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十二話 鏡

 男は浜辺を歩いていた。時刻は夕暮れ、打ち寄せる波が徐々に高さを増していた。

 普段このような場所を歩く事は殆どないのだが、なんとなく海が目に入り歩いてみたくなったのだ。


 男は取り分け裕福でも無ければ、貧乏でもない。満ち足りた人生でも無ければ、不幸でもなかった。


 季節は春、まだ少し肌寒さをかんじる。浜辺には人影もなく、沈みゆく太陽に照らされ男の影が長く伸びていた。


 そんな時、ふと男の目に何か光る物が飛び込んできた。近づいて確かめてみる。

 それは手鏡だった。砂に半分埋もれており、打ち寄せる波がその埋もれた部分を徐々に露わにしていく。

 このままだとやがて波に攫われて海へと運ばれていくだろう。


 男はその手鏡を拾い上げた。普段落ちている物を拾う事など無いのだが、何故か気になり拾ったのだった。


 鏡を覗く。表面は曇っていて、何も映し出していない。

 男は自分のシャツの袖を使ってゴシゴシと拭いてみた。


 鏡は輝きを取り戻したようで、男はそれを覗き込んでみた。

 映し出された自分の顔は、頭から十センチ程の角が生え、耳は上に尖り、目は吊り上がる。

 鼻は鷲鼻で、顎が細く長く伸びてその先端に口が付く。

 まるで山羊やぎを人間にしたような顔で、男の顔とは似ても似つかない別人が映し出されていた。


 驚いて鏡を落とす。

 鏡は地面に裏返しに落ちた。

 しばし固まり、落ちた鏡を見詰める。見間違いか? いや、しかし……

 男はもう一度拾うかどうか迷っていた。


「おい、こっちだ」


 男の背後で声がした。振り返ってみると、先ほど鏡に映っていた山羊人間が立って男を見詰めていた。


「き、君は誰だ。いつの間に」

「俺は悪魔だ。お前が呼び出したから出て来たのだ」


 男は何を馬鹿なと思ったが、明らかに人とは思えないその風貌に否定の言葉を飲み込んだ。


「それで、俺に何の用だ」

「それはこちらのセリフだ。お前が呼び出したのであろう。要件を言え、一つだけなら何でも叶えてやろう」


 男は考えこんだ。目の前の物体は悪魔だと言い、何でも願い事を叶えてくれると言う。

 にわかには信じ難いが、もし本物なら願いの代わりに魂を取られるのであろうか?


「願いを言ったら魂を要求するのか?」

「おいおい、勝手な想像をするもんじゃない。魂なんていらないよ。欲しければ何も言わずに取るさ。

俺からは何も要求しない。ただ一つだけ願いを叶えてやるだけさ」


 男は考える。本当だろうか? 悪魔の言う事を信用出来るのであろうか。

 悪魔は自分の事を悪魔だと言った。本当に悪魔なら噓は言ってない事になり、悪魔でなければそもそも願い事を叶える事が出来ない。何か、こんがらがってきた。


「どんな願いでもいいのか?」

「まあ、俺に出来る事ならな。だが大抵の物は叶えてやれるさ。無理なら無理って言ってやる、それで願いが無くなるなんて事はない。ちゃんと一つだけ願いを聞いてやるさ」


 男は更に考える。対価無しで願いを叶えてくれる、それは間違い無さそうだ。

 だが問題は願いの叶え方だ。どんな悪意が潜んでいるか、分かったもんじゃ無い。

 ならば願いは……




「二つにしてくれ」


 もちろん願いの数を二つにしてくれと言う事だ。出来るかどうか知らんが、これなら悪意のある願いの叶え方をされても、元に戻せる。


「お安い御用だ」


 悪魔はニタっと笑うと、何やら念じ始めた。





「おい、こっちだ」


 男の背後から声が聞こえた。振り返ってみると、山羊人間がいた。

 目の前にいる悪魔と同じ顔。


「俺達は一つしか願いを叶える事が出来ねえ。だから二人で一つずつ願いを聞いてやるのさ」


 こうして二人の悪魔が男の願いを叶えてくれる事になった。

 そして、次に男が願ったのは……




――――――




「全く、人間てのは欲深いものだ。一つで満足すりゃあいいものを。

 まあ、だからこそ俺達はこうやって数を増やす事が出来るんだがね」


 そう呟く悪魔の後ろには沢山の同じ顔の悪魔がいる。


「もうじき地上には俺達で溢れかえる。そんときゃ、俺達の願いでも叶えてもらおうかね。人間にゃ断る事は出来ないがね。ハハ」


 悪魔達は翼を羽ばたかせ、あらゆる方向に飛び去って行った。さらに自分の数を増やそうとして……

 

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