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SO-007「お嬢様と教会の子供達」


 お嬢様の行く先は色々だ。その中には、普段は立場がある人間が訪れないような場所もある。今日来ているのも、そんなうちの1つだ。


「ほーっほっほっほ! さあ、とっとと集めなさいおチビさんたち!」


「はい! お嬢様!」


 まだ朝日も昇り切らぬ中、河原にどこまでも届くような高笑いと子供たちの元気な声が響き渡る。直近で見ている俺の目には、まるで軍隊の訓練かと思うほどにお嬢様の声を合図に河原と周辺の林に駆け込む子供たちが見える。


 彼らにはここでとある物たちを採取してもらっているのだ。と言ってもこのあたりで集まる物は品質はばらつきがある。市場で売ろうにも袋にまとめていくら、といったレベルの扱いだ。それでも数が集まれば使い道がある、だからこそお嬢様はここにいる。


「子供たちを顎で使う……ひどい話かしら?」


「そんなことありませんっ! 子供達も、私達も助かってますから」


 今の俺は下手に震えないようにしている。お嬢様の隣にいる背の低い少女が原因だ。何故だか理由はわからないけれど、前の世界で見たことのある教会のシスターと言えば、といった服装そのままの少女は興奮した表情でお嬢様を正面から見つめている。


「それならいいのですけど……何か言われたら遠慮なく、私に強要されたと言うのですよ?」


「……そんな、それではお嬢様の悪評ばかりが……」


 シスターは否定するが、実際問題として……この行動は既に噂になっている。それも良くない方向で。確か、お嬢様が教会の孤児たちを自分の利益のためにこき使ってるとかどうとかそんな感じだ。全く全部が嘘かというと、お嬢様が孤児たちに何かをしてもらってると言った部分はあってるだけになかなか修正しづらいのだ。本人はそのつもりがないというのが大きい。


「ふふ。悪評も評の内ですわよ。私はこれ以上評価が下がりようがありませんもの、問題ありませんわ。それに、状況を勘違いした誰かさんが同情して寄付金を増やしてくれたならばちょうどよいではありませんか」


「アレスト様……どうしてそこまで?」


 それは俺も聞きたかった。ただ寄付をするのではなく、子供たちに仕事として何かをやってもらい、その対価を支払うということをずっと繰り返しているのだ。集めてもらう物はお嬢様には重要な物と言っても、それでも市場で仕入れたほうが確実だし安定している。だというのに……。


「人は、ただ受け取るだけでは前を向けません……自分の手で、足で。つかんだ物で得てこそ糧と言えるでしょう。そうでなければ餌を与えられるだけの生き方と何が違いますの? ええ、寄付を頂くことを否定しているわけではありませんわよ? その在り方は普段から考えるべきだと思っていますの」


 そこまで言い切って、お嬢様はあちこちで探し物……魔力をわずかながらも帯びるトーン草を集める子供たちを見つめる。日当たりが良く、水気もある川沿いは良く生えているのだ。

 その小さな腕で目いっぱいトーン草を抱え、戻ってきてはまた駆け出す子供達。お嬢様はシスターと2人、それを受け取り続ける。その両手が土にまみれ、汚れようとも表情は笑顔のまま。そして予定量を集め終わったことで教会に駆け出す子供たちの後ろをついて回りながら……つぶやいた。


「あの子達は私と同じ。自身以外のすべてを失った子達。だからこそ、前を向いてほしい……そう思いますの」


「……ありがとうございます」


 ちょっと湿っぽいなと思う時間はすぐに終わりを告げる。教会に戻った2人を迎えたのは、採取に出ていなかった残りの子供達と、シスターの同僚たちだ。みんな何かに惹きつけられるかのようにお嬢様にわらわらと集まってくる。ちょ、触るな。危ないから! 刺さりはしないけど目とかに入ったらどうするんだ!?

 慌てた俺が思わず震えると、お嬢様がそれに気が付いて俺を木箱の上にのせて避難させてくれた。危なかった……うっかりがあっちゃいけないからな。


 そんな仕草も子供達には綺麗に見えたのだろうか? ほうっと女の子の何人かは潤んだ瞳でお嬢様の一挙一動を見つめているのがわかる。お姫様へのあこがれってやつかな?

