烈な頭痛がやってきた。光の指が額にめり込んでいく感覚がわかる。


(こ、殺す気か!)


 手足は動かない。アーシャとジェイに、がっちりと押さえ込まれているせいだろう。

 声も出ない。ずいぶん乱暴な学習法だ。


(助けてくれ!)


 酷い頭痛と吐き気で気が遠くなる。

 気がつくと目の前に乙女達がいた。


「終わったわ武藤仭。頑張ったじゃない」金髪ラングスが目に涙を浮かべている。


「よう大将!生きてたな」


 ジェイは、今度は俺をハグしてくれた。


「さすがは見込みあるわね!ジンお帰り」


 アーシャはほっぺにチューしてくれた。


 とても嬉しいです。


「あの、どうなったの?」


 鼻や耳、目の周りがベトベトする。ハンカチを出して拭いてみると、血がついていた。俺はギョっとする。


「古代の知識の一部をあなたは受け入れました。その血は代償です。とても危険な事なのです」


 ラングスが言うには、俺に知識を授けた古代人の魂。輪廻を解脱した魂を呼び出して、神具の使い方を頭に直接書き込んだらしい。費やした時間はほんの数秒だったが、やけに長く感じた。

 下手をすれば、脳味噌がぶっ飛んでいてもおかしくないとジェイは言う。


「牛頭と闘う前に命がけかよ」


 俺は、持っていたペットボトルの水をハンカチに浸すと、自分の顔面をゴシゴシと拭く。


 牛頭がホールを出て小一時間。そろそろ戻ってきてもおかしくない。


「このホール内は防音設計になっているようです。今日一日、地獄側が借り切っってます」


 血糊を拭き取り、俺が落ち着くとラングスが呪縛の木簡を取り出す。


「やるか!牛頭が戻ったら3人で術発動。俺は牛頭に一撃食らわすと」


 みんなやる気らしい。俺も気合を入れる。


「うまくいけば今日には天界に帰れるね」


 早く帰りたいらしいアーシャだが、俺は少し寂しい。


「それなら私も手伝うわよ」

 と、ミニホールのカーテン脇から登場したのはレンゲだった。


「レンゲ!お前なぁ!」と文句の2、3でも言ってやろうと思ったが、他の3人に阻まれた。


「レンゲ姉。おひさ〜」とアーシャ。


「ご無沙汰でございます蓮華王」


「よぉレンゲ!お前の使い魔の人間も大したやつだな」ラングスとジェイも俺に口を挟ませない。


(使い魔じゃねえし!)と心の中でつぶやく。


 和気あいあいと、今度は女4人で報告会が始まった。例によって外国語のようだ。俺には会話が理解できない、と思ったが、なぜか異国の会話が聞き取れる。


「なんで?」


 思わず俺は4人の方を向く。


「ああ、ジンは例のやつで?」


 レンゲもお札の効力を知っているらしい。


「詳しいことは後で、ですね。牛頭が戻りました」


 ラングスが言うが早いか、ホールの扉が開き、黒ずくめの大男が入ってきた。


「これは、これは。阿修羅夫人ではないか。天界と地獄界の裏切り者に会えるとは、私もなかなか運が良い」


 乙女達と俺が、輪になって談笑している姿を見て、牛頭は一瞬で状況を理解したらしい。


「黙れ!創造主始祖の裏切り者よ!」


 レンゲの声がホール内に響く。


 牛頭は腕を捲り、腕に装備していたクロスボウをレンゲの方に向ける。女の子相手に、いきなり飛び道具とは汚い。俺はレンゲの前に立つ。

 女子3人は牛頭を囲むように、距離を取って散る。


 段取りも何もなしで、いきなり実戦。なるべく女性陣に飛び道具が向かないように、俺はお得意?の口八丁手八丁作戦に出た。


「牛頭さんよ。生身の人間相手に、飛び道具とは卑怯じゃないか?それともガタイがいいのは見てくれだけかい」


 果たして牛頭は単純なのか乗ってきた。


「たかだか人間風情がほざけ!お前らなんぞに、我が魔剣を使うまでもない」


 武装はクロスボウと剣と見た。


