世界と破壊
レインセルに伝わる御伽話。
かつて、魔人によって蹂躙されていた世界。
その世界を救う為、一人の英雄が禁忌とされていた魔術を手にする。
英雄ナハト
レインセルに誕生した初めての魔術師。
彼に魔術を託したのは魔人。
全ての魔術の祖と言われる伝説の存在。
魔人グラスパ
※
スコルア、王宮中庭でナハトとリュネリアが向かい合っていた。
だが実際にナハトが敵視しているのは、リュネリアの中に潜む魔人。
「ナハト様……私を殺して……」
リュネリアは悲痛な声で訴える。
だがナハトは自信の魔術を展開しつつ叫んだ。
「黙ってろ! クソ魔人が……引きずり出してやる……」
魔術師は世界中、ありとあらゆる物と同調して魔術を行使する。
マシルのトップとして君臨するナハトも例外では無い。
だが彼女が同調出来る物、それは他の魔術師達とは一線を画していた。
まるで辺りの風景が溶けていくように、ナハトとリュネリアは陽炎に包まれる。
完全に外部と隔絶された空間を作り上げたのだ。
その魔術を見て魔人は驚愕する。
『なんと……素晴らしい!』
魔人がナハトを称賛する。
その不気味な声はナハトにも確かに聞こえた。
『まさか……世界と同調できる人間が居るとは! 実に素晴らしい!』
ナハトが同調する物、それは世界その物。
結界の中は完全に外部と隔絶された世界。
リュネリアへと一歩一歩確実に歩み寄るナハト。
「動くなよ、リュネリア」
「ナハト様……いけません! このまま……私ごと殺して……」
まだ言うか、とナハトは歯を食いしばる。
その瞬間、後方にリュネリアの守護霊である大蛇が顕現した。
暗唱の宝石に宿る魔人が、リュネリアの守護霊を奪い行使したのだ。
普段リュネリアが顕現する守護霊のサイズは精々十五メートル程。
しかし魔人が顕現させた守護霊は五十メートルを軽く超えていた。
だがナハトは振り向きもしない。
「ナハト様! 危ない!」
思わずリュネリアは叫ぶが、次の瞬間守護霊は何事も無かったかのように霧散する。
傍から見ればナハトは何もしていない。しいて言えば指を鳴らしただけだ。
『はは、やはり無意味か』
楽しそうな魔人。
ナハトは霧散した守護霊から刻印を回収すると、自分の腕へと宿らせた。
リュネリアの守護霊を奪ったのだ。
一歩一歩確実に近づくナハト。
だがもう少し、という所でリュネリアの体が浮き上がる。
そのままナハトが作り出した結界を易々と突き破った。
『すまんな。もう少し楽しみたい所だが……先を急いでおるのでな』
慣れ慣れしい口調で話しかけてくる魔人。
ナハトは頭の血管が千切れそうだった。しかしここで激怒し無闇に魔術を放てば、リュネリアごと吹き飛ばしてしまう。
魔人はリュネリアの体を遥上空にまで浮き上がらせ、王宮最上階の窓を突き破り中へと侵入した。
最上階は王家の人間が普段使用している。シェルスは今中庭に居るが、弟のチェーザレは今まさに、そこに居る。
「狙いは王子……? いや……」
それならば最初から王宮内部に行けばいい。
恐らく最上階にはただ逃げ込んだだけ、とナハトは推測する。王族が居るであろう最上階ならば手出し出来ないと考えたのだろう。だが今彼女に遠慮する余裕も理由も無い。
ナハトは王宮最上階に居るであろう聖女、そして最も信頼を寄せる老人へと通信魔術を使用する。
「王宮最上階に居る者、今すぐ王子を連れて飛び降りろ」
一方的に宣言し右手を払うように地面へと翳す。そのまま先程奪ったリュネリアの守護霊を地面へと滑らせた。
「逃がすか……」
守護霊が地面へと潜り、大地で魂の形を構成していく。
異様なまでに大きな気配にスコルア中の魔術師達が寒気を覚えた。
暗唱の宝石に宿る魔人とて例外では無い。何事かと突き破った窓際へとリュネリアを歩かせ様子を見る。
『な、なんと……』
