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十一話 トイレ

 今日は百貨店に来ていた。なんでもA子が服を買いたいというから一緒に来たのだが、急に腹が痛くなってきた。

 A子は服を二つ並べて「どっちがいいと思う?」と聞いてくる。

 買い物に来て、かれこれ三時間はたつ。

 いつも俺がこちらがいいと言うと、決まって違う方を買うのだ。だったら聞くんじゃねーよと思うが、口が裂けても言わない。

 曖昧にどちらも似合うよと答える。するとまた悩み始めるのだ。

 正直どうでもいい。というかトイレに行きたい。


「ちょっと、ちゃんと見てる?」とたまにこちらに目を光らせるA子のご機嫌を伺いながら、トイレに行くタイミングを計る。


「わぁー、これ可愛い~」


 先程のと、どう違うのか分からない服を見つけて何やら同調圧力をかけてくる。


「ほんとだ、可愛いねー」と相槌を打ちながら、お腹を押さえる。

 今は何を見ても可愛くない。むしろ憎たらしい。そのフリフリの服は、何の権利があって俺をこれ程苦しめるのか。


 クシャクシャと丸めて遠くへ投げたい気持ちにかられるも、すんでのところで思い留まる。


「それが一番似合ってるとおもうよ」


 全く思ってもいない言葉だが、やけに滑らかに口から出て来た。


「う~ん、どうしようかな~」


 俺の渾身の演技も虚しく、また悩み始めるのだった。



「とりあえず試着してから考えたら?」


 何とこれだけ悩んでいても試着すらしていなかったのだ。

 多少渋っていたが、珍しく丁度いいタイミングで寄ってきた店員に声をかけ、強引に試着させる事にした。


 今しかない。A子の事を店員に押し付けると、トイレに行くと声をかけその場を離れる事に成功した。


 百貨店のフロアは男性物と女性物に分かれており、この階は女性物ばかりだ。

 看板に従ってトイレを探す。あった、ここだ……


「OH!」


 女性トイレだけだった。注意書きで男性トイレは上の階にありますとあった。


 おのれ、男女平等は何処へいった。

 仕方あるまい、エスカレーターへ走り上の階を目指す。

 だが通れない。アホっぽいカップルが並んで俺の道を塞ぐ。


 横に並ぶんじゃねえよ、イチャイチャしやがって。お前らは人類の敵だ。

 自分も女連れな事など何処かへ置き忘れ、勝手に人類を代表する。人は余裕が無くなると、何故こうも醜くなるのであろうか。


 上階へ着くと小走りでトイレに向かう。

 この階は女性物のアクセサリーや小物を販売している。男子便所は空いているはずだ。



 予想どおり並んでいる人はおらず、小便器にも誰もいない。

 しかし便座のある個室はというと……


 全部扉が閉まっていた。


 何という事だ。神は何故このような試練を私に……


「ギィ~」と軋む音と共に扉が開く。一番奥の個室の扉だ。

 やった、神は我を見捨ててなかった。


「……」


 誰もでて来ない。

 おかしいなと思い、ゆっくりと覗き込む。


 誰もいない……

 何だ? 最初から誰もいなかったのか?

 一抹の不安を感じながらも中に入り鍵をかける。


 フー、これでやっとこの苦しみから解放される……


「ギィ~」


 扉が開いた。俺の入った個室の扉だ。

 何だよ、何で開くんだよ。


 もう一度、扉を閉めて鍵をかける。


「ギィ~」


 また開いた。


 すぐ閉める、また開く。

 鍵が壊れているのだ。


 仕方がない。扉を手で押さえながら用を足すしかあるまい。


 扉を閉め、再び開くまでの一瞬にスボンとパンツを下ろし、素早く便座に座る。


「ギィ」「バン」

 

 間に合った。開きかけたが、すぐに閉めてやった。

 これで何とか……


「ピヤ~ッ」


 驚きすぎて変な声が出た。隣の個室から身を乗り出して、少年がこちらを覗き込んでいたのだ。

 

「こら、クソガキ。覗くんじゃねぇ」


 震える声で怒ると、すぐに少年の頭は引っ込んだ。

 クソッ、脅かしやがって。便意が引っ込んじまったじゃねえか。

 親は何してんだ。一緒じゃねえのかよ。



 視線を感じた。また覗いてやがるのか。

 振り向いて、少年が覗いていた方を見る。

 ……いない。気のせいか。

 前に向き直る。



 !! 目が合った。

 今度は俺の個室の扉の上から覗いてやがる。


 いつの間に移動しやがった。

 もう許さねえ。

 立ち上がりズボンを上げて、子供を捕まえようとした。


「ギィ~」


 押さえていた手を離した為、扉は開いた。



 え? 一瞬意味が分からなかった。

 扉の先には何も無かった。

 上には覗き込む子供の顔、ならば下には体があるはず。

 

 だが、開け放たれた扉の先には何も無い。

 左右の壁から続くフレームの上にチョコンと生首が乗っているだけだ。


 少年の生首はニヤッと笑うと、コロンと転がった。こちら側に。


「うわわあー」


 後ろに飛びずさる。

 生首はベチャっと音を立て地面に落ちると、コロコロと向こうに転がり壁の後ろへ姿を消した。


 何だ、今のは何なんだ。

 しばらく立ち尽くす。

 その後、恐る恐る顔を出して覗いてみる。

 誰もいない。

 

 

 また視線を感じた。

 嫌だ。もう見たくない。

 俺は足早にトイレから立ち去ろうとする。


「ギィ~」


 また扉の開く音がした。

 そして「クスクス」と子供の笑い声。


 見たら駄目だ。そう強く思い、振り返る事なくトイレを出ていく。


 もうこんな所にいたくない。

 足がもつれそうになるも、小走りでA子の所へ戻る。


 A子は既に買い物を終え、店員とお喋りしていた。

 俺は無言でその腕を取って、百貨店を出ようと歩き出す。


「ちょっと、ちょっと、待って。どうしたの?」

「いいから、ここを出るぞ」


 何よも~、というA子を引っ張って百貨店を後にする。


 後で話すよと言いながら、とりあえず飯でも食いに行こうと俺は言う。


「まあいいけど、そうね。じゃあ私、かき氷が食べたい」


 それを聞いたすぐ後に「ゴロゴロキューン」と俺の腹が鳴った。


「ねえ。それ、なあに?」


 彼女は俺の背後を指差す。

 まさか何か憑いてきてるのか?


 恐る恐る後ろを見ると、ズボンに挟まったトイレットペーパーが風になびいていた。



 この日から俺は、公衆トイレに入る事が出来なくなった。


 

 


 



こんな話ですいません。

星新一さんの偉大さが、身に沁みます。

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