SO-070「謎の薄皮めくり」
普通ではない逃避行は意外と上手く行った。相手もまさか、屋根に逃げたとしても一塊になって他の建物に飛び移っているとは考えなかったに違いない。眼下では走り回る兵士らしき姿が見えるが、上を気にするやつはいない。
「国軍と合流するのか」
「そのつもりですわ。ただ……郊外に出てからがよろしいかと」
途中途中に、がれきをあてずっぽうに投げることで兵士を誘導し、その隙にと建物を飛んでいくお嬢様。女性陣2人は目を白黒させている。そうして何度目かの跳躍の後、俺たちは温泉村の外の森、つまりは馬を待たせている場所へとたどり着いた。
ただ問題は……連れ出すのは2人だけの予定だったことだ。さすがに軍で使われる馬といっても4人も乗せるには色々と問題がある。となると……。
「ここからは二手に別れよう。我々は本国では死んだも同然だ。今生きているだけでも上等だからな」
「アダム様、お供いたします。皆さま、ご無事であられますように」
丁寧にあいさつを告げて立ち去ろうとする2人は立ち止まる。理由は単純。伸びた俺が2人の腰をがっちりと掴んでいるからだ。段々さすまたから進化してるな、俺。便利なのは良いことだが、もし人間に戻れた時にこの感覚で動こうとしやしないかと心配になる。
「お待ちなさいな。他にも方法はありますわよ」
「頼めるか、アレスト」
「私からも……」
王族という点から考えると、フェリテ様もフリーニア様も一刻も早く安全な場所に向かうべきで、変な情を出すものじゃあ、ない。だけどその選択をするのはもう少し後でもきっと大丈夫……そう思いたいのだ。問題が起きればまた色々と取り上げられ、今度はお役目自体無くなってしまうかもしれない。それでもお嬢様は、守るべき相手の気持ちを汲むことを選んだ。
「で、どうするのだ?」
「簡単ですわ。あの辺り一帯をかきまわしてきますの」
ちょっとお茶会に……そんな調子で俺を掴むお嬢様は笑って見せる。最初はなんのことだかわかっていなさそうなアダムたちも、驚愕を顔に張り付けた。まあ、その気持ちもわかる。実際、このまま逃げるとしても追手がやってくるだろうことを考えるとここで釘付けにして力を奪っておくというのも手の1つなのだ。
ちゃんと隠れているように伝え、お嬢様は俺を手に再び温泉村へと駆け出す。
「一人残らず、お片付けと参りましょう」
『出来れば話も聞きだしたいですねえ』
そう、今回の北国の動きは訳が分からない。国同士の争いなんてのはよほどの理由がないと、負けた時のことを考えればそうそう出来ないのだ。確実に勝つ何かを持っているか、後がなくなったヤケになった状態か。
お約束のように語ってくれた言葉から考えると、奴らは最初からここの温泉自体は目的に入っている。となれば利用するめどは立てているわけだ。ではそれをどうするのか? ただ利用したいだけなら普通に声をかければいい。それをしないとなると、ろくでもない使い方をしようとしているのだ。そう、奴らは言っていた、竜に使えるのかと。
「ふっ!」
「何っ」
出会い頭に、まず1人。素早く片足に俺が叩き込まれ、そのまま勢いで片腕も潰す。しっかり折ったから後で癒そうと思えば癒すのは簡単だ。両手足を潰さないのには理由がある。仲間を、呼んでもらうためだ。その見込み通り、残った手で兵士が吹き鳴らすのは笛。すぐに集まってくる気配。普通であればこれで終わりだ。だからこそ、地面に倒れながら兵士も勝利を確信した表情を浮かべている。
だが……。
「集まってくれるのなら好都合、ですわ」
ここにいるのはただの兵士ではない。長い間、一件も盗難を許さず、侵入した者、挑んできた者を必ずとらえたアレストお嬢様なのだ。それに緑軽銀を使った伝説の武具に等しいと自負できる俺もいる。
守るべきものを守るための攻める守り、矛盾した言葉が添えられた戦いが始まる。
「貴様、何者、グハッ」
「飛んだ!?」
お嬢様をなんとかしたいのなら、木々の1本もない草原で集団で囲むことから始めるべきである。障害物があり、足場があるのならそこはもう、お嬢様の独壇場だ。元々宝物庫とその周辺という室内戦闘を主にしてきたお嬢様にとって、周囲の壁や木箱、その他もろもろは全て自分の武器同然。
しかも、殺していない、のだ。手足を砕かれ、逃げられない兵士は増えるとしてもみんな生きている。そこに躊躇なく矢を撃ち込んだり、魔法を放てるような奴がどれだけいることか。自然と、近接に頼るようになるわけだが……そうなればさらに勝負にならない。
「遅すぎますわ!」
「馬鹿な、こんな手練れが1人で!?」
その叫びには、どうして自分たちの行動がばれたのか、大挙してやってこないのはなぜか、そんな気持ちが込められているように感じた。だが、それもこれも、もう遅い。
1人、2人……再びうめき声をあげる兵士が生産されていく。まるでホラーのゾンビのように地面でうごめく姿はあまりよろしくない光景だった。
「……近くに連れてこなくて正解でしたわね」
『こんな光景見たら、衝撃的すぎますよ』
かといって全員殺されている方が良いかと問われると何とも言えないところだ。増援がやってくる様子もなく、どうやら動ける奴らは粗方こちらに来たようである。ここにいないということはもう誰もいないか、状況を察して逃げ始めているか、まあどちらかだろう。
「頃合いですわね」
少し離れ、空に向かって突き出されたお嬢様の握っているのは……筒。紐を引っ張ると、上空に何かが飛んでいき空ではじけた。残るのは光球。以前、クロエとその父親が開発した信号弾という奴だ。色と光り方で合図となるのだ。今回は……突入せよ、である。
「それではごきげんよう、皆様方」
こんな時だというのに王城内であるかのように優雅に一礼、そのままお嬢様は駆け出していく。来た時とは別の方向に、だ。万一生き残りが追いかけてきても大丈夫なように違う方向から迂回していくのだ。
合図を目にしたブリザイア軍の一派は、この温泉村にすぐにやってくることだろう。と言っても集団の動きだからしばらくはかかるだろうが……さすがに温泉まで這っていくには厳しいだろうな。
(出来れば温泉は封鎖しておきたいがそうもいかないな)
何か所お湯が沸いているのかもわからない状態では塞ぎようもなく、まずは目的を達成すべきであった。森に入って進路を変え、4人がいる場所へ向かうとちゃんと4人は馬と一緒にいた。体中に木の葉などをかぶせ、隠れているあたりは立派である。
「お待たせいたしました。すぐに援軍が来ますわ」
「おお、そうか。苦労をかけるな、アレスト」
男尊女卑という訳でもないが、4人の中では男系の王族ということでフェリテ様が前に出てくる。その前に膝をつき、忠誠の仕草をこなし……ほほえみあった。
休息がてら、そのまま待機し続けてしばらく。
「来ましたわね」
村へと続く街道に、ブリザイア側からいくつもの松明の群れがやってくるのが見える。間違いなく、ブリザイア軍だ。
まるで玉ねぎの薄皮をめくったかのように、実質何も解決していないと言えるかもしれない状況だった。結局、北国の目的とその決断理由がわからぬまま、ひとまずの憂いを取り除くことが出来たことに俺とお嬢様は揃って安どのため息をつくのだった。




