SO-006「お嬢様の金策事情」
お嬢様にとって、お金は大事だ。将来のため、何よりも明日を生きるために。そのためになら俺は汚れ仕事に手を染めたって構わない。まあ、俺の場合はさすまただから例えばトゲだけど!
といっても……だ。物には限度や順番ってあると思わないか?
『やばいやばい。きもーい! お金になるのはわかりますけど、もうちょっとマイルドな相手にしましょうよお嬢様ぁああ!』
「このっ、大人しくしなさいなっ!」
その言葉は俺に向けてなのか、それとも俺で捕まえようとする相手に向けてなのか。あるいは両方かもしれない。等と現実逃避をしたところでぐにょりと嫌な感触。ああ、俺がなまじ意識を持っているばかりにこんな感触を味わってしまうなんて、さすまたになんてなるんじゃなかった!……いや、なってよかったけど。
潰されたような悲鳴を上げて、実際に俺によって壁に押し付けられたからつぶれてるようなもんだけど……丸々と太ったネズミがしばらく暴れた後俺の中でぐったりとした。死んだわけではないのだけど、そのうち説明の機会はあるだろう。
見ようと思えば至近距離で仕留めた相手を見ることが出来るけど俺は敢えて視点をお嬢様がつかんでいる柄部分へと移動した。決してここからだとお嬢様のふくらみを斜め下から堪能できるからではない、ないのだ。第一、そういうことをしてるとすぐにばれる。お嬢様はそんな謎の力の持ち主なのだ。
『やりましたね、お嬢様。出来れば直接俺を使うのはやめてほしいんですけど……』
「ふぅ。随分てこずらせてくださいましたわね。トライ、貴方がいちいち震えるから手元が狂うところでしたわ」
それはお嬢様がこのネズミ、地球で見る奴の3倍はありそうなやつを俺で捕まえようとするからです! 他にも捕獲手段はあるのにどうして俺を! あれですか、昨晩お嬢様の着替えをガン見していたからですか!? 聞こえない程度に揺れてなんとか隙間を作って……すぐに気がつかれましたけど。俺はまだ10年は戦えます! 金髪グラマラスボディ最高!
そうはっちゃけては見るけれど、どうにも体の底から熱くなるということがない。それは俺がさすまただということも1つの原因なんだろうけど、何か……何かが足りないのだ。俺の真ん中に。視線を移動し、俺の真ん中を見て見るが左右に伸びるさすまたの棒部分があるばかり。不思議と、真ん中にはとげが増やせないんだよな。まるでそこに元々何かがあったように……なんだろうな。
『お嬢様が撫でてくれれば思い出すかな』
そんな不埒な考えが伝わったわけではないだろうけど、お嬢様は俺でネズミを挟んだままさらにそれをぐりっとねじった。折れないけど痛いものは痛いんです、やめてください。アダダダダ。
「ちゃんと気絶してますわね。無手でないと使えなかったころと比べれば全く別世界ですわ」
『その分俺が何かを犠牲にしてる気がしますけどねっ! だけどお嬢様のためなら頑張りますよ!』
内心の叫びも言葉にならず、俺はブルブルと震えるばかり。ほんとに、せめて明滅するぐらいの機能を付けてくれてもよかったのよ? 顔も知らない神様。聖剣とか大魔法を使えるようになる杖とかある世界なのになんでさすまたなのか? 一応部屋では木の板や砂を敷いた奴をトゲで筆談めいたことは出来るんだけどさ。
ただまあ、だからこそ不殺の得物を探していたお嬢様の目に留まったわけだから悪い事ばかりではない。ちなみに不殺は人間に対してであって、意外と他の生き物には容赦ないんだよな、アレストお嬢様。
「これで報酬分の10匹は捕まえましたわね。さ、次の倉庫へ向かいましょう」
『やだ……俺のお嬢様……勤勉すぎ?』
専用の籠へとネズミを放り込み、お嬢様は俺を手にしたまま倉庫の外に出る。途端耳に届くのは街の喧騒。賑わう市場の売買の声だ。活気を感じさせる声は日差しと共に俺とお嬢様、両方に届く。しばらくその喧騒を目を閉じて聞き入っていたお嬢様は気を取り直してか、歩き出す。ネズミを入れた籠を倉庫の持ち主であり、駆除の依頼主である商人のところへ持っていくのだ。
『機械はないけど売ってる物は見覚えがある気がするなあ……ちょくちょくファンタジーだけど』
「ふふふ、見て回りたいのはわかりますが後ですわよ」
『はーい、お嬢様! 我慢します!』
自分のことは名前も何も覚えてないけれど、俺が地球と呼ばれる場所で、たくさんの人に囲まれて生きていた人間だというのだけはわかる。その記憶から言えば、この世界はとっても不思議だ。例え自分では喋れず、震えるぐらいしかできなくても俺は今、幸せと言っていい。誰かに頼られ、誰かにここまで信頼されたことは元の世界ではありえなかった。
