SO-014「展示会とお嬢様・後」
普段人気のない宝物庫を警備している状況と違い、人の多い場所で何かを守るというのはなかなか神経を使う物だと思う。それでもお嬢様は器用にも自分の守る範囲だけを意識するという切り替えにより疲労を抑えているようだった。俺もなんとなくだけど、お嬢様が警戒する範囲というのを感じられるからこそ、だけども。
『フリーニア様来ませんでしたね』
時折立つ場所を変え、不審者がいないかを見ていたお嬢様がその言葉に動くのを辞めた。視線の先には豪華な水瓶。それはフリーニア様生誕の際に作られたと言われる装飾の水瓶だ。金を土台に、7色の宝石をちりばめたまるで聖杯とでも呼べそうな立派な物だ。それで水を扱う日は恐らく来ないのだけど……な。世間でも使わないのに皿を財宝として扱う時もあるぐらいだ、そういうこともあるのだろう。
ちょうどそれが視線の先に来たところで俺が揺れたことで、お嬢様も俺が伝えたいことがわかったんだろう。ポケットの1つを撫でるようにしている。俺と執事とメイドの三人だけが知っている……表立って付けるわけにはいかないフリーニア様からのプレゼントだ。ピンクのリボン、と使いどころが難しい物でもあるがな。
「出来れば来年は……考えても仕方ありませんわね」
せめて化粧で隠せる程度に傷が治ればフリーニア様もこういった舞台に出てこれるかもしれないが、額から口元にかけて斜めに、となればそれも難しい。この前の王子同様、お嬢様もお役目の中で様々な宝物、マジックアイテムとでも呼べる物らに接しているのもいくらかは王女を癒す物がないかという目的がある。自分もポーションの調合は出来るけどそれは普通の怪我を治す物。専門外過ぎる……そんな悲しみ。
『俺は戦うだけですからね……お役に立てず。ああ、もう。震えるとくすぐったいな』
言っても仕方がないことなのだけどこの状況はシリアスには向いていない。何かといえば、俺の今の格好だ。普段は見た目を余り気にしないお嬢様も、守り手の見た目も展覧会の一部だ、何とかならないかと言われては対策を取るしかない。お嬢様自身は最近ようやく手に入れた2着目の真新しい方の服に袖を通し、いくらかメイクもしっかりしている。
ただ……それだけではまずいものがある。そう、俺だ。さすがにいつものさすまた姿だと場にそぐわないと思わないか? これが護衛の兵士が持っているのなら普通と言えば普通だがお嬢様だからな……結果。
『まさかさすまたになってまで女装することになるとはっ』
色も塗られ、フリルもあしらわれ、何より持ち手以外がいわゆるデコられてる見た目だった。視点が離せないから両端に行って反対側を見るみたいなことでなんとか……でもキラキラしてるんですけどー! 付け根には女の子がつけるような手のひらより大きいリボンとかほんと、勘弁してほしい。
『これならちょっと女の子が持っててもおかしくない物になりましたーってなるかぁ! なってますか!?』
「あらあら、女の子が増えてきたから元気になってますの? もう、トライったら」
別にそういう訳ではないのだが、何が楽しいのかお嬢様と俺を見て、よく見せてくださいって言う女の子が結構いる。どこのお嬢様かわかららないけど、趣味が良いとは言えないぞ? 自分で言うのもなんだけど。
そんなちょっと変わったお嬢様たちのお供の反応は大体2つに分かれる。1つはお嬢様の噂をある程度知っているのか面白くなさそうな、あるいは敵意まではいかなくても冷たい感情を向ける奴らだ。もう1つはそんなお嬢様のことをよく知らず、こんなところにいるのだから何かあるんだろうと思いつつもさすまたに驚いている奴ら。どちらにせよ、お嬢様の味方とは言い難い。
