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GRASPA  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第二章
13/21

聖女と魔人

 イリーナとシェルスが酒場で共に過ごした翌日。

スコルアから東の海岸に一人の聖女が佇んでいた。その手には黒い宝石。


「暗唱の……宝石……」


シェルスを助けに行った、あのバラス島で手に入れた魔術の触媒。

ブラグの切り札だとすぐに分かった。この石さえ無ければ、シェルスはバラス島で一年にも及ぶ拷問を受けずに済んだのだ。


「姫様……」


リュネリアにとってシェルスは我が子のように愛しい存在。イリーナの子だとは分かっていても、赤子の頃から面倒を見ていたのだ。母親としての感情が沸いてもなんら不思議では無い。

 だがリュネリアはそんな自分を罰した。イリーナを差し置いて、自分だけ母親気分で居る事が許せなかった。だからこそ今リュネリアはここに居る。自分の手を汚すなら今だと。


「姫様は……私が守る」


 元々ゼシルの弟子だったリュネリア。

暗唱の宝石がどんな物かは知っていた。ゼシル本人からも聞いた事がある。

魔術の祖である、とある魔人を封じ込めた触媒。この宝石の中には多くの魔術が眠っている。

 本来ならばマシルの幹部クラスの魔術師でなければ満足に扱う事は出来ない。

だが「破壊」という一点のみならば、魔力を注ぐだけで魔術を使用する事が出来る。


「お許しください……ゼシル様……」


 かつての師、ゼシルから聞かされた暗唱の宝石についての知識。まさかこんな形で使用する事になろうとは思ってもみなかった。リュネリアは目を瞑り宝石へと魔力を注ぎ込む。


そして願った。バラス島を消し飛ばせ、二度とシェルスがあの島に行けない様に、と。





 マシル大聖堂、その最上階でナハトは二日酔いに苦しんでいた。

昨日は調子に乗って飲み過ぎた、と今さらながらに後悔している。だがそんなナハトの元へ、ゼシルが緊迫した様子で飛び込んで来た。


「ナハト! どういう事じゃ!」


ゼシルの大声で頭に電撃を食らったかのように項垂れるナハト。

一体何事だとゼシルを睨みつけた。


「姫君をイリーナと共に助けに行ったという、このガウェインという魔術師は誰なんじゃ! マシルにはそんな魔術師は居らんぞ!」


「はぁ……? なんだ、今更……今頭が痛いんだ、後にしてくれ」


布団を被り寝ようとするナハト。ゼシルは容赦なく布団を捲りあげ、再び声を張り上げた。


「起きろ! お前は知っとるんじゃろ! このガウェインという魔術師は誰じゃ! 今どこに居る!」


「あー、もう……それは偽名だ。イリーナは盗賊を雇っただろ……そいつらに本名を知られたく無かったんだと……」


「だから……誰なんじゃ! これは!」


ナハトは渋々頭を押さえながら起き上がり、枕元に置いてあった水を飲みながら答えた。イリーナと同伴した魔術師が誰なのかを。


「誰って……リュネリアだ。言ってなかったか」


それを聞いた瞬間、ゼシルは目を見開きながら後退する。机にぶつかり、よろける体を支えながら唖然とした。


「おい、どうした。何かあったのか?」


ゼシルの様子を見て、何か異常が発生した事を理解するナハト。だがゼシルは懐から通信魔術の触媒を取り出し


「王宮にいる全聖女へ要請する! 聖女リュネリアを捕縛せよ! 今すぐにだ!」


「は? おい、何言って……」


と、その時尋常でない衝撃がスコルアを襲った。同時にとてつもない気配も。

ナハトは窓を開け放ち、東の空を確認する。大きな煙が確認できた。


「お、おい……なんだ今の……」


ゼシルは歯を食いしばり、遅かったと机へ拳を突き立てた。


「暗唱の……宝石だ!」





 スコルア東の海岸、リュネリアが暗唱の宝石を使用した。

その光景に目を疑うリュネリア。先程まで水平線に見えていたバラス島は、跡形も無く消し飛ばされていた。


「な、なんてこと……」


そこで初めて自分がした事を理解する。震えながら地面に転がる暗唱の宝石を見つめ、こんな物があってはならない、と守護霊を顕現させた。リュネリアが従える守護霊は大蛇。大地で構成されたゴーレム。


