永遠の誓い
ジュール大聖堂へ群がる騎士達。
先程から硬く正面扉が閉ざされ、いくら押しても動く気配は無い。
ナハトが無理やりこじ開けようと魔術で発破を掛けたが傷すらつかなかった。
「レコス……レコスが中に居る……!」
イリーナは担ぎ込まれたレコスの身が危ないと、長剣を抜いて扉をこじ開けようとするがビクともしない。他の連隊騎士達も同じように扉を開けようとするが、結果は同じだった。
「おい、ナハト! なんとかしろ!」
これは明らかに何らかの魔術だ、と判断した騎士達はナハトへと要請する。
だがナハト自身も打つ術が無かった。
先程大聖堂ごと吹き飛ばす勢いで魔術を放ったのだ。
ここまで頑強な結界など聞いた事が無い。
何とか中の状況だけでも把握しなければ、とナハトは探索魔術を行使する。
「……不味い……魔人が召喚されてる。中に居た聖女達は……」
口を噤むナハトに騎士達は激昂する。
歯を食いしばり、各々が壁を攻撃し何とか中へ侵入しようと試みる。
「ん? ここで寝ているのはレコス殿か。って、姫様は何処だ?」
ナハトが零した言葉に騎士達の手は止まった。
姫に何かあったのか、と。
「おいおい、姫だけ……どっか行ってるぞ! くそ! こうなったらレコス殿を起こして……」
イリーナはレコスを使おうとするナハトへと掴みかかった。
もうレコスが戦える筈が無い。
「待て! レコスは瀕死だぞ! 動ける訳が無いだろ!」
「だったらどうする! 今大聖堂の中に居る連隊騎士は彼だけだ! 一般の騎士じゃ魔人のエサになるだけだし、聖女はもう……殺されてる……っ」
悔しそうに顔を顰めるナハト。
だがそれでもレコスを動かすのは無茶だ、とイリーナは訴える。
その時、レコスの上司であるガリスがイリーナをナハトから剥がし
「ナハト、やってくれ。レコスを叩き起こせ」
その言葉にイリーナは耳を疑う。
それでも隊長か、と今度はガリスへと掴みかかろうとするが周りの騎士達に止められる。
ガリスはそんなイリーナへと、淡々と言い放った。
「姫様に何か有った時、あいつに何て説明する。お前が寝てる間に姫が殺されましたって言うか?」
「なっ、そんな事……」
言える筈が無い。
イリーナはならばどうすればいい、と頭を抱える。
だが他に手は思い浮かばない。
「レコスは俺の部下だ。あいつに何か有った時は……俺が責任を取る。ナハト、やってくれ」
「あぁ……分かった……」
※
瀕死の傷を負いながらも、一瞬で魔人を葬ったレコス。
それだけでは無い。レコスの両手は血にまみれており、ここに来るまでに何があったのかを物語っている。
『貴様……まさか動けたとは』
魔人はレコスが通って来た道を確認し唖然とした。
自分の部下が素手で殴り殺されていたのだ。
『バカな……一体どこにそんな力が……。かつて、我が戦った騎士達の中にもこんな……』
「あの、すみません。話長そうなので僕はこれで失礼します」
言いながら持っていた長剣を腰に携え、シェルスを抱きかかえるレコス。
そのままリュネリアへと目線を移し
「リュネリア様。途中からお話を伺ってました。真実がどうあれ……貴方が姫様を育ててきた事実は変わりません。どうか……御無事で」
それだけ言うとレコスは大聖堂の出口へと駆けだす。
『待て! 逃げるのか!』
「いえ、戦略的撤退です!」
『逃げるのだろう!?』
そのやり取りに目を丸くするシェルス。
レコスは先程まで瀕死の重傷を負い寝ていたのだ。
そんな人物が魔人を一刀両断にし、あまつさえ人一人抱えて走っている。
「あ、あの、レコス様、傷は……」
「大丈夫です、ナハト様に暗示を掛けて頂きましたから」
淡々と言い放つレコス。
暗示と聞いて、シェルスは傷が塞がったわけでは無いと気づき、慌てて
「あ、あの! レコス様、私自分で……」
「ぁ、はい」
そのまま床に再び下ろされ、レコスは片手で長剣を構え警戒する。
軽々と長剣を扱うレコスを見て、シェルスは思わず称賛した。
「凄いですね……そんな重い物を……」
「え? あぁ、慣れです。あとはひたすら筋肉ですかね」
レコスは今上半身裸で包帯を巻いている状態だった。