 様々な事情で同じデザインしかない服もそろそろ変え時ではあるが立派な物には違いなく、それも子供たちの視線を集めるのに拍車をかけているようだった。


「ねーねー! またまたのお姉さん!」


「さすまた、ですわよ」


 お嬢様と呼ばせるのは決まった時だけ。そう決めてからは子供たちはさすまたのお姉さんと呼ぶのだが、どうしても中には上手く呼べない子もいる。それが逆に可愛らしいのか、お嬢様は嫌な顔をせずに根気強く訂正にかかる。話しかけられたのが嬉しいらしく、その子はどんどんと笑顔になっていくのだ。


「ますさす?」


「さーすーまーた、ですわ」


「さすめた?」


「それもちょと違いますわね。うふふ、好きに呼んでくださいな」


 こうして子供達と交流しているときのお嬢様は年相応の女の子に見える。いや、普段から素敵な女性ではあるんだけどさ……やっぱり、親もいない、頼れる相手がいないというのは相当に負担のはずだ。出来ることなら俺はそんなお嬢様の助けになりたいけれど、結局はさすまただからな……限界がある自分が恨めしい。


『お? おお? なんだ!?』


 急に体が揺れた。何事かとそちらを見ると、男の子の1人が木箱の上に置かれた状態の俺を掴もうとしていた。今の俺はお嬢様サイズでかなり大きい、とても子供1人で持てるものじゃない。それに俺はただのさすまたじゃないのだ。下手に持つと魔力を吸われる。このままだと危ない!


『お嬢様ぁああ!!!』


「っ! こらっ!」


 勢いよく揺れた俺にびびって体を離した男の子。その拍子に木箱と俺が音を立て、お嬢様がこちらに気が付くことが出来た。びっくりしている男の子を叱りつつ、お嬢様は背後から男の子を抱きしめた。


「駄目ですわよ? これは私の大事な物なんですの。勝手に触ってはダメよ?」


「う、うん……ごめんなさいお姉さん」


 しゅんとなり、素直に謝る男の子。だが俺にはわかる。お嬢様に抱きしめられたことで後頭部には羨ましい感触があることを。くそっ、俺だって撫でられるだけじゃなくて2つのふくらみに挟まれたい! 変われ、変わるんだ!


 そんな不純な気持ちが何かに伝わったのかは定かではないが、俺とお嬢様にだけその音が届いた。それは、羽音。普段王城で物音を聞き逃さないようにと特訓している俺たちだからこそ分かった音。お嬢様は男の子を降ろしてみんなの場所に押し出した後、俺を掴む。


「そこっ!」


「おおー!?」


 気合一閃、さすまたな俺がぶつかって仕留められたのは、ハチ。紛れ込んだのか、はたまた巣があるのか。周囲をよく観察すると、窓の外に羽音が複数感じられた。あっちに巣があるようだ。

 ブルブルと震えて合図を送ると、お嬢様は俺を握ったまま窓に近づくと状況を確かめる。


「危ないですからお掃除もしてしまいますわよ」


「え? あ、はいっ!」


 毒を塗った刃物なんかを持ちだすような侵入者と比べれば、小さなハチの巣などまさに朝飯前。何度か俺が振るわれると見事にハチは潰され、巣も手早く除去された。子供たちが刺されたら厄介だもんな。と、お嬢様はそれでは終わらずにきょろきょろと教会の中も見渡し始めた。あれ、もう巣はないと思うんだけどな……嫌な予感がする。


「上の方には蜘蛛の巣も多いようですわね……トライ?」


『お嬢様、お言葉ですが私はさすまた。ハチは危険生物の1つということで我慢はしますが本来は捕縛用の……ああああああああ、やめて伸ばさないでぐるぐる回さないでぇええ! そんな奥までぇぇ!?』


 当然のことながら俺の叫びはお嬢様には伝わらず、長さを伸ばした俺は掃除しようもないような高い場所にある無数の蜘蛛の巣を引っかけながらその他色々も巻き込んでいた。その結果は……さすがの子供たちもちょっと後ずさる程度だったとは答えておこう。


『うう、もう羨ましがったりしませんから許してください……』


「ええ、そうですわね。離れも掃除してあげましょうか」


『違う、違います! そうじゃないですぅうう!』


 いつか、お嬢様に俺の言葉が通じる日が来たとしたら、今日までのことをしっかりと訴え……いや、それはないか。もしそうなったら、俺が言う言葉は決まっている。そう……ありがとうってね。


『だからもうちょっとさすまたらしいものを相手にさせてえええ!』


 俺の悲痛な叫びは……今日も届かない。しかし、お嬢様が笑顔だったらなんでもいいかな、そう思うのだった。


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