プロローグ~フリーター、七界を行く~
気がつけば目の前には地獄界の十王達がいた。
人間界を含め、六界と呼ばれる世界を、修羅界の阿修羅王が混乱に陥れようとしている。
人間界に戻る条件は、阿修羅の暗殺を手伝うこと。
渋々、承諾して人界に戻れば、そこには可愛い女の子。
何やら閻魔王の話と食い違いがあるようだが?
アスタロトの身体から、紫色の毒煙が湧き出た。煙は実体化して稲妻を纏った龍の形になり、巨大化すると俺を大きな龍が睨みつけている。
「これが龍の使い手か?大層なお出ましだな。だが、所詮は紛い物の神具。我らが力には敵わぬわ!」
俺の中のバルカンが豪語するが、我らって俺とバルカンの事か?
突然、少し目眩を感じると、俺は身体から何かが分離するのを感じた。
左にはたくましい大男。右には神具を両手に携えた男。2人は実体化すると、俺の左右で武器を構える。
「ジンよ。お前はアスタロトを倒せ」
と大男。まさかとは思ったが、俺は思いついた名を言ってみた。
「ひょっとして、貴方はラムーでは?」
俺の三節棍は、元はムー大陸の王ラムーの神具。
「龍神は、俺たちが引き受けた」
もう1人の法衣を着た神具持ちが言う。
「貴方がウルカヌス神バルカン」
俺から分離した魂が、異界から元素を自ら集めて実体化した。そうとしか考えられない。
「行くぞジン!遅れを取るな!」
2人の戦士は巨大な龍へ向かって行く。俺は紫色の地獄戦士へ突進して行く。毒は大丈夫かな?
三節棍の繋ぎチェーンが外れると、それぞれ独立した武器となった。俺は二刀流でアスタロトに攻め込む。
こいつを倒せば、俺達にも活路が見えてくる!俺の霊力は、全開だぜ!!
****************
「お前は自分の役割が解っておるのか?」
いかつい顔をした閻魔王は、デカイ身体を震わせながら、俺に向かって赤ら顔を更に赤くする。
(これは怒ってるな〜)
俺は心でつぶやき、余裕を見せるためにタバコを取り出して口にくわえる。
寝返りがバレたか?まずいかな、と俺は内心ビビる。
「こやつは反省しておりませんぞ。そもそも人間界に送り返したのが間違えですぞ」
死者を裁く十王の一人、五官王もご立腹のようだ。
死んでから人は裁きを受け、天国か地獄かそれとも他の世界でやり直しかをジャッジされる。
俺の目の前にいる巨人の王様達は、裁判官というわけだ。
見た目は、三階建て一軒家くらいで中国王朝時代の服装。横浜中華街のお寺とか似合いそうだ。
十王はそれぞれ個性的で、ゴージャスな肘掛椅子に腰掛けている。
王様達の前には、これまた装飾ゴテゴテのゴージャスな机の上に巻物が積まれている。
巻物の文面は、裁かれる者の現生での行いがビッシリ書き込まれてる筈だ。
「とにかくこやつは、我々の思うようにいかないようですね。いっそ畜生道に落としてみては?」
今度は、五道転輪王が俺を指差す。
「いや、善行や悪行だけでは裁ききれない者もおります。ここは一つ、監視をつけて地獄界にて魂を鍛え直したらいかがでしょう?」
死んでもいない俺を、平等王は人界に返してくれる気はないらしい。
俺はタバコに火を付けると、王様達の前で一服しだした。
十王達が、俺に直接危害を加えたりできない事を知っている。
始まりは、初夏の夜だった。
学校を卒業してから、フリーターをしていた俺は、都心のお洒落なカフェをバイト先に選び、かわゆい女の子のお客とお知り合いになりムフフになれれば!と思い面接に行ったら、厨房の雑用係で採用された。