とてもではないが女性には見えない。
「レコス様……男の人だったんですね……」
「え? あ、あぁ、その事については後でちゃんと……」
その時、再び眼前に闇が現れる。
魔人が召喚される前触れだ。レコスは急ぎシェルスの手を引き正面扉へと走る。
だが何やら赤く光る鎖で固く閉ざされていた。
試しに剣で断ち切ろうとするが、実体が無いようですり抜けてしまう。
「これか……! ナハト様! 赤い鎖のような物が扉に……」
突然レコスが独り言のような事を言いだし、シェルスは首を傾げる。
だがすぐに通信魔術を使っているのだと気づいた。
『赤い鎖……やはり結界か。外側からいくら攻撃しても破れない訳だ。レコス殿、結界を破壊する魔術は心得ているか?』
ナハトの声はシェルスには聞こえない。
状況は分からないが、ナハトもこの状況を知っていると分かって多少なり安心する事が出来た。
「い、いえ、僕は魔術の類いは全く……」
『そうか、分かった。簡単な魔術を教える。まずは……』
と、その時レコスの背後へ闇から這い出てきた魔人が迫って来た。
全身を黒い鎧で覆い、巨大な剣を携えた騎士のような姿。
思わずシェルスは叫び、それに反応したレコスは魔人へと斬りかかる。
「っく! ちょっと待っててください! 魔人が……」
『適当にあしらえ! まずは結界を破壊しろ! 姫君の何処でもいい! 少し切って血を吸え!』
「は、はい?!」
魔人の攻撃を避けつつ、スキを付いて魔人の目を切りつけるレコス。
怯んだスキにシェルスへと駆け寄り、壁際まで避難した。
「姫様……! す、すいません! 何処がいいですか?!」
「え? ど、どこって……なんですか?」
『急げ! 正直魔人より騎士共のほうが限界だ! 私が蛸殴りにされるまえに結界破ってくれ!』
一体外で何が起きているのだ、とレコスは焦りつつシェルスの手を掴み
「姫様……すみません!」
剣の切先を少しだけ刺し、血を滲ませる。そこに口付けするレコス。
「え? レ、レコス様?」
血を吸い、口に含むレコス。そのまま再びナハトへと次の指示を仰ぐ。
『やったか?! そしたらこう言え! 「いかなる時も共に、ここに聖なる契を交わす」分かったか?!』
思わず吹き出すレコス。それではまるで結婚式では無いか、と。
だが躊躇っている暇は無い。魔人は目を自己再生し、再びレコスを視認する。
「っく……い、いかなる時も共に……ここに聖なる契を交わす!」
「え、え!? レ、レコス様?」
呆然とするシェルス。
レコスは自身の持つ長剣が微かに白く光っているように見えた。
これが魔術の効果か、と一気に扉へ掛かる赤い鎖へと斬りかかる。
鎖は断ち切られ、次の瞬間勢いよく扉が開け放たれた。
そして雪崩れ込む騎士達。一斉に魔人へと飛びかかり、一瞬で制圧する。
「レコス! 無事か!?」
騎士達から身を守るように隅へと寄るレコスとシェルスを見て、イリーナが駆け寄った。
二人の無事を確認し、胸を撫で下ろすイリーナ。
「良かった……何があった、レコス」
「ぁ、いえ……リュネリア様が奥のホールに……」
それを聞いて、一緒に大聖堂へと入って来たナハトはホールへと走る。
だがそこにリュネリアの姿はもう無い。
「くそっ! 探索掛けても無駄だろうな……」
舌打ちしつつ、ナハトは床に転がる魔人の死体を見下ろした。
物の見事に一刀両断にされている。
これを瀕死のレコスがやったのだ。
いくら痛み止めの暗示を掛けたとはいえ、傷が直っている訳では無い。
「流石だな……」
思わず称賛を零すナハト。
いつかイリーナから聞いた事がある。
現在レインセルで誰も疑う余地も無い程、最強と唄われている騎士はシェルスの実の父親であるシェバという男。
レコスは、そのシェバと同じ十五歳で連隊騎士になった。
恐らく将来レインセルの騎士を束ねる存在になる、と。
そのレコスは暗示の効果が切れ、再び騎士達によってベットへと戻された。
シェルスも再びイリーナと共に看病に付いた。
騎士の誰もがレコスの姿を見て思う
自分に彼と同じ事が出来るかと
たとえ姫君が危ない局面に居たとしても




