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GRASPA  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第一章
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悪夢

 姫がバラス島から救出されてから一カ月が経った。そんな姫の元へと毎日のように足を運ぶ一人の魔術師がいる。マシルの最高権力者、ナハト。


 ナハトとはレインセルの歴史上最も古い英雄の名前だった。元々魔術は魔人のみが使用する秘術だったが、その一人の英雄は魔人から人々を守るため魔術を習得する。そしてその力を持って魔人を駆逐し、レインセルという国を作ったとも言われている。


 マシルの最高幹部へと送られるナハトという称号を受けた女性。彼女は歴代最高とも謳われる魔術師だった。数々の魔導書を解読し作成もした。組み上げれない魔術など存在しない、そう彼女を称える声もあるほどだ。そんな最高の魔術師はイリーナの幼馴染でもある。


 ナハトはマシル大聖堂から王宮へと続く渡り廊下を歩く。本来王宮へ入る為には特別な許可が必要だった。王宮を管理するのは聖女と呼ばれる者達。イリーナへの処罰を決める会議を行っていた部屋へ赴くのにも、幹部達は皆聖女達の許可を得ていたのだ。だが例外が一人居る。


「ナハト様……っ……本日もありがとうございます……っ」


途中で会う聖女達が皆祈るように頭を下げていく。例外とはナハト本人の事。彼女は当然のように治癒魔術も習得していた。聖女達も皆習得しているが、やはりナハトの治癒魔術は群を抜いていた。故に聖女達はナハトへと羨望の眼差しを向けている。


「慣れんなぁ……でも頭下げるの止めてくれっていうと……泣きだすしな、あいつら……」


ナハトは呟きながら王宮へと到達した。そのまま姫君の私室へと向かう。姫君の治療はハナトが専門に行っている訳ではないが、姫君の元へ行くのは幼馴染と親友の為でもあった。その親友とは姫君が最も信頼を寄せている聖女。


「ん? お、リュネリア。どうだ? 姫の様子は」


その聖女がちょうど姫君の私室から出てきた。目の下に熊を作り、足元もふらついている。明らかに数日寝ていない様子だった。


「ナハト様……本日もありがとうございます……」


深々と頭を下げながら礼を言う聖女リュネリア。ナハトはその様子を見てあからさまに溜め息を吐きながら、姫君の様子を伺う。


「姫は寝てるのか? ついでにお前も寝てるか?」


「え、えぇ……姫様は今お眠りに……わ、私も休ませてもらってます……」


噓つけ、とナハトは一方的にリュネリアの手を取り聖女達が休む為の部屋へと連れて行く。椅子にリュネリアを座らせ、ナハトは勝手に最高級の紅茶を煎れだした。


「どうだ、姫の様子は……だいぶ落ち着いたか?」


煎れた紅茶をリュネリアの前へと出しつつ自分も座る。紅茶を啜りつつリュネリアの反応を見るナハト。それだけで大半の事情は察することが出来た。


「ナハト様……っ……私は……聖女失格です……」


涙を流しながら呟く。ナハトは何があったと聞きながらも、リュネリアが何を思っているのか想像はついた。


「イリーナ様が……バラス島で行った事は許されません……でも……でも私は思ってしまうのです……姫様を拷問し、それを娯楽にする人間など皆死んでしまえばいいと……」


ナハトは紅茶を啜りながら話を聞き続ける。時折相槌を打ちながら、とりあえず聖女に吐きださせたかった。リュネリアにとって本音で話せる相手は少ない。


「こんな事を言ってはいけないと分かっているのですが……」


言ってしまえ、とナハトは促しつつ途端に号泣する聖女を見て頭を撫でる。


「姫様は……強すぎます……何故……何故あんな体験をして……自決することを選ばなかったんでしょうか……」


リュネリアは姫君が最も信頼を寄せる聖女だ。それゆえに話してしまうのだろう。バラス島で何があったのかを。どんな拷問を受け、どんな思いで一年間耐えしのんで来たのかを。


