七話 座敷童
蝉の声が聞こえる。梅雨も明け強い日差しが窓から差し込む。
普段はシンと静まり返ったこの家に、今はバタバタと走り回る音が聞こえる。
「Aちゃん見っけ」
「あー、見つけるのはやいよ~」
かくれんぼでもしているのだろう、四人の子供が家の中を走り回っている。音を立てて走ってしまえば隠れている場所など簡単にバレてしまうものだが、幼い彼らにはそのような事はどうでもいいのであろう。
「Bちゃんはどこかな~?」
私がわざと声を出しながら隠れているであろう近くを通る。すると「フフッ。ププ」などの笑いを押し殺した小さな可愛い声が聞こえてくる。
「ここだ~」
「ギャー」
ふすまを開けるとBちゃんとCちゃんの姿があり、二人は叫び声を上げて大笑いするのだ。
「見~っけた」
「もうー、見つけるの早すぎ~」などと文句を言いながらも満面の笑みを向ける二人。
傍から見ていると三人で遊んでいる様にしか見えないであろう。なにせ私は座敷童なのだ。
私の姿は子供にしか見えず、大人は私の声すら聞こえない。
普段は年老いた女性と二人きりだ。
だが、夏の季節になると彼らは都会のマンションから、この古びた屋敷に遊びにくるのだ。
「次はもっと難しい所に隠れるかんな~」
そう言って彼ら三人はバタバタと走り去っていく。
古い屋敷というものは隠れる所が無数にあり、見つける方は苦労するものであるが、座敷童である私にはたとえ見えて無くとも屋敷のなかの様子は手に取るように分かるのである。
だから私はワザとすぐには見つけず、近くを声を出しながら探し、頃合いを見計らって彼らを捕まえるのだ。
彼らの笑い声、楽しむ姿、それらが私の力の源でもあり、喜びでもある。
だが、この楽しい時も今年が最後かも知れないのだ。
この屋敷の家主である女性トメは彼らの祖母であり、今は病院で治療を受けている。
トメの娘達の話によると末期のガンで余命幾ばくもないらしい。今も別の部屋でトメの事、そしてトメのいなくなったこの屋敷の事を話し合っている。
トメにはもう私の姿を見る事は出来ないが、昔はよく遊んだものだ。出来れば病院に行ってトメの様子を見てやりたいものだが、私は座敷童、この家の一部であり家そのものでもある。ここから離れる事が出来ないのだ。
トメの娘達も同じだ、今は私の声が届くことはない。
座敷童とは不思議なもので、大人になり姿が見えなくなると自然とその存在を忘れてしまうのだ。
「リーン、リーン」と古びた電話が鳴った。娘の一人が電話を取る。病院からの電話だ。
その電話の内容はトメの死を知らせるものだった。
屋敷の中が慌ただしくなる。子供達との遊びは中断され、遠ざかる車の音を最後に辺りは静寂に包まれる。
あれだけ騒がしかった子供達の声はもう聞こえず、蝉の鳴き声が暗い屋敷にこだまする。
こうして私は一人になった。
あれから幾日がたったであろうか。静かだった私の周りが騒音に包まれ、見た事の無い人々が屋敷の周りをうろつく。そして響く無機質な機械の音。
ショベルカーと呼ばれる巨大な機械のアームが伸び、屋根を壊し、壁を崩し、柱をへし折っていく。
一時は私を閉じ込めるこの屋敷を牢獄などと考えた事もあった。
空を覆い光を遮るおおきな天井、私を取り囲み自由を束縛する壁。それら全てが体の一部でもあり、私を縛り付ける鎖でもあった。
その体がバキバキと大きな音を立てて削られていく。
徐々に減っていく私の体、それをこの屋敷の大黒柱たるケヤキの柱に寄り添い見詰める。
痛くはない、ただただ悲しい。私はもう必要とされなくなってしまったのだ。
恐らく大黒柱のケヤキが壊された時、私の命は潰えるであろう。
私は天国に行けるであろうか、そこでトメと会えるであろうか?
ショベルカーのアームが目前に迫る、運転する男と目が合った気がした。
それは私の勘違いであろう、ショベルカーは動きを緩める事なく、大黒柱を引き倒す。
ここで私の目の前は真っ暗になり、ブツリと意識が途絶えるのだった。
――――――
湿っぽい風が顔をくすぐる、遥か昔に嗅いだ不思議な香り。暗闇の底から徐々に意識が浮かび上がってくる。
私は目を覚まし驚いた。見渡す限りの青い空、そして青い海。
まばゆい光が私に降り注ぐ。生きている。いや、まだこの世に存在している。
カモメが空を飛び回り、波の狭間から見える幾多の魚。甲板の上には人々が忙しなく行き交い、声を張り上げる。
目に見える全てが新鮮で、私は好奇心と興奮を抑えきれない。
大海原に浮かぶ一艘の船、波に揺られて上下するたび私の体もつられて揺れる。
私は船の一部になったのだ。大黒柱のケヤキが船のマストとして再利用され、この船が私の新たな家となったのだ。
私を守ると同時に縛り付けていた屋根も無ければ壁もない。
暗い家の中で誰かが来るのを待たなくていいのだ。同じ場所に留まらなくていいのだ。
この船で色んな景色を見て回り、色んな人の会話を聞き、色んな匂いを嗅ぎ、色んな人を運ぶのだ。
この船が沈む事はない、私がいるのだ、この船を守ろう、朽ちて果てるまで見守ろう。
気が付くと少年が私の顔を覗き込み、不思議そうな顔で私に話しかけてくる。
「君は誰? 何してるの?」
私は満面の笑みで答える。
「私はね……。一緒に遊ぼうか」
「うん」
少年達の笑い声、走り回る音が船の甲板に響いていく。
描写不足ですね……。
今はこれが限界か、いつか書き直したいです。