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GRASPA  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第二章
15/21

姫君の騎士

 スコルアに伝説の魔人が現れた。

全ての騎士と魔術師が臨戦態勢となり、街中くまなくリュネリアの姿を探し回っている。

 深手を負ったレコスは、とりあえず一命をとりとめた。

ジュール大聖堂へと運び込まれ、シェルスと聖女数名によって看病されている。


「レコス様……」


シェルスはベットで眠るレコスの顔を眺めつつ、何も出来なかった自分を悔いた。

何のために鍛錬を積んで来た、と自分を責める。だが分かっている。自分がどれだけ鍛錬を積もうが、実践を積んで来たレコスと共に戦う事など到底出来ないと。


「リュネリア……」


そしてリュネリアに何があった、と頭を抱える。

泣き叫びながら魔術らしき物を放ってきた。


「あれは……リュネリアの魔術……?」


シェルスはリュネリアが以前ゼシルの弟子であった事を知っている。

他でもないリュネリア自身から聞いたのだ。だがその時の話では、リュネリアが扱う魔術は治癒と補助だけだった筈だ、と思いだす。


「違う……リュネリアじゃない……」


あんな禍々しい魔術をリュネリアが扱える筈が無い。

シェルスはそう確信しつつ、レコスの手を握りしめた。





 ウォーレンの指示によって展開される連隊騎士。

だが今スコルアに居る連隊はサリス隊、ガリス隊、クラウス隊のみ。

しかも血の気の多い騎士は西の辺境、ディアボロスの討伐に向かわせている。伝説の魔人と対峙するには心細い。


 そんな中、イリーナは魔人によってレコスが深手を負わされた、と聞いて激昂していた。

だが決してそれを表には出さない。悔しいのは自分だけでは無いのだ。

 

「おい、イリーナ。お前はナハトと合流しろ」


ガリスから指示が送られる。だがイリーナは首を傾げつつ「何故だ」と端的に理由を尋ねた。


「お前っ、ばっか! ブチ切れてるナハト様を宥めろっつってんだ。幼馴染だろ」


イリーナは目を反らしつつ、先程ナハトから流れてきた通信の内容を思いだした。

ナハトは街ごと魔人を殺すつもりで、これから全力で破壊活動をする、と言っていた。


「大丈夫だ……シンシアは……ナハトはああ見えて誰よりも冷静だ。他の騎士や魔術師に発破かけただけ……」


と、その時ジュール大聖堂の方から凄まじい爆発音が聞こえてきた。


「発破って……あれか?」


「私に聞くな……」


嫌な予感がする二人。同時にジュール大聖堂へと走った。




 ジュール大聖堂内。シェルスは突如として違和感に襲われた。

静か過ぎるのだ。先程まで騎士や聖女が慌ただしく聖堂内を駆け回っていたのに、今は足音一つ聞こえない。


「……誰か……誰か居ないの?」


不安になり人を呼ぼうとするシェルス。

聖女は近くに居る筈だが、誰も応対しない。

まるで聖堂内には自分達しか居ないようだ。


 生唾を飲みこみながら、シェルスはレコスと一緒に運び込まれた長剣を手にする。

万が一の為にと騎士が置いて行ったのだ。シェルスにとってはお守り程度の物だったが。


(重い……)


鞘から抜くだけでも一仕事だった。

シェルスは抜き身の剣を両手で持つも、とてもではないが満足に持ち上げる事すら出来ない。

それでも武器は必要だ、と地面に引きずりながら部屋の扉へと近づく。


(誰も……居ない?)


