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GRASPA  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第二章
20/21

二人の母親

 イリーナへと斬りかかるオズマ。

大剣をまるで小枝のように振るう。

イリーナは転がるように回避し、自分も長剣へと手をかけようとする。

だが長剣は闇に取り込まれる前に捨ててきた。


「くそっ……!」


 再び迫りくるオズマから距離を取り、周りを見渡すイリーナ。

ここはバラス島のコロシアム。

シェルスの処刑が執り行われ、その場に居た者全てを殺した場所。

 そしてブラグが処刑を見物していた観覧席にリュネリアとシェルスは居た。


「リュネリア! 待て! 待ってくれ!」


必死に呼び掛けるイリーナ。

だがリュネリアは反応しない。まるで人形のように立っているだけだ。


(まさか……完全に魔人に取り込まれたのか?)


考える暇も無く、オズマが襲い掛かってくる。

イリーナはとりあえず目の前の脅威を何とかしなければ、と低く構えた。


(オズマの武器は大剣……所詮重さに方向を加えて振っているだけだ!)


 頭上へと振られる大剣を紙一重で躱し、そのまま懐へと入りこんだ。

そしてモールスとの模擬戦でやってみせたように、人差し指と中指でオズマの目を狙う。


だが


「がっ……ぁ!」


呻き声をあげたのはイリーナ。

脇腹へと、オズマの拳が突き刺さった。

 後ろに飛び退きつつ、脇腹を抑えながら再び構えるイリーナ。


(あのタイミングで反撃されるとは……流石ウォーレンと並ぶ大戦の怪物……)


目の前の相手を称賛しながら歯を食いしばる。

いつかの酒場でガリスとの会話を思い出した。

オズマとやりあえば瞬殺されると。


(武器……何か武器があれば……いや、あっても……)


ここはコロシアム。武器の一本や二本落ちている筈と見渡すが、それらしき物は見つからない。

所詮魔人が作り出した幻の光景なのか、とイリーナは歯ぎしりする。

 そんなイリーナをあざ笑うかのように、淡々と歩きながら距離を詰めるオズマ。

イリーナは諦める訳にはいかない、と再びオズマへと特攻した。



 観覧席からイリーナとオズマが戦っているのを見下ろすリュネリアとシェルス。

このままでは危ない、とシェルスはリュネリアの説得を試みる。


「リュネリア! どうしたの? イリーナを助けて! 魔人の言葉なんかに踊らされないで!」


『これは心外だな。踊らせているつもりなど無いのだが。姫君よ、お前は誰に育てられた。誰に愛情を教わった。誰のお陰で今のお前が居るのだ』


「そ、それは……」


『そうだ、リュネリアだ。この女はお前の笑顔を見る度に苦しんで来たのだ。自分で腹を傷めて産んだ訳でもない子供に愛情を捧げる、それは罪だと言わんばかりにな』


リュネリアの顔を見つめるシェルス。

人形のように無表情だが、どこか涙を流しているようにも見えた。


『姫君よ、お前が監禁、拷問された事は同情に値する。だが戦乱を裂ける為、姫を見捨てる決断をした者達も同等の苦しみを背負っているのだ。その中で最も苦しんでいたのは誰だ。目の前のこの女では無いのか?』