驚愕の声を上げる魔人。
その直後、地面を突き破って出て来る巨大すぎる大蛇。
誰もが轟音に反応し、大蛇の姿を確認すると唖然とする。
『何という……ここまで「器」が大きいとは……』
守護霊は術者の器によって顕現する。
ナハトの召喚した大蛇は、魔人やリュネリアが顕現させた物より遥に大きく強力な守護霊。
スコルアに存在する聳え立つ三つの建造物、そのどれもを越える巨大な大蛇。
桁外れまでの差に、魔人は感心を通り越して恐怖を覚えた。
「王宮、最上階ごと齧り取れ」
淡々と大蛇へと命令するナハト。
守護霊たる大蛇は即座に命令に従い実行する。
王宮の最上階ごと咥え込み、そのまま牙で轟音を立てながら齧り取る。
その光景を見て、誰もが目を疑った。
(めちゃくちゃだ……っ)
大蛇が最上階を齧り取るのと同時に、地面へと激突するように着地する老人が一人。
「ナハト! いい加減にせえよ!?」
ゼシルだ。その腕にはチェーザレが抱かれている。
顔を真っ青にし、今にも吐きそうだ。
「ナイスだ、意地悪爺さん」
ナハトは親指を立ててゼシルを称賛する。
だが
『やれやれ……我より魔人寄りだぞ、その娘は』
大蛇の腹の中から聞こえてくる声にナハトは舌打ちする。
捕らえれたと思ったが、やはり守護霊の腹の中など魔人にとっては檻にすらならない。
次の瞬間、大蛇は一片も残さず霧散する。
そこにリュネリアの姿は無い。
『予想外の戦力だ。これは準備を整えなければな』
そのまま魔人の気配は消える。
ナハトは周囲を見渡しつつ、ゼシルへと近づく。
「ゼシル、チェーザレ王子を頼む。とりあえず……嵐の前の静けさだ……。私は友人の様子を見て来る」
「ま、まてナハト! お前……大丈夫か?」
とてつもなく嫌な予感がするゼシル。
ナハトは頷きながら「大丈夫」と震える声で一言だけ返すと、レコスの元へと歩み寄った。
魔人の攻撃からシェルスを庇い深手を負ったレコス。
今は聖女達が数人掛で治療魔術を施していた。
シェルスはレコスに膝枕しつつ俯いたまま動かない。
「どうだ……レコス殿は……」
ナハトは恐る恐る聖女達へと尋ねる。
聖女達は汗だくになりつつ、声を発する事すらままならない状態だった。
それほど集中しなければレコスの傷を塞ぐ事は出来ないと言う事。
(くそ……っ!)
もっと早く異常に気が付いていれば、と歯を食いしばる。
「……ナハト、様……」
その時、レコスの意識が戻った。聖女達は「喋るな!」と怒鳴りながら必死に治癒魔術を掛け続ける。
しかしレコスはどうしても謝らなければならない事がある、と訴えた。
「なんだ。レコス殿」
ナハトは聞き逃さまいと、レコスの口元へ耳を近づける。
これが最後の言葉になるかもしれないのだ。
レコスは擦れる声で
「すみません……姫様に……男だって……バレ、ちゃいました……」
思わず耳を疑うナハト。
こんな場面で何故そんな事を謝る、と思いつつ
「あ、あぁ、そ、そうだな……レコス殿、またあの酒場で飲もう。辛すぎるマスターの料理に文句を言いながらな……」
ナハトはそれだけ言うと、その場を離れていく。
そしてスコルアに在住する全ての騎士、魔術師へと通信魔術を使用した。
「スコルアの街の中に魔人が出現した。私と同じ名前の英雄のおとぎ話に出てくる伝説の魔人だ。良く聞け、騎士に魔術師、私はこれから全力で破壊活動をする。その前に魔人を殺せ。私からこの街を守って見せろ」
それを聞いた全騎士と魔術師はゾっとする。つい先ほど王宮の最上階を攻撃した張本人が言うのだ。これほど説得力のある脅しがあるだろうかと。
「指揮はゼシルとウォーレンが取る。あと……私は友人と親友を魔人に攻撃されて……ブチ切れてる……ごめん、さっきのは脅しじゃない」
スコルアの騎士、魔術師は本気で思った。
魔人よりタチが悪いと。