接客もなく気楽だし自分には向いていたみたいで、もう3年くらい働いている。
バイトの帰り道に駅の方に向かうと、通りに、高級そうな車とスーツ姿のおじさん達や、おまわりさんがズラリと並んでいた。
多分、政治家とか、外国からのお偉いさんが近くの店に来てるのだろうと思い、少し足を止めて遠巻きに眺めていた。都会では特に珍しい事でもないが、おまわりさんはともかく、スーツ姿の男達、おそらくはSPだと思うが、その連中の一人から妙な雰囲気を俺は感じ取っていた。
その時だ、向かいのビルの方からカチリという音を聞いた。
5、6階はあるビルの屋上を見上げると、ネオンの反射で良くは見えないが、映画やゲームで見たことのあるスナイパーが銃口をスーツ姿の男達の方向に向けている。
俺はどっかの超一流スナイパーであるまいし、雑踏の中で、銃の安全装置を外す音を聞き分けできるほど耳は良くない。
ただ、その時だけは、やたらと五感が優れていたようだ。
多分、店から出てくるお偉いさんを狙っていると思った瞬間、俺は行動に出た。
喚きながら、おまわりさんの方へダッシュすると、向かいのビルを指差しながら「スナイパーだ!」と何回も叫んだ。異変に気づいたSPらしき男達が向かいのビルに目を向けて、指差しながら何か叫んでいる。SPに行く手は阻まれたが、どうやら最悪の事態はまぬがれたようだ。
と、思ったのもつかの間。
目の前に立ったSPは、俺を抱き抱えるようにすると一言。
「邪魔してくれたね」と耳元で囁くと、俺の首の後ろに何かを刺した。注射針みたいな感覚があった。
多分、即効性の薬か何かだろう。
そのスーツ姿の男、俺を最初に地獄送りにしてくれた男の顔だけは忘れない。
その目は、冷酷で笑って人を殺せる者の目だ。その目は赤く光を放っていた。
そこから先は真っ暗な世界で、気がついたら目の前に閻魔様達がいたというわけだ。
「あの〜?」
初回の審判の間は、流石に焦った。
自分が死んだとも思えず、だだっ広い空間で床面は大理石の様にツルツルとしていて、天井や壁面は全て炎が見える。業火というやつか?目の前には神社の鳥居よりデカイ机と、その後ろにデカイ椅子。
良く目を凝らせば、巨人が赤やら青やらの目を光らせてこっちを見ていた。
何かのアトラクションか?確かバイトの帰り道だったはず。
困惑していると、俺の存在を無視して、巨人達は勝手に喋り始めた。
「名はムトウジンですな。」
武藤仭、俺の名だ。
「なぜ、たかだか人間に、我々の計画が邪魔されたのか理解に苦しみます」
「左様。使者に送った牛頭がいたのに、人間の邪魔を阻止出来なかったとは、困ったものだ」
「だいたい修羅の者達が、人間界に干渉し出したのが事の始まりじゃ」
あーだこーだと喋っている。巨人達は、作り物ではないらしい。
全部で10体。真ん中の赤ら顔だけは、自分でも知ってる地獄の閻魔様だと検討がついた。
俺、死んじゃったの?!マジか?
「人の子武藤ジンよ、わしらの計画を邪魔してくれた報いは本来は死刑だが、寿命の尽きない者を、殺してしまうわけにもいかん。」
と地獄界の十王の一人、変成王が言う。
よかった、まだ生きてるらしい。
「まぁ、なにがなんだかわからないだろうがよ。とにかく1ペン死んでみたつもりで、地獄界に協力せいや。なぁ!俺たちは悪いようにはしないぜ!」
とぶっきらぼうに初江王。
俺は手足や首に触れて自分の身体を確かめる。しかし、これは何の冗談か、幻覚か?はたまた夢か?
