SO-015「あの日のお嬢様とさすまたな俺」
少し、昔の話をしよう。と言っても俺もどこまでが本当か定かではない記憶ばかり。さすまたになる前の記憶のようなものも混じる……まあ、おとぎ話のような物だ。
俺がこの世界で目覚めた時、最初に見たのはしわくちゃの婆さんの顔だった。訳も分からず、自分が人間だった記憶だけはあったからあわてて周囲を見渡そうとして失敗した。俺の体に何が、そう叫ぼうとしてそれも出来ないことに気が付いたとき……婆さんは泣きそうな顔をしたのをはっきりと覚えている。
こうなる前に、なんだか神様とか呼んでる奴が頼みがあるとか言っていたような……転生ってやつだったか? 今となっては結果しかわからないのでそうと思うしかないのだが。
「ごめんなさいね……人としての意識があるなら呼ぶべきではなかったのかもしれない」
婆さんはこの時、そんなようなことを言って俺を見つめていた。その時の婆さんの瞳に映っている物、それが俺だと気が付くのにそう時間はかからなかった。なんでかっていえば、こちらをじっと見つめてくる婆さんから目をそらすのはなんだか嫌だったからだ。
例えしわくちゃの婆さんだろうが、女性が泣くのは良くないこと。そんな気持ちが湧きあがった俺は、思わず喋れもしないのにその気持ちを伝えようとして……自身を震わすことが出来た。どうみても何かの棒状の姿になっている俺が、だ。
「こんなおばあちゃんを慰めてくれるの? 良い男ね、ますます申し訳ないわ」
気にするな、と伝えられない自分が憎かった。その代わりという訳ではないけれど、婆さん以外の情報を手に入れようと何故だか動かせる視点を気ままに動かし周囲を見る。そこはひどいもんだった。見渡す限りの瓦礫、そして激しく争った後であろう打ち捨てられた武具、武具、そして……人。
戦争、そんな単語が頭をよぎる。今の俺に頭はたぶんないんだけどな。
「貴方がいる限り、この光景は繰り返されない。きっといつか、投げ出したくなるような気持ちになると思うけれど……それまで、この中にいてほしい。お代が払えない仕事なんて、受けたくもないでしょうけど」
『よくわかんないけどよ、婆さんが泣かずに済むんだろ? だったら……問題ない。ただまあ、出来れば退屈が無いといいな』
言葉も通じず、震えるだけの俺。そんな俺の言うことを何とか読み取ろうとする婆さん。不思議な関係は少しだけ続き、そしてあっさりと終わった。
婆さんが勝手に俺に話したことは、俺が使い手を選ぶ魔法の武具の1種であるということ、この国の宝物として収められること、そのぐらいのことだ。他にも言いたそうだったが俺に言っても負担になると思ったに違いない。優しい婆さんだったからな。
『今日も来ないな……さすがに……死んじまったか』
人の気配のしない宝物庫の中、話す相手もおらず一人わずかに震える。あまり震えて転がると管理する奴がうるさいからな。前に同じように震える奴は危険な魔道具かもしれないと外に持ち出され、もう戻ってきていない。きっと適切に処分されたんだろうと思っている。
ここの管理人は真面目というか堅物というか、まあ……仕事に忠実だ。毎晩警護に来ては、たまの不審者と戦っているのが見える。宝物庫の番人ってところか。
刺激と言えばそれぐらいの日々は、俺から婆さんとの思い出のほとんどを奪い去るぐらいの年月を積み重ねた。例え元が人間だとしても、いや……人間だからこそ、孤独と退屈に心がすり減っていくのを感じていた。婆さん、アンタは正しかったよ。
(いつか投げ出したくなる気持ちになる……そういうことだよな)
いっそのこと考える頭が無くなればいい。そう思いつつもそう簡単になくなる物でもない。いつしか俺は、震えることもほとんどなくなった。代わりに思考を占めるのは、どうして神は俺をこんな形で転生させたのか?ということだった。婆さんが呼んだとは言っていたけれどそれは神が俺を選んだからだろう。だから婆さんは悪くない。偶然だろうか? 何か理由があるのだろうか? 何故……何故。
今思えば、あまりいい傾向とは言えない思考だった。だけど、喋れず一人というのは健全な精神をむしばむものだ。そうして、ちょっとばかり悩ましい日々が過ぎたある日のことだ。
「これがアレスト、お前に名誉を与えてくれるかもしれない物だ」
「これは……さすまたですの?」
何代目だったかもはっきりとは覚えていない国の王様、そして……一人の少女が俺の前に立っていた。王様の方は何度か見た覚えがある。思い出したように俺を含めて中身を見ていく物の、手に取ることはなかった。隣の少女は見覚えが……無い、無いはずなのだが。
『俺を……俺を握ってくれ! お嬢さん、そこのお嬢さん!』
久しく感じることのなかった衝動。彼女の手の中に納まりたい、そんな欲求。少女の中に、婆さんの面影を感じたからだろうか? 否、一目見てなぜか感じたのだ。この少女とは運命だと。この体、さすまたに転生してからここまで震えたことはないと自信を持って言えるほど、震えた。だから台座から転がった。
「う、動きまわしたわ!?」
「うむ。建国初期からあるというある意味伝説のさすまたである。これでも魔道具でな、下手な使い手が持てば魔力を吸われ、脱力してしまう。だが折れず、曲がらず、守り手の武器としてこれ以上の物は恐らくないであろう」
『王様、そんな説明はどうでもいい! 頼む!』
伝わるはずもないのに、床に転がったまま震える俺ははたから見ると怪しさ大爆発であり、とても手に取ってもらえる代物ではないと今にして思う。が、そんな俺を……少女は小さな手で拾い上げたのだ。
ぴりっとした衝撃と共に、俺は少女とつながったことを感じた。それはそう、婆さんが俺に伝えた言葉の通りだった。宝物庫に収められ、長い時間を過ごすことになってしまうだろう俺に告げた言葉。
─遠い将来、貴方を使いこなす者に出会ったなら、力になってあげてほしい
まだただ手に取っただけ。けれども俺は直感した。この少女……いや、お嬢様は俺が守り切って見せると。使われる道具の身ではあるけれど、そう決意したのだ。
「軽い……ですわ。それに、なんだか不思議と力を感じますの」
「そのさすまた……トライが持ち手として認めた証であろう。今日これより、それはお前の物だ。良き守り手になることを期待する」
略式な状態ではあるが、王様直々に授かったという形になるからであろう。俺を持ったまま、深々と頭を下げるお嬢様。その姿はまるで、剣を王に捧げ忠誠を誓う騎士の様ですらあった。
『これからよろしくお願いしますよ、お嬢様!』
「あら、トライ? 不用意に震えるものではありませんわ」
久しぶりに宝物庫以外に出たことで妙なテンションだった俺は我慢できずに震えてしまうが、お嬢様はまだ子供だというのに、妙な迫力を持っていた。色々な意味で、この人について行こうと思うのだった。
そんなさすまたな俺と、覚悟完了しすぎている気のするお嬢様の出会い。周囲の人は、今はさすまたなんて、と笑うことだろう。だが、そう遠くないうちにこう言わせて見せる。
─守り手にはアレストお嬢様とこのさすまたこそが相応しい
と。
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