SO-001「ライバルとお嬢様」
お嬢様の人生は何も宝物庫での警備だけではない。日中は宝物庫以外の場所で過ごすことがほとんどだ。その1つが街での金策。お役目以外を失ったお嬢様はこの先暮らすためには色々な形でお金を手に入れなくてはならない。その上で夕方となれば城に行く必要があるのだ。目的は、宝物庫の見回りやその他もろもろ。
宝物庫の見回りとなると一日中城に詰めてなくてもいいのか?と最初は思ったのだけど昼間はちゃんと兵士達がその役目を負うらしい。お嬢様の家が担当するのは夕方から夜半過ぎまで。その間に片付けなども行うのだ。
『夜は大変ですよね。美容の敵だ!って何の話だっけな……思い出せない』
「そんなに慌てなくても出番はそのうち来ますわよ」
震えるだけの俺と、俺の言葉は聞こえないお嬢様。いつものかみ合うようなかみ合わないような会話を過ごし、1人と1さすまたが城門をくぐってすぐ、お嬢様の体が少し緊張するのがわかる。お嬢様は御役目に真剣だし、結構な犠牲も許容する覚悟は決めているけれど、それでもこの道だけはあまり好きではないようだ。
なぜなら、あいつに良く出会うからだ。
「あ、城に相応しくない物を持ってる人がいると思えば」
「ごきげんよう、ザイヤ」
正面から取り巻きたちを引き連れてやってきたのは、背中まである亜麻色の髪、くるりとした瞳に男受けしそうな柔らかほっぺ、そこそこ出ているスタイルが出るようなぴったりしたデザインのドレスを着た1人の女だった。顔立ちもまあ、美人で受けはいいようだが……俺には人形のように見えた。
「ごきげんよう、アレスト様。まだ城に用事があるんですか?」
「答える義理はありませんわね」
そこらの男ならそれだけでコロッと転がりそうなわざとらしい仕草で首を傾げ、その目には疑問をありありと浮かべてこちらを見る彼女を、お嬢様は一刀両断、手加減無しで叩ききった。いいぞ、お嬢様。もっとやれ、お嬢様!
ピキッと、漫画のように取り巻きの何人かの顔がゆがむ。というか、前より人数が増えてるな……ひのふの……10人近くいるか? この国じゃ夫は1人と決まってるのにご苦労なことで。お嬢様の発言にあまり反応しない奴の方が多い。これは慣れているのではなく、お嬢様を侮っているからこそだと俺は知っている。どちらかというとそいつらの方が俺たちの邪魔になるだろうなと思うぐらいだ。
「んー、今日もそれを持ち歩いてるんですか? 可愛くないし、捨てたほうがいいですよ」
ザイヤは気にしてるのかいないのか、あるいは理解できていないのか、話を続けて来た。まあ、そのぐらいじゃないと今の立ち位置にはいられないだろうな。はっきりとしない記憶からでもわかる。コイツは……男をだましていると。転がしてると言ってもいいだろうか。取り巻きの多くがそこそこ有力な貴族たちの息子連中だというのだからたちが悪い。
「ふふっ」
「な、何がおかしいんですかっ」
対してお嬢様は答えず、唇を釣り上げて曖昧に笑うのみだった。それが不気味に思えたのか、ひるんだように問いかけてくるザイヤ。見る人が見れば、ザイヤをお嬢様がいじめてるように見えてしまうだろうことが悔しかった。実際、そうして噂が多く広まっているのだ。
しかし、そんなことはお嬢様は気にしない。言わせておけばいい、そう言い放った姿は20歳にもなっていない女性がまとっていい空気ではなかったように思う。まあ、それがお嬢様と言えばその通りなんだけども。
「王直々に授けてくださったこれがこの場に相応しいかどうかは王自身が決めてくださること。少なくとも無役の貴女が口にしていいことではないでしょうね。立場をわきまえなさい」
『ばっさりいったー! さすがです! さすお嬢!』
興奮にか、よくわからないことを口走っている自覚はあるがそれだけ見事な切り返しだった。他に何も無くなってしまったのは事実だが、それでもお嬢様は多数ある貴族の中でも唯一宝物庫の出入りが可能なプラクティス家の一人娘なのだ。親がどれだけ名家だろうが、ただの息子、娘の立場とは格が違う。
「そんなことも御父上であるジャスタ卿は教えてくださらないのかしら? 虫に蜜を与えることに夢中になる前にそのあたりのお勉強も必要そうですわね」
そういう時だけ、お嬢様の口調に少しばかり力がこもる。目の前の相手が、自分を今の環境に陥れた1人だということがどうしても気になるのだろう。お嬢様も人間だ……そう感じる瞬間だ。と、握る手に力が。はいはい、出番ですね、わかります。恐らく最初に暴走しそうなのはあの左の奴ですね、ええ。
「ザイヤ様を愚弄するか!」
若者の言葉はそこで止まる。静けさの中、彼の右腕を縫い留めるように柱に食い込んだ俺の立てた音だけが響いた。あ、追加だ。彼が手にした短いステッキが地面に落ちた音もね。人の胴体ほどの大きさだった俺は手首を抑え込むのにちょうどいいぐらいの大きさに変化している。
「敷地内での魔法の使用禁止。そのぐらいは覚えておいていただきたいですわね。ザイヤ、お付き合いする異性を増やすのは自由ですけれど、誰それ構わず蜜を吸わせる花は安く見られますわよ」
「私の勝手です! 第一、魔法禁止ってアナタのそれは違うとでもいうの!?」
「ええ、もちろん。お疑いならどこへなりとも聞いてくださいな」
そして大きなため息。これは呆れている合図だ。父親の出世に伴い、今の立場になって慣れていないのもあるかもしれないけれど、言葉遣いのなっていないザイヤに向けての憐みのため息。それをどうとらえたのかはわからないが、真っ赤になって立ち去って行った。おおい、こいつ残してくのか? 野郎を拘束する趣味はないんだよな。お嬢様外していいですか?