「こんな……こんな物があっては……」


そのまま守護霊で暗唱の宝石を砕こうとした瞬間、リュネリアの頭に響く声。


『どうだ、素晴らしいだろう』


「魔人……通信魔術……?」


目の前の宝石の中に封じられた魔人の声。

まさかまだ生きているのか、リュネリアは驚愕しながらも暗唱の宝石を破壊すべく守護霊をけしかける。

だが守護霊は何かに弾かれるように霧散し、リュネリアの手の甲にあった大蛇の刻印も消え失せた。


『そう急ぐな。お前の目的は……あの姫を救う事だろう。その望み、叶えてやろう』


「何を……」


地面に転がっていた暗唱の宝石は空中に浮きあがり、そのままリュネリアの胸の中へと沈んでいく。

その瞬間、胸が燃えるように熱く感じるリュネリア。魔力が体の中から溢れて来るようだった。


『さあ、始めようぞ。姫を救うためには殺さねばならない。あの一年間を作り出した者を全て殺すのだ。見捨てると判断した者、それを甘受した者、知らぬフリをして過ごしている者、全てだ』


「一体……何の話を……っく……」


激しい頭痛に襲われるリュネリア。思わず目を瞑り、再び開けると周りの光景が一変していた。

海岸では無い。まさにスコルア、王宮の中庭だった。


「リュネリア……? い、今どこから……」


中庭にはシェルスとレコスが共に訓練している。

二人は突然現れたリュネリアに驚きながら呆然としていた。


「逃げて……逃げて!」


叫ぶリュネリア。その悲痛な声を聞いて、すぐにレコスが反応する。

シェルスを抱きかかえて王宮へと走る。


「え? れ、レコス様?」


混乱するシェルス。一体何が起きているのだ、とレコスに抱きかかえられながらリュネリアを見た。

小さな黒い粒のような物がリュネリアの胸から出てきた。それがシェルスの目の前へと急接近する。


「っく……姫様!」


レコスは咄嗟にシェルスを庇うように覆いかぶさった。その瞬間炸裂する黒い粒。

まともに食らったレコスのドレスは消し飛び、同時に深手を負わせる。

背中が抉れ、地面が血で染め上げられていく。


「レコス……様?」


シェルスは手の平に何か生暖かい物が付いた、と確認する。

そこにはレコスの血で染め上げられた手。一体何が起きた、と震えながら叫ぶ事すら出来ないシェルス。

だがその光景を見て、リュネリアは悲痛な声を上げた。


「いや、やめてぇ! 違う……こんなのは違う! 私はこんな事がしたかったんじゃ……」


頭を抱えながら蹲るリュネリア。だが


『いや、お前は望んだ筈だ。この国、全ての人間への贖罪を』


違う、違う、と頭を振るリュネリア。

シェルスはレコスの体を抱きかかえ、震えながらリュネリアを見た。

リュネリアもシェルスの顔を見つめ、互いに目が合う。


「リュネリア……」


シェルスの目は、まるで怪物を見るかのような眼差しだった。

リュネリアはその視線に震えあがる。誰か、誰か自分を殺してくれと。

 

『まだ生きているな』


そしてレコスに止めを刺そうと、再び黒い粒が召喚された。

今度は先程よりも大きな闇。跡形も無く消し飛ばそうとしている。


「やめ……やめて……! 姫様! 逃げて!」


だが放たれる黒い塊。シェルスは逃げる事すら出来ない。

そのままレコスを抱きしめたまま死を覚悟した。


「リュネリアーッ!」


その時、ガラスが割れる音と共に、黒い塊を踏みつぶしながら落ちて来る魔術師が一人。

その姿にリュネリアは思わず安堵の息を漏らした。


「ナハト様……」


「貴様……!」


歯を食いしばりながら睨みつけるナハト。

だが彼女が「貴様」と呼んだのはリュネリアに対してでは無い。


リュネリアの中に潜む魔人


明確な敵を見定め、ナハトは自身の魔術を展開しながら、その魔人の名を呼ぶ。



「グラスパ……!」






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