出来れば、わずかながらも覚えているこの世界とは違う世界の知識をお嬢様の金策に使っていきたいものだ。
「また来ますわね」
「よろしく頼むよ。最近、生きたまま捕まえてくれる人が少なくてね」
もう何度もこなしたためか、顔馴染となった商人から数枚の硬貨を受け取るお嬢様。お嬢様を見る商人の目には嫌な物はない。それだけが救いだ。そうでなくては……蝶よ花よと育てられてきた良家のお嬢様であるはずのアレストお嬢様が貰ったお金でどれだけ過ごせるかなんて考えていることが哀れで仕方がない。
そこで俺は気が付く。仕事が終わった後、お嬢様はわざわざ俺を念入りに洗ってくれていることを。毎日繰り返される仕事で、日々お嬢様の手は酷使されているということに。まだ若く、何とかする手段は確保しているがそれでもお嬢様が本来していい苦労ではない……はずだ。
『俺は……最低だ。お嬢様がこれだけ苦労してるのに、洗えば落ちるような汚れを嫌うなんて……』
「次のお仕事の催促ですの? ふふ、トライもわかってきましたわね。やる気があるなら結構、午前中にもう2件はやってしまいましょうか。調合だけですと何かあった時に手詰まりですからね」
自己嫌悪に陥っている俺の震えを勘違いしたお嬢様は意気揚々と歩みを進める。どこか嬉しそうなのは、このペースで駆除の仕事が終わればお屋敷から追い出される前に宿舎に入るだけのお金が貯まるからだろうか? 主に地方から出てきている関係者のための宿泊施設。長い人だと10年単位で住んでいるという……地球的に言えば単身赴任用のアパートってとかな? 違うのは城壁の中にあって王城とつながってる部分があるということかな。
その分、そこそこいい家賃なのだが、通常であれば俸給があるので問題ない。そう、俸給があれば。
「普通の棒であれば何度も買い替えが必要ですもの。本当に、助かってますわよ、トライ」
俺の長さを気にしてか、出来るだけ人気のない場所を進むアレストお嬢様。それはまるで自分自身がもう日向に出ることが出来ないことを言い聞かせているみたいで、反発するように震える。今は耐える時、わかっていても俺は覚悟を決めていた。
通りを行く人がお嬢様を見て、何人かは驚いた顔をしたまま道を避け、何人かは慣れたのかそのまま通り過ぎる。まあ、わからなくもない。腰ほどまである見事な金髪は縦ロールだし、汚れるのを嫌って少し短めのスカートから覗く足は染み1つ無い。顔立ちだってちょっときついけれどとても美人だ。それを台無しにしてるかもしれないのが、抵抗を封じるためのとげとげもついたさすまたな俺であろう。
『暴漢も寄ってこないのはいいことだけど、もっと女の子に相応しいさすまたになりたい……そんなのあるのか? ご存知ですか、お嬢様?』
「ええ、わかってますわよ。2つ先の通りですわね。行きますわよ!」
え?と思うより早く駆け出すお嬢様。慌ててそちらに視線を向けると、路地で何やら言い争いが。と言ってもいかにもな男2人が女の子を壁に追い詰めているとなればどっちが悪いかは明白だ。お嬢様はこういうのが一番嫌いなんだよな。
「おやめなさいっ!」
だからそう、見返りなんか気にせずに飛び込んでしまうんだ。なのに……どうしてすべてを奪われてしまったんだろうか?
「今日最後のお仕事ですのよ。トライ、気合を入れなさいな」
『頑張ります! なんだって言ってください!」
俺はお嬢様が好きだ。男女のというより、人間として。今はさすまただけどな。お嬢様がそのつもりなら、俺は全てが敵となっても最後までお嬢様の味方でいようと思う。例えオリハルコンの長剣が相手でも、ドラゴンを仕留めるような魔法が相手でも、国中の兵士を相手にするようなことがあってもだ!
『だけどそれだけはやめてっ! 黒くてカサカサしたそいつだけは!? でかいでかいでかい! ひいい、ぐちゃっていったああああ!』
「さあトライ、私への忠義をお見せなさい!」
『あああああ!? 丈夫で大きさの変わる自分が憎い! なんで俺の体勝手に変わるの!? ちょ、まって、2匹同時は無理ぃいいい!』
代金は破格だが駆除を受ける者が誰もいないと嘆いていたとある食料品を扱う倉庫。その日、その倉庫には高笑いを続ける金髪縦ロールのお嬢様と、見事なまでに一撃必殺で〇〇を仕留めていく、妙に太いさすまたが目撃されたという。
目撃者は語る。
─なぜか、さすまたが泣いていたような気がしたと
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