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*華姫語り*

*雪中花*〜水仙の華姫〜

作者: 如月 宙(そら)

今、連載中の小説の番外編。"水仙の文箱"の華姫です。江戸っ子風、姉貴風。

(◎´▽`)ノシ ヤンヤー




花街でも類が無く、娘達の芸のみで見世の格を維持している華苑(カエン)



現在、その華苑で"華姫(はなひめ)"を冠しているのは藍花ただひとり。



かつての姫達は皆、華々しく花嫁行列を行い華苑から巣立っていった。


嫁ぎ先へは自身の想い人から贈られた着物や気に入りの小物、そして楼主から贈られた華姫の証である"花紋(かもん)の品"を持参するのだという。








****





華姫の部屋にある文机には、沈金で水仙が施された漆器の文箱(ふばこ)がある。


現在ただひとりの華姫である藍花は、勤めで交わす文ではなく大切に保管しておきたいものだけを水仙の文箱に入れていた。




「その花紋(かもん)、"水仙"の姉姫様の持ち物だったのですか?」



「そう。貴方達が五つ位の花芽で……ちょうど私が花娘になったばかりの頃に、ここから嫁いだ華姫様。

"今後私宛の文が増える事は無いから、次代の華姫に此れを継いでもらいたい"と華苑に遺してくださったの。」



「身の回りの実用品の中でも、文箱が花紋(かもん)入りの品だなんて珍しいですよね?筆まめな方だったのでしょうか。」



「此方から便りを出すというより、恋文を沢山貰っていたのかもしれないわよ?


水仙の姉姫様は(はじ)(もの)の中でも、特に琵琶(びわ)の名手だったの。


昼の奏では、その琵琶の音色と即興の歌に、道行く人まで皆足を止めて聴き入っていたほどで………」




奏手(かなでて)としても歌い手としても尊敬していた。あの奔放(ほんぽう)な姉姫は今はどう過ごしているのだろう?

嫁いだからといって、おとなしく家に納まっているような方ではないはず。




「水仙の華姫の名は、春香様というの。


花娘になったばかりだった私を覚えて居られるかはわからないけれど、"文箱を使わせて頂いております"と華姫になった事を綴ってみようかしら。


私は大切に保管しておきたい文だけを入れているけれど、春香様は花紋入りの文箱にどんな文を入れていたのかも聞いてみるわね」












****




暖かい春の陽射しの中。


茶も飲んだ事だし、どれ一曲弾くかと背負っていた包みを紐解き、琵琶の調弦をする。

物心ついた時から一座の大所帯で旅をしていたが、この琵琶はもともと父が使っていたものだった。



流浪(るろう)の旅は常に危険と隣り合わせ。

大雨で地盤が緩んでいたのか山越え中に崖が崩れ、一座の中でも前を行く父だけでなく仲間が半分以上巻き込まれた。



残ったのが大人であればまだしも、後列を行く成人前の子供や女達ばかりではどうしようもない。

泣く泣く皆その場で手を合わせ、少しでも今より安全な場所へと歩を進めるしかなかった。




あの頃と比べれば峠越えといえど道はなだらかに整い、こうして脚を休める小洒落(こじゃれ)た茶屋まで出来ている。

辛うじて周りの山々の景色で、多分この辺りであっただろうとあたりを付けられる位だ。




街中の白い桜よりも鮮やかな色合いの山桜の樹の下で、奏で始めたのは弾き慣れた琵琶の曲、"水仙花"。



山合い特有の澄んだ空気を震わせるように、なよやかに響く音が耳に心地よい。


もはや癖になっているのだが、自身の指運びと手に馴染んだ義甲(ぎこう)に感覚を(ゆだ)ねると、穏やかに瞼を下ろす。







ーーー聴こえているだろうか?



