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SO-005「呪いの品とお嬢様」


「やはりこれは厳しいでしょうか?」


「除去できる術者がいれば別でしょうけど……かかる費用が結構な金額ではなくて? このぐらいはかかるのではないかしら」


 さらさらと値札に金額を書き、それを置きながら言い切るお嬢様とは対照的に、テーブルを挟んで向き合う男の声は硬い。両者の間にあるテーブルには宝石を用いた装飾品が複数。明るすぎない室内の灯りに照らされ、見る物を魅了せんとする見事な輝きを放っている。俺の記憶の中でも、上の下ぐらいには位置するであろう品質だ。


 宝石や装飾品に目がない人間であれば、相応の金額を出してくるであろうそれらを前に、2人の間には明るい空気はなかった。それもそのはず、これらは普通の装飾品ではなかったのだ。対策無く身につければ、装着者に不幸を呼び込む……そんな呪いの品。


 この店は宝物庫から弾かれた奴を処分するためのルートの1つだ。こうして奥で、店先に出せないような高級品の売買が行われる。だからこそ顔なじみではあるし、取り返しのつかないような物が出てくることもない。


『お嬢様ー、だからってこう……私でひっかけないでくださいよ。専用の手袋があるでしょう?』


「トライ、揺れないでちょうだいな」


 時折、このお嬢様は無茶を言う。俺が喋ると震えるのを分かった上でだ。確かに下手に揺れると落ちてしまうだろうね……俺のとげにひっかけた状態のネックレスとかが。目の前の男、高級品を主に扱う商人のほうは専用の手袋をはめて触っているというのに……素手の状態で俺越しに鑑定するんだからやっぱりお嬢様は普通じゃない。


「借金のかたに抑えた物に碌な物はない……昔からよくある話ですわね」


「耳が痛いですな。幸い、他は普通でしたので損はありません。これは後で術の除去に回すことにします。こちらを」


 出来れば俺も触っていたくない装飾品たちを乗せたお盆を脇にどかし、差し出された使い古された布袋をお嬢様もいつものように受け取り腰に下げた袋に仕舞い込んだ。ドレスのような服装に対して違和感しかない状態ではあるが、荷物持ちがいるような立場でもないので仕方がないのだ。


「アレスト様のおかげでいつも助かっております。正規に頼むと……あいつら、高い割にちょくちょく失敗するんですよ。少しはお嬢様を見習ってほしいものです」


「私の場合は普段から良い物、悪い物を見ているからですわね。宝物庫のそれと比べれば呪いも児戯のような物ですわ。死ぬような類でもありませんもの」


 演劇のように肩をすくめ、お互いに苦笑を浮かべて立ち上がる。雑談はここまでであった。お嬢様も承認も奥に長居するほど暇な身ではないのだから。まるで普通の商談を終えましたという体で店に出る2人。俺はお嬢様の右手の中で揺れながら、偶然にもその気配を感じ取った。


(おお? なんだ、こんな場所にも来るのか。財布でも連れて来たか?)


 俺は細かく3回震え、お嬢様に合図を送った。一方的にお嬢様から言われただけあるが、1人と1さすまたの間にだけわかる合言葉のような物だ。ちなみにひたすら細かく震えた時はとにかく逃げて、である。使う機会はなさそうだけどな……。


 3回震えた時の合図は、彼女が近くにいる合図。


「せっかくですし、少し見ていきますわ」


「ええ、どうぞ」


 そのまま出ていくのも厄介な気がしたのか、ケースの中を見始めるお嬢様。どこでどう加工されているのかは俺は知らないが、記憶にあるガラスケース、という物にそっくりなケースが複数ある。その中には当然のことながら売り物である装飾品がいくつも並んでいる。それらを照らす灯りは魔法だと思うけれど仕組みはさっぱりである。気配は段々とこの店に近づいてくる。お嬢様もそれを感じ取っているのかケースを見ているようで見ていない。


「あれ? アレスト様じゃないですか。こんにちは」


「ごきげんよう、ザイヤ」


 扉が開き、店内に外の光が入り込んでくる。気配の主は先客に気が付き、誰であるかを把握して驚いたのが感じ取れた。さも、今気がつきましたと言わんばかりにいつも通りの塩対応なお嬢様。いや、お嬢様の場合は大体真面目な感じになるからこれが普通かな? でもお嬢様の顔つきでこういう対応をすると、鋭い目つきとかが重なって冷たい印象を与えそうではある。


 事実、ザイヤとその連れ……確かこの前一緒にいたうちの1人の男、も若干ひきつった顔をしている。感情を表に出すのは貴族としてはまだまだな対応だな。お嬢様も若いはずだがこのあたりは完璧なんだよな……氷の微笑みとはよく言ったものである。


