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GRASPA  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第一章
3/21

酒場

 スコルア、昼間からとある酒場にて一人の男が酒を飲んだくれている。青の鍛冶師などが履くズボンにシャツという出で立ち。外見だけ見れば何処かの作業場から抜け出してサボっている若者だ。だがこう見えてこの男はレインセルの誇る騎士団、その中でもエリート集団である連隊の隊長の一人。


 ガリス・マーカス。槍を得意武器とし、ドラゴンを狩る事においては右に出る者は居ないと豪語する程の男である。実際の所は分からないが隊長という立場は伊達では無い。


そのガリスの隣、心配そうな表情で様子を伺っている男。だが一見しただけでは男に見えない。女物の衣服に身を包み、その顔も女性にしかみえない。声ですら男としては高く女声だった。


 レコス・マンディエ。ガリスの部下。そしてイリーナの事を姉と親しんでいる人物だった。イリーナはガリス隊に席を置いている。


「あぁあぁっ……! ひめさまぁーっ……! なんて痛々しい姿に……」


「ちょっと……飲みすぎなんじゃないんですか?」


ガリスは既に自分が何杯目かも分からない程飲んでいた。酒場の主人も渋い顔をしつつガリスの様子を伺っている。


「うるせぇ! おまえはぁ……姫様があんな姿になって……こころが痛まないのかぁ!」


これが飲まずに居られるかとレコスに絡む。レコスとて心が痛まないわけではない。ただ姫が生きている事自体が奇跡に近かった。騎士の大半は諦めていたのだ。姫の生存を。


「イリーナもぉ……イリーナだぁ……なんで俺をっ……ヒック……っ  誘わねえ……」


「無理ですよ……イリーナさんならともかく……隊長が単独で動けるわけないでしょ」


レコスはガリスの飲んでいるグラスを取りあげ一気に飲み干す。これ以上飲ませるわけには行かない。


「なっ、てめえ……俺を怒らせる気かぁ?!」


「あぁ、はい、どうぞ。どうせ酔っ払った隊長なんて……っ?! ちょ、イリーナさん?!」


レコスは驚いた顔でガリスの後ろに立つ人物へ声を掛けた。イリーナは酒場の椅子を持ち上げ、レコスに絡むガリスの後頭部へと


「調子良さそうだな、隊長殿」


椅子の角を叩きつけ床に隊長を転がした。そしてガリスが座っていた所に座り直すイリーナ。スコルアの街娘が普段着ているようなワンピースに身を包んでいる。


「い、イリーナさぁん! あいたかったですぅーっ!」


「ん? あぁ、悪かったな、迷惑かけて……」


レコスはイリーナの腕に抱き付いて頬ずりする。床に転がったガリスはゆっくりと立ち上がり、イリーナに抗議した。


「おまえぇ! イリーナ! お前の勝手な特攻でどんだけ俺が団長に怒られたか……!」


「あぁ、すまない隊長。それを謝りに来たんだ」


「だったら謝れ! なんで殴った?!」


プラプラ手を振りながら適当にあしらうイリーナ。酔ってない時に出直すと言いつつ、酒場のマスターへと金貨を渡し酒を注文する。金貨を見たマスターは驚いた顔で差額はどうするんだと言いたげだったが、金貨しか持っていないイリーナはおつりは要らないと軽く言い放った。


「それで? イリーナ、お前……どんな罪状食らったんだ」


ガリスはイリーナの隣へ座りなおしながら尋ねた。単独で行動し戦争の引き金を引きかけたのだ。その罪はいか程かと。


「御咎めなしだそうだ。シンシア……ナハトが上手く動いてくれたらしい」


「うへぇ、流石マシルの大幹部が幼馴染だと違うな……」


代わりの酒を注文しつつガリスはイリーナのグラスにも酒を注ぐ。


「んで? オズマはどうだった、やり合ったのか?」


「やる訳ないだろ。私なんて瞬殺される」


酒を一口含みつつイリーナはオズマ率いる船団を思いだしていた。もしブラグが後少し用心深ければ姫の救出は出来なかっただろう。オズマは居なくても配下の騎士が一人でも居れば返り討ちにあっていたかもしれない。なにせオズマ配下の騎士は全て連隊だ。


「まあ、ところで……お前貴族皆殺しにしたってな。そこまでする必要あったのか……」


「ちょ、隊長……っ!」


ガリスは騎士としてイリーナの行為は如何な物かと思っていた。レコスも最初聞いたときは引いたが、帰ってきた姫を見て無理もないと感じてしまった。


イリーナはグラスを握りしめながら姫を殺せと笑いながら叫んでいた貴族の姿を思いだす。あれを見て殺さずにいられる物か、とガリスに怒鳴りたくなるが抑えた。ガリスの言っている事は至極全うな意見だ。


「悪いな……迷惑かけて……ここは私の奢りだ。マスター、こいつらの分も私の金で頼む」


それだけ言って席を立ち酒場を出て行こうとするイリーナ。そこに三人の一般の騎士と思われる人間が入ってきた。あからさまに鎧を身に着け騎士であることをアピールしている。レインセルの騎士達の間では、私用で街に降りる時は私服に着替えるのが暗黙の了解だった。騎士というのを傘に着て暴虐を働く輩が絶えないからだ。今酒場に入ってきた三人組は正にそんな男達だった。


