復讐の姉妹
イリーナが本当の母親と知ったシェルス。
泣き崩れたイリーナはもう戦う事など出来ない。今はシェルスと共にレコスの看病に着いていた。
二人は無言でレコスのベットの横で椅子に座ってる。
外は既に日が落ち、窓からは優しい月明かりが漏れていた。
静か過ぎる夜。時折聞こえる虫の鳴き声が異様に大きく聞こえる。
そんな中、全騎士、魔術師へと通信魔術が届いた。
『グロリスの森より魔人の軍勢! 率いているのは騎士団長オズマ、その連隊騎士達です!』
もちろんイリーナとシェルスの元にも通信は届いていた。
咄嗟にイリーナは壁に立てかけていた長剣を手にするが、手の震えが止まらない。
「イリーナ様……っ」
シェルスはイリーナの手を掴み、行かせまいとする。
その手をイリーナは振り切る事が出来なかった。
「お願いします……行かないで……」
必死に訴えるシェルス。
今行けば確実にイリーナは命を落とす。そう思ってしまったからだ。
イリーナ自身も戦える状態では無い事は分かっていた。
今の自分が赴いても足手まといになるだけだと。
再び剣を置き、椅子に座り直すイリーナ。
その手を、シェルスは震える手でいつまでも握っていた。
魔人の軍勢がスコルアに迫ってきている。
報せを受けたウォーレン、ゼシル、ナハト。
軍勢を率いているのがオズマだと聞き、かつて大戦で共に戦ったウォーレンとゼシルは首を傾げていた。
「なぜオズマが魔人の軍勢など率いて折るんじゃ……いや、それ以前に生きておったのか? バラス島と一緒に吹き飛んだ物とばかり……」
「何はともあれ騎士団を展開させているヒマなどないぞ。ナハト、やれるか?」
騎士団を展開させるまでの、多少の時間稼ぎをしてほしいと要請するウォーレン。
ナハトは了承するが、魔人の軍勢を相手に時間稼ぎなど半端な者では勤まらない。
「仕方ない……ゼシル、ラスティナとマリスを起こせ。あの姉妹をぶつけるぞ。尻拭いは私がやる」
「分かった……」
ゼシルは頷きつつ、マシル大聖堂の地下へと向かった。
スコルア東門。
例の三人組が目の前の光景に震えていた。
見渡す限りの魔人の群れ。しかもその先頭に立つのはオズマ。
「敵う訳ねえ……魔人の群れに……しかもオズマ騎士団長まで……」
もはや自分はここで死ぬのだ、と三人共に思った。
理不尽に蹂躙され、スコルアの民は皆殺しにされると。
「も、もうダメだ……おい、逃げるか?」
「何処にだよ……逃げる所なんて……もう無えよ」
三人は壁に隠れるように座りこみ、懐から煙草を取り出す。
「これが人生最後の一服だ……はぁ……大した事ねえ人生だった……」
「そうだな……イリーナに脅されるわ、オカマにボコられるわ……」
煙草の煙を吐きながら月を眺める。
騎士を志した日もこんな夜だったと思いながら。
「どうせ死ぬなら……特攻するか。最後くらいカッコよく死のうぜ……」
「無様に、の間違いだろ。まあ……付き合うぜ」
「そ、そうだな……俺達だって……」
三人はそれぞれ煙草を捨て剣を手にする。
震える足で門を開錠するハンドルを手に掛ける。
だが手が動かない。特攻すると決めた筈なのに。
「……あのー……」
そんな男達へと、幼い子供の声が聞こえてきた。
「あ? な、お前等……何してんだ! さっさと逃げろ!」
声がする方へと振り向く男達。そこには二人の幼い双子と思われる姉妹が佇んでいた。
見るからに子供。一人はピンクのローブ。そしてもう一人は黒と黄のボーダー柄のローブを着ている。
「逃げろと言われましても……ナハト様の指示なので……」
言いながら姉妹は扉に手を掛けると、素手で重い扉を押し開いて行く。
呆気に取られる男達。この扉は大の大人が数人掛で開ける物なのだ。
「んな……あほな……」
呆然と眺めていると、男達の元にナハトから通信魔術が届いた。
『あー、聞こえるか―? その二人はマシルの切り札だ。お前ら、そこはもういいから付近の住民を王宮へ避難させろ。早くしないと巻き込まれるぞ』
「あ? ちょ……一体……」
『死に急ぐのは勝手だが……その前に仕事しろ、じゃ』
一方的に着られる通信魔術。
男達は混乱しながらも完全に開け放たれた門を見て愕然とする。
二人の姉妹は既に外に出ており、二人共肩を揺らしながら笑っていたのだ。
「すごい、一杯居るよ。ねね、どっちから行く?」
「えー、じゃあ……ジャンケン?」
絶望的な状況にもかかわらず、楽しそうに会話している姉妹。
男達は怯えるように逃げ出し、ナハトの言う通り付近の住民宅へと飛び込み避難を呼び掛けた。
双子の姉妹、ラスティナとマリス。
マシル大聖堂の地下で眠らされ、隔離されていた。
その理由は魔人への深い恨み、そして何よりナハトと同等の魔術の才能を持つが故だった。
「じゃんけーん……ぽい!」
「あいこで……」
魔人の軍勢が迫ってきているというのに、二人は楽しそうにジャンケンをしている。
そんな二人の元へとナハトから指示が送られた。
『おい、順番なんぞどうでもいい。二人同時に行け。その辺の山吹き飛ばしても構わん。スコルアさえ無事ならな』
「え? それって全力で暴れても良いって事ですかー?」
姉のラスティナは何処か不気味な笑顔で尋ねる。
『いいぞ。遠慮はいらん。命令だ、あの騎士団と魔人共を殲滅しろ』
二人は見つめあい、声を殺して楽しそうに笑う。
そして妹のマリスは夜の空へと手を翳し魔術を展開する。
そして同調した。眼前に広がる星々と。
「ラスティナ……お父さんとお母さん……見てくれてるかな……」
「うん、きっと見てるよ……だから……沢山殺そうね、マリス」
笑うマリス。
ただ無邪気に。天国の両親が喜んでくれると信じて。
「シネ」
突如として魔人の群れに隕石が落下する。
大きく大地を抉り、同時に無数の魔人が吹き飛んだ。
「お父さん……お母さん……褒めてくれるかな……」
魔人の群れへと再び落下する隕石。
その数は増えていき、やがて雨の様に魔人の群れへと降り注いだ。
「マリス……沢山殺すから……見ててね、お父さん、お母さん」
淡々と、マリスは魔人の群れに向かって歩きだす。
両親が目の前で魔人に食い殺された、あの日。
恐怖など微塵も感じなかった。あるのは深い恨みのみ。
悔しくて泣いた。大粒の涙を流し続けた。
あの日流した涙のように、魔人へと降り注ぐ星々。
二人の復讐は始まったばかりだ。