「まぁ……こう言っちゃなんだけど……姫君はそのへんの騎士より逞しい……」


「そういう問題ではありません!」


まだ一口も飲んでいない紅茶を零しつつテーブルを叩きながら抗議するリュネリア。だがすぐに謝り俯いてしまう。ナハトはそんな様子を紅茶を啜りながら伺っていた。


ナハトは空になった紅茶のカップを置くと、リュネリアへと姫の心情を予想しつつ語る。


「恐らく……姫は助けが来る可能性を捨てて掛かってたんだろう。そのうえで耐えた。会いたかった人間が居たからじゃないか?」


リュネリアは顔を上げナハトを見つめた。会いたい人間とは「あの人」の事かと。


「まあ、リュネリア。何はともあれ……お前も休め。お前まで倒れたら誰が姫の傍に着いててやるんだ。今姫に必要なのはお前なんだからな」


ナハトはリュネリアの手を引きベットに無理やり寝かせる。半ば拒否するリュネリアの耳元へと暗示を掛け無理やりに眠らせた。疲れが溜まっているのもあってか、簡単に落ちる。


「お前だけが……母親じゃないんだ、リュネリア……」





 真っ暗な牢屋


誰かが地下室へと降りてくる


顔を上げるとそこに立っているのはブラグ


『さあ、はじめようか。姫君』


手錠へと鎖が掛けられ天井へと吊るされる


そのまま腹を捲られ、ブラグは熱した鉄を見せつけた


『今日はこれにしようか。さあ、素敵な泣き声を聞かせておくれ……』


『……めて……やめて……』




「……やめて!」


 悪夢に魘され目が覚める姫君。そこは牢屋では無く自分の部屋。


「……ゆめ……」


息を乱しながら安心する。今ここに居られる事が奇跡だと思ってしまう程。


「大丈夫ですか?」


そんな姫君に声を掛ける魔術師、ナハト。明かりの消えた部屋は、わ窓辺から漏れた月明かりが優しく二人を照らしていた。


「ナハト様……すみません……大丈夫です……」


ナハトは汗を掻いた姫を起こしつつ、服を脱がせ体を拭き着替えさせる。その時体中に刻まれた傷を見て、リュネリアが眠れないのも無理は無いと思ってしまう。


「あの……リュネリアは……」


「あぁ、彼女は何か悪い物を食べたらしくて……今はトイレに引きこもってますよ」


最悪な理由を捏造しつつナハトは着替えさせた姫君を、再びベットに寝かせ布団を掛けなおした。そのまま手を握り治癒魔術をかけ続ける。今となってはあまり意味は無いが、少しでも姫が良くなるようにと。


「そうですか……私のせいですね……」


「姫様が何か盛ったんですか? それは大胆な事をしますね」


姫君は頬を緩ませつつ、ナハトへと礼を言った。


「ナハト様……リュネリアを休ませてくれて……ありがとうございます……」


物の見事に見抜かれているナハトは少し残念そうな顔をしつつ頷いた。その程度造作もないと。


「何か他にしてほしい事とかありますか? 大分食べれるようにもなってきたみたいですし……欲しい食べ物があれば今すぐ持ってきますが」


姫君は牢屋の中で泥水のような物を啜って飢えを凌いでいた。助け出された当初はそれを連想してしまい、まともに食事が出来ない状態だった。


「いえ……食べ物は……」


「リンゴならありますけど……これは意地悪爺さんの差し入れです」


いいつつ小さくきったリンゴを姫君の口へと運ぶ。口の中でゆっくりリンゴを噛みしめる姫。


「おいしい……です……」


「意地悪爺さんに言っときます……ああ見えて姫様の事……結構好きなんですよ」


姫はそれを聞いて目を反らしてしまう。無理も無い、姫を見捨てると言い放ったのはゼシル本人なのだ。王家は飾り物だと最初に言い放ったのもゼシルだ。それ故に意地悪爺さんと呼ばれている。


「ナハト様……バラス島の方は……どうなりましたか……?」


「どう……とは……? 騎士団は攻め込んで来る気配はありません。こちらも様子を伺っている状態です」


それを聞いて安心したように目を伏せる姫。


「あの……ナハト様……一つお願いが……」


「はい、なんでしょう。今ならなんでも聞いてしまいますよ?」


そういうナハトだったが、姫の言葉に耳を疑う。その姫の「お願い」に。



「私を……もう一度バラス島へ……つれていってください……」




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