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SO-004「いらないお宝とお嬢様」


 宝物。人はそう聞いてどんなものを想像するだろうか? 俺の場合は、ぴっかぴかの王冠や装飾品、豪華な武器や鎧なんかを思い浮かべる。でもそれは、普通にはあり得ない空想だからこそだ。いや、だったというべきか。おぼろげな記憶の中には登場しない、まさに宝物、が目の前にいくつも広がっている。


「それでは今回はこちら11点を入れ、逆にこの10点を処分ということでよろしいでしょうか」


「うむ。問題ない。処分は任せる。呪いの類は念入りにな」


 薄暗い宝物庫の入り口付近で、お嬢様は髭親父……まあ、王様と真面目な顔で話し込んでいる。それもそのはず、今日は宝物庫の目録を作りつつ、増えた収納候補と、それによって押し出される奴とを確認する日なのだ。


 一言に宝物庫と言っても、中身は全てがまさに国宝……という訳でもない。献上された物等から、特別貴重でもないがしばらく置いておく、そういった物も含まれる。どうせ王族とお嬢様以外には見ること自体ない宝物庫。中で飾られている、と言われたらそれを信じるのが普通だ。例え、長い王国の歴史から考えると収められた物は広さの何十倍になっているとしても、だ。


「前々から気にしてはいるのですが、このあたりは処分されないので?」


 お嬢様が指をさすのは、壁際に特別備えられたケースに仕舞われたいかにも、な禍々しい武具たちだ。俺が知っている限りでも手に取ると血に飢えるナイフだとか、膨大な力を得る代わりに血の代償を捧げないといけないと言った曰く付きがごろごろしている。


「アレスト、人は弱い物だ」


「えっと……はい。私もそう強くないと自覚しておりますが……それが?」


 嘘だっ!と叫びたいところではあるが王様以外にはいない状況だから自重する。気のせいか、王様もお嬢様が自分が弱いと言い切ったことに驚いている気がする。失礼だな、お嬢様だって年頃の女の子なんだぞ!?


「コホン。つまりはここにある、それだけで人の気が逸れるのだ。これだけの物を今から作ろうとすると、相当な代償を必要とする。成功するかもわからないそんなことを誰が好き好んでするだろうか? ここに忍び込み、奪い取れればその苦労もなくてすむのに、と」


「……お役目から解放されるのは一生なさそうですわね」


 要は餌であった。考え方は理解するが賛同はしたくない。その分、お嬢様は危険にさらされるということに他ならないのだから。けれどもその当人は……むしろ笑っているようにすら見えた。王様の前だからか、俺を構えなおすということはしなかったけど握った手に少し力が入る。


「それがお前の役目であろう。その邪魔はしないつもりだ」


「ええ、それはもう。そのお心、ありがたく」


 後からお嬢様が呟いた内容からすると、この時王様はお嬢様のためにこれらは残してあるのだということを伝えたかったらしい。ただ価値のあるお宝だけがあるというのではそうそう侵入者は増えない。けれど、戦局を変えかねないような武具があるとなれば話は別だ。この国の周辺国はいつも互いに争っている。有力な武具を身につけた熟練兵がいれば、それだけでも勝てる……そんな戦いも多い。


 それらを守るお役目のお嬢様は、自然とその価値を高めるということになるわけだ。随分と遠回りな支援というか、なんといった物か。少なくとも本人はそれがありがたいと思ってるようだから俺がとやかく言うことではない。心配なら、俺が頑張ってお嬢様を守ればいいのである。そう、この時のように。


「止まってくださる?」


「何か。ご不浄であればしばらく我慢を頂きたいのですが……」


 宝物庫を出たお嬢様は、献上品の内宝物庫には実際には入れない物、中身が増えたことで優先度が下がって外に押し出された物、を一見変哲の無い荷台に乗せて運び出していた。扉の外では、馴染となった衛兵が待ち構えている。このまま、金品として処分、あるいは呪いを除去するための場所へと向かう必要があるのだ。


「そうではありませんわ。5人、前に3、後ろに2ですの。私は前を。お二人は後ろをお願いできます?」


 お嬢様がいない間、宝物庫の扉を守る衛兵だけあり、どちらかというとお嬢様派である彼らはその言葉を正しく理解したようだった。前後に別れるのと、怪しい影が迫るのはほぼ同時だった。顔のわからない姿は怪しさしかない……が、油断も出来ない。


(俺はともかく、お嬢様は実質生身だもんなっ!)