「ええ、そうね。これ以上拘束する価値もないかしら……お行きなさい。飼い主はもういったわよ」
冷たい視線が突き刺さるのを感じたのか、震えながら走っていった。お嬢様に見つめられるなんて何で羨ましい! いやいや、朝っぱらから嫌な奴らだったぜ。あんな奴らが……世の中ってやつは……。
「あの時、彼女らがいなければ……いいえ、未練ですわね。先ほどは感謝しますわよ、トライ」
『いーえ、あのぐらいならお嬢様でも感知できたでしょう』
何かといえば、さっきの男が魔法を使うべく魔力を高めたことを、俺を握ったままの手のひらに小さなトゲを産むことで知らせたのだ。喋ることが出来なくても、やれることは意外とあるし、何かあると伝えることもできる。
そんな通じない会話の中、次にお嬢様が顔を上げた時にはそこに悲しみや後悔の色はカケラもなかった。すぐそばで見ていた俺にはわかる。わいろを受け取るだけ受け取って便宜を図らない悪女だの、目上に敬意を払わない礼儀知らずだの言う奴がいるがみんな間違いだ。受け取っても何もしないといってるにも関わらず持ってくる奴や立場を使って無理を通そうとする馬鹿が多いだけなのだ。
そんな馬鹿たちや侵入者には無敵無敗、不殺必縛の実績を持つお嬢様だが、たった1つだけどうにもならなかったことがある。それが今のお嬢様の環境を作ってしまった。幼いころに母を亡くし、病弱な父と2人きりの家。それでも彼女は健気に微笑んで見せていた。……あの日まで。
あの日、ジャスタ卿の何気ない提案という名の無理難題、王子や王女に若いうちに宝物庫の見学をさせてはどうかという話をお嬢様の父は断り切れなかった。それだけならまだよかったが……無理やりに王族以外が友達だから一緒にと入ろうとしたのを当然お嬢様やその父親は止めた。それでも無理やり気味に体をねじ込んできたのは誰であろう、ザイヤだ。お嬢様の父は……運悪く近くにいた王女の1人ともつれるように倒れ込み、一部の宝物を巻き込んで転倒。幸い、両者とも命に別状はなかったが王女には傷が残った。しかも落下した宝物は完全に破損してしまったのだ。少し離れた場所で王に説明をしていたお嬢様に止めることはできなかったはずだ。
後は、細かく語るまでもない。全ての責任はお嬢様と父親に押し付けられ、王すらもお嬢様1人と、その役目だけを残させるのが限界だった。様々な理由はあれど、結果は結果。それはお嬢様たちも認めるしかなく……お嬢様にはその名前と、役目だけが残ったのだ。父親は少しして病気で亡くなってしまったと聞いている。お嬢様が時折、月夜に泣いているのをそばで聞いているのは俺なのだから間違いないだろう。事件が元で親族もとばっちりを恐れて縁を切ってきた。結果、お嬢様には何もなくなった。
お嬢様が何をしたというのか? なぜこんな目にあるのか? 俺は届かない問いかけを神様に呟く。しかし、そんな時間も終わりを告げる。
「1人……2人。まったく、懲りない方々ですわね」
『宝物庫の中にここまで惹きつける物ってありましたっけ? そこが謎なんですよねー』
静かに、足音1つ立てないように訓練されたお嬢様の歩みはとてもきれいだ。曲がり角で出会えば、その静けさに驚くだろうけど……仕草1つ1つが洗練されている。誰がどう見ても良家のお嬢様だが、その中身がそこらの兵士が束になっても叶わないほどの物だとはほとんどの人は思わないだろうな。
今日の侵入者は幸か不幸かと言えば……不幸だろう。いや、幸福かもしれない。なぜなら……今日のお嬢様は手加減しないだろうからだ。触れるが幸い、問答無用で意識を刈り取ってくれることだろうさ。俺もまた、荒ぶる感情をそのままにさすまたのトゲを微妙に伸縮させていた。
そのやる気が伝わったのだろうか? 俺にだけ見える顔で、お嬢様はわずかに微笑んだ。
「頼りにしてますわよ、トライ」
『お任せください!』
つぶやきを合図に迫りくる敵意と気配に、お嬢様と俺は一体となる。不審者がうめき声も上げずに廊下に横たわるのはそれから1分とかからなかったことだけは俺の心に記しておこう。
更新頻度はそんなに早くない予定です。頑張ります。