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GRASPA  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第二章
17/21

否定の感情

 騎士達がジュール大聖堂へと雪崩れ込むのと同時に、魔人はリュネリアと共にグロリスの森へと逃げ込んだ。全く予想外の事態だった。まさか世界と同調する魔術師が人間の中にも存在していると思わなかったからだ。そして瀕死の傷を受けながらも、魔人を素手で殴り殺す騎士までもが居る。

 

『リュネリア、楽しくなってきたな。これはちと骨が折れそうだな』


何処か楽し気に話す魔人。

グロリスの森の中、いつかシェルスがイリーナに保護された湖にリュネリアと魔人は居た。


「次は……何をするつもりですか……」


リュネリアは震える体を押さえつけながら座りこんでいた。

もう日が落ちようとしている。

夜の森の中、リュネリアは不安を隠しきれない。


『そうだな。レインセルを攻め落とすというのはどうだ。中々に難しそうだが……何も兵を戦わせて門を破るだけが勝利では無い』


その時、リュネリアの魔力が魔人に吸われているのが分かった。

もう立ち上がる事すら出来ない程に消耗している。

リュネリアはその場に倒れ込み、このまま死んでしまいたい、と目を瞑る。


『リュネリア、死を選ぶのは早いぞ。あの姫君も悪趣味な拷問に一年間耐えたのだ。お前がそんな事では笑われるぞ』


魔人の言葉に薄く目を開けるリュネリア。

木々の隙間から月が見て取れた。

どこか神々しく、愚かな自分を罰してくれるのではないか、と淡い希望を抱いてしまう。


『あぁ、そうだリュネリア。何故ブラグは一年間も姫を拷問していたと思う? 正直、我も呆れかえった物だ。あの悪趣味さにはな』


そんな事は知りたくもない、と小さく首をふるリュネリア。


『まあそう言うな。奴はな、待っていたんだよ。姫が自決するのをな。そして死んだ姫を再び我の内にある魔術で蘇らせ、再び拷問する気でいたのだ』


歯を食いしばり顔を手で覆うリュネリア。

ブラグが悪趣味なのは分かっていたが、まさかそんな事まで考えていようとは思ってもみなかった。


『それで思い出したが……どうだ、ここはひとつ……彼らに助けを求めてみるか? お前が殺した彼らに』


「……何を……」


リュネリアは震えながらもなんとか上半身を起こし、魔人が展開する魔術を目にする。

それは主に守護霊を触媒へと移す際に使用される魔術。

だが何処か違う。


『さあ、始めようぞリュネリア。お前の本当の願いを叶えてやろう』


黒い影が夜の闇に紛れて大地へと降り立った。

その顔を見て、リュネリアは思わず地面へと自分の額を叩きつけた。


「そんな……こんな事が……」


そして次々と夜の森の中へと顕現する者達。

その一団はバラス島を管轄とする連隊騎士達だ。

つまり、リュネリアが暗唱の宝石を用いて島ごと殺害した騎士。


『この者達がお前を救うだろう。さあ、参ろうぞ。リュネリア』




   ※





 再びベットの上へと戻されたレコス。

今はナハトによって暗示を掛けられ深い眠りに落ちていた。

その傍らで看病するシェルスとイリーナ。


 シェルスはずっとレコスの手を握りつつ、魔人の言葉を思い出していた。

本当の母親は死んだ王女では無い、マーケルの奴隷だった、今は騎士の女だと。


「イリーナ様、一つ……お聞きしたい事があるのですが……」


「……? はい、なんでしょうか」


イリーナはレコスの顔を心配そうに見つめるシェルスの様子を伺う。

先程から何か神妙な顔をして悩んでいるように見えた。


「実は、あの魔人に言われたのです。本当の母親は亡くなった王女では無いと……。リュネリアも否定しませんでした。そして魔人は更に……私の母親はマーケルの奴隷だった女性で、今は騎士をしていると」


思わずイリーナは固まる。

まさかそんな事を聞いているとは思わなかった。


「イリーナ様、何か心当たりとか……」


「いえ……私には想像も出来ません……」


いいながら突然イリーナは立ち、よろけながら廊下へと出た。

そのまま逃げるように歩きだすが、手を掴まれ止められる。


「……イリーナ様?」


手を掴み呼び止めたのはシェルス。

明らかに態度のおかしいイリーナに不審を抱いた。

まさか何か知っているのではないか、と。


「ち、違う……」


イリーナは必死に冷静になれ、と自分に言い聞かせながらも自然と涙が溢れ出てしまう。

今まで必死になって隠してきた。

レインセルの姫が奴隷の子だと知られる訳にはいかない。


「まさか……イリーナ様が……」


だが、イリーナはもう限界だ。

他人のフリをしつつ、シェルスの笑顔さえ見れればそれでいいと思っていた。

しかしバラス島から救い出してから、接する事が多くなってきた。

そして段々、凍り付いた感情が溶けだしていった。

シェルスと共に過ごしたい、という感情が。


「違うんだ……違う……っ」


そのまま壁にもたれながら、崩れるように座りこむイリーナ。

いつのまにか涙は止めどなく流れている。


「やっぱり……イリーナ様が……」


イリーナは何も答えない。

そこへ、ゼシルが途中から話を聞いていたのか、二人へと寄って来た。


「イリーナ、もはや隠す理由も必要も無いじゃろ。姫様、イリーナを頼みましたぞ。もはや戦い所ではなさそうじゃからの」


そのまま立ち去るゼシル。

シェルスはイリーナと目線を合わせるようにしゃがみ、そっと手を握る。


「貴方が……私の……」


イリーナは握られた手を、そっと握り返した。


今まで握る事すら許されなかった手を


自分の娘の手を



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