 鎧の類は動きが阻害されるからとお嬢様は付けていない。どちらかというと女性らしくないからという理由の方が強そうだけど……まあ、それはいい。当たらなければどうということはないのだ。そして、当たるわけにはいかないだろう相手でもある。


「その色、解毒剤はあるのかしら? 気になりますわね」


「ぬかせっ! 小娘がっ!」


 喋った!?と思った時には硬い音が響く。お嬢様が俺を使って相手の振るった短剣を受け止めた音だ。刃先が俺のとげととげの間に挟まれて動きを止めていた。目の前で見ると確かに短剣はぬめったような色をしていた。明らかに、毒だ。手のひらに小さなトゲを生み出し、細かく連打する。毒ありの警告の合図だ。


「毒ありですわ!」


「了解っ!」


 敢えて大声を出してやり取りする衛兵とお嬢様。こちらは時間を稼いで応援が来るだけでも勝ちだ。相手は今の内になんとかしないと、物はとれないうえに命を散らすかもしれない恐怖に襲われたはずだ。

 しかし、目の前の相手に撤退の気配はない。よほどの自信があるのか、あるいは……。


「なるほど……狙いは私ですの? どこから今日がこの日だと知ったかはわかりませんが……城内に忍び込んだからには覚悟なさいな。我が名はアレスト……私が背負うはこの国の宝物を守る役目。無敵無敗と語られる力を、その身で味わいなさい!」


 相手はお嬢様のことを、気迫だけは立派な物、そう思ったのかもしれない。なぜなら、この状況に至っても襲い掛かってくる3人に連携という物は感じられなかったからだ。ひらりひらりと2人の攻撃を回避し、3人目の短剣は途中で止まる。答えは簡単。俺が再び受け止めたからだ。


「馬鹿な、刃が通らないだと」


「残念ですわね。この子は特別製ですのよっ! トライっ!」


『任された! ふんっ!』


 気合一発、廊下に何かがきしむ音が響く。音の主は、伸びた俺のとげに挟まれた相手の短剣だった。そのままお嬢様は俺をぐるりと回転させ、巻き込んでいき……ついには短剣は砕けた。剣砕き……本来はもっと別の武器でやるような物だが挟み込んでしまえばこちらの物。危なくないようにと適当に隅に短剣だった物を投げ捨て、お嬢様は3人と向き合う。背後では相手の2人と衛兵がまだ戦っている。


「大人しく投降を……出来るならここにいませんわよね……」


 答えの代わりに、3人が飛びかかってくる。お嬢様に慌てる様子はなく、俺も彼女が考える通り自身を変化させる。胴体を拘束できそうな大きさから、手首を抑えるぐらいの物に変え、取り回しがきくようになった俺をお嬢様は……逆に突いた。


「さすまたも棒は棒。こちらから使えばそのまま棒術。もちろん、こちらから使えばさすまたですわよ。そらこの通りですの」


「ぐあっ!」


 一人の足や膝を突き、見事に動けなくさせるお嬢様。飛びかかって来た残り2人も、武器を持った腕を素早く俺を使って何度も突きこむことでダメージを与え、よろけたところで大きさを戻した俺で2人とも壁に拘束した。

 お嬢様にとって、室内戦闘は得意中の得意なのだ。


「侵入者ですかっ!」


「ええ、こちらの3人と……ああ、あちらも終わったようですわね。念のために毒に犯されてていないか検査をしてあげてくださいな」


「失礼ですが、アレスト様は大丈夫なのですか?」


 増援の兵士の言うことももっともであった。そんな兵士を前に、お嬢様は不敵に笑って懐から持ち歩いているポーションを一息にあおった。小瓶に入っているだけで、対した量ではない。それでも自分自身で調合した物だ、性能はよくわかっている。


「自前がありますもの、大丈夫ですわ。それではお役目がありますので……ごきげんよう、皆様方」


 そう言うだけいって、お嬢様は布がかぶされたままの荷台を運び、目的地へと向かう。この処分はお嬢様にとっても、旨みが大きい。売却益の半分は俸給とは別枠で与えられているのだ。帳面に出てこないお金のやり取りのため、取り上げられるという類のものではない。


「これで宿舎には余裕で入れますわねっ!」


『でもお嬢様が宝物庫からちょろまかして懐に入れてるって話があるのは厄介なんだよなあ……一体誰が漏らしてるんだろうか?』


 喜ぶお嬢様を尻目に、俺は多すぎる侵入者、そしてお嬢様を取り巻く噂話に良くない頭をぐるぐると回転させるのだった。答えは……出ない。けれど、このまま無敗であれば尻尾が出てくる、そんな予感はあった。


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