SO-071「喜べない静けさとお嬢様」
訓練場でアレストお嬢様は踊っていた。時に優雅に、時に乱暴に。跳ね、飛び、しゃがみ、走り込み……自分を苛め抜くかのように。
普通とはかけ離れた鍛錬であることは、既に地面に倒れた打ち込み用の人形たちが示している。その数はまだ無事な物だけでも数十体はある。それに倍する人形が既に倒されている。本当ならば集団で並び鍛錬を行う場所にお嬢様1人なのだ。補充が容易とはいえ、1人で行うには信じがたいペースだろう。
「もう2時間あのままだぞ……」
「ああでもしないと一晩宝物庫を守るっていうのは不可能なんだろう」
これ幸いと、鍛錬に付き従っていた兵士や貴族の若者たちも自分たちは休憩をしているのに動きっぱなしのお嬢様と、その手に握られている俺へと視線を向けてくる。その瞳には恐怖の色はない。あこがれと、強者を見る驚愕。
(魔物がたくさんいたころには近い光景はあちこちにあったんだけどな)
やらなければやられる、言葉が通じるだけ戦争してる人間の方がまだマシ、なんて状態だった。今となっては、話が通じるからこそ厄介ということになっているのだが……。
「ふっ! せいっ!」
裂ぱくの気合と共に俺というさすまたを突き出していくお嬢様。本来は制圧用の俺だが、打撃でもって制圧する、という使い方の方が多いようだ。それには俺自身の頑丈さもあるが……何より、だ。一時的に体を拘束しても魔法という札が相手にあればそれでも目的が達成できてしまうことが多いからだ。
だからこそ、今日も腕を磨き、殺さず無力化する力を磨くのだ。
竜が世界を襲う前に。
あの日、無事に王子と王女を救出した俺たちはそのままブリザイア軍と合流できた。ここで物語なら味方と思っていた側に裏切り者が!なんてのがよくある話だが幸いにもそんなことはなく、ひとまず王都に近い陣地へと移動することになったのだ。
戦況は静かな物。北国が攻めて来たあたりでまずはにらみ合い、だ。宝物は取り返した、そう王への伝令が走るのを見ながら、ため息交じりに天幕に戻るお嬢様の顔は硬い。見捨てる選択肢はなかったとしても、同行者の2人の扱いが厄介だからだ。
(よりによって戦争相手のそこそこ話を知ってそうな相手、だもんな)
ついこの間までこちらの国にいた人間でもある。そんなたくさんの情報を得たわけでもないだろうが、市場の規模だとか国力の推測は可能だったと思う。商売人の家にいてもらったのは間違いだったのかという考えも頭をよぎるが、他に適切な場所もなかったからな……うん。
「少し聞いてもよろしくて?」
「開戦の理由だろう? 愚かな話だよ、本当に……」
簡単に言って、とんでもない事だった。北の王族は、とある秘術をよみがえらせたのだ。それは魔物を従える邪法。正確には、意識あるものを支配下に置くものだ。かつての混乱期、どうにかして生き残りを図った人間が生み出した手段の1つでもある。
強い武器で倒し、強い魔法でどうにかするということが難しいのであれば敵で無くせばいい、そんなもの。
「人間には効きにくいようだがね。元々魔物用だからか、国内のほとんどの魔物に効果を発揮した。力を得たら次は何を求めるか。さらなる力だ。そこで……」
「死者も蘇るという伝説の場所で竜を……」
無言の肯定に、思わず上を見上げてしまうお嬢様。話を聞いていたフリーニア様やフェリテ様も同様だ。2人はあのままならイケニエ状態だったから無理もない。ひとまずは相手の行動を潰せたということで良しとしよう。
「国内の魔物は同士討ちとし、その分の余力を外に向けることにしたようだ。それだけ北は……やはり、貧しいのだ」
飢えないために奪う、単純な思考を否定することができない。そのまま受け入れるつもりもないが……となるとこの戦争は、なかなか終わらないだろうと思われた。ここで取りやめては結局北は自爆したようなもの、王族たちの立場は危ういだろう。であれば成功に賭けるしかない。
そんな状況での切り札はやはり、竜かそれに近い物、となるのだろう。アダムらの一族は竜の墓守。蘇らせるだけの物には事欠かさない。骨の1つや2つ……骨?
『お嬢様、この前のがマズイです』
「あれが無差別に暴れたら……厄介ですわね」
あの竜は狙いがフリーニア様だったからこそ、対処できた。自由気ままに国内を飛ぶようなことがあれば守り切るのは難しいだろう。そうでなくても、離れた場所に何か所も魔物が出てくるようであれば余計に厄介だ。
どう王に切り出した物か、また1つお嬢様の頭痛の種が出来てしまうが、知らないまま過ごすよりはきっといい、そう割り切ることにした。お嬢様もそんな顔をしている。結局それ以上のことはわからず、正規軍が北国を引き付けている間に王族2人を王都へと送り返すことを優先したのだった。
しばらく後、北からの2人はブリザイアに亡命した形となり正式に北とは戦争が始まった。と言っても常に軍勢がぶつかり合う物ではなく、じわりじわりと押して押されて、時間が過ぎていく。
「あまりうれしくない景気の良さですわね……」
鍛錬の合間、つぶやかれる言葉の重さをわかっている人間は限られている。戦争となれば働き手がいなくなるということがよくあるのだが、今のところは常備軍だけで済んでいる。もちろんそれだけでは手が足りず、合間合間を冒険者の類が埋めているのだが国内、とりわけ南西部になるほど悪い影響は少ない。国同士が良好な関係ということが大きいのだろう。
物と人が西と南とで活発に動き、それがブリザイアの国力となり戦線を強く支えている。
そんな中、お嬢様には新たな役目が打診されている。それは昼間の王族たちの護衛。近衛でいいではないかという意見もあるが、男ばかりの近衛では不都合となる場合もあるのだ。例えば女性であるフリーニア様の場合であったり、武装した状態で行くわけにはいかない場所等だ。
アレストお嬢様はそのどちらにも対応できる希少な人材ではあるのだが、ある意味では人選ミスのような気がしないでもない。
「アレスト様、汗を」
「わざわざ申し訳ないですわ」
本当ならば対等かそれ以上の立場にいるはずの貴族の子弟である青年は質のよさそうな布を優雅に手渡してくる。お嬢様が豪華すぎる物を嫌うことを知っての、実用性重視の物品を渡してくるあたり、よくわかっている。
「とんでもない。ドラゴンスレイヤーの雄姿を見学できるのだから安い物です」
「そんなものかしら?」
そう、表に出歩くことの増えたお嬢様の勇猛振りは高まり続けていた。家の復興を考えるといいことではあるのだが、悩ましい。つい先日も、王都に届けられる予定の金品を乗せた馬車の護衛を行い、見事に撃退して見せた。兵士よりもある意味わかりやすい象徴。それがお嬢様の現状だった。
そして今日もいつものように夕暮れと同時に宝物庫へと向かい、役目を始める。
「これらがみんな、トライのように話すことが出来れば便利ですのに……」
『そいつは無理……じゃないのがもしかしたらいるかもしれないのが怖いところですね』
保管されている物品には謎が多い。単純に金銭的価値が高い物を除けば、試すわけにはいかない機能の物も多いのだ。それらは伝承しか手がかりがない。それが正しいかもわからずに……。
魔物、そして戦争という消費先があるがゆえに、まだこの国は落ち着かないだろうと思う。その代わりにというわけではないだろうけど、宝物庫はこれまで以上に静かな夜となるのだった。