自分の意思とは関係なく、どうも話は進んでいるようだ。こういう場合は変に考えず、抵抗せず流れに身をまかせるのが、俺の処世術だ。
後で知った事だが、この時期六界は、かなりバランスの崩れた状態で、絶対的ルールである不干渉条約が破られようとしていた。
天界は、神と呼ばれる萬の神が治めている。神さまと、生前に聖人級の行いをした人の魂のみが行ける場所。
人間界は、俺たち人の世界。
神に最も近く、本来は修行の場であるとの事。人々の信仰心が天界のエネルギーになっている。
次に修羅界。
常に人々が争っている世界で、立ち回りと腕力で、勝ち残った者だけが生き残ってる。
畜生道は、修羅界の下界にあたり、修羅として闘いに負けて落とされる場所。
ここも弱肉強食で、獣の姿に変えられ争う事になる。
そのまた下界が餓鬼道で、食い物も着る物もなく、飢えと渇きに苦しむ。
なんとかしたければ、倒れて動けなくなった者の血を飲み屍肉を喰らうしかない。
基本的には人は死ぬと地獄界での審判を経て、よほどの聖人でない限りは、人間界、修羅、畜生、餓鬼を輪廻する。
とってもおぞましい地獄のような世界だが、さらに餓鬼道の下界が無間地獄だ。
十王の部下にもあたる鬼の群れに、絶命するまで拷問を繰り返される。
再び身体を与えられ、また拷問を受ける。これが永遠と繰り返される。
聞いた話では、鬼の拷問にうめき声一つあげなかったら、根性と反省を認められて、上階である餓鬼道や、畜生道にステップアップするらしい。
その審査は、地獄界の十王が担当するとの事だ。この六界のうち、修羅の住人が人間界に干渉しだした。
元々人間だった男が、修羅同士の同盟を組み徒党を組んで、神や地獄王達の意向を無視するようになった。大した政治手腕だと思う。
修羅界は他の世界と断絶。人間界と地獄界、畜生道につながる門のうち、人間界の門だけ残して閉鎖。不介入の条約もあり、天使も鬼も手が出ないらしい。
そして、修羅界を治めて人間界に戻った男を暗殺しようと閻魔達が画策し、直接手は下せないから地獄の鬼である牛頭の監視のもと、スナイパーに狙わせたが俺の邪魔が入った。というわけだ。
修羅界を収めた男は阿修羅と呼ばれてる。天界と地獄の王である阿修羅王その人だ。
彼は、肉体を持ったまま天界へ召されたので、人間界にも自由に出入り出来るとの事だ。
さて、問題はその後、俺が十王を裏切った事で、更に話はややこしくなるのであった。
十王達は俺を人間界に帰した。
気がつけば街の雑踏の中、ベンチの上で寝かされていた。
「やーねー酔っ払い」という声が聞こえ、目を少し開けると、通りすがりのカップルの女の子の方が、侮蔑の表情をこちらに向けている。
「男にはそういう事もあるんだよ」
彼氏らしい男は、自分の彼女をいさめている。
なかなか良い男ではないか。と俺は心の中で呟くと、ゆっくりと起き上がる。
しっかりと頭が覚醒するのを待ち、俺は明るくなっている街を見渡した。
どうやら、バイト先の最寄り駅近くにある公園広場らしい。
俺が地獄の入り口にいる間、人間界は夜が明けていた。
スマホで時間を確認すると昼の少し前。半日も経ってはいないようだ。
駅前の公園広場は、向こうのロータリーにバス乗り場が見え、いつもバイト先へ向かう道を、数人の通行人が通り過ぎる。
俺は広場の端にある、人通りの少ないベンチに放置されていた。
(夢だったわけじゃないよな)
現実と夢の区別ぐらいつく。昨夜の出来事はリアル過ぎた。
暗殺を防いだら、逆恨みで地獄の閻魔筆頭の十王から指令を下され、逆らえば死んだ後に必ず無間地獄に落とすと脅された。帰らせてくれるならと承諾したが、考えてみれば、俺を寿命前に、生きたまま地獄に送ってくれたのも地獄の使いの牛頭。何か釈然としない。
「やっと帰って来たね!」と後ろから声がする。
振り向くと小柄でショートカットが似合う女の子が俺を見ている。
(か、可愛いじゃないか)
髪は黒髪、身長は155センチくらい、年の頃はJK世代後半から20前半、薄化粧とピンク色のルージュ。
白い肌と、純白のワンピースがやけに眩しい!
「何、にやけているのジン?」
彼女は俺を知ってるらしい。
「帰って来た?俺を知ってる?」
こんな可愛い娘に知り合いはいない。帰って来たね、と彼女は言った。俺が地獄から舞い戻ったのを知っているのか?
