表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/87

SO-003「調合の噂とお嬢様」

一応

「お嬢様と〇〇〇」の回はギャグ寄り、

「〇〇〇とお嬢様」の回はシリアス寄りとなります。


多分。


『ふふふ……いいんだ、いいんだ……俺はお嬢様の役に立てるなら……なんだってやるんだ』


「ちょっとトライ? そんなに揺れたら失敗してしまいますわよ」


 お嬢様の注意の声も、液体越しなのでしっかりと聞こえない。けれど、なんとなくはわかる。だから俺は大人しく身を任せることにした。明らかに体に良くなさそうな色をした液体をかき混ぜるために使われるという、さすまたらしくない現実に心で泣きながら……。


 突然ではあるが、この世界には魔法がある。戦場ではまずは遠距離からの魔法攻撃と矢による二重の攻撃が主となり、それらを防ぐ防御結界や盾等で受け止めるかそらし、ようやく前線が衝突する、そんな戦いが近年では主流らしい。と言っても俺は戦場に出たことは限られた数しかないんだけどな。少なくともお嬢様に持ってもらってからは1度もない。


 ともあれ、そんな世界であるからには薬にも色々ある。この前、子供たちに集めてもらったトーン草を使うポーション、これもまたそんな色々の中の1つであった。レシピ自体は単純で、作れる薬師も数多い……が、あまり人気の無いポーションでもあった。出来上がりまでがとにかく匂うのだ。飲んでしまうとほとんど気にならないらしいけどな。


「調子はどうです……この匂いなら順調そうですね」


「ええ、おかげさまで。ああ、窓を閉めないと外にもれますわよ」


 振り返らないままのお嬢様の指摘に、部屋の扉を慌てて閉める青年はこの場所を貸してくれているとある商人の若旦那ってやつである。親が一発当て、息子もさらなる飛躍のために奮闘中、そんな家だ。他と同じことをやっていては儲からない、というわけで色々と手を出している。お嬢様の作るポーションを試験的にだが販売に加える判断をしたのも彼だ。


(お嬢様もなんだかんだとこういう部分は甘いからな。俺が気を付けないと)


 今のところ、青年……イブンはお嬢様と商売以上の関係を望んでいないように見える。下心も、もっと色んなポーションを扱って儲けたい、そう言った方向のようだった。だからこそ、お嬢様に調合に使える地下室と、井戸までセットで貸し出しているのだ。


『おっと、このぐらいでいいんじゃないか? お嬢様ー!』


 俺の体が感じる粘土、そして熱からそろそろ出来上がりなことがわかるのでお嬢様の手元のトゲを決まり通りに太くする。ちょうど3本、だ。


「太いとげが3本、そろそろみたいですわね。さてと、後はこれを瓶詰して、こっちを足せば……終わりましたわ。納品分の30本、確認してくださいな」


「普段使いなだけあって手際が良いね。プラクティス家に代々伝わる肉体改造……まあそこまでは言わないのかな? 要は健康的な肉体を作るって話だったよね」


 こちらも慣れた手つきで、お嬢様が作ったばかりのポーションの検品を始めるイブン。もっとも既にお互いなじみの相手、確認といっても儀式のような形式だけの物になっていた。だからこそ、こんな雑談のような話も出てくる。


「用意は簡単ですけれど、この苦みと匂いはどうしても改良できませんでしたわ。お父様も克服しきれなかったようですし……まあ、病気は無関係と言えば無関係ですけれども」


「その……すまないね。変なことを聞いたよ」


 俺はこのイブンが嫌いではなかった。お嬢様に協力するのは自分の欲のためであるとわかりやすく示しているという姿勢も逆にわかりやすくていいと思うし、こうして謝ることは謝るとする部分も商売人としてはダメかもしれないが、人間的には気に入っているのだ。


「では1割ぐらい乗せてもらえるのかしら?」


「ははっ。売れ行きはいいからね、そうしよう」


 この店で、お嬢様によるポーションは製作者を匿名の状態にしてあるにも関わらず、結構な売れ行きらしい。現に、店を訪ねた時には大体在庫は残っていないからだ。かといって増産をお願いには来ない。あくまでこれはお嬢様が必要だから必要な分だけを売っているということをわかっているためだ。


