SO-009「お嬢様とメイドとお金」
「なるほど、お嬢様らしいですな」
『ええ!? それで終わり? 終わっていいのか!?』
「トライ、あまり震えないでくださいな。この子が怯えますわよ」
お嬢様にたしなめられるぐらい、俺は思いっきり震えていたらしい。たださあ……そうなると思うんだよね、お嬢様のメイドを拾って来たって言う話を聞くとさ。肝心のメイドさんは絨毯の隅の方でちょこんと正座している。お嬢様のそばにいるのは恐れ多い、そんな感じだ。
「瞳の色やらで差別するとは……城内の気品も落ちた物ですな」
「闇の黒。ほぼ迷信よね。ただ、実際に暴発しかかったことがあるらしいわよ」
特大の爆弾に、思わずロイアも表情を変えて少女を見てしまう。その視線に驚いてメイドが震えてと……さっきも見たな、この光景。言われてよく見れば、確かにお嬢様みたいに中に力を感じる。非力なメイド化と思えば、そういった問題を抱えていた、と。
「だからと言って枷をはめて……ふむぅ」
そう、メイドの元の主(ちなみに男らしい)は彼女に乱暴しようとして抵抗され、折檻したところで魔力の暴走未遂となったらしい。今も彼女の首にあるチョーカーのような物がそれを封じるための道具。貴族的にはそう高くない物だ。そして、ただの小娘になったところに逆恨み気味に折檻、そこをお嬢様が通りかかる、と。あれ? お嬢様なんでそっちまで行ったんだ? この宿舎の他の人にあいさつに行っていたんじゃ?
「ついでに交代の兵士に挨拶の一つでもと思って足を伸ばしたら途中で……まったく、運がいいのか悪いのか。たしなめたらたしなめたで逆上して殴り掛かってくるんですもの」
軽く言うが、本来ならば大事だ。それが何でもないような話になってるのは、間違いなくお嬢様の強さのせいである。実際、俺がいない状態でもお嬢様は十分に強い。元々刃物が持てず、魔法も使えない状況下で宝物を守り抜く、それがお嬢様の学んだ技術だからな。今回の場合、問題になるとすると別の部分だ。
「そんなぼろ雑巾いらないって言う物だから、勢いで申請を通してしまったわ。1人は部屋付きがいないと格好がつきませんものね? そら、挨拶しなさい」
「それほど腕が良いとは思えませんが……覚悟がありますか?」
視線が集まり、ずっと黙っていたメイドがびくっと震え……ない。いつの間にか真剣な表情でこちらを見ている。姿勢を正し、お嬢様へ向けて片膝をついた。立場に関係なく、相手に向けての忠誠を誓う姿勢だ。
「アレストお嬢様、ありがとうございます。小さく非力なのは承知のうえでございます。私の忠誠を受け取っていただけますでしょうか」
「お断りよ」
「「え?」」
間髪入れずのお嬢様のお断り。予想外の返事にロイアもメイドも思わずハモってしまうほどの状況だった。俺だって喋れたらそう言っていたかもしれない。お嬢様は真剣な顔をしながら、メイドに近づき……その小さな手を包み込んだ。
「人ひとりを預かるというのは誰であっても重たいものですわ。それが貴族だろうが、庶民だろうが、1人は1人。ですから……小さい、軽い等言わずにすべてを預けるというのなら受けてさしあげますわよ」
「……はい! 私は全てをお嬢様のために!」
ここだけ見るとまるで騎士の宣誓のようであるが、お嬢様はマジだからある意味怖い。懐に入れた相手は、全て宝物同然、守るべき相手……それがお嬢様の信念だ。そんな気持ちがどこか伝わったんだろう。メイドもキラキラした目でお嬢様を……ってそういえば、聞いてないな名前。
「私のことは爺やとでも気軽に……おや、そう言えば名前は?」
「クロエ……そうお呼びください」
そうしてメイド、もといクロエはお嬢様の宝物となった。管理する物が増えると手間も増えるのは道理。そうなれば色々と入用なのである。
「というわけで何か稼ぎ口ないかしら?」
「そんなことのためにこちらに? ポーションの納品は昨日の今日ですよね」
それぐらいわかってますわよ、なんて言ってお嬢様は用意された椅子に深々と座る。お嬢様のだけ高そうだから彼が特別に用意したに違いない。ちなみにクロエはお供としてついてきている。何か出来るわけじゃないけれど、供が1人もいないのとでは大違いだ。主に見た目的にね。
「一番早いのは外の魔物の討伐でしょうけど、さすがに城から遠ざかるのは……」
「他の人間もお嬢様が出てきたらびっくりしますよ」
想像してみる。森を駆け抜け、獲物をしとめるお嬢様。高笑いを上げつつ、傷一つない姿……うん、出会ったらビビるね。
「クロエ、何かいい案ありませんこと?」
『来たっ、お嬢様の無茶振り! 自分が出来る人って他人も出来るって考えるんだよなっ! お嬢様の場合は、出来そうだから振るって感じでちょっと違うけど……』
案の定、クロエは目を白黒させて慌て始めた。そりゃあ、ただのメイドに聞くことじゃないよな。第一、それが出来ればクロエはここにいないだろう。それにしても、彼女の瞳や黒に近い髪は俺の何かを刺激する。曖昧な記憶もが掘り起こされるかのようだ。
「ええーっと、お嬢様はポーションをお造りになられると……贅沢な話だなあとは思いました。私の故郷ではポーションもあるにはありましたけど、1本丸々は高いから薄めた奴をたまに飲むぐらいで」
「? それでは傷は治らないのではなくて?」
「え、ええ。ですからいざという時よりも、しばらく辛い作業が続くから怪我をしないように……そういった飲み方でした」
そんな飲み方もあるんですのねと感心するお嬢様。こういったことを馬鹿にせずに新しいことを知った、とするお嬢様はすごいなと思う。俺なんかは喋られないし、いいアイデアも浮かばないし……駄目な奴だな。
うなだれ気味になったところで、籠に入れられたままのフルーツが目に入った。元の世界でいう柑橘系。お嬢様が食べる時にたまにこっちに汁が飛ぶんだよね……ん? これだっ!
ちょうど伸ばした先にある籠に向けて伸び、とげを少し細くして見事に突き刺した。
「ちょっとトライ? 一体何事……これを使えというの?」
そのまま俺は用意されていた筆談用の道具へ向けてトゲを伸ばす。察したお嬢様が俺を砂を敷いた板に持っていく。そこで俺がトゲを伸ばしたり曲げたりして話を伝える。
「ふむふむ……果物の風味、しかもこの普段ならばきついほどの酸っぱさを使えば……お嬢様のポーションは売れ行きは良いですが、店全体の売り上げの中で偏りがあるのが気になっていたんですよね。彼女の言ったような方法でけちるのではなく、意味のある薄め方をすれば……」
人生、何がどうなるかわからない物である。しばらくして、一部の層からだがポーションモドキが人気を得ることになる。ポーションほど劇的にではないが、確実に飲むと違う、そんな程度。稼ぎは良くなったようだが……お嬢様的には若干不満そうだ。
「なんですの、魔女の秘薬は夜の切り札って」
『仕方ないですよぉ……効果があったんですし』
本当に、人生何がどうなるかわからない物である。
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