すると、俺の考えている事を見透かしたように女の子は言う。
「知ってるよジン。天国も地獄もあなたの事もね」
当然でしょ、と言わんばかりに、女の子はその場でクルリと一周する。仕草まで俺の好みだ。
「なるほど、君も十王達から遣わされたのか?」
俺は牛頭の赤く光る瞳を思い出し、一歩後ずさる。特に殺される理由もなく、また地獄行きはゴメンだ。
「違うよ。私も異界から来たけど、閻魔達とは別件。どちらかといえば貴方の味方かな。私はレンゲ、こう見えても地獄と天界の王の一人、蓮華王よっ!」
とかわいく言う。
「俺が、約束を守るか見張りというわけか、蓮華王」
「レンゲでいいわ。だから別件って言ってるでしょ!私も地獄界から抜けた口なのよ」
レンゲは少しムクれた顔を見せる。
やっぱり可愛い。ただの人なら彼女にしたい。
しかし、地獄の王と聞くと警戒もする。
昨日まで天国も地獄もない安穏とした暮らしを、いきなりぶち壊された挙句に難易度の高いミッション遂行を手伝う約束までさせられた。
人間界に下りた阿修羅王の暗殺だ。
「どう、私たちと手を組まない?地獄の十王に味方するより遥かに条件がいいわよ」
レンゲは指で自分の髪をクルクルすると、透き通る瞳をこちらに向ける。
「私たちって、他に仲間がいるのか?」
十王に味方したつもりはないが、半ば強制的に使役させられたと言うか。
「私は、貴方と地獄界が狙ってる阿修羅王側なの。私の他に、鬼や神族も仲間にいるわ」
「何がなんだかわからないので、説明してくれないか?」
「いいわよ。でもお天気はいいけど、少し暑いわね。場所を変えましょう」
レンゲはそう言うと、初夏の桜並木を街の方へ向かってスタスタと歩き出した。
サンダルを履いたアンヨからつるりとした踵が見える。
「久しぶりの人間界ね。この前はポルトガルって国に行ったのが最後だから100年くらい前かしら。ジンはファチマって所行ったことある?」
父親の影響で、俺は神とか悪魔とか、宗教には詳しい方だ。
「いや無いけど。100年前って!ファチマって、まさかファティマの予言の!?」
「そう、人間界ではそう呼ばれてるらしいわね。あの時は付き添いで行ってね。退屈な村だったわ」
どう見ても、年下の女の子との会話に翻弄されながらも、スタスタ前を行く彼女に追いつこうと歩を早める。
「いったい、レンゲはいくつなんだ?」
ベンチに寝かされていたせいか節々が痛い。なんとか早足のレンゲに追いつく。
「貴方よりずっと年上よ」
気がつけば、いつものバイト先まで来ていた。レンゲは店の中に入って行く。
「えっ!ちょっと!」
さすがに、自分のバイト先で女子とお茶はどうかなと思う。
店内に入ると、同僚達の視線が痛い。
「おう!ジン。今日は休みだろ?何、彼女?」
男の俺から見ても、イケメンの店長はレンゲと俺を交互に見てニヤリとする」
「いや、その、親戚の子です」
とこたえておく。
俺はお茶代が気になり、ズボンのポケットにあるはずの財布を確認する。落し物はないようだ。
「なかなかオシャレな喫茶店だね。オーダーはロイヤルミルクティーを頂こうかしら」
俺を除いて、店長も周りのスタッフもイケメン揃いだが、レンゲは見向きもしない。
地獄の王の一人だけあって、美少年をはべらしてたのだろうか。
オーダーを取ると店長は下がっていった。店は土曜の昼過ぎで少し混んでいる。
色々聞きたい事もあったが、とりあえずレンゲの話を聞く事にした。
「さてジン。地獄の王も神々も、けして千里眼というわけではないし。私達の会話が聞かれる事もない。ジンが死なない限り十王も手は出せない。安心して裏切ってね」
死者を裁く地獄の閻魔帳が気になったが、取りあえず黙っておく。
「えっと、昨夜スナイパーに命を狙われたのが阿修羅で、レンゲは阿修羅側だと。地獄で何があったんだ?」
閻魔大王達の話を信じるなら、六界のバランスを崩した阿修羅が悪そうにも聞こえる。
「この話には裏があってね。もちろん阿修羅王も、天界や地獄界に正面切って闘えるとは思っていない。修羅界の者も元は普通の人間だから」
ティーカップを、レンゲは両手持ちで口に運ぶ。はっきり言ってタイプです。