さすがに誰かに応対しながらの状態では気配を探りにくいお嬢様に変わって会場を何とか見渡し……あまり人気の無い、去年と同じ内容が多いブースに視線を向ける。見た目はきらびやかな物が多いが、目新しさという点では負けている。何も出さないわけにはいかないという状況でも、運営が不幸にもうまくいっていない領地というのも確かにあるのだ。そんな場所であるから警備もまばら、あまり人気はないと言ってもそれでもそこそこの人通りはある。そんな場所で……何かを懐から取り出しやつがいた。
『お嬢様! 左、壁際!』
「! 失礼。そこっ!」
事前に決めていた振動の強さや回数で大体の場所を知らせると、お嬢様は素早くその気配に気が付いた。前に来ている人をかき分けるのは困難。となれば他の方法、後ろに下がって一息に飛び上がりつつさすまたを投げつけるという荒業を実行して見せた。周囲がざわめくがお嬢様も俺も気にしない。お嬢様が守るように言われているブースではないけれど、この国の物となれば何もしないというのも問題だ。
見た目は商人の姿の男に向けて、投げつけられた俺はやや小太りな男の胸元に吸い込まれるように飛び、見事にそいつを床に縫い付けた。野郎相手には密着したくないが緊急事態だ!というわけでとげを長くしてがっちりと拘束である。
「な、なんだぁ!?」
「アレスト様、何事ですか!」
「その方の手からこぼれた物をよく見なさいな」
そう、男が取り出した物、それはどう見ても飾られてる首飾りと同じ見た目だった。が、こんな場所で取り出すんだ、本物のはずがない。現に落とした衝撃でいくつかの宝石部分が外れている。周囲には目利きの商人たちだって何人もいる。すぐにその価値の違いがわかることだろうさ。
捕まえられ、連行されていく商人姿の男。床に落ちた俺を拾おうとした兵士を制し、お嬢様がわざわざ俺を拾い上げる。執事なレイアも言っていたが、俺を扱うには力がいるらしい。魔力という不思議な力がな。そこらの兵士では何が起こるかわからないというわけだ。
「お騒がせいたしましたわ」
まるでそれすらも予定調和の寸劇であるかのように、優雅な一礼と共にお嬢様は場のざわめきを沈めた。人はそうなれば意外と図太い物で、面白い物が見れたとばかりに明るい雰囲気が満ちるといつの間にか事件前のざわめきが復活していく。
「あれが陽動でなくてよかったですわ……」
『すり替えられてたらお家騒動……もしくは戦争のきっかけでしたかね』
そう、捕まった商人は見た目からして隣国の風貌をしていた。捕まった以上は尋問により偽者なのか、本当に隣国の人間だったのかがわかるだろうけど実行されていたらきっと……そういう見た目の奴がすり替えたという情報がどこからか出てきたに違いない。例え、どんなにずさんな計画だったとしてもだ。
町に出て話を聞けば大体の話は見えてくる。この国が最強だった時代からは時が過ぎている。周囲の国々はこの巨人が膝をつく日を今か今かと狙っているのだ。
「戦争なんて、起きなければいいのに……」
その時だけは、お嬢様はいつもの令嬢の皮を脱ぎ、1人の少女としての本音を呟いた。小さなつぶやきは喧騒に溶け、誰も聞く人はいなかった。俺を除いてね。
その後は大きな事件は起きず、王の演説を締めの挨拶として展示会は無事に終わりを告げた。お嬢様の戦いはこれからとも言える。展示された物から元々宝物庫にあった物はまた戻さないといけないし、新しく追加になる物を場所を作って飾らなくてはいけないのだ。しかも王様と2人きりという謎の状況でだ。
これには王自身が他の王族を入れないようにしているからなのだが……。
「毎度手間をかけるな」
「これもお役目ですもの。もったいないお言葉ですわ」
他に見聞きする人がいないという状況で、お嬢様と王の間には独特の空気が広がっている。俺は部屋の中央に立てかけられ、何かあった際にすぐにつかめるようになっていた。そんな状況の俺から見ても2人の関係は悪くない。
「来年、動きがあるだろう。その時は離れの宝を頼む」
「お心のままに」
静かな、2人と1さすまただけのいる時間が過ぎていった。
感想や評価、バナーからのランキング投票等いつでもお待ちしております。