「宿舎に入るだけのお金はたまったのかい? 無理そうなら王城の近くに倉庫の1つや2つ建てても……」


「それには及びませんわ。そんなことをしたらますます噂が立つのではなくて? 今も魔女を雇い入れれる、なんて噂があるのでしょう。小耳にはさみましたわ」


 お嬢様にそう言われてはイブンもお手上げ状態だ。大人しく出来上がった分のポーションを木箱に詰め込み始める。その間に、お嬢様は自分の取り分となるだけのポーションを仕上げていく。それはいいんですが……ええ、お嬢様。


『そろそろこの窯から出して洗ってくれませんかー? なんだか匂いがついちゃいそうです』


「あら? そういえばすっかり忘れてましたわね。トライ、ごめんなさいね。貴方が丈夫で、かき混ぜるのにちょうどいい長さですし、不思議と匂いも染みにくいから油断してましたわ」


 水瓶に汲み置いただけの水でも、お嬢様の手から流され、浴びる水となればそれはちょうどよいシャワーのような物だ。体に悪いものではないからと、手洗いまでされてはさらにボーナスタイムである。細かい部分は布で拭きとられていると、気持ちのいい耳かきをされてるかのような気分になってくる。


「君はそのさすまたと喋られるように話すんだね?」


「ええ、今は話せませんけど、筆談は出来ますのよ? ああ、ここにも道具を置いておけば話も出来るかもしれませんわ」


 用意しておくよ、という言葉の後、必要分の調合を終えてお嬢様は建物を出た。配達人を雇う余裕もなく、かといってさすまたを片手に持ったまま、台車を軽々と引っ張るお嬢様をからかうような奴はいなかった。大通りではなく、脇道を通っているからというのもあるかな。


『これであと2か月は訓練に困りませんね』


「ふふふ、そうですわね。お屋敷が無くても、このポーションさえあれば腕を鈍らせずに済みますわ」


 今日は思ったことがしっかり伝わったようだ。筆談が出来ない時のために、色々と合図を決めてよかった。伝わらないときは伝わらないけれどね! ともあれ、今回お嬢様が作ったのはイブンが言ったように体質改善の健康食品的な物だ。けれど、プラクティス家に伝わるやり方で摂取すると独特の変化を産む。それは、筋肉の質の変化だ。一見、お嬢様は筋肉があまりない。女性としては多少ついているかな?といったぐらいだ。しかし、お嬢様の祖父から物心ついたころには家を継ぐ鍛錬を施されて以来、このポーションは欠かさず摂取している。その結果が見た目はお嬢様、中身は武人、そんな存在であった。


『俺はお嬢様が筋肉もりもりでもついて行きますよ!』


「? 今日は不埒な輩はいないようですわね。良いことですわ」


 さっき通じたと思ったのは偶然だったようだ。内心しょんぼりしながら、そのまま歩くお嬢様の手元で揺れる。そうしていると町の声が色々と飛び込んでくる。それは、振動。俺は簡単に言うと空気の振動を感じ取って音として聞いているようだった。だからそちらに注力すると思ったより遠くまで聞こえる。


(やっぱり民衆は噂に飢えてるんだなあ……)


 戦争がどうとか、国がどうとかいう話ばかり聞こえてくる。中には次の後継者は誰か、なんてちょっと不敬な話まで聞こえる。何人かの王子と王女。人数がいるということは世継ぎ問題が出るかもしれないが、1人よりはマシと言える状況での後継者に関するうわさは時折、どろどろとした作文のような物にもなってくる。

 今の俺に届くのもそんなものの1つ。第三王女のフリーニア様を、お嬢様が夜な夜な調合した薬で洗脳しだましているのではないか、そんな話だ。


(何も知らないで……くそっ!)


 もちろん、ほとんどは誰かの妄想が噂となっただけのものですぐに消える。けれども、お嬢様へのなんとなくの悪感情はずっと消えないのだ。あんな噂が出るんだからもしかして? というわけだ。俺はそれが悔しかった。


「トライ、明日は宝物庫内の目録確認ですわ。今日もしっかり見張りますわよ」


『ええ、お嬢様。わかってますよ……絶対に、何も盗らせません』


 後ろ盾となる実家を事実上失い、事実上身一つとなったお嬢様がどんな悪事を働くというのか? 無責任な噂はそれが誰かを傷つけているかを想像しない人々の間に多少なりとも広がっている。これを払しょくするにはどんなことが必要なのか?


 俺は今日もないであろう脳みそをフル回転しながら考え込むのだった。


感想や評価、バナーからのランキング投票等いつでもお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