"まだ父には遠く及ばない"とあの事故より前に黄泉路(よみじ)を辿った母に笑われている気がする。


この地を再び訪れるまでこんなにも時間がかかってしまった私を父は遅い、と叱るだろうか。



それでもこの唐琵琶(からびわ)の音は。

父の琵琶が奏でる音だけは、この地に眠る一座の皆にも届いて欲しい。





こんな跳ねっ返りの私にも、心配性の夫が出来たんだ。十年も、花街で稼ぎをしていたんだよ。




身売りはしない唯一の見世だと聞いたもんだからさ、"なら、私がここで身銭を稼ぐ"って自分から言い出してね。


他の皆には親子兄弟、離れ離れになる事なく旅を続けて欲しいんだって駄々をこねたのさ。



最後には見世の楼主が、ずっしりと重そうな黄金(こがね)が入った袋を無理矢理持たせて、一座の皆を"商売の邪魔だ"と追い出してたっけ。


ただ、あの時引換に渡していた黄金ほど私に価値があるとはどうしても思えなくてね。

死にものぐるいで働いて返さないといつか一座の名に泥を塗る、って必死だった。




左手の指に出来たマメが破れるほど弾き明かす事もしょっちゅうで、"花盛りの娘が自分で傷を作るもんじゃない"と姉姫様によく叱られたりもした。


"それでも私にはこれしかない"なんて反論する可愛げの無い私に、黙って傷の手当てをしてくれるような姉姫(ひと)だったよ。



今思うと、手を血塗れにして琵琶を弾き続ける花街の娘なんて、怪談にしかならないのにねぇ。





酔狂(すいきょう)な夫との出会いは、ようやく自分で納得のいく音が出せるようになった頃だった。


最初は"余ったからお前にやる"なんて、(ろう)ですれ違う度に花を一輪渡してきたんだ。


部屋に飾る場所がない、と言えば、"使わないから捨てようと思っていた品だ"とわざわざ一輪挿しまで押し付けられたりもした。


同室の花娘達からは"贈り主は誰だ"と冷やかされたね。




ある時、"花にはそれぞれ花言葉がある"なんて耳にしたもんだから、一体花屋はどういうつもりなのかと、詳しい姉様方に頼んで水仙の花言葉を教えてもらったのさ。


【尊重、自己愛】はまだ良い方で、【自惚れ】なんて聞いたもんだから、二度と花なんか受け取るもんかって思ったね。




まあ、そんなこんなで半年くらいわざと避けてたら"似合わねぇ事すんな"って啖呵(たんか)を切られたのには驚いた。


こっちは弾き物も一通りこなせる様になって、中でも琵琶は一番だって客に催促(さいそく)されてた頃だったからね。


勢いで"花をもらったと喜んでる自分が馬鹿だった"と。"花言葉を教えてもらった"と言い返したさ。



それなのに喧嘩腰(けんかごし)のまま"花言葉なんて知らないと思った、お前の弾く水仙花が聴きたかった"なんて言われて腹がたつやら、恥ずかしいやら。



確かに教わるまで花言葉は知らなかった。


それより"水仙の意味"を姉様方に聞くんじゃなく、初めから本人に聞けば良かったのかと気付いたよ。





お互い言葉足らずなのは分かったから、次から花屋は、矢文みたいに花の茎に花言葉を付けて渡してくるようになった。


見世での派手な口喧嘩は皆に知られちまったし、(めん)と向かって話す事が私にはどうしても難しくて、花文(はなふみ)だけもらっては逃げ。もらっては逃げ。




いつの間にか、返事の代わりに琵琶を弾きながら即興(そっきょう)で歌うのが癖になってた。

想いが溢れるまま勝手に歌ってたもんだから、別の機会に"あの曲を"と言われても歌えなかったのが難点だったね。





いつの間にか"水仙の華姫様"なんて呼ばれるまでになっていたけど、花屋はずっと変わらず私の"唯一の人"だった。


増え続けた花文(はなふみ)も、華姫の花紋の品だともらった漆器の文箱のおかげで、ずっと傷まなかった。




嫁ぐ頃には、文箱から溢れそうな花文と同じ数だけ本当に自分は歌ったんだろうか、と疑うくらいの量になってたけどね。





…………ああ、長話が過ぎたかもしれない。




十年、花街には居たけれど弾き物修行をさせてもらったみたいなもんで、私はなんら変わっちゃいないって事を伝えたかったのと、嫁いで八年、幸せに暮らしているっていう報告。




そうそう。


なんの因果(いんが)か旦那の名は爽やかな(びわ)という意味の、爽杷(そうは)って言うんだ。不思議な縁だと思う。



私との花文を交わしてる間に商売も成功させて、花街を飾る花屋の総取締にまでなったんだよ?


"華姫の身請けには金がかかるからな"なんて笑ってたけど、いつからそんなつもりだったのかは聞きそびれたまんま。……大した男だよ。




こうしてひとり琵琶を背負って街から少し足を伸ばせば、いつかは一座の皆に会える気がするんだ。


ここを見つけられたようにね。

また気候のいい時に、ここに琵琶を弾きに来るからね。


茶屋もある事だし、やっぱり生身(なまみ)聴衆(ちょうしゅう)も居て欲しいもんなんだよ?





ああ、お天道様の真下で風を感じながら奏でるのは良いねえ。帰ったら旦那に山桜の花言葉を聞いておくよ。



流石に山桜の花言葉は分からないが、これでも今まで旦那にもらった分は全部、しっかり頭に叩き込んだんだからね?


嫁らしい事は未だにからっきしだけど。





ーーさて、そろそろ終いにしようか。


夕餉(ゆうげ)(あつら)えてもらえる立派な家だが、日が暮れる前に戻らないとね。

良妻(りょうさい)ぶるつもりじゃないが、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うだろう?








無心で奏でる時とは違う、これは琵琶の音にのせた彼岸(ひがん)の家族への昔語り。


彼岸(あちら)の者には音と香り、想いは届くそうだから。


手向(たむ)ける花は、毎年この場で花開く山桜。奏でるは父の唐琵琶で水仙花。






「いやぁ、あんたの琵琶は凄いねぇ。こっちは団子作る手も止まっちまったよ。


皆呆(みなほう)けたように聴き入ってたのは気づいてたかい?