「そもそも、六界自体の存在があやふやなの。天界は魂を地上の人間界へと送る、人々は死んでから地獄の裁判を経て、修羅、畜生、餓鬼、地獄、運が良ければ人間界か天界。その輪廻を繰り返す」
レンゲは、苦々しいというような顔をした。その表情もかわいいが、怒ってるようだ。
「おかしいと思わないジン?なぜ魂の生産を天界やめないと思う?自分たちを信仰してくれる人間がいないと困るから。さらに言えば、地獄界もその他の世界も、存在意義がなくなると困るから在るようなもの」
「存在意義?」
「そう。本来、創造主は今の人類のために人間界を創った。パラダイスのエデンは失敗作でね。それでも、豊富な資源や暮らしの糧もあった。わずか数十年でどうなったと思う?」
「奪い合いが始まった」
「その通り。皆が皆、一人では食べきれない食物や、使いきれない資源を我が物にしようとした。徒党を組み、時には国を作り、武器を作った。お互いが殺しあう為に」
「豊富にあった?資源や食料も?」
俺は疑問に思った。足りないから奪い合ったのが人の戦争の歴史ではないか。
「そう、どの土地にも綺麗な湧き水も果物を実らせる木々や、技術を人が持った時のための鉱物資源も創造主は用意してくれていた。ところが古代人達は、奪い合い、部族同士で殺しあう為に、戦士である子孫を増やし続けた。やがて食料もたらなくなり、あとは知っての通りよ」
「ちょっと待ってくれ。レンゲの言う通りなら、神様ってどこにいるんだ?。俺たちが天国って呼んでたエデンは失敗作?」
「そうよ、天国も地獄も本来は存在しないの、古代から受け継がれたまやかしよ」
「じゃあ、最初に死んだ人間が閻魔様ってのを聞いたことがあるが?」
「飲み込みが早いねジン。今や天界の神と呼ばれる者。地獄の王と呼ばれる者も、元は人間なの。私も古代都市で生まれ生きながら天界に登り、他の神々に地獄界に追いやられた口よ」
「生きながら?」
「そう、天界も地獄界も古代人が創り上げた異世界というわけ。血肉を持たなくても意思や記憶が保てるように、古代人は魂を個体に移し替える方法を開発した。閻魔大王なんかいい例ね。肉体が朽ちてもいいように箱である身体、今でいう人造の身体を地獄界に作り、自分の魂を封印した。地獄の十王は大きな身体だったでしょ?あいつらは初期の方法で魂を固定したから永遠とあの場所から出られない」
地獄版フランケンシュタインの、大男と言うわけだ。
聞いていた俺は、頭がクラクラしてきた。
「私やアスラは違う。人間界の肉体のまま天界へと移住した。だから生身の身体でありながら、六界を行き来自由というわけ」
「アスラ?阿修羅王のことか?」
レンゲは少し顔を赤くする。
「阿修羅、アスラは私の夫よ。今の年齢でいうなら私が17歳アスラが25で結婚したの。その後すぐに天界に使役させられたってわけ」
なんだ所帯持ちかぁ。と俺は心の底からがっかりする。
「そして問題はこの後よ。創造主が世界を創った時の失敗作である異空間に、古代人は天界を造った。人間界の住人が干渉できないように霊体、魂のことね、肉体と魂を分離出来るシステムを創り、地上では人間として、天界では神として生きることも理論上は可能だった」
「魂が抜けたら身体が腐るんじゃないか?」
俺は当然の疑問を口にする。身体の機能する意思そのものが抜けるからだ。
「なかなか鋭いわね。その通り、魂が分離される事は肉体的には死を意味する」
美少女に褒められて嫌な気はしない。
少しは警戒してるのか、店の外を歩く通行人を目で追いながら、レンゲは話を続ける。
「その技術で人々は、肉体を持っている間は人間界で、いよいよ寿命がつきそうになったら、記憶を持ったまま魂を天界の人造肉体に置いて暮らす事も出来た」
「なんとなく理想的だと思うが」
「そうね。でもそうはならなかった。天界の魂も霞を食べて生きるわけではない。私達はマンナと呼んでるけど、生きる人間の生体エネルギーが必要なの。人が人間界で普通に生活してるって、凄い事なのよ」
「魂が魂を喰らうみたいな?」
「少し違う。生きている人たちの巨力なエネルギーをまとめて天界に運ぶシステムがあるの。特に大勢が祈りを捧げる祭壇のような場所に、その装置が設置される」
「カトリックで言う十字架とか?」
