探索
スコルアを慌ただしく騎士達が駆けている。騎士団長ウォーレンにより緊急指令が下ったのだ。先程姫が消えたと。連隊を含む騎士達、動ける者は全て動いていた。その中には勿論イリーナの姿もあった。
「レコス! 居たか?!」
「ダメです! それらしい人物を見たという情報も……」
イリーナはレコスと合流し捜索を続行する。マシルの魔術師も総出で探索魔術を展開している。にも関わらず姫は一向に見つからない。
「まさか……街の外に……」
「いやいや、そんな……あり得ませんよ、こんな時間に外になんて出たら……」
夜は極めて獰猛な魔物が活動しだす傾向がある。その為原則として日没後は街の外へと出る事は許されない。だが姫は魔物の恐ろしさなど知らないだろう。イリーナは胸騒ぎを覚え、一番近い東門へと向かった。
東門には門兵が三名、イリーナは駆け寄りつつ声を掛ける。
「おい! ここに……って、お前等……っ」
「あ? げっ……オカマにイリーナ……」
その三人組は以前レコスにからかわれた男達だった。三人とも騎士の姿をしたレコスを見て、本当に連隊騎士だったのかと顔を顰める。
「おい! 誰も通してないだろうな!」
イリーナはリーダー格の大柄な男へと怒鳴りながら近いた。
「あ、あぁ、原則として日没後は開けねえよ、な、なぁ?」
だが男はあからさまに目が泳いでいる。他の男二人も何処か不安毛な表情を浮かべていた。
「おい……お前何隠してる……」
イリーナは抜刀し男の首へと剣を突き付けた。
「ちょ! イリーナさん何してっ……」
「黙ってろ!」
思わず止めに入るレコスへも怒鳴るイリーナ。いつも以上に頭に血が昇っていた。剣を突き付けられた男は全力で否定しながら両手を上げ降参するポーズを取る。だがイリーナの尋問は止まらない。
「お前……私の事を知ってるよな……今まで気に入らない奴は全部殺してきた。ここで新たに三体死体が増えるぞ……!」
実際全て殺してきたわけでは無い。少なくともスコルアの騎士には手を出した事は無い。しかしイリーナの事をレインセルで最も醜い騎士という肩書を知っている男にとっては、これ以上ない脅しだった。
「そ、その……さっき……馬車を一台通した……」
観念した男はあっさりと吐く。イリーナとレコスは目を合わせ頷きつつ、男へと更に尋問を繰り返した。
「何処に向かう馬車だ! 女は乗っていたか!?」
「そ、そこまでは知らねえよ……っ! た、ただ金を受け取って……門を開けただけで……そ、そういえば……騎手は女だったような……」
イリーナは舌打ちしつつ納刀する。騎手は女。だが姫が馬を自ら引ける訳が無い。
「レコス、東門から出た馬車をマシルに追跡させろ。お前はさっさと門を開けろ!」
レコスへと指示しながら大柄な男へと怒鳴りつける。男達はせっせと東門を開門した。門の外は不気味な夜の世界が広がっている。イリーナは街の外へと出て腰から角笛を取り出し吹いた。
地面から何かが昇ってくるような地鳴り。そのまま地面を突き破り、岩と土で構成されたドラゴンの守護霊が姿を現した。守護霊とは死した魂へと様々な材料で実体を与え、術者の願いを叶えるという魔術。イリーナは魔術を一切使えないが、先程使用した角笛は守護霊を呼び出す為の触媒。この世界に存在している者であれば誰でも守護霊を召喚できる道具だ。
「イリーナさん! ありました! 馬車はグロリスの森の手前で止まっています!」
「おいおいおい……森の手前だと……?! くそ……」
イリーナは頭を掻きむしりながら歯を食いしばる。いつも以上に荒れているとレコスは感じた。それはそうだ、折角助けた姫が居なくなったのだ。イリーナはレコスの襟首を掴むとドラゴンへと乗せ、自分も飛び乗ると門兵へと言い放った。
「おい! 門を締めて誰も通すな! それから覚えとけ! 金が欲しいなら私がコキつかってやる!」
そのままドラゴンは助走を着けながら翼を広げ夜の空へと飛び立った。すぐにグロリスの森は見えてくる。そしてその手前の街道で横転している馬車。二人はドラゴンが着地する暇も惜しいと勢いよく飛び降りた。
「姫!」
そのまま馬車へと駆け寄り馬車の扉をこじ開ける。だが中に姫は居ない。レコスは倒れている馬の死体を確認する。
「イリーナさん……この馬……胴体ごと食いちぎられてます……騎手は……丸呑みですね……」
舌打ちしながら地面を蹴りあげるイリーナ。だが森へと続く小さな足跡を見つけた。
「森の中に逃げたか……まあ……そうするしか無いだろうが……」
レコスとイリーナは小さな足跡を追って森の中へと入る。足跡は一人分。やはり騎手は魔物に殺されている。
「それにしても……姫は森の中を歩ける程回復しているんですか? イリーナさんが助けてから……一カ月くらいでしたっけ……」
「さあな……もしかして、とっくに魔物の胃袋に収まってるかもな……」
「ちょっ……止めてくださいよ……っ」
