SO-086「いつかこの手で」
俺は元人間だった。どこかで死んだのか、呼び出されたのか、それはわからない。覚えているのはこの世界で最初に見た婆さんの申し訳なさそうな泣き顔と、同じ光景は作り出したくないと思うほどの凄惨な情景。
あれは……二度と起こしてはならないナニカだった。それが人同士の争いなのか、この世界に来て知った魔物や他の生き物たちとの争いなのか、それは未だにわからない。
『ただ確実なのは……』
志がある生き物がいる限り、いつかの芽は成長しないまま、摘み取られていくだろうということ。そして、そのために俺は努力し続けると決めたのだ。あの日、俺を人生の相棒として選んでくれた彼女のためにも。
太陽の明るさが室内を今日も照らす。静かで、誰にも邪魔されない思考の時間。今日は2月に1度ほど訪れる安置の時間だ。この場所に収まることで、封印で抑えきれない諸々を吸収してしまうための安全弁としての時間。
こうして吸収していると、様々な気持ちも混ざりこんでくるのを感じる。歴史に葬り去られた魔物たちの感情もあったりするが、多くはかつての英雄たちの国や人を思う心だった。そんな気持ちも糧として、俺は今日も形を維持する。
そんな時間ももうすぐ終わり。いつもの様子なら……ほら、やってきた。と思えば今日はなんだか騒がしい。
「だからっ、自分も同行すると言っているっ!」
「お言葉ですが御身に万が一のことがあれば国の損失ですから」
言い争う声と共に、音を立てて開く宝物庫の扉。そこから見えるのは、すっかり大人になったアレストお嬢様と、子供と大人の中間な雰囲気の男の子……フェリテ王子だ。
兄に似て凛々しさを増し、姉妹たちのように線の細い部分も相まって美男なことこの上ない。俺としても、お嬢様を将来的に任せられる存在だと納得できる人材だ。王族という立場を除けば。
「それを言えばアレスト、お前自身も変わりない。それどころか国が安泰な今、私よりもお前の方が……」
「フェリテ様。私にとって、継承順は関係ありませんわ。全てが国の宝なのです。ですからどうぞ、自分を卑下なさいませぬよう」
宝物庫へは王族と言えど許可なく足を踏み入れてはならない、それは平時でも守られる約束でフェリテ王子もお嬢様を追いかけつつも入り口でとどまり声をかけるだけ。そんな王子と向き合い、アレストお嬢様は囁くようにつぶやいた。
俺にはわかる。お嬢様から王子へのいたわりと、それ以外の感情が。前は子供子供していた王子も最近では頼りがいのある部分も増えて来た。先日もどこからか街に潜入して来た賊を単身、お忍び中の軽装の状態で捕縛して見せたのだ。曰く、捕縛にはただ倒す以上の実力が必要だ。だから自分は鍛え続けなくては、だそうである。
人にはいっていないが、それを聞いたときのお嬢様はとても喜んでいた。執事のロイアは王族とのあれこれを調べに行ってしまうぐらいだし、クロエに至っては我がことのように喜んでいたのを覚えている。
「うぐっ、わかった。だがアレスト。一人で旅に出るとはどういうことだ?」
「……彼に報いるためです。王子もどれだけのことが彼のおかげで解決したか、ご存知でしょう?」
(え? 旅? 俺は聞いてないぞ。また無茶振りならぬ、王様からの依頼か? それにしては妙だな)
困惑の俺を他所に、お嬢様はそのまま近づいてくると封印の扉から俺をつかみ取り、その手の中に。状態を確かめ、満足そうに腰に下げた。そのまま入口へ向けてまた戻り……扉を閉めると王子と一緒に歩き出す。
「むむ……それはそうだが。話の信ぴょう性はどうなのだ? 魂の宿っていない体を産み出す装置など……」
「何事も使いよう、道具に罪はありませんわ。何かの命を素体に使うのなら問題でしょうけど、そうでないのなら……彼にと思いまして」
お嬢様の腰にぶら下がりながら、話を聞いている俺は震えることも、喋って伝えることも出来なくなっていた。その上、大きさも変わらずただのさすまたのままなのだ。これはお嬢様の電撃のせいではなく、多くの緑軽銀をとりこんでしまった上に無理をしたせいだと思う。俺という魂は中にあるままだが、体が言うことを聞かないのだ。
それでもお嬢様には俺がまだ宿っていることはわかるらしい。だから……か、そういうことか。
「いつか、その手で、その瞳で、世界をまた見てほしいのです。世界が、こんなにも美しいのだと」
「そうか、そうだな……うむ。見事叶った暁にはアレストにも負けないような素晴らしい女性を伴侶に紹介して見せようっと、いや……それは無理か」
え?とお嬢様が振り返った先で、フェリテ王子は自らのマントと、腰の短剣を剥ぎ取って見せた。その事実に、お嬢様だけでなくたまたま通りすがった人々の顔も驚愕に染まる。この国のしきたりでは、着替えや寝る時などを除けば人前でこの2つを取ることは許されない。そうなる時は、継承権をはく奪された時か、自身で……王族を辞める時。
「私は決断したぞ。駄目だと言ってもついていく。だから彼に紹介するだけの力はなくなってしまうが、一緒に探すことは出来ると思う」
「……まずは王に一緒に怒られにまいりましょうか」
呻くフェリテ様の手を引っ張りながら、歩きだすお嬢様の腰で俺は驚き、そして笑い出した。二人の、きっとこの場にいない色んな人の気持ちが嬉しかった。
本当にそんなものが残っているのか、正常に機能するのか、それはわからない。例え無駄足だったとしても俺はお嬢様たちを恨むこともないだろう。
今はただ振るわれるだけの体だが、もしも……肉体が戻るのならば。
今度はその体で、彼女と彼女の守りたいものを守る存在となろうと思う。その手には当然、刃ではなく……さすまたを持って。
(問題は、俺に守られるほどお嬢様が弱くないってことだよな……頑張ろう)
俺がそんなことを考えている間にも2人は王の過ごす部屋へと向かっており、そのうち特大の雷が王子の上に落ちることだろう。案外、王も予想しているかもしれないが……。
色々と楽しみなことも、不安なこともあるが、なんとなるだろう、そう思うことにした。なんだかんだ、充実した人生……さすまた生?がまだまだ送れそうだからである。
気持ちを全身に向けて、伸びをするようにして見せると気持ちも晴れやかになってくる。さあ、明日からはどんな出来事が待っているのだろうか?
何があろうと大丈夫、きっとお嬢様たちと一緒なら!
─完─
ノリと勢いで始まった作品でしたが楽しく書けました。
お付き合いありがとうございました!




