老人
「何を馬鹿な事を……」
マシル大聖堂、ナハトの私室にてゼシルは食卓を前にして言葉を失っていた。ナハトから姫の近況を聞かされた折、先日バラス島へ行きたいと言っていたのを聞かされたからである。
唖然とするゼシルの前にナハトは自分の手料理を並べていく。ゼシルを食事に呼びつけるのは数年ぶりだ。
「それで……これはなんじゃ。言っとくがな、こんな料理を並べられても姫をバラス島へ連れて行こうなんぞ……」
「そんな訳ないだろ。私だって反対だ」
全ての料理を並べ終える。ナハトはゼシルと対面するように座り、グラスへと果汁酒を注いでく。ゼシルはナハトの話を聞いて腸が煮えくり返る、そんな顔をしていた。
「おい、もっと嬉しそうにしろよ。私の手料理だぞ」
「それで……姫はなんでバラス島なんぞに行きたいんだ」
ナハトの料理をスルーしつつゼシルは話を進める。食卓に並んだ料理はどれも見た目はグロテスクな物ばかりだった。ナハトは一番グロい「モシャガルヒルモアのから揚げ」をフォークで突き刺し食べ始める。
「さあな、なんでと聞いても教えてくれなかった……」
ゼシルもため息を吐きながらから揚げを頬張る。そのまま果汁酒で流し込んだ。
「暗示でも何でも掛けて喋らせれば良かったじゃろうが。全く……バラス島に行きたいだと?! 正気とは思えん……」
「おいおい、姫様に何てこと言うんだ……気持ちは分かるが……」
ゼシルは半分ヤケになりつつ料理を頬張り続ける。見た目は酷いが中々味は整っていた。見た目は酷いが。
「どうだ、中々行けるだろ?」
子供のような笑顔を浮かべつつゼシルに尋ねるナハト。ゼシルは噛みしめつつ味を確かめるように食べている。それだけでナハトは満足だったが、どうしてもこの老人に自分の料理を美味いと言わせたかった。
「で……姫もじゃがリュネリアの様子はどうだった……」
リュネリアの話題が出てナハトは頬を膨らませる。
「あぁ、リュネリアか……ダメだ。今にもぶっ倒れそうだったんで寝かしつけてきた」
「そうか……すまんの……」
何故そこで謝る、と不満そうにするナハト。リュネリアは昔、ゼシルの元で魔術師として修行していたのだ。数少ないゼシルの弟子の一人。ナハトはそんなリュネリアに嫉妬していた。
「ほら、もっと遠慮せず食え。可愛い弟子の手料理だぞ」
「弟子……? 笑わせるな、誰が弟子じゃ。お前のような可愛くない弟子は願い下げじゃ」
ゼシルは幼い頃からナハトの面倒を見ている。それは弟子としてではなく、どちらかと言えば孫として接していた。
「ん……」
空になったグラスをナハトに突き出し御代わりを催促するゼシル。
「おいおい、大丈夫か? もう老体なんだから飲みすぎるなよ」
ナハトは一応心配しつつグラスへと酒を注いだ。ゼシルはそこまで飲んでいないが、既に顔が真っ赤だった。
「大丈夫じゃ……」
「いやいや、もう既に倒れそうじゃないか……働き過ぎなんじゃないのか?」
「誰のせいじゃ……お前が儂に全部押し付けてくるからじゃろうが、少しは仕事しろっ!」
ナハトはマシルの最高権力者とは言っても、その大半の管理をゼシルに丸投げしていた。何をするにも文句を言われるので「じゃあお前がやれよ」と言ったらそうなってしまっただけなのだが。
そのままゼシルの説教が始まる。ナハトは久しぶりに聞く説教を懐かしいと笑いながら聞いていた。その時ナハトの部屋の通信魔術の触媒が淡く光を放つ。ナハトはその光を見てゼシルの説教を手で制しつつ触媒の前へと歩み寄った。
「どうした、リュネリアか? お前ちゃんと休んで……」
『ナハト様! 姫様が……姫様が……!』
明らかに慌てているリュネリアの声にゼシルも反応する。
「姫様がどうした、落ち着いて話せ」
『その……姫様が何処にも……』
それだけ聞いてゼシルは騎士団長ウォーレンへと通信魔術を使用した。
「儂じゃ、姫様が居なくなった。連隊を出してくれ、こちらも探索する」
『了解した』
ウォーレンからの返事が届くのと同時にゼシルは立ち上がり、全魔術師へと魔術を使用し探索せよと指示を出した。先程まで酔っていたとは思えない手際の良さにナハトも思わず唖然とする。
「ナハト、儂が指揮を執る。お前は王宮を頼む」
「あ、あぁ、分かった……」
そのままナハトは王宮へと向かう。嫌な予感がした。先日された姫君の「お願い」が脳裏をよぎる。
「まさか……向かったのか……? バラス島へ……」
姫はとりあえず自分で歩ける程度には回復している。だがバラス島など行ける筈が無い。
王宮へと辿り着いたナハトへと駆け寄る聖女達。案の定心配そうに泣きながらナハトへと頭を下げてくる。
「大丈夫だ、連隊騎士も魔術師も探索してる。すぐに見つかる……」
そうは言った物の、魔術師は既に探索魔術を展開している。だが見つかったと連絡は無い。探索魔術を用いれば一瞬で見つかる筈だとナハトは渋い顔をした。その表情を見て聖女達はより一層不安に襲われる。
スコルアには東西南北に出入りする為の門が設置されている。その東門を通過する馬車が一台。
「へっへ、まいど……っ」
門兵は笑みを浮かべながら金を受け取る。こんな小遣い稼ぎは珍しくなかった。
「おい、臨時収入が入ったぜ。飲みにでも行くか?」
「おいおい、いくら何でも……一応警備中だぞ」
談笑しながら受け取った金を山分けする門兵達。そんな彼らの元にも姫が居なくなったとの通信が届く。
『当然だが誰も通すな。怪しい人物を見かけなかったか?』
門兵達は一気に血の気が引く。真っ青になりつつも、異常無しと伝えた。
「お、おい……まさか……今の……」
「そ、そんな訳無えだろ……第一……姫様自分で歩ける程回復してんのか……?」
苦笑いする男達。あの馬車の事は忘れようと全員で頷いた。