SO-011「お嬢様とさすまたとメイドの戯れ」
(ああ……さすまた万歳!)
俺はさすまたであることに不満はない。いやまあ、そりゃあ自分で動けないのは困ると言えば困るけど、現状は非常に充実している。宝物庫で何もできずに過ごした時間と比べれば、誰かの役に立っているという現状はとても幸せと言えるだろう。
そして、今この瞬間はさすまたでなくてはならなかったとさえ思っている。
─ 一糸まとわぬ姿のお嬢様と一緒にいるのだから
宿舎の一室は石張りであり、そこで洗濯もするのが普通らしい。騎士団長との模擬戦を翌日に備えた日、お嬢様は俺をそこに持ち込んだのだ。洗ってくれるのかな?と思いきや俺を壁に立てかけた後、徐にクロエの手を借りて体を洗い始めた。まあ、そうですよね。動くと汗かくしさ。ちょっと残念だけど見放題である。
『お嬢様の素敵ボディは最高だけどクロエちゃんのささやかさもこれはこれで……でもなんでクロエちゃんは薄着なんだろうか?』
惜しげもなくさらけ出される姿も良い物だが、こうして布が貼りついているというのも捨てがたい。と、そんな邪な思考が漏れていたのか、クロエがこちらをちらちらと見てくる。スタイルの違いもあってか、妙に幼く見えるクロエにそんな視線で見られると……ゾクゾクするな!
「あの、お嬢様。トライさんが震えてるような……」
「え? ああ、いつものことですわよ。喋ることはできないけど、トライには意思があるみたいですの。たぶん、笑いもするし怒りもしますし……それと恐らく男性ですわね」
さりげないお嬢様の一言に、クロエが慌てて体を隠すようにして遠ざかっていく。さすがにその反応はショックである。そりゃ、中身が男ってわかったらそうなる気はするけどさ、クスン。
時々ピンクな考えに気が付き、怒ってくるお嬢様だけどなんだか余り気にしていないように見える。結局は俺をそばに置いておくし、どうなんだろうな?
「ど、どうしてそんなに堂々としてるんですか?」
「気にならないわけじゃありませんわよ? ですが……トライの意思が元々これに産まれたのか、それとも元人間が意思を封じ込められたのか……それはわかりませんけれど、どちらにせよ不憫な物ですわ。喋られず、動けず、物も食べられないのですもの」
お嬢様の視線、そこにこもった気持ちからは俺を本当に憐れんでくれていることが伝わってくる。それは不快な物ではなかった。同情や憐みがいらないっていう時ももしかしたら来るかもしれないけれど今はその気持ちが嬉しかった。
「ご褒美ってわけでもないですけど、それでトライが頑張ってくれるのなら多少はいいかなと……そう思ってますわ。第一、私自身は自分の体に自信がありますもの! 苦労してますのよこれでも」
「お嬢様は素敵です! それがその、自分の体を不審者が気にして隙が出来たら儲けもの、という考えはちょっとずれてると思いますけど」
「……そう?」
壁に立てかけられたままの俺を手にしようと伸びるしなやかな腕、濡れてストレートのように流れる髪がそれに絡み、さらには胸のふくらみやらもちょうどよく隠している。ええい、お前は謎の光かいい仕事をする湯気かっ!
アップになったお嬢様の彫刻めいた体に、俺は興奮よりも感嘆、そんな感情を抱いていた。水を滴らせ、肌はほのかに赤く火照りもあるように見える。
「明日は負けるわけにはいきませんわ。何もなければ大丈夫なはずですが……トライ、頼みますわよ」
『もっちろんですよ! お嬢様とクロエちゃんのあれこれで色々満タンです!』
「きゃっ、もう。水濡れ中は危ないですわよ」
急に勢いよく震えたからか、慌てたお嬢様が俺を落としてしまった。確かに滑りやすいもん……な。ああ、でも少しだけこのままでも……もうちょっと、もうちょっと角度を変えてくれると……かがんだままで、そうそのままで。
「なんだか邪な気配を感じます」
「トライに被虐趣味でもあったのかしら?」
『ちーがーいーまーすー! よかった……バレテナイ』
今日ほど、俺はさすまたでよかったと思う日は無かった。だって、人間だったらアレな場所がね、うん。ちょっと危なかったが無事に再びお嬢様の手に戻った俺は布を当てられ、こすられ始めた。理屈はわからないんだけど、何かにぶつかったり硬い物を抑え込むと硬さを感じるし、撫でられたりするとそう感じるんだよな。何が言いたいかと言えば、お嬢様による布洗い時間は最高ってことさ!
大よそ聞かれたらマズイ声をあげて(震えてるだけだが)お嬢様のテクニックに身を任せる。ああ、お嬢様、そんなとげの根元まで丁寧にこすられたら……俺は、俺は!