「アレスト様が贅沢する余裕があるんですか?」


「さあ、どうかしら。私に見合う物があればと思ったのだけど……」


「ははっ、お嬢様の前にはどのような輝きも色あせることでしょう。ご自身が輝いておられますからね」


 実はこの店の店主は、ザイヤのことを余り好ましく思っていない。前に聞いた話だと、常識を無視した値切りを持ちかけて来たらしい。そりゃ、多少は値引きの交渉をするのもよくある話だが……提示してきたのは半額だそうだ。その時も、自分の父がどれだけ偉いかをこんこんと語り、そんな娘が身につけるのだから光栄だろう、まあそんな感じだ。

 今も、指輪や腕輪も確かに高そうだが装飾品を身につけているというより、装飾品をはめておくマネキンのごとく目立つのは装飾品になっている気がするな。


「あら、おだてても特には買う物はありませんわ。ああ、先ほどのも下げてくださいな」


「ええ、こちらですね。わかりました」


 そんなザイヤの気質を嫌というほど味わった店主とお嬢様は、打ち合わせなしに一芝居うつことにしたようだ。先ほど、呪いがかかっていると鑑定したばかりの装飾品たちをわざわざ指さし、ザイヤたちに見えるようにして下げさせたのだ。


 2人の視線がそれらに注がれるのが俺にもわかる。確かに、どれも見事な装飾品だ。物だけを見れば、な。当然、そのそばにある値札も目に入ったことだろう。


「ちょっと、その値段で本当にいいの?」


「ええ、こちらはこのお値段となります」


 お嬢様を押しのけるようにして駆け寄り、装飾品を物色し始めるザイヤと連れの男。名前は……聞いたことないな、そういえば。まあ、状況的に財布でいいだろう。ザイヤ自身は自由にはお金が使えないはずだからな。


「この出来でこの値段。裏があるのではないのか?」


 財布はそこそこ目利きが出来るようだった。あるいは見慣れてるのかもしれない。本来の値段が倍は違うだろうことに無事に気が付いたようだ。お嬢様も表情は変わらないが財布の評価を少し上げているに違いない。


 話を聞かずに、手に取ろうとするザイヤを店主はやんわりと止めた。助けてくれたというのに、邪魔をするなとばかりに店主を睨みつけるザイヤ。何か必死さを感じるが、いちいち聞きだすことでもない。第一、俺じゃ喋られないしな。


「そこまで強力ではありませんが呪いがかかっていましてね。ご自分で対処できるならこのぐらいで売っても良いかなと思っている値段なのです」


「呪い……キッシ」


「出来なくはないだろうが、危険だぞ」


 最初は顔をしかめ、ザイヤをなだめていた財布……キッシだが最後には頷くことになってしまった。ザイヤの女の武器を使った攻撃に屈したのだ。他所から見ると演技だと丸わかりなのだが、当事者となると色々とわからなくなるのはどこの世界共通らしいな。


『まあ、お嬢様にはああいうのは無理d、イデデデデ! こっそり握りしめないでください、爪がっ、爪がっ』


 俺を見下ろすお嬢様の瞳は笑っていなかった。恐らく、これまでの経験から俺が失礼なことを考えていると悟ったんだと思う。しっかり当たってるのだから恐ろしい話である。今度からは気を付けよう、気を付けますから普通にしてください、はい。


「ザイヤ、あまり迷惑をかけるものではありませんわよ」


「アレスト様には関係ないじゃないですかっ」


 助け舟のつもりで話しかけたお嬢様だったが、裏があると感じたらしいザイヤには拒否されてしまった。元よりそこまでの義理はないわけで、お嬢様もそこで話を止めて店を出た。まだザイヤ達は店に残るようだが……。


「あの子、まだ値切るつもりなのかしら?」


『どうでしょうねー。値切った物を身につけても貴族相手には自慢にならないような気がするんですけどねー』


 一応知り合いが呪いの品を買おうというのだ、多少は気になる。けれど、それも多少、だ。町の喧騒を耳にしながら、しばらく歩けば俺もお嬢様もこのことはすっかり頭から抜け落ちていた。


 例の工房でポーションを作り、細々としたものを買い込み宝物庫の警備に向かうお嬢様。何事もなくその日は時間が過ぎたのだが……交代の際に、忘れていた話が舞い戻って来た。


 笑いの止まらなくなった貴族の令嬢が、解呪のために城に駆け込んだという話だった。誰が、なんて聞くまでもない。彼女は装飾品の解呪には失敗したようだった。効果のわりにしつこい呪いだったそうで、今も沈静化させるのが精一杯らしかった。本格的に解呪するとなるとさらに金がかかることだろう。


「今度、目利きの勉強会でも企画しようかしら」


『やめておいた方がいいですよー? 逆恨みされちゃいますよ』


 味方もいるが敵もいる。そんな平和とは程遠いお嬢様の日常は今日もあわただしい。お嬢様がのんびりできる日がいつか来ると良いな、そう思いながら今日も俺はお嬢様の腕の中で揺れる。


 

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