「そう。でも天界での生体エネルギー収集にも限界があるし、そもそも古代人全員が天界に行き着けるわけでもない。そこで天界を追い出された人々が、創造主の作り出した異空間に、地獄界と修羅界を創った」
「争いが絶えないね」
「地獄界では人々の魂の浄化だとか言って、畜生、餓鬼、無間地獄に世界を切り分けた。肉体を持たない魂を逃がさない為に生前そっくりな仮の身体まで与えてね」
「て事は、そこでも生体エネルギー収集し放題ってわけだ」
「そうね。人々の叫びや苦悶が、地獄の王達の精力になるってわけ」
「本当に成仏した魂はどうなるんだ?」
「いい質問ね。本当は人の魂は宇宙に溶け合い、そこで初めて現生からの知識を共有し、創造主と共になる。輪廻から逃れた魂はそこで初めて役割を終える」
天国も地獄も信じてはいなかったが、レンゲの話を聞いている内に、古代のご先祖様に向っ腹が立って来た。
「六界は独立を保ち、特別な力がない限り魂だけが行き交うのは理解した?」
正面から見ると、レンゲは東洋人の顔立ちだが作り物だろうか?瞳はクリクリしていて小動物のように愛くるしい。
「それはわかったけど、古代人が作ったシステムなら古代人通しで解決すればいいんじゃない?」
なんとなく、縄張りだとかありそうなのはわかるが、地上が巻き込まれるのは人間界代表としては放って置けない。
「自分たちのルールにがんじがらめになってる状況は確かね。天界と人界は神々、地獄界は王。他の三界は地獄の王が持ち回りで監視する。アスラのように修羅界のトップに立って、皆をまとめようなんて普通は考えない」
レンゲはメニューを見ると、追加オーダーを考えているようだ。俺は財布の中身を気にしだす。
「お金の事なら、心配しなくてもいいわよ。アスラは人間界ではVIPだし、活動資金は私も預かってるから」
またも俺の内心を察してか、そう言うと、レンゲはバックの中から黒いカードをテーブルの上に出してみせた。いわゆる超超お金持ち専用の、ブラックカードだ。他に数百万の諭吉の束、俺は慌てて引っ込めさせる。
「で、俺は何をすればいいんだ?十王は地上に降りてる牛頭と協力して阿修羅、君の旦那のアスラを抹殺しろと言っていたが?」
「簡単よ。ジンは、十王や牛頭に協力してるフリをして、こっちに情報をくれればいいわ。大事な旦那の肉体を守る為にね」
「でも神さまだし、死なないのでは?」
「そうもいかないの。肉体を失い魂だけの霊体になれば、人も神も等しく地獄の裁判を受ける。そういう決まりなの」
「なるほど、反逆者のアスラを天界も地獄も、ただではおかないってわけだ」
色々とレンゲから情報を得て、十王の特徴とか六界の重要人物や、伝説とも思える話を聞き、なんとなく異世界の成り立ちが見えてきた。
人間界と呼ばれるこの世界の歴史も、誰かが統一して平和な世界を創ろうとかすると、歴史上必ず邪魔が入った。
で、英雄はたいがい非業の死を遂げる。そうなると困る王や神がいる。と言う事だろう。
「じゃあジンよろしくね。連絡はこちらから取るわ。牛頭が次の計画に向けて、地獄を出発したら連絡が入る手はずになってるから」
レンゲはランチメニューのサンドイッチとスパゲティ、ハンバーガーセットとそれぞれのセットメニューを食べきると席を立った。すごい食欲だ。地上ではやたらと腹が空くとレンゲは言う。
肉体を維持するのに、人間界では莫大なエネルギーを必要とするのだろう。
アスラを狙ってる牛頭も、肉体を持ったまま地獄へ召還された元人間らしい。
「もう行くのか?」
「色々忙しいのよ。アスラはあと3日この国に滞在するわ。牛頭が動くならアスラが自国へ帰る途中かしらね」
直接手は出せないとは言え、レンゲのブラックカードもいい例だが、地上に地獄界もコネクションがあり、お互い金と権力には困らないのだろう。
「それと当面の活動資金よ。現金で渡しておくわ」
レンゲから渡されたお金を、急いで財布にしまう。
「いい事。相手の牛頭は文字通り地獄の使者。心してかかってね。貴方次第で六界は変わる」
真剣な眼差しでレンゲは俺に念を指す。
死んだ後に、痛みを感じる自分のクローンに魂を封じられ、永遠に地獄の世界を輪廻するくらいなら、なんとか変えようじゃないか死後の世界を!
