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SO-012「ある日のお嬢様といつかのお嬢様」


「私、お爺様たちみたいに立派な守り手になりますわ!」


 自分の口から出る声に、私はこれが夢だと気がつきました。淑女たるもの、声を荒げることの無いように……そうお母様に何度も叱られたのもこの頃でしたわね。そのことがわかっているのか、お爺様も、その横にいるお父様もどこか苦笑を浮かべていましたわ。


 でも当時の私にはそんな顔だとは気が付かなかったと思いますの。ですから、このお爺様たちはきっとそうだったであろうという私の想像。今はもういない、私の宝物な記憶。飛び跳ねる私の視界をよぎるのはこの時は真っすぐ伸びていた私の髪の毛。陽光に反射してキラキラと光っていましたわ。


「そうかそうか。ではまずは心を鍛えねばならぬな」


「心……ですの? 私、体は丈夫ですわよ! ですから毎日走れますわ!」


 口にはしませんでしたが、お父様とは違って……と心では続けていたような気がしますわ。今思えば、口にしていたら子供だからといって許されるかどうかは微妙なところですわね。確かにお父様はお役目を思えばお体は丈夫とは言い難い状況ではありましたけれど……。


「ふふふ。いいかい、アレスト。お役目に必要なのは体の強さだけじゃない。心の強さ……誘惑に打ち勝つ強さが必要なんだよ」


「誘惑ですか……うう、頑張りますの」


 誘惑と言われて思い浮かぶのはお母様お手製のお菓子たちでした。あまーい香りが鼻に届けば、ふらりふらりとそちらに誘われる、そんな子供時代でしたわ。なにせ、この時はまだ6つにもなっていないような歳でしたものね。


「ワシたちが守る宝物庫には様々な物が眠っておる。中には持ちだしてほしいと誘惑を仕掛けるような魔導の道具さえもあるのだ。それに負けるようではお役目は果たせぬぞ」


「! わかりました。私、今日から夜のお菓子は我慢しますわ!」


 きっと私なりに真剣に考えた末の答え。ですけれどそれはお爺様とお父様の笑いを誘うだけでした。笑い出す2人を見て、なんでだろうと考えていた記憶が今も昨日のことのように思い出せます。こんな小さい時のことを覚えていられるか、と言えば難しいでしょうから半分ぐらいは今の私の妄想かもしれませんけれども。


 それでも……お爺様の教えは的確で、私はどんどんと力を身に着け、心も鍛えられていきました。きっと歴代の守り手の中でも最高の素質と、力を手にしているだろうとお爺様に評されるほどに。そして、私が守り手としての力を着実につけていると判断したであろうお爺様は、何かの折に王へと私を紹介しました。よりにもよって、王の目の前でお爺様と無手で戦って見せたのは今思えばなかなか無茶なことだったと思いますわ。


「見事! 聞けば、もうすぐ誕生日だそうだな。何か欲しいものはあるか」


「名誉を、いただきたく思います。地位でもなく、金銀でもなく、ただ国の宝物を守るのは我らしかいない、そう評されるだけの名誉を」


 子供が何を言っているんだ、そう思われてもおかしくないことですが私は真面目にそう口にしたと後からお爺様に聞かされました。というのも、王の目の前にいるということで当時の私はかなり緊張して頭は真っ白だったから覚えていなかったのですわ。


 結局、名誉はこれからの私自身が積み上げていく物であるともっともなお言葉を頂き、その助けとするがいいと言われながら……案内された宝物庫でトライを授かりました。誰も殺せない宿命を背負った魔法の武器だと聞かされ、手渡された時に私は運命を感じました。


 それからの私はずっとトライと一緒でした。15を迎える頃には私自身も、私の振るうトライの力も知る人ぞ知るという扱いになってきていました。そういえば、私がさすまた、トライを王から授かったことに一番喜んでくれたのもお爺様でした。さすがに食事や入浴の時にまで持ち込んでいるのをお父様たちにはたしなめられましたが、私はトライを手放すことをしませんでしたわ。