「いいのか条約があるんだろう?俺が死んだら厄介な事になるぞ」


 人間界の者を、地獄界の民は直接魂を奪ってはならない。

 古代からのルールを破れば、その者は罰を受ける。さっき、命がけで仕入れた異界知識を俺は披露する。


 俺は、挑発と動揺作戦で少し時間を稼いだ。


「伏せて!レイピア!」


 後ろから合図の声がする。

 パッとしゃがみこむと、レンゲの放った数十の光をまとった剣が、俺の頭上ギリギリを牛頭めがけて飛んで行く。


 これがレンゲの神具か?危ないじゃないか!何本かは髪をかすめていったぞ!


「おのれ!」


 牛頭は光の槍を避けようと、左方向に移動しようとする。ここで金髪ラングスの捕縛術式発動。ほんの一瞬だが、牛図の動きが止まる。


 俺は背中からラムーの神具を取り出し、敵めがけて一気に間合いを詰める。


「こっちだ牛頭!」


 ラングスの方を向いていた牛頭が振り向くと同時に、俺の神具が発動する。一本の黒棒は、上に伸びるように3本へ分裂し牛頭の右腕をクロスボウごと破壊した。


 三節棍。カンフー映画でしか見たことはないが、リーチが長く攻防に優れた武器のようだ。


 この間2、3秒。俺は手を砕いた三節棍を横から払い上げる。ツバメ返しだ!

 牛頭の顎にヒット。普通の人間なら首が飛んでいてもおかしくはない。そこは地獄の使者。身体ごと後方へ回転すると、攻撃の威力を緩和した。

 ただ、手応えはあったので顎は砕いた筈だ。


 普段の俺ならこんなに早くは動けない。やはり神具のおかげか?


「ガッ!ゴ」声にならない怒りの雄叫びを牛頭があげるが早いか、再びレンゲの光の剣が牛頭の身体を貫く。


「やったか?」


 満身創痍のはずの牛頭は、レイピアを体に突き刺したまま仁王立ちしている。


「急所は外したわ。今、魂だけの存在になって、地獄の閻魔に報告されても困るしね」


 レンゲは構えを解かずに、ホールの階段を上ってくる。さすがの牛頭も動けないと思うが?と思った瞬間、2、3メートルの俺との距離を牛頭は一気に詰めると、左手で隠し持っていた短剣を振る。


 俺は三節棍で交わし、みぞおちに一撃喰らわす。

 普通の打撃ではない。神具の攻撃は一打に数十キロの重量と衝撃波が加算される。

 多分、いかに強靭な肉体だろうと、内臓破裂の一歩手前くらいの威力はあるはずだ。


 牛頭が倒れると、どこから出してきたのかチェーンやら南京錠で、ジェイとラングスが縛りあげる。


「油断したなジン。おいその顔は?」


 ようやく安心したのか、俺の周りに乙女たちも集まるとジェイが言う。


 牛頭の短剣が頬をかすめたらしく、左頬が少し痛む。


「いや、かすり傷だよ」


 初めての実戦のせいか、今になって俺は呼吸が荒くなっていた。


「あれ?」頭がクラクラする。


「この短剣は、おそらく毒の剣。かすり傷でもただでは済みません」


 牛頭の短剣を手に取ると、ラングスも俺を見ている。


「不味いわね。とりあえず修羅界へゲートを開いて!」


 レンゲが何か叫んでいる。


 その場に座り込んだ俺は、ジェイに抱き抱えられた。


「こんなところで死ぬなジン!お前にはまだやれる事があるだろう!」


 ジェイは泣いていた。

 ほとんど初対面の俺のために、異界の淑女は涙を流している。

(こいつ、いい女だな。俺なんかのために泣いてくれるのか)


 俺にやれる事?やりたい事とかあったっけ?何になりたかったんだ?何者でもない俺が、何が出来るって?


 遠のく意識の中で、そんな事を俺は考えていた。



即効性の毒なら、主人公死んでるじゃん!という突っ込みはやめて下さい!独り言。

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