そして、お礼に天女とムフムフだぜ!
「任せとけ!とは言えないが、出来るだけ努力はする」
不器用な上、口もうまくない。おまけに特技があるわけでもない。ただ置かれた場所でなるべく努力するのが俺の良いところだ。と昔、恩師の先生は言っていた。
褒められてる気は全然しなかったが。
「気をつけてね。条約のため牛頭はジンに直接手は出せない。ただ、身柄の拘束も、死なない程度の拷問だって出来る」
それを早く言えよ!と俺は思いながらレンゲと店を出る。
駅へと向かう道を歩きながら、俺は先程からの疑問を口にした。
「地上の人間界の、天界や地獄界への代弁者はいないのか?」
なんとなく、地上の人間の主張が通らなそうな六界の理屈に納得がいかない。
「言いたいことはわかるわ。歴史上ほんの数人だけ、六界の輪廻とその世界を知る者がいる。皆、一部の権力者ね。大国のいつまでも首相とか大統領にいるような人がそうね」
「彼らは、地上の権力者達は今回の件で動かないのか?」
警察だの軍隊だのが動いたら、一般人の俺なんか、なんの役にも立たない。
「それは心配ないわ。今回の不祥事は、あくまで身内の事。天界も地獄界もアスラさえ何とかすれば、反乱分子は鎮圧出来ると考えている。アスラに同調した神や王は、無限地獄に送って一件落着ってわけね。そうはさせないけど」
気のせいか、歩きながら話しているレンゲの瞳が光って見えた。やっぱり異世界人はおっかない。
「それともう一つ、俺に監視も付いてないと言ったが、神も閻魔も人間の行いはお見通しじゃないのかい?」
閻魔帳を気にして俺は聞いてみる。
「神も王もそこまでヒマではないわ。何十億人間がいると思うのよ?いくら萬の神でも無理ね」
とレンゲは呆れ顔だ。
「閻魔帳とか気にしてるなら、あれは死んだ魂が別の肉体を与えられた時に、ありったけの懺悔をさせられるの。薬を飲まされてね」
またもレンゲに、自分の小心さを見透かされた気がする。
「じゃあ、自白に基づく調書みたいなのが閻魔帳か」
「まぁ、そういう事」
そこまで話をすると、レンゲはバックの中から60センチ位の棒状の物を取り出し、俺に手渡した。
「これは?」ただの黒い棒切れにしか見えない。
「あなたに貸しといてあげる、身を守る事が出来るわ。持ち主が危険を感じると何も考えなくても、武器と共に身体が勝手に動いてくれるわ。見てくれは棒だけど、これでも神具よ」
「これが?」
棒状の神具とやらは、木製に見えるがスチールの様に軽い。8角形で太さは3、4センチくらいか。
「こんな物で身が守れるか、とか思ってるでしょ?この神具が黒いのは、倒した相手の生き血をすすったせいとか言われてる。使い時を間違えないようにね」
レンゲは、俺の心の中を見透かしたようにそう言うと「じゃあ頑張ってね」と去っていった。
神具とやらをズボンの後ろベルトに押し込み、シャツを羽織る。
手に持って歩いていて、警官に職質とか面倒だ。
多分昨夜の寝不足のせいか、やけに身体がだるい。とりあえず自宅に帰る事にする。
こうして、俺の七界を巡る旅が始まった。
不定期更新ですが、よろしくお願いします。
※ファティマの予言ー3人の少年、少女の羊飼いの前に、聖母マリアが現れ3つの予言を伝えた。その後、再びマリアは現れ、ファティマの村人が大勢目撃した。
第1の予言は第一次世界大戦
第2の予言は第二次世界大戦
謎の第3の予言は、未だにわかっていない。
(諸説あります)