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SO-002「お姫様とお嬢様」


「ふふふ、少しはしたなかったかしら?」


『いいえ、お嬢様。あのぐらい言ってやるべきですよ!』


 人気のない廊下で、珍しくお嬢様は城内だというのに陽気につぶやいていた。だから俺も思わずいつもよりも強めに震え、気持ちを伝えようとするのだが果たしてうまく行っているのか……。

 あまり震えすぎてもお嬢様を困らせるだけかと思い、動きを止めて俺は先ほどまでの会話を思い出す。今日は、月に1度直に王様へと報告を行う日だったのだ。


 この国、ブリザイアの王様は今代で12代目だという。記憶がないからわからないが、お嬢様が俺を受け取った時、俺は3代目か4代目の王様の時代に作られたとか言われたがどこまで本当か……覚えてないしな。ともあれ、王様との会話はお嬢様は嫌いではない。王と臣下という関係ではあるけれども、関係は悪くない、むしろいい方と言える。だからこそ、例の騒動の際にもなんとか役目だけは奪わないように尽力した……はずだ。


「先月は3名か。多いと見るか少なく見るか……」


「私としては、王城内での捕縛人数が増えている方が問題に思えておりますの」


 宝物庫の守り手であるお嬢様は逐一報告も上げているが、月にまとめて改めての報告も行っている。お嬢様自身はそうすることで次の相手によりスムーズに相手をするための研究でもあるので一石二鳥ということらしかった。侵入経路などが万一流出しても大丈夫な程度までぼかされている内容だが、お嬢様がどれだけ優秀かは一目でわかるだろう。


「ほとんどは……北からか。ここには詳細不明が1名とあるが?」


「申し訳ありません。捕縛後、尋問を行う前に自害したと近衛の方からは連絡をいただいていますわ」


 そのことを告げるお嬢様の顔は硬い。不殺、必縛を信条にしているお嬢様であるがそれはあくまでお嬢様のみの考えである。近衛や衛兵の中にはお嬢様のやり方が生ぬるく感じ、昼間や深夜過ぎ等の担当者は腕を切り取るぐらいは平気でやってしまうという噂だ。


「なるほどな……前にも聞いたかもしれぬが、アレスト。お主は何故不殺とする? それで自らが窮地に陥ってしまう可能性が上がるのは本末転倒であろう?」


「いくつか理由はございますが……私の担当は本来は宝物庫の中でございます。そうなれば刃物を使わずに捕えるのが最善。中で血を流せば宝物が汚れるやもしれませんので……何よりも、出来るからやるのです。私は、プラクティス家に連なる者でございます故」


 お嬢様の発言に、部屋に残っている近衛たちが色めき立つのがわかる。よりにもよって、王の目の前で自分はここにいる面々より強く、相手を無力化できると宣言したに等しいのだ。しかも、さすまたをそばに置いているとはいえ、碌な鎧も身につけない20にもなるかならないかという彼らにしてみれば小娘が、だ!


『お嬢様……俺も、俺も力になります! 絶対に負けませんよ!』


「? さらに加えることをお許しいただけるのであれば……こちらのさすまた、トライがいればさらに百人力でございましょう。万難からこの国の宝物を守って見せますわ」


「よくぞ言った! では下がってよろしい。ああ、離れの宝物の様子も見て帰るように」


 王の前ということでさすがにさすまたを握ったままとはいかず、床に置かれたままである。それでもお嬢様が俺を向き、そして王を向いて宣言された言葉に王は破顔し、笑い出した。俺から見える近衛の幾人かは苦い顔をしている。まあ、気持ちはわからないでもないが……許さん。こいつらがお嬢様のいない場所で、王の前でも不遜な態度だった、等と言いふらしていくことで悪評が立っていることを俺は知っている。


(けれど、お嬢様がいいというのなら……俺は……)


 王様のよくわからない言葉にも優雅に頷きつつ、お嬢様は立ち上がる。俺はその間、ずっと嫌な近衛のほうを睨んで見えない舌を出していたのは内緒である。



「さあ、着きましたわよ」


『へ? ここは……』


 気が付けば、お嬢様の陽気な声はどこかに行き、いつものお嬢様の声色になっていた。そんな声で着いたと言われたのは……王城でも静かな、いや……いつ来ても静かすぎる場所、離宮だ。一応随分前からある場所らしいのだけど、やはり不便なようで主には使われていない場所でもある。ここは無人という訳ではなく、一応人が住んでいる。


 けれど……こんな場所にいるということは訳ありということで……。


「お久しぶりですね、アレスト様」


「ええ、お久しぶりですわ。フリーニア様は起きていらっしゃいますか?」


 顔なじみのメイドさんに迎えられ、前と全く同じ会話を進めるお嬢様。メイドも慣れた物で、お知らせしてまいります、と言ってすぐに部屋の中へと消えていった。しばらくして、静かすぎるこの場所には相応しくなさそうな軽い足音が響いた。音の主の立場を考えると少々不釣り合い、年頃を考えると相応しい、そんな音だ。