廊下に人の気配が全く無い。

どういう事だと、そっと扉を少しだけ開け様子を伺う。

だがその時、不気味な声が頭の中に響いた。


『レインセルの姫よ。久しいな』


その声を聞いた瞬間、背筋が凍るシェルス。

どこか人間離れした声。嫌でも聞かされる声に、シェルスは表情を強張らせる。


『そう邪見にするな。一年間同じ地下で過ごした仲ではないか』


「……貴方は……誰?」


勇気を出して応対するシェルス。

声の主は何処か笑っている。


『我は魔人。先程リュネリアを使って姫を襲った元凶だ』


それを聞いた瞬間、シェルスは恐怖と同時に怒りに支配された。

歯を食いしばり怒りを覚えながらも、足がすくんで動く事が出来ない。


『はは、そう怒るな。全ては姫のためだ。来い、リュネリアが待っている』


 シェルスが薄く開けた扉が勝手に全開になる。

来い、と言われて素直に行ける訳が無い。だがシェルスはリュネリアが待っている、と言われては行くしかない。長剣を引きずりながら、ゆっくりと部屋を出るシェルス。


『広間だ。レインセルの英雄達が建ち並んでいる場所へ来い』


言われた通りに広間へ向かうシェルス。

廊下を進み、角を曲がる度に心臓が張り裂けそうになる。

いつ何処から魔人が襲ってきても不思議では無い。

自然と呼吸が荒くなり、全身から冷や汗を垂らしながらも進む。


 そして広間へと辿り着いたシェルスは、騎士の像へともたれかかるリュネリアを見つけた。

思わず長剣を離し、駆け寄ろうとするが


「姫様……っ! 来てはなりません!」


リュネリアの泣きそうな声で静止され、立ち止まるシェルス。

そして再び不気味な魔人の声が頭の中に響いた。


『ようこそ、姫君。思ったより元気そうで安心したぞ』


シェルスは後ずさりながら、リュネリアへと叫ぶ。

一体何があった、と。


「リュネリア! 一体どうしたの!? 何が……」


「姫様……申し訳……ありません……」


泣き崩れるリュネリアに更に混乱するシェルス。

怯えながらも、必死にリュネリアへと訴える。


「リュネリア……どうしたの? なんで……」


『我から説明しよう、姫君。リュネリアは姫君を守る為、我を使いバラス島を破壊したのだ』


突然の言葉に固まるシェルス。

リュネリアがバラス島を破壊したと聞き、そんな事は有り得ないと首を振る。


『噓では無い。現に我がここに居る事自体が証拠だ。今我はリュネリアと共にある。姫君よ、お前はリュネリアの事をどう思っている?』


突然の質問に首を傾げるシェルス。

どう思っている、と聞かれても出て来る答えは一つしかない。


「……私は、リュネリアの事を本当の母親と同じくらいに思って……」


『本当の母親か。それが誰なのか姫君は知っているのか?』


「……? 私の実の母親は……亡くなったレインセルの王女で……」


『それは違うぞ、姫君。お前の本当の母親は……』


「まって……やめてぇ!」


魔人の言葉を遮ったのはリュネリアだった。

悲痛な叫び声で、それ以上言うな、と訴える。


「リュネリア? ど、どうしたの?」


その態度に疑問を覚えるシェルス。

魔人はそんなリュネリアの反応を楽しむかのように、淡々と続けた。


『姫君の本当の母親は死んだ王女では無い。そして、姫君もこの国出身では無い』


「な、なにを……」


突如として知らされる情報に呆然とするシェルス。

とても信じれる話ではないが、リュネリアの怯える態度が信憑性を物語っている。


「リュネリア? う、うそだよね?」


「…………」


リュネリアは何も答えない。

それは肯定を意味する沈黙。


『そういうことだ、姫君。だがお前は孤独では無い。お前の両親はこの国に居る。騎士としてな』


「騎士……?」


『そうだ、姫君を守る為にな。今現在も己の身を削り戦い続けている。だが……お前にとって母親はリュネリアだけだ。そうだな?』


シェルスは頷く。

それは間違いない。幼い頃から自分の面倒を見て、ここまで育ててくれたのはリュネリアだ。


『どうだリュネリア。姫君はお前の事を十分に母親として認識している。ここらで本当の事を話してやれ』


だがリュネリアは口を噤む。

それは出来ないと涙を流しながら。


『あぁ、成程。貴様は姫君を奪われる事が怖いのか? それはそうだ。実の母親は貴様以上に姫君へ愛を注いでいる。何も直接育てるだけが愛情では無いからな』


「な、なにを……私はっ!」


『少し黙っていろ、リュネリア』


魔人がそう言うと、リュネリアは声が出せなくなってしまう。

必死に叫んでも空しく響くのは枯れた息遣いのみ。


『姫君、お前はリュネリアの事を母親だと言ったが……所詮育ての親。姫君を此の世に産み落とした女は実に目を覆いたくなる程の人生を歩んでいる。なのにあんまりでは無いか。実の娘が別の女を母親として扱っているのだからな』


