SO-016「孤独な宝物庫とお嬢様」
月明かりだけが部屋の中を照らしていた。じっとしたままのお嬢様の呼吸が唯一の音となって、宝物庫の片隅に消えた。普段ならば聞こえることもないようなお嬢様の鼓動の音さえ、はっきりと聞こえそうなほどの沈黙。
『静かなのは防音が効いてるってことでしょうけど、相変わらず静かすぎません?』
「? 誰も来てませんわよ。それとも……じっとしてることに飽きたんですの?」
うっすらと目を開き、周囲の気配を伺いながらも身を休めるという瞑想のような状況だったお嬢様が突然揺れた俺に優しく語り掛けてくる。宝物庫の中央にある唯一の椅子に腰かけたままのお嬢様はまるで宝物として収められた彫像のように美しい。俺が語り掛けることで、彫像には命が吹き込まれ、色もついてきたような錯覚さえ覚える。
「今日は平和ですわね。もっとも、そうそう侵入されても困ってしまいますけれど」
この部屋にいくつかある窓はただのガラスのように見えて、分厚さは1メートル近くあるという物で出来ている。なんでも秘境にいるという水晶のような全身のゴーレムを加工した物なのだとか。今では新しく用意することが不可能な、言い換えればそれだけでも財宝と言えるような物だ。
わざと足音を立てて、お嬢様はそんな窓から差し込む月明りに身をさらす。足元や棚に光る砂、あるいは埃のような物は全くと言っていいほど動かない。全てはお嬢様の鍛錬と技術による動きのおかげである。掃除をサボってるのか?と思われそうな状況であるがこれには訳がある。
「動かした形跡も無し、と。当然ですわよね」
『ですねー、最近は王様もここに取りに来ませんし』
細かく光る物はとある鉱石を細かく砕き、さらにすりつぶして作った粉だ。色々な物と反応し、とある性質を持つ。それは、魔力を浴びると光るという物だ。例えば目の前の壺を不用意に持つと、その粉が体に付き……とても細かくなったそれは服の隙間などに容易に入り込むため、気が付かずに証拠を持ち歩いてるような状態になるのだ。
もちろん、それだけでは別件で触った、と言い訳されることもあるだろう。そのあたりは企業秘密的な物で解決である。1つ言えるのは、王様はここに来たら専用の場所で全部洗浄しているということだ。
『お? 1人……2人。うーん、こっちが狙いですかね?』
「こちらからは離れてますわね……知らせるだけ知らせておかないといけませんわ」
実際には宝物庫に関係ないのであれば、お嬢様の管轄ではない。むしろそのために場所を移動してその間に何かあったら問題になるような状況だ。それでも放っておくというのもどうかと思うぐらいにはお嬢様は優しい。
そっと宝物庫の大きな扉の脇、お嬢様と王様ぐらいしか開けない小窓を開くと、そこから少しだけ顔を出して笛を吹く。つい先日近衛も含めて配布された、警告用の笛である。わずかな時間だけどこれで他の場所の見回り中の兵士達には伝わったことだろう。
ちなみに大きな音のなる笛だと起こしてしまうとのことでなんだか魔法の道具らしいけど分解しちゃいけないからわかんないんだよな。お嬢様は分解したくてうずうずしてる。こういうの、好きなんだよな……上手く使ってより守るのが楽になればって意味合いの方だけど。
『この宝物庫ももっと城の真ん中にあれば楽なんですけどね』
「自分で捕まえたいんですの? 駄目ですわよ。私達はここを守るのですから」
いつものように伝わってるのか伝わってないのかわからない会話を続けながら、夜を過ごす。前の王子のような例を除けば、ここに夜やってくるような奴はいない。もっとも、昼間でもほぼ人通りのない場所だ。それにはこの宝物庫の立地がある。城全体で言うと、外周に近い場所にあるのだ。
何でも、城が作られ始めてから宝物庫の必要性を感じたからとか言われてるけれど実際はどうなんだろうか。あるいは中身が奪われた時に中央にあるほど被害が増えるからという理由かもしれない。
わかっているのはこの宝物庫が……生きていると言える状況だということ。なにせ、日暮れから夜明けまでは王族の血を引いていないと扉が開かないのだ。その血の判別も宝物庫が勝手にやるというのだから面白いというか、謎である。昼間は警報みたいに何かなるんだったかな? 例外はお嬢様の家系。今は事実上お嬢様1人だからお嬢様に子供を作ることが禁じられているということはお嬢様の代で中に入って守る人間がいなくなるといいかえることが出来る。
なんとなくの予想だが、本当に王族に連なる家系の人間か、試しに来ることもあるんじゃないかなと思う。開かなければ、あるいは音が鳴ったら他人ってことだもんな。そう考えるとわけもわからないような相手に血のつながりを否定されることになるわけだから恐ろしい……のかな?
「王も何年かしたら家と血を遺すことはお許しいただけると言っていましたが……出来れば早くそうしたいですわね。私もいつまでも若くありませんもの」
『お嬢様はまだまだ若いですよ! それに後10年は維持できますとも!』
普段しているトレーニング、そして薬草類の摂取によりお嬢様は歳のわりに若々しい。というか、まだ子供っぽい部分も残していると言えるのかもしれない。まるで伝説のエルフのようだ……なんてことを夜会でささやかれたこともある。エルフはたぶんない、主にどこかの戦闘力的な意味で。
「問題はもしそうなったとしてその間の警護でしょうか……お腹の子供はどうなるのかしら……考え過ぎですわね」
一人、孤独な宝物庫の警護。俺はいても震えるぐらいしかできないし、じゃあ侵入者がいたほうがいいのかと言われるといない方がいいにいいに決まっている。
ふと、宝物庫の中身に視線を向ける。お金にすると相当な物から、お金に変えられないような厄介な物、あるいは戦争にしか使わないような魔法の道具等様々だ。いずれも持ち出されれば問題になる。
それを許さないためにお嬢様はこうしてるわけだけど……中には盗賊の技を駆使して無理やり入ってくる連中もいる。泥棒の類ではあるけれど、この宝物庫は普通ではないということを考えると相手も普通ではないのだ。
『これでお嬢様に何かあったら中に入るのも一苦労なのをわかってるのかなあ……』
お嬢様が大怪我でもしたらその間どうするつもりなのか? 兵士で固めても、中に入れないのでは問題だ。まさか王族の誰かが一緒にいるわけにもいかない。問題だらけである。せめてもう1人は……そう思いつつも今のところは不可能な話だ。お嬢様1人に負担のかかる状況……でもお嬢様ならきっとこう言うだろう。
─ 自分が負けなければいいのですわ
と。無敵無敗の名の通り、守り切り、警護を続けられる状況こそ勝利と言えるのかもしれない。凛々しさも感じる横顔。繰り出す技は多くの守りを突き崩し、何人もの愚か者を撃退して来た。お嬢様をどうにかしようとするなら、それこそ熟練の暗殺者を何十人と連れてくるか魔法で遠距離から飽和攻撃をしかけるぐらいしかないだろう。
それでも……それでもだ。俺にとっては大切なお嬢様であり、間違いなく女の子なのだ。話せたのならば暇をつぶしてあげたいし、話せたのならば孤独を解消させたい。話せたのなら……惚れてしまっていることを……伝えることは許されるだろうか? 人ではない、自分が。
『その時……答えてくれますか?』
ささやくような震え。そんな俺にお嬢様は、言葉ではなく……笑みを向けてくれた。それだけで、俺は彼女のためにこれからも存在を賭けよう、そう思えるのだった。
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