レコスは苦笑いしつつイリーナと共に森の奥へと入っていく。もう少しで開けた場所に出る筈だ、とレコスが考えているとイリーナによって手で制された。そして二人は木の影に隠れる。
森の湖で水を飲んでいる人間が居た。ローブを羽織りフードを被っていて顔は分からない。
「まあ……夜の森で水飲んでる時点で姫確定だな……世間知らずもここまで来ると清々……」
イリーナはそのまま近づこうとするが湖の周り、その木の影に魔物の気配を感じた。下手に出れば魔物は姫に襲い掛かるだろう。
「魔物がうようよ居るぞ……水を飲ませて安心した所を襲うつもりか……」
「うわぁ……悪趣味……っ……魔人じゃないですよね……」
魔人とは魔物の上位的な存在。かつては国を作り世界を支配していた存在だ。
「レコス……抜刀しろ。私が姫を担いで逃げる」
「えー……魔物は……僕ですか……」
「いいから……今度また酒奢ってやる……っ!」
そのままイリーナは一気に姫へと疾走する。物音に気がついて振り向く水を飲んでいた人間。まさに姫君シェルス・ロイスハートその人だ。そのままイリーナはタックルをするように姫を担ぎあげ、ゆっくりと後退する。湖の回りの木の影から涌き出てくる魔物。巨大な蜘蛛の様な姿。
「い、いや……いやっ! 殺される……っ……」
魔物を見た姫は震える。先程騎手を殺したのも蜘蛛の魔物だった。ガチガチと歯を鳴らす姫。そのまま魔物はイリーナ目掛け飛びかかってきた。
「レコス! 任せた!」
イリーナは魔物に背を向け来た道を一気に戻る。それと入れ違いにレコスが飛び出し、イリーナに飛びかかってきた魔物を一刀両断にした。
「うへぇ……気持ち悪い……勘弁してくだしあ……」
次々とレコスへと飛びかかる魔物
イリーナに担がれ逃げる姫は、たった一人で魔物の群れへと飛び出した騎士を見て慌てる。しかもあの騎士は女性ではないかと。だがレコスは男だ。
「ま、待って! 待ってください! 無茶です……っ! あの数の魔物を女性騎士一人では……!」
「夜の森の中、一人で水飲んでた奴が何言ってんだ! そっちの方がよっぽど無茶だ!」
来た道をひたすら走り抜けるイリーナ。森を抜け馬車が横転している所まで戻ると、そこには十五連隊隊長クラウス・ロッドワーツ率いる連隊騎士が集結していた。
「ん? 姫様……? おやおや、醜き騎士イリーナ・アルベインに担がれ……如何なされました!」
あからさまにイリーナの事を醜いと言う隊長はクラウスだけだ。だがイリーナは逆にクラウスの姿を見て毒気を抜かれてしまう。今まで何処かイライラしていたが、クラウスのイリーナに対する蔑みっぷりは童話に登場する意地悪な従者のようで面白かった。
「さあ! イリーナ・アルベインよ! 貴様の手柄は頂いた! 姫を置いてさっさと立ち去るがいい!」
「あぁ、頼んだ……私は疲れた……」
そのままクラウスの部下へと姫を渡すイリーナ。クラウスは思わず肩を落としつつ、落胆するように大きく溜息を吐いた。
「まったく……相変わらず張り合いの無い奴め……。だが! 安心しろ! なんだったらお前の……」
「あ、あのっ! 女騎士の方が……っ、森の中で魔物と一人で戦っています! 助けて!」
クラウスのセリフの腰を折りながら姫君が言い放った。再び肩を落とすクラウス。
「お、女騎士? わかりました……おい……」
そのまま二、三人の部下達へ顎で指示する。だがその時ちょうどレコスが森の中から出てきた。全身魔物の物と思われる返り血を浴びて。しかし姫は魔物と人間の血を見た目だけで区別することが出来ない。レコスが負傷し血まみれだと思わず泣き叫ぶような声で助けを求めた。
「なっ……た、助けて! あの方を……!」
「ん……? ぁ、僕ですか?」
レコスはキョトンとしながら姫を見つめつつ、この血は全て返り血だと説明する。自分で流した血など一滴も無い。そんなレコスへと近づきつつ、クラウスは魔物の討伐状況について尋ねる。
「おい、魔物は……」
「ぁ、クラウス隊長……すみません、全部殺っちゃいました……」
明るく言い放つレコスの言葉を聞いた姫は空いた口が塞がらなかった。裕に三十体は居たはずだ、それを全て一人で討伐したのかと。
「レコス、行くぞ……」
イリーナはレコスを呼びつつドラゴンの背へと飛び乗る。レコスもそれに続いた。
「じゃ……クラウス隊長。姫の事よろしくおねがいします」
イリーナの要請に、ここぞとばかり前髪を分けながらクラウスは言い放つ。
「良かろう! 貴様の手柄! このクラウス・ロッドワーツ隊が頂く!」
周りの部下達は揃って拍手する。全員無表情だが。
そのままイリーナ達を乗せたドラゴンは再び夜の空へと飛び立った。その背の上でレコスは一つの記章をイリーナへと見せる。
「イリーナさん……これ……魔物の腹を裂いた時に出てきました……」
記章を見て舌打ちするイリーナ。その記章は王宮の管理を任されている者へと贈られる物。即ち
「聖女……だと……」