「な、なにを……」


『まあ聞け。お前をこの世に生み出した女はマーケル出身の奴隷だ。それだけでも悲劇と言える。だが、その女は更に自分が産み落とした子さえ奪われた。実に不幸だ。これ以上ないくらいにな』


シェルスはもはや頭が回らない。

実の母親がマーケル出身の奴隷と聞いても納得できる筈が無い。

自分は今レインセルの王族なのだ。奴隷の子がどうやって今ここにいるのか。


『魔人である我ですら同情してしまう。その女の為に……我が一肌脱いでやろう。姫君、お前の本当の母の名は……』


「やめ……やめてぇーっ!」


擦れた声を絞り出し、リュネリアが叫ぶ。

息を切らしながら、魔人の言葉を遮った。


『はは、やはりか、リュネリア。貴様は本当に腐っているな』


魔人の言葉に拳を握るシェルス。

リュネリアが腐っている、そんな筈が無い、と。


『そんなに姫君を取られるのが怖いか。それはそうだな。貴様が姫君に注いできた愛情など、あの女に比べれば微々たるものだ』


「そ、そんな……私はっ! 今までシェルスの育ての親として……」


『何が育ての親だ、貴様が何をした。貴様に比べてあの女はどうだ。わずか十歳で激痛と共に姫をこの世に産み落とし、その直後に子を奪われ……奪われても、あの女は子を守るために騎士の道を選んだ それに比べて貴様はどうだ、リュネリアよ。ただ愛しく思い、罪悪感に酔い、あげくの果てに姫に産みの親を知られることに恐れを抱く。独占欲の塊め、貴様が姫の育ての親だと? 笑わせる』


「ち、違う……違うぅ!」


頭を抱えながら否定するリュネリア。

だが反論する言葉が出てこない。

何故なら、魔人の言った事は真実だと自分で認めているからだ。

自分はイリーナからシェルスを奪い、母親として優越感に浸って来たと。


『はは、さて姫君よ。楽しみは後に取っておくとして……我は聞きたい事があったのだ』


リュネリアが苦悩する姿を笑う魔人。

如何にも楽しんでいる、という笑い声に恐怖を覚えるシェルス。

もはや限界に近い、先程から聞かされる話に頭が割れそうな感覚に襲われた。

そんな時に魔人からの質問。

シェルスはもう何も聞きたくない、と耳を塞ぐ。だが容赦なく魔人の声は頭に響いた。


『姫君よ。何故一年間、あの悪趣味な拷問に耐え続けたのだ。いつでも死のうと思えば出来た筈だ』


その問いは、かつてリュネリアも感じた事だった。

何故シェルスは自決しなかったのかと。


「私は……」


シェルスはリュネリアを見つめ、涙を拭いながら


「私は……リュネリアに会いたかった……。ただそれだけのために……一年間耐えてきた……。本当の母親が……誰なのか分からないけど、私にとってリュネリアは……お母さんだから……」


その言葉を聞き、リュネリアは大粒の涙を流しながら泣き崩れた。

魔人の言葉で追いつめられたリュネリアだったが、シェルスの言葉で救われた。

そして思いだした。自分が今までシェルスに注いできた愛を。

イリーナと二人だけでバラス島へ助けに行った時の事を。


『つまらん答えだ』


魔人は落胆したように呟く。

そして次の瞬間、シェルスの眼前に黒い闇が現れた。

門のように開いて行く闇。そこから這い出てきたのは異形の魔人。


蛇の胴体に人間の女性の上半身。

両手に巨大な曲刀を持ち、鋭い眼光でシェルスを見下ろす。


『もう良い。楽になれ、姫君』


魔人の言葉と共に振り下ろされる曲刀。

シェルスは動く事も出来ず、ただ目を瞑って死を覚悟する。


だが、いつまで経っても姫に剣は届かなかった。


恐る恐る目を開けるシェルスの目に飛び込んで来たのは、有り得ない光景。

召喚された魔人が一刀両断にされていた。

そして自身の前に立つ騎士を見た時、シェルスは驚きと共に呆然と立ち尽くす。


「すみません……道が混んでて……遅れました」


淡々とそう告げるのは、先程まで瀕死の傷を負っていた筈のレコスだった。


シェルスが歩いてきた道、そこには無数の魔人が撲殺された死体が転がっていた。



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