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十話 ミラーハウス

 フー、疲れた。今日も働きづめだった。課長の奴、何が明日まででいいからだ。

 今日は後三時間しか無えってのに。

 結局終電ギリギリまで会社に残り、明日のプレゼンの資料を仕上げて、帰った頃は時計の針は一時を回っていた。


 俺は今三十代半ば。新卒での就職に失敗してフリーターをする事になった。

 最初は交流があった友達も、次第に話が合わなくなり疎遠になっていった。

 それから何年もして、運よく今の会社に就職する事ができた。しかし気付けば三十を過ぎ、上司の課長は既に年下。俺は主任なんて肩書を貰ったが、しょせん形だけ。部下の一人もいやしねえ。

 はあー、どうしてこうなったんだろう。


 冷蔵庫からビールを取り出し、つまみのスルメをしがみながら、ちびちびビールを飲んでいく。

 昔は良かった。宿題とかあったけど、それだけだもんな。適当に遊んでればよかった。

親に怒られる事はあっても、年下の上司に嫌味を言われる事もなく、成績が悪くても首になる事もない。

 俺は学生時代を懐かしみながら、最後の一滴までビールを吸い尽くすと、テーブルに突っ伏しそのまま寝てしまった。



 はっと目が覚めて時計を見る。しまった八時半だ。もう間に合わない。

 クソッ、どうする……なんかどうでもよくなってきた。


 俺は課長に体調不良の為休みますとメールを送った。

 こういう事は直接電話で話したほうが良いのではと思うが、課長いわく言った言わないの水掛け論にならない為にも証拠の残るメールを活用しろと言う。

 最近はそんなものなのかねぇ、と呟きながら床にゴロっと転がった。


 しかし、休むと決めた途端目が覚めてきた。

 しばらくはテレビのチャンネルを変えつつ眺めてみたり、ネットサーフィンなんかをしていた。

 だが次第に無意味な時間を過ごしている焦燥感が強くなり、溜息ばかりが出るようになってきた。


 そんな時ネットのある書き込みを見つけた。

 それは廃園になった遊園地のミラーハウス。入った時と出て来た時は別人になっているのだとか。

 場所も家から近かった。今は昼間だ、そこまで怖い事はなかろう。そう思い行ってみようかと車を走らせる事にした。



 移動する事一時間。途中金網のフェンスで通れなかったため、車を降りて徒歩で行く事にした。

 俺の他にも数台車はあり、金網も破られていて、簡単に通り抜ける事ができた。

 自分以外の人がいるのが安心に繋がったのであろう、躊躇するでもなくミラーハウスの前まで来た。


 中は薄暗く、老朽化しており天井から光が差し込むせいで明かりが無くとも、歩くのに支障は無かった。


「たしかネットの書き込みではこの辺のはず」


 やはり不安になってるのだろうか、独り言をいいながら建物の丁度中央に位置するであろう、大きな部屋に辿り着く。

 ここは部屋の真ん中に立つと、全ての壁に自分の姿が写り込むように設計されている。

 天井は完全に抜け落ち、日の光が辺りをてらす。

 不思議な事にこの部屋の鏡は全て割れる事なく、多少汚れているものの原型を留めていた。


 俺はゆっくりと部屋の真ん中まで進み、辺りを見回す。全ての鏡が様々な角度の自分を映し出していた。


 五分ほどボーっと突っ立っていると、だんだん馬鹿らしく思えてきた。

 自分の姿が一杯映っているから何だというのか、それ以上でも以下でも無い。ただ無駄な時間を費やしただけだった。

 もう帰ろうと歩き始めた瞬間、鏡の中の自分が動いた気がした。

 いや、歩いたのだから動くのは当たり前なのだが、そうではなく形が変わった気がしたのだ。

 鏡に目を凝らす。それはほんの僅かな変化。だが、様々な鏡を見比べて初めてわかる徐々に変わりゆく自分の姿。


「年を取っている」


 正確には、年を取るものと、若返るもの、二つに分かれているようだった。


 呆然と鏡を見詰める。どれほどの時が過ぎたのであろうか、鏡は様々な年代の俺を映し出していた。

 赤ん坊の自分、小学生の自分、大学生の自分、今の自分、老人の自分。


 全ての鏡に映る自分が一斉にこちらを見た。

 そして全員が手招きする。


 あまりに意味不明な状況に体が固まる。

 だがこの異常な状況も怖いと思わなくなってきた。明らかに不気味ではあるのだが、何というか悪意を感じないのだ。

 そして鏡を眺めている内に一つの考えが思い浮かんだ。


 どれか一つを選べって事か?