「クロエ、手伝ってくださる? とげの数が多すぎますわ」
「はいっ! じゃあ私はこのあたりを……」
なんということだろうか? 正面からはお嬢様が着替えることなくそのまま俺を布でこすり、さらには反対側からクロエまで洗ってくれるという。しかもクロエはその手に石鹸らしきもので泡を作ったかと思うと大小のとげを指で直接洗い始めたのだ。想像してみてほしい、美少女2人に挟まれた状態で全身なすがまま、隅々まで洗われるということを……。
その日、俺は絶対に模擬戦に勝つ覚悟を決めた。使うのはお嬢様だけどな。
「止めておくのなら今の内だぞ?」
「ご冗談を。ああ、これももう、戦いの内ですの? それは申し訳ありませんわね」
騎士団長であろう男の顔がひくつく。豪華な装備に身を包み、肉厚の両手剣……刃は落としてあるがそれはもう暴力の塊でしかないだろう。馬だろうが本気を出せば両断されてしまいそうだ。
お嬢様はいつものように、俺を手にしたままお嬢様的には自然体で相手の動きを伺っている。その様子が気にいらなかったのか、騎士団長は大げさに剣を振りかぶり、始める合図をした。
途端、2人だけの戦いのはずなのに外からは何かが飛来してくるのを感じ取った。お嬢様も当然そのぐらいは感じている。後ろに大きく飛びのき、それらを回避する。それは……矢じりの無い木の矢。目だとかに当たらなければ痛いだけで済みそうな物だった。
「部下には狙いをつけずに適当に撃てと言ってある。運悪く当たるか当たらないか……平等だろう?」
「ええ、よくわかりましたわ」
鎧を着こみ、兜までかぶっておいて平等。そんなふざけたことを言う相手にお嬢様は冷静だった。相手にとっては苛つくような冷静振りだろうなと思う。けれど、握られている俺は感じる……お嬢様の怒りを。
俺もまた、昨晩の充填も含めていつでも全力全開で行く覚悟であった。
「何?」
だというのに、騎士団長はそんなお嬢様に気が付かず、ひるまない姿に疑問を顔に浮かべていた。そういう態度をとるというのなら、こちらもやることは決まっている。そう、正面から叩き潰すのだ。
直前までは、騎士団長の顔を立ててうまい方向に持っていけたらいいなあ思っていたのにな。
「この国には危機感が足りない、王もそう感じてくださることでしょう。騎士団長が女1人に負けるのですからっ!」
「貴様っ!」
お嬢様の言葉を侮辱と捉えたらしい騎士団長が動き出すが……遅い! 地面をえぐるかのように振るわれる両手剣は確かに強力だ。だけど一度振り下ろされてしまったのなら横に薙ぐことはすぐには出来ない。その時間は……お嬢様の物だ。
「せいっ!」
「ぬぉおお!?」
見た目にはさすまたを直接鎧にたたきつけただけの物。威力なんて皆無……だが騎士団長は数歩後ろによろける。答えは単純、お嬢様が衝撃を鎧を突き抜けて相手に叩き込んだのだ。それを可能にするのは魔力。お嬢様は攻撃魔法を放つようなことはできないし、敷地内での魔法の使用は禁止だ。過去にも同じ人間がいたらしいプラクティス家が編み出したのが、物を突き抜けて伝わる魔力の性質を利用した至近距離での必殺技というべき物だった。ああ、殺さないから必縛技かな?
「不届き者に鎧を着る輩がいないと思いまして? さて、さっさと決めさせていただきますわ。水浴びもタダではないですものねっ!」
言い切ったのと同時に矢が降り注ぐ。相手は偶然と言い張るかもしれないが、どう考えてもほとんどがお嬢様に当たる軌道。けれどその程度の物、お嬢様と俺には何の役にも立たない。
「この5倍ぐらいは持ってきてほしいものですわね。ほーっほっほほ!」
高笑いをあげながら、飛来する矢を俺を振るって全て叩き落していく。元より木の矢、丈夫な俺にはじかれては折れていくばかりだ。弓を射っている兵士達の顔は驚きに染まっているが、もう遅い。
そしてその後も続いた模擬戦は、たまたま通りすがった(という体の茶番だろうけど)王様が止めて引き分けになるという形で終了した。お嬢様は勝っておきたかっただろうけど、これで十分だと思う。騎士団長が、役目があるとはいえ1人の令嬢に勝ち切れなかったのだから。
戦いの後、俺が知った話では……お嬢様が毒でも使って騎士団長を罠にはめたんじゃないか、そんな話が出ていた。お嬢様が強いことを信じられないのだろう、その時は……そう思っていた。
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