子供
スコルア王宮の姫の私室へと赴く二人。ゼシルとサリス。マシルとジュールの代表として、昨晩連れ戻された姫へと事情を聞きに来たのだ。
「サリス殿、極力抑えるつもりじゃが……言いすぎたら止めて貰えるかの」
「は?! え、ぁ、は、はぃ……」
ゼシルはいつもと変わらない口調だったが、明らかに怒っている。サリスは怯えた態度でメガネを直しつつ、姫の私室のドアをノックした。中からリュネリアが対応し、二人を招き入れる。
「ひ、姫様……っ、さ、昨晩の事を……お伺いに参りました……っ」
姫に対しても相変わらずビクビクした態度で話しかけるサリス。当の姫はベットの上に腰掛けており、ゆっくりとサリスに視線を向けた。その姫と対面するように並べられた二つの椅子。ゼシルだけが座り、サリスは立ったまま話を伺う。
「さて……姫様。どういう事か説明して頂けますかな。昨晩は何故あのような事を?」
ゼシルは姫へと鋭い視線を送る。姫は俯きながらゆっくりと頭を下げた。
「申し訳……ありませんでした……」
ゆっくりと立ち上がるゼシル。そのまま姫へと一歩近づき頬を平手打ちする。
「なっ……! ゼシル様?!」
リュネリアが飛びかかろうとするのをサリスが止め、落ち着かせるように椅子へと座らせた。
「何故殴られたのか……お分かりですかな。姫様」
赤くなった頬を抑える事もせず、姫は涙を流しながら答えた。
「アイルを……殺しました……」
アイルとは昨晩、姫君を街の外へと連れ出した聖女。まだ成り立てで姫と同じくらい世間に疎かった。歳も姫とそこまで違わない。
ゼシルは再び椅子へと座りつつ、姫へと説教を始める。
「姫様、聖女は単純な世話係ではありませんぞ。王宮の管理を任せられ、王族の護衛という大命を常に帯びている。それ故に王族の命令ならば何でも聞くよう教育されている。貴方の命令にアイルも反対はしたじゃろうが……それでも姫の言葉に付き従い身代わりになった意志は伊達ではありませんぞ。貴方はもっと自分の言葉にそれだけの責任と覚悟を……」
ゼシルの言葉に涙を流し続ける姫。サリスはハンカチを渡しゼシルに目配せする。ゼシルも咳払いしつつ普段の口調へと無理やり戻した。
「ところで姫様……ナハトから聞いたのじゃが……何故バラス島へ行きたいのじゃ?」
リュネリアはそんな話は聞いていないと驚きながらゼシルを睨み、姫へと視線をずらした。相変わらず姫は泣きながらサリスのハンカチで顔を覆いつつ、その理由を話した。
「あ、謝り……謝りたいのです……バラス島の……騎士様に……」
それを聞いて思わず顔を見合わせる三人。ゼシルは動揺を隠せなかった。恨みこそすれ、何故よりにもよって謝りたいなどと言うのかと。
ゼシルは恐る恐る姫へと尋ねる。
「何故……姫様が謝る必要がありますのじゃ……」
涙で濡れたハンカチを握りしめつつ、姫はゆっくりと語り始める
「連日拷問された……いつかの夜に騎士様が一人尋ねられてきました……。その騎士様は泣きながら私に謝ってきたのです……何も出来ない無能な騎士を許してくれと……」
それを聞いてサリスは拳を握りしめた。何も出来なかったのは自分達も同じだが、よくも抜け抜けとそんな事が言えると。
「その時……私は言ってしまったのです……貴方は……自分の為に謝りに来たのですかと……」
全くその通りだと三人は頷く。
「でも……次の日……ブラグ高官は……その騎士様の首を……私の前に……」
「馬鹿な!」
思わず椅子を後ろに突き飛ばしながら立ち上がるゼシル。歯を食いしばりながら目は血走っていた。脳裏にブラグの楽しそうな笑い声が響く。
「ぜ、ゼシル様……今日はこのあたりで……日を改めましょう……で、では姫様……また後程……こ、今度からは我々騎士にも一言ご相談を……」
サリスとゼシルは姫へと一礼しつつ、その場から退室する。
「サリス殿……感謝致しますぞ……あのままじゃったら儂は頭の血管が千切れておったわ……。ブラグめ……いや、ブラグもじゃがオズマじゃ……あの男はこの事を知っているのか……? 部下を殺されて黙っているような男ではない筈じゃが……」
そのままゼシルはマシル大聖堂へと帰っていく。サリスもジュール大聖堂へと向かう。先程の自分の言葉を思い出しながら。
(我々騎士にも相談を……良くそんな事言える……姫様を一年間放置しておいて……)
ジュール大聖堂へと続く渡り廊下を歩く。その先にイリーナが一人サリスを待つように立っていた。
「イリーナさん……? ど、どうしました?」
格下の騎士であるイリーナにも怯えた態度のサリス。イリーナはサリスへと頭を下げつつ、姫の様子を伺った。
「ぁ、あぁ、そういえば……最初に姫を見つけたのはイリーナさん達でしたね……クラウス隊長から聞きました……。大丈夫そうですよ、もう二度とあんな事はしないでしょう……。ゼシル様にこっぴどく叱られましたので……」
それを聞いてイリーナは安心する。流石意地悪爺さん……と心の中で感謝した。
「ぁ、そうだ……イリーナさん……申し訳ないんですが……これをアイル……例の聖女の実家に届けて貰えませんか……? 本来ならば私か聖女達が赴くんべきなんですが……」
「あぁ……構いません。分かりました……」
イリーナは昨晩見つけ、報告すると共に渡した記章を受け取る。聖女である事を証明する記章。血で汚れてしまっている。そのままサリスと分かれ、イリーナは騎士の装いのまま街へと降りた。
聖女アイルの実家はジュール大聖堂の南。家族は父と母、そして三人の弟。長女であるアイルは聖女へとなり、これから家族を支える存在になろうとしていた。その矢先に魔物に殺されてしまった。
イリーナはアイルの実家まで来ると家主を呼び出した。そして淡々と語った。聖女アイルの最後を。
「な……そんな……そんな……」
泣き崩れる母親。イリーナが渡した記章を胸に抱きしめ、その亭主も顔を覆い隠しながら涙を流している。
「で、でも……娘は……アイルは……姫様を守ったのですね……あの子は……私達の……誇りです……」
その母親の発言にイリーナは耳を疑う。国に、王家に殺されたと言っても過言ではない今回の状況で良くそんな事が言えると。そのままアイルの両親は支え合いながら家の中へと戻っていく。イリーナはしばらく家の前に立ち尽くし、中から聞こえてくる泣き声に耳を傾けていた。
しばらく立ち尽くし、そのままジュール大聖堂へと戻るイリーナ。その途中ずっと考えていた。あの母親の事を。娘を殺されたのにも関わらず、その功績を称えた母親の事を。
イリーナは自分の腹を抑えながら自問自答する
もし自分の子供が知らない所で死んでしまったら
もしそれを後で他人から話だけを聞かされたら
果たしてあんな事が言えるだろうか
「シェルス……」