「アレスト様!」


「ごきげんよう、フリーニア様。私は王の臣下にございます。お言葉にはご注意くださいな」


 音の主は顔を花嫁がするようなベールで隠し、その小さな口元だけが見える少女であった。生育が良いとは言い難い体つきを誤魔化すためか、本人の好みなのかはわからないがフリルの多く使われたドレスが本来の年齢よりも少女を幼く見せている。あるいは、まだ大人になりたくないという少女の抵抗の表れなのかもしれなかった。


「もう、そんな他人行儀な。お茶ぐらいはお出ししてもよろしくて?」


「勿論。ありがたく頂戴いたしますわ」


 お嬢様とお茶会が出来ることがそんなに嬉しいのか、少女は全身を嬉しさで輝かせながら振り返り……ベールが動きに遅れて舞い上がる。その中に見えたのは、斜めに顔をよぎる傷跡。俺だけはそれを見たお嬢様の表情が一瞬動いたのを知っている。そこに浮かんだのは、後悔と……それ以外の諸々。


 フリーニア様は、あの事件の時に転倒し、傷を負ってしまった王女なのだ。あの事件以来、顔をベールで隠して生活している。傷が……魔法ですら治せなかったのだ。この世界には魔法が存在する。そして、聖剣や呪いの類も。不幸にも、彼女の顔を傷つけたのはそんなものの1つだった。普通に癒したのでは治らない傷。だからこそ問題も大きくなった。命があっただけ幸運、というには少女の顔に残る傷という物は罪深い。


「やはり、まだ痛みますか」


 何が、とはお嬢様も言わない。小さなテーブルを挟んで向かい合い、恐らくはいい香りのするお茶をいくらか口にした後、お嬢様はその話題に踏み込んだ。ここに来て俺も王様がお嬢様へと依頼をしたのだと気が付く。フリーニア様は、随分と思いつめたような顔をしていたからだ。


「痛みはもう……ですが、心が痛いのです。私のこの傷のせいでいらぬ苦労をさせてしまっていると思うと……」


 フリーニア様はとてもお優しい方だ。まさにプリンセスと呼べそうな考え方をしている。別の場所ならば、悪い奴に骨の髄まで食い物にされそうなほどに、純真。あの時も最後までプラクティス家への処分に反対していた。ご自分が傷を負ったというのにだ。


「フリーニア様、いいえ。フリーニア、思い違いはそのぐらいにしていただけますこと?」


「……お姉様」


 あの事件が起こるまで、二人は長年の親友であるかのようによく出会い、遊んでいた。お嬢様も歳の近い妹が出来たかのように笑顔で接していたのだ。それも……昔の話だ。しかし、今だけはかつての2人の間にあったような空気がその場にはあった。


「アレはプラクティス家が対処できなかったのが悪いのです。もっと最初から強く出るべきでした。例え王族やそれに近しい者でも宝物庫での規則を破ることは許されない。半ば形骸化していたとはいえ、父も私も、もっとそれを貫くべきだったのです」


「ですがっ」


 立ち上がり、なおも自分が悪いと口にしようとしたフリーニア様が固まる。先んじてお嬢様がゆっくりと、それでいて滑らかな動作でフリーニア様の前で片膝をついたからだ。この国ではこの姿勢は相手への忠誠を示す。フリーニア様は傷が元で表にはほとんど出てこない。そうなると、彼女を慕う人間も減っていく形になり……今ではこうしてくれる人もどれだけいることか。


「私にもそうしてくださるのですか」


「当然ですわ。私はプラクティス家の当代。国の宝物を守る者。国にとって、宝物とは何も王冠や錫杖、そういった物ばかりではありませんもの。フリーニア様、貴女も国にとって、王にとって大事な宝物に変わりはありませんわ。私に……守らせてくださいな」


『ううう、すいません、お嬢様。見た目がちょっとアレな俺が相方で』


 窓から差し込む柔らかな陽光が2人を照らし、絵画を抜き取ったかのような美しさを生み出していた。これで傍らにあるのが俺じゃなくて聖剣とかだったらもっと格好いいのかなあ?なんて思ってしまう。あるいは、3本の刃が無事なら……3本? 刃? どういうことだ……俺はさすまたのはず。


「ふふふ、フリーニア様。トライも守りたいと言っているようですわよ」


「そうなんですか? トライさん、アレスト様を……お姉様をよろしくお願いしますね」


『幼王女からの直接依頼キター! やります、やってやりますよ!』


 美少女2人に見つめられながらそんなことを言われて、奮起しない男がいようか? いるわけがない!ってまあ、俺さすまただけどね。こうなったら次の侵入者の相手の時にはちょっとばかりいつもより頑張ろう、そう決心する。


 その後、しばらくの間歓談したお嬢様とフリーニア様。後日、離れから戻っていくお嬢様を見かけた城内の兵士の間で、お嬢様がフリーニア様を懐柔しようとしている、なんて噂が出かかったが……いつの間にか消えていた。はっきりとはわからないが、フリーニア様が頑張ったんだろうな、そう俺は思うことにしたのだった。


 さあ、明日からはまた街で金策の日々だ。色んな依頼を探したり、売り物を用意しないといけないな!


お嬢様のイケメン具合が上昇しっぱなしな気がする

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