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SO-008「爺やとメイドとお嬢様」



「んー! 今日からここが私の住処ですのね」


『少し天井が低いなあ……まあ、しょうがないか』


 まだ荷ほどきも住んでいない部屋の中、お嬢様はとても嬉しそうだ。昨日まで住んでいたお屋敷と比べれば犬小屋に引っ越した、そう言われかねないほどの差。地方から出て来た中間管理職な人たちが臨時で宿泊するのが主な使われ方。そのほかには外で屋敷を持てないような地位、あるいは次男以降ゆえに家に居づらいような人間が住むことが多いという宿舎にいるというのにだ。とはいえ、この場所は男側の宿舎と比べると随分と様子が違う。


(女性向けの宿舎だからか、ほとんど人がいないな。まあ、当然か)


 俺が見る限り、やはり女性で城勤めとなると侍女的な人や、その他雑多な仕事のための人が多い。彼女らは城の一角で集団生活が普通、こうして宿舎に住むようなことはない。一部上層部は城内に勤めっきりで家にあまり帰れないという理由で宿舎に部屋を確保していたりするそうだが……その分、お嬢様と会う機会は増えると考えればいいかもしれない。


 お嬢様が家賃を払っている区画も広さが余ってるせいか、使用人が泊まり込む部屋も併設された大きな物だ。恐らくは建物全体でも本来の住人は10人いないだろうな。


「さてっと、お客様をお迎えしても恥ずかしくない程度には片づけませんと。部屋も複数ありますしね」


「それには及びませんよ、お嬢様」


 唐突な声。思わず俺もお嬢様も戦闘態勢になってそちらを向き……脱力した。相手に見覚えがあったからだ。絶対にこちらを裏切らないと信用できる相手……最後まで屋敷に残っていた、執事のロイアだ。結構な歳だというのに健康一番、プラクティス家にこれほどふさわしい執事はいないだろうと俺も常々思っていたような爺ちゃんだ。


「ロイア! どうしてここに……もう皆、暇を出したはずですわ。貴方だって故郷にお孫さんが……」


「追い出されました。今さら年寄りが帰って来ても墓が足りんと。仕方なく、こちらにご厄介になろうかと」


「はい?」


 さすがにぽかーんとしてしまうお嬢様。その間にも、流れるような動きで荷物を紐解き、中身を確認していくロイア。うむ、相変わらずの手際の良さだ……ほれぼれするね。お嬢様が戸惑う間にも荷物のほとんどを解き終えたロイアがうんうんと頷く。


「さて、お嬢様。埃が立ちますから他の部屋へとご挨拶にでも伺ってはいかがですかな?」


「え? ええ……そうするわ」


 まだ納得はしていない様子のお嬢様だけど、昔からロイアがこうなるとそう簡単にはあきらめてくれないことをよく知っている。ため息1つ、出ようとするお嬢様をロイアは呼び止めた。高いところに手が届かないから俺を貸してくれ、なんて言われてしまったのだ。


「仕方ないですわね……」


『ちょ!? お嬢様!? 俺はさすまたなんでそういう使い方というか……いや、まあ……すでに経験済みですけど、はい』


 結局、お嬢様はロイアならと俺を預け、部屋から出て行ってしまった。普段はいつも持ち歩いている俺を預けるぐらいには信頼している相手、それがロイア。結局、部屋に残るのはロイアと俺だけ。微妙な沈黙が降り、こそっとロイアの顔を見ると、やれやれといった顔だ。


「まったく、お嬢様は相変わらずのようですね。トライ、私の代わりにお嬢様を頼みますよ。もっとも、今の君はさすまたではなく、天井の蜘蛛の巣取りですがね」


『やっぱりかぁ! いいぜ、やるならとっととやろう!』


 昔からこの爺さんは執事らしくないというか、若さを感じる時がたまにある。何かあれば鍛錬だ、しかし女なのだから他のこともこなさねばならぬ!といつもハッスルしていたお嬢様の祖父と気があう訳である。

 荷物には埃がかからないようにと適当に布をかけ、部屋の掃除を始めるロイア。てきぱきと進み、時には俺でアレらを巻き取りつつ、見る間に片付いていく。


「……栄光あるプラクティス家の当主の荷物がこれだけとは……ああ、なんとも物悲しいものです」


『仕方ないぜ、爺さん。物があると嫌なことも思い出してしまう。屋敷だってそうさ……わかるだろ?』


 テーブルに置かれたままの俺が揺れるのを、じっとロイアは見つめてくる。そういえばロイアは俺を触る時に手袋をしているな。執事のたしなみという奴だろうか?


「意思のある武具、本来ならば英雄の手にあってもおかしくないほどの物。ですが君はさすまただ。だからこそ宝物庫に安置され続け、陛下からお嬢様の手に渡った。偶然にしても出来過ぎている……運命、と思う他ないのですかね」


『さすがにずっと宝物庫にあったからなあ。昔のことは覚えてないぜ』


 そうして、老人とさすまたの奇妙な会話はしばらく続いた。とっくに掃除と片づけは終わったというのにお嬢様は帰ってこない。まさか、何かあったのだろうか? 変な気配は感じないけど……気配を隠す相手には心当たりがありすぎる。


『じいさん!』


「ん? ああ、そうですね。さすがに遅すぎますか。老体には君の消費する魔力は厳しいのですが仕方ありませんな」


(魔力? どういうことだ?)


 言葉が通じないことにもどかしさを感じつつも、今はお嬢様……そう思って立ち上がったロイアは俺を掴み出口へと向かう。では外に……というところで逆に開いた。そこにいたのはお嬢様と……なんだろうメイド?


「……お嬢様、そちらは?」


「拾ったわ。捨てられるところだったから」


 何でもないように言いながら、お嬢様は手を掴んでここまで引っ張って来たであろうメイドを部屋に引き入れた。扉を閉じ、誰も追いかけてこないことを確認しているのか耳を当て……しばらくしてようやく深く息を吐いた。


「ふむ……私一人でもお世話は十分かと思いますが」


 冷たさも感じる言葉に、メイドが震える。薄茶色の髪は肩口まで伸ばされ、作業着でもあるメイド服の上からははっきりしないがスタイルは良くなさそうだ。それに、ある理由から多くの人が顔をしかめることだろう。明らかに殴られました、そういった状態の顔なのだから。


「貴方は勝手に押しかけて来たのでしょう? まあ、いいわ。苦いでしょうけど、赤いのを1本使ってちょうだい。ついでに体を拭いてあげて。拾った話は落ち着いたらにするわ」


『お嬢様ー、犬猫じゃないんだから、拾ったってのは……』


 震えながらも、なんとなく理由はわかる。何かで彼女がひどい目にあっているところに遭遇し、なんやかんやで彼女を引き取ったか口先で丸め込んで自分の物にしたのだ。王様はちゃんとした統治者だが、大臣や官僚の中にはそうではない人物もいるからな、そのあたりに違いない。


 こうして、1人と1さすまただけの予定だった生活が、一気に倍になり騒がしくなるのだった。


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