桜の下で一心不乱に弾いてるもんだから、路銀稼ぎの本職かとも思ったんだけど、身なりがいいからね。声もかけられずに皆遠巻きにしていたよ。」




用は済んだとばかりにいそいそと琵琶を包んでいると、茶屋の女主人に声をかけられた。奏でが気に入られたようだ。




「……この峠に思い入れがあってね、次も桜の咲く頃に来て琵琶を弾くからさ。

また美味しいお茶を出しておくれよ。」




路銀稼ぎは必要なくとも、聴衆が集まれば茶屋も繁盛(はんじょう)するだろう。たまにはそういう緊張感の中で奏でるのも悪くない。



花街では褒められて笑う度、華姫らしくないと言われていたが今はただの花屋の嫁。

茶請けの団子で落ちた、(べに)のない唇でニッと片方の口角をあげる。




「残念だね、一年に一度限りなのかい?

良いものを聴かせてもらったから、こちらも意趣返しでこれを渡しておこうか。」



「……何の球根だい?」



「ほんとは秋に植えるもんだが。

土に植えてもよし、水だけでもよしの春の花さ。咲いてからのお楽しみだよ」




悪戯っぽく締めくくられれば、笑うしかない。

有り難く五つの球根が入った巾着(きんちゃく)の包みを受取り、家路へ向かった。












****






「ただいま」



「お帰り、と言葉を交わすには立場が逆じゃないか?」




行きよりは時間をかけずに家に戻って来たつもりだった。まだ西の山の端に茜色の太陽が見えている時分なのだが。



華姫を勤め、歳を重ねて生意気に応じず話の軸を逸らすことも覚えた私。




「……帰る家があるのと、迎えてくれる家族が居るのは良いものだな。


十八年、行けなかった墓参りで積もる話があったんだ。嫁入り報告も兼ねて。」



「そういう事なら大目にみるが。

ひとり琵琶だけ持って出た、と聞いて此方(こちら)は家出かと思ったんだぞ」



「そこまで根無し草のつもりは無いんだがなぁ。爽杷(そうは)さえ良ければ、来年は一緒に行こうか?」



「その飄々と悪びれない所がお前の良いところでもあるし、悪いところだよ。こっちが気を揉んだだけ損をする。」




なんだかどっと疲れたような様子の旦那様に、山桜の花言葉を聞いてみた。


【淡白、美麗】にはピンと来なかったが、【あなたに微笑む】は中々良いかもしれない。



自然と交わす微笑みは、幸せの象徴だと思うから。私の場合、微笑みなんて可愛らしいものじゃないが出来ないもんは仕方ない。




そしてふらりと出かけた日に限って、私宛に文が届いていたらしい。


今夜の内に旦那様の気疲れを癒しておかないと、そのうち見張り役にお付きの者まで雇われてしまうかもしれない。



文は明日、ゆっくりと読もう。











****





「………で、何でしょうこれ。」



「玉ねぎにしては小さいから、植えれば花が咲くと思う」



「なんでも、春に咲くクロッカスという花だそうよ。水だけで花を咲かせるそうだから部屋で()でてくれ、と書かれているわ。」




やっぱり春香様は相変わらず嫁入り先でも破天荒のままのご様子。

文と一緒に使いの者から渡されたのは私と二人の蕾の分らしく、球根が三つ。




日帰りできる距離とは言え、ふらりと琵琶だけ持って家を空ける春香様に、あの爽杷(そうは)様が未だに振り回されていると知り、可笑しくなってくるけれど。


この夫婦なら、何年一緒に居ても飽きることはないだろうと思う。




華苑(カエン)に花を生けにくる爽杷様が、春香様の旦那様……?」



「え、八年前に嫁いだ華姫様だとしても歳の差かなり有りませんか??」



「そうね。嫁入りの時、春香様は二十四、爽杷様は三十九。十五、歳が離れているわ。」




ええ〜〜!!と声を揃えた双子には衝撃だったらしい。

花街では別段珍しくは無いのだが、華苑ではあの二人ほど歳の離れた身請け話は未だかつて無い。



若干、双子が引いている気もしなくもないが、(やまい)がちだった花芽の頃、爽杷様は仕事中でも私の話し相手になってくれたと言ったらどんな反応をするのだろう?




春香様からの文の最後には、爽杷様から教わったらしいクロッカスの花言葉が添えてあった。【青春の喜び、上機嫌、元気】。




ーー春になったらこの華姫の奥座敷にも、水栽培のクロッカスが咲く。







****



何ででしょう?

本編よりもスイスイ書けた、自分でもびっくりな短編!!エセ江戸っ子風の語り口調はお見逃しくださいませ。m(_ _)m

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