 何故そう思ったのかは良く分からない。だが、選ぶ事で何かが起こる気がした。

 思い出すのは一番楽しかった時期。将来に何の不安も抱いていなかった小学生時代。


 俺はランドセルの大きさが、自分に合って来たであろう映像を映し出す鏡を見詰める。それは恐らく小学校高学年であろう。

 手招きする若き日の自分に吸い寄せられるように近づいていく。

 そして俺の手が、鏡に映る俺の手と触れ合った瞬間、意識が途絶えた。



――――――



「行ってきます」


 元気よく家を飛び出して道路を走る。背中にはランドセル。

 昨日は暗くなるまで走り回って遊んだが、疲れは全く残っていない。

 まだまだ発展途上の肉体ではあるものの、その回復力たるや中年だった頃と比べものにならない。とにかく体が軽いのだ。


 小学校は楽しかった。無論授業は退屈そのものであるが、勉強せずともテストの点数はほぼ満点に近かった。

 友達との会話も最初は内容が幼稚すぎて苦痛だったが、すぐになれた。

 むしろ相手が上手く対応してくれた。一目置いてる相手には話を合わせる事が出来るほど、子供は頭が柔らかい。


 小学生にとって、頭が良くてスポーツが出来る奴が偉いのだ。


 窮屈な生活はあまり感じなかった。いい成績さえ取っていれば、両親はあまり口出ししてこなかったからだ。

 こうして俺は豊かな学生生活を満喫していった。



――――――



 俺は今、廃園となった遊園地のミラーハウスの中にいる。

 三十代も半ばになり、仕事では上司に怒られる毎日だ。

 小学生、中学生は良かった。勉強する必要すらなかった。だが高校生になってから成績はがた落ちした。秀才から一転して落ちこぼれに。

 努力せずとも成績は良かったため、もう何年間もまともに勉強していなかった。

 それがいまさら努力して勉強に時間を費やせるはずもなく、気付けば昔より成績は落ちていた。

 人間は忘れる生き物なのだ、過去のいわば貯金で生きて来た俺は、努力というものを忘れてしまったのだ。


 行き着く先は、前と同じパッとしない会社員だ。新卒で就職は出来たものの、転職を繰り返しいつの間にやら安月給で上司の悪口をいいながら酒を飲む毎日。

 そしてある時、この遊園地の事を思い出したのだ。


 以前と同じように中央の鏡で囲まれた部屋の真ん中で、鏡を見詰める。

 鏡は徐々に映し出す姿を変化させる。

 だが前回と違うのは、年を取る姿になる鏡が一枚も無い事だ。全てが今の自分より若い姿を映し出している。

 疑問に思うが、すぐにどうでもいいと考えた。このんで誰が未来の年老いた自分になりたがるというのだろうか。

 どうせ選ばないのだ、あっても無くても関係なかろう。


 やがて俺は小学生の姿を映し出す鏡の前に立つ。

 やり直そう、次こそはいい人生を送ってやろう。一番輝いていた小学生からやり直すんだ。

 鏡の中の自分と手を合わせる。そしてまた意識は暗闇に落ちていった。



――――――



 俺は今、廃園となった遊園地のミラーハウスの中にいる。

 今回は前回よりいい会社に入る事が出来た。さほど勉強はしなかったが、運が良かったのだろう。

 それでもただ前回より少しだけ給料が良かっただけだ。

 上司に怒られる事も変わりが無ければ、良い結婚相手に恵まれた訳でもない。

 もう一度やり直そう、また小学生から。一番俺が輝いていた時代。


 鏡の前に立つ。相変わらず鏡が映すのは過去の自分だ。そして小学生より前の姿は無い。

 そんな事はどうでもいい、誰が好き好んで赤ん坊などに戻るものか。

 俺はまた小学生の自分を映し出す鏡の前に立つ。

 そういえばこれ何回目だったろうか? ふとそんな考えが頭をよぎるがすぐに忘れる。

 回数などに何の意味があろうか、とにかくやり直すのだ。やり直しさえすれば無限の可能性があるのだ。

 

 俺はまた鏡に手を伸ばす……今度こそ、今度こそと祈りながら。








 

 

彼の満足いく結果とはなんでしょうか? 果たしてそんな物が存在するのでしょうか。

彼には普通に年を取って死んでいくという未来がありました。

ですが過去に戻れる事を知ってからは、もう一回、次こそはと思い何度でも過去に戻るでしょう。

決して満足する事は無いのです。鏡は彼の未来を映す事はありません、映る未来も過去なのです。

それでも彼は何度でも繰り返します。

One more time,One more chance ってね。







ちなみに好きな歌手はSuperflyです。

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