シェルスは魔人の言葉に胸を抉られている気分だった。

一年間の拷問を耐えている時も、助けが来るなどという希望は最初から捨てていた。

自分は飾り物の王家の娘。

変わりなど作ろうと思えばいくらでも居る、と思いながら。


だが助けられてから始めて分かった。

誰もが苦しんでいた事を。


「私は……私は……っ」


『姫よ、お前は応えるべきだ。リュネリアはお前と共に過去に戻る決断をした。それが簡単に出来る事だと思っているのか?』


次第にシェルスは考える事を放棄してしまう。

どうすればいいのか分からない、何が正解なのか分からない。


『正解など無い。この世界に正しい事など何一つとして存在せん。姫よ、選べ。お前にとって母親はどっちだ』


シェルスはオズマと戦っているイリーナを観覧席から見下ろす。

既に体中傷だらけで、先程よりも動きが鈍くなっていた。


『どちらだ。どちらがお前にとって母親なのだ?』


選べる筈が無い、と頭を抱えながら俯くシェルス。

リュネリアもイリーナもかけがえのない母親なのだ。

どちらかを選ぶなど出来る筈も無い。


『ならば我が答えを出そう』


魔人がそう言うと、リュネリアは手を翳し自身の魔術を展開する。

コロシアムの脇に自生していた花が伸び、まるで蛇のようにイリーナに絡みついた。


「なっ……」


そのスキを付いて、イリーナの腹へと刺さるオズマの大剣。

そのまま倒れ、地面に血が広がっていく。


「イリーナ!」


シェルスは咄嗟に飛び降りて駆け寄ろうとするが、リュネリアによって止められた。

凄まじい力で腕を掴まれ、その背後に闇が広がる。


「姫様……さあ、参りましょう……私と共に……一年前の、あの日へ……」


「リュネリア……まって、まって! イリーナが……イリーナが死んじゃう!」


抵抗するシェルスの腕を離すリュネリア。

どこか悲し気にシェルスを見つめる。

そんな二人のやりとりを見ながら、魔人はオズマへと新たな指示を出した。


『ご苦労だった、オズマ。お前の戦場に戻るがいい』


煙のように消えるオズマ。イリーナの腹に大剣を刺したまま。


「まて……まってくれ……」


 イリーナは無くなりそうな意識を必死につなぎ止め、腹に刺さった大剣へと手を掛ける。

懐かしい痛みが走った。十五年前、シェルスを産んだ時もこんな痛みを感じた。


「……? イリーナ? まって、動かないで! 死んじゃう!」


叫ぶシェルスの声でイリーナの意識は繋ぎ留められた。

そのままゆっくりと大剣を腹から抜いていく。


「があぁっ!」


大剣を抜き捨て、腹を抑える。

ふらつきながらも立ち上がり、一人の聖女を見上げた。


「リュネリア……」


今にも崩れてしまいそうな聖女。

いつ見ても泣いてるようにしか見えない女性。

ただただ苦しみ続けた母親。


(私が言った……私達は二人の母親だと……)


大剣に手を掛ける。

柄を持ち、流れ出る血を抑えながら大剣を起こした。

 

 その光景に、シェルスは悲痛な声を上げる。


「イリーナ! 動かないで! やめて!」


(シェルス……私達の娘……)


柄に両手を掛け、そっと握る。

人形のように佇む聖女を見ながら。


(二人の母親……。リュネリア、その言葉が……貴方をそこまで苦しませる事になるなんて……思っていなかった……)


吹きだす鮮血に目もくれず、大剣を持ち上げる。

魔人までもが、その姿に息を飲んだ。


『馬鹿な……何故そこまでする』


腹を斬り裂かれる痛み。

今にも意識が飛びそうな痛み。

そして、懐かしい痛み。


(あの子を……産んだ時もこんな痛みがした……)


低く構え、大剣を投擲する構えを取る。

狙いは聖女。


『理解できん……』


魔人の言葉に、イリーナは歯を食いしばる。

理解、確かにそう聞こえた。


「理解……だと……」


体が熱い。

まるで溶けた鉄を流し込まれた様に。


 リュネリアの内に潜む魔人を睨みつけ、イリーナは深く構える。


「……この痛みは私達だけの物だ……貴様に……」


大きく踏み込み、地面に広がる自分の血液を踏みしめる。


「魔人なんぞに……理解されて……」


足に、腰に、腕に、首に。

溶けた鉄が流れていく。

体が太陽のように熱を持つ。


「理解されて……たまるかぁ!」


一気に大剣を振り、投擲する。

聖女へと向かって。


『馬鹿な! 避けろリュネリア!』


だが聖女は動かない。

立ち尽くし、頬へと一筋の涙が流れた。

そして、その胸へと大剣が突き刺さる。


『な、何故だ! 一体何が……』


聖女はそのまま倒れ、背後の闇へと取り込まれた。

同時にイリーナも倒れ、夥しい血が流れ出る。


「イリーナ!」


シェルスは観覧席から躊躇なく飛び降りる。

地面に叩きつけられながらも、よろけながらイリーナの元へと駆け寄った。


「イリーナ……イリーナ!」


そっとイリーナを抱き、必死に呼び掛けるシェルス。


「シェ……ルス……」


判目を開きながら、イリーナは本日何度目の涙だろうと思いながら泣いた。

単純に嬉しかった。

こんな事があっていいのかと。


(自分の娘に抱かれて死ねるなんて……)


「イリーナ……やだぁ……イリーナぁ!」


(ごめんね……シェルス……)


「イリーナ! だめ! 死なないで……」



ゆっくりと闇に落ちていくイリーナ。


その片隅に、輝く一輪の花が咲いていた。



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