 そんなお爺様も、病気が元で天に旅立ってしまいましたが……。今の状況を知らずに旅立ったのですからそのほうがよかったのかも……しれませんわね。


 幸せな記憶は時がたつごとに美化されるものと言います。もしかしたらこの記憶もそうかもしれません……それでも、私は今、守り手としてここにいます。


(足音……巡回の兵士ではない……もっと軽い……あらあら)


 警戒しながらもぼんやりと意識を休めていた私の耳に届くのは鍛えられた大人の物ではない軽い足音。そのテンポ、クセには覚えがあります。フリーニア様より2つほど年下の……王子。確か三男だったかしら? こんな明け方も近い時間に……。


 ふわりと床に飛び降りれば、わざと撒いている細かな砂のような物がわずかに舞い上がります。思ったよりも舞っていることに、自分の未熟さを感じましたわ。本来ならば舞わないのが理想だというのに。


 手の中のトライが、私を慰めるかのように震えました。喋られない以上、私の想像でしかないですけれどトライはきっと優しい人格が宿っていますわ。ちょっと……いえ、かなり若い男の人格でしょうけれど……ね。


 私の着替えや、事あるごとに視線のような何かを感じることは私にとって嬉しい事でもありますわ。それはトライとのつながりがあるということでもありますし、お互いに特別な存在だと証明されているような物ですから。


「そこまでですわよ」


「っ!? アレスト、いたのか」


 王子はきっと出来るだけ音が立たないように開いたつもりでしょうけれど……その中に私が待機してるのだからその意味では無駄でしたわね。門限を破って帰って来た子供のようにバツの悪そうな顔をしている王子を見ると少しばかりは優しくしてあげたくもなりますが決まりは決まりですわ。


 何人たりとも、例え王族と言えど現王の同行が無ければ触ること、持ちだすことを禁ずる……そうなっているのですから。例外は私のような守り手のみ。


「お役目ですから。もう、隠れ身のマントまでお使いになって……ばれたら怒られるどころではすみませんわよ?」


「それは……その」


 ため息を心の中に隠しつつ、優しくその背中を押して外に出ます。後ろでに少し扉を触れば、自然と宝物庫の大きな扉は閉まります。どういった仕組みなのかはさっぱりですが、これがこの国の、建国以来あるとも言われる生きた宝物庫と思えば割り切りも出来るという物です。


「中には危ない物もございます。せめてそれから守れる者を連れて来てくださいませんと」


「それは……」


 第三王子……フェリテ様は良くも悪くも若い王族、と言えるお方ですわ。自分に権力があることを知っていて、その権力が通じない状況もあることも知っていらっしゃいます。この中に、危険とされるものがあることも。


「それでも私は中を……何があるかを知っておきたかったのだ。姉を癒せるものがあるかもしれないじゃないか」


「フェリテ様……そうですか……そうお考えなのですね。そのお気持ちは、そっとここに仕舞って、代わりにフリーニア様とお話をしてあげてくださいな。今はそうすべきですわ」


 フリーニア様の傷は癒せなかった。それは事実ではありますが……すべての手を尽くしてか、は私にもわかりません。目録はあっても、それがどんなものなのか全てを知ることは私にもできないことですから。


「……わかった」


「ありがとうございます。これで彼らの首もつながりますわ」


 それはどういう……と王子のつぶやきは通路の向こうから来る松明の光に消えていきます。そう、もう交代の時間……王子が隠れ身のマントを使ってやってきた方向からの相手との。このまま会話を続けていてはごまかしようはありません。仮に中を見回っていたらもちろん駄目ですわ。


 軽く背中を押して差し上げると、フェリテ様は来た時と同じように夜の王城内に消えていきました。私はそのまま、さも今出てきたように装って交代の兵士を迎えます。


「異常なし、ですわ」


「わかりました。後はお任せください」


 いつものように兵士と言葉を交わして、そのまま宿舎に戻ります。少しばかりの仮眠をとって、今日を始めなければ……。


(このまま歳を重ねたらお肌にも出てきてしまうかしら?)


 目下の悩みは、そんな乙女な話なんてこと……誰にも言えませんわね。



 

日頃の鍛錬、身につけた仮眠と警戒同時の術、最後にポーションによって美貌が保たれています。


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