「ん? お前……なんだ、例の皆殺しのイリーナさんじゃないッスかぁ……はははっ! 醜い騎士が更に醜くなったな、おい、店変えるぞ。こんな酒場で飲めるか」


三人の中で鼻息の荒い人間が一人。大柄の男が他の二人へと言い放ちながら店を出て行こうとする。ガリスは先程イリーナに対して貴族を皆殺しにした事について如何な物かとは言ったが、今の男の発言は無視できない。仮にも部下を醜いと言われたのだ、隊長として黙っているわけには行かなかった。


黙っているイリーナに変わり一般の騎士へと教育してやるつもりだったが、先にレコスが動いた。


「あ、あのーっ……お兄さん達騎士ですか? す、すごいですね! 私騎士様に憧れてるんです!」


(あ、こいつヤる気か……)


ガリスとイリーナは黙ってレコスと騎士のやり取りを見る。三人とも見た目は可愛いレコスを完全に少女と思いこんでデレデレしていた。イリーナも再び座りなおし様子を見る。


「なんだ、なんだぁ、お嬢ちゃん……騎士様に憧れてるのかぁ……いいぜ、俺の武勇伝を聞かせてやる……」


大柄の男はレコスの肩を抱きながらテーブル席へと付いた。ガリスは引き続き酒を飲みつつ、イリーナの空いたグラスにも酒を注ぐ。


「おい、俺が言うのもなんだが……気にすんなよ……」


「分かってる……。隊長殿の言い分は尤もだ、あの男が言った事も間違っちゃいない……」


レコスは男達に酌をしつつ、デレデレする男の話に大げさに相槌を打っている。


「でも隊長殿……私は後悔してない……」


グラスを握りつつイリーナはガリスへと自分の意志を貫く。あの貴族はどうしても許せなかった。


「あぁ……まあ、とりあえず飲め。レコスだってああして……お前に元気だしてほしい……って……?!」


レコスの様子を伺ったガリスは思わず酒を吹きだしそうになった。大柄の男の膝に座りながら楽しそうにしている。


「ちょ、おい、おいおいおい……いくらなんでも気づくだろ?! あいつムッキムキだぞ……?!」


イリーナも笑いを堪えながらレコスを見ていた。ガリスと一緒に様子を見ながら小声で会話する。


「あ、あぁ……レコスは見た目より鍛えてるよな……私腕相撲で勝ったことないし……」


そのまま男達は更に調子にのり、レコスへと脱衣を求めた。ローブだけでいいから脱いでくれと。


「えーっ、恥ずかしぃ……で、でも……っ、騎士様にだったら……私……っ……」


迫真のレコスの演技にイリーナは両手で口を塞ぎながら笑いを堪える。ガリスは既に半分笑っていた。


「ちょ、ちょっとだけだよ……? んっ……」


レコスは赤面しつつ、ローブはおろか中に着ているシャツまで前を広げた。その瞬間男達から笑顔が消える。口からボタボタ酒を零しながらレコスの肉体美(筋肉)を見ていた。


「っく……も、もう無理! ダメだ! こらえきれねえ!」


ガリスは唖然とする男達を見て爆笑し、イリーナも久しぶりに笑った。こんなに笑うのはいつ以来だろうと思いながら。


しかし大柄な男は怒り心頭で腰の長剣を抜きレコスに突き立てた。


「てめえ……! ふざけたマネしやがって……どうなるか分かってんだろうな?!」


「あぁ、貴方達こそ……僕の姉をよくも侮辱してくれましたね……」


途端にレコスの雰囲気が変わる。イリーナもガリスも不味いと思いつつ止めに入ろうとするが、もう遅い。


レコスは長剣を握る男の手首を掴むとそのまま溝内へ廻し蹴りを叩きこむ。そして再び嗚咽を漏らす男の手首を引き、今度は下顎に強烈な拳を浴びせた。そのまま男は痙攣しながら吹き飛び床へと転がる。


「なっ、て、てめえ?!」


残った二人も長剣を抜こうとするが、ガリスとイリーナによって止められた。


「やめとけ、コイツは連隊騎士だぞ。お前等の手に負える相手じゃねえ」


連隊と聞いた男は顔を真っ青にする。さっきまで女のフリをしていた男が連隊だと言われても信じれなかったが、現に一番大柄な男が成す術もなく吹き飛ばされたのだ。


「そのデカいの連れてさっさと消えろ。んで真面目に働け。昼間から酒飲んでんじゃねえぞ」


それはガリスが言える事では無かったが、そのまま三人の一般騎士達は逃げるように酒場を去っていく。イリーナはレコスへと寄り、肌蹴た衣服を直しつつ礼を言った。


「ありがとな……気使わせたな……。でも私は大丈夫だ」


「うぅ……イリーナさぁん!」


レコスはそのままイリーナに抱き付こうとするが躱される。そのままイリーナは二人に別れを告げ今度こそ酒場を後にした。


「ごめんな……」


酒場の外で呟くイリーナ。


貴族を皆殺しにしたというのに自分に罪悪感は全くない


既に自分は壊れている


こんな自分が騎士を説教出来る筈が無い、イリーナは静かに帰路についた。


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