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GRASPA  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第一章
10/21

訓練

 シェルス姫君がレコスへと剣の指南を受けたいと言いだし、リュネリアはその希望を聞き入れた。


「姫様……」


今まさにレコスとシェルス、そしてイリーナに見守るよう頼まれたナハトが中庭で剣の鍛錬に勤しんでいる。リュネリアは王宮の自分の私室からその光景を見下ろしていた。懸命にレコスの指導を受けつつ木剣で素振りをする姫。その姿を見てリュネリアは不安だった。


「もしかして……姫様は……」


あの一年間で自分以外は信じない、と悟ってしまったのでは無いか。リュネリアの心は不安と不満に侵食されていく。窓辺でカーテンを握りしめながら歯を食いしばった。


「姫様は……私の……私達の事を……信じれなくなったのですか……?」


嘆くように呟きながら自分の机に置かれた箱を見る。そこには手の平ほどの大きな宝石が黒い光を放っていた。




 シェルスと共に剣の鍛錬をするレコス。その姿はモールスの妻に見立ててもらったドレスに身を包んでいた。王族が私用で着るようなシンプルなデザイン。とても剣の鍛錬をする格好ではないが、イリーナとモールスの妻から可愛いと称賛されては着ない訳には行かなかった。

 

 鍛錬を始めて一週間、シェルスは素振りを中心に鍛錬に励んでいる。その姿は助けられた当初に比べれば、随分回復したように見えた。


「ぁ、姫様……えっと……もっと腕だけではなく体全体を使うように……」


レコスは姫へと実演を交えて指導する。ドレス姿で素振りをするレコス。シェルスはその姿を見ながら素振りを繰り返し、みるみる内に上達していく。


(すごい……面白い……教えれば教えるほど上手くなってる……)


シェルスはレコスの動きを脳裏に刻みこみ剣を振り続ける。あの魔物を一刀両断にしたレコスの姿を思い浮かべながら木剣に自分の意志を乗せて振る。次第に早くも剣は空気を揺らし始め、レコスの方にもシェルスの気迫が風となって吹いてくるようだった。


「おい、女男……」


そんなシェルスに夢中になっているレコスへと、ベンチに座る人物から声がかかった。レコスは勢いよく振り向きジェスチャーする。


(それは……! 絶対に……! 秘密ですよ!)


ベンチに座るのはナハト。幼馴染であるイリーナに見守ってくれと頼まれ、普段から暇を持て余していた彼女に断る理由など無かった。


「そろそろ姫を休ませろ。私はお茶でも取ってくる……」


「え? いや、それは僕が……」


ナハトは片手をプラプラ振りながら王宮へと消える。その姿をレコスは不満そうに見ていた。


(姫様と一緒ってだけでも緊張するのに……なんでマシルの大幹部まで……うぅ……緊張で吐きそう……)


「レコス様……?」


そんな苦悩するレコスへと声を掛けるシェルス。レコスはビクつきながら反応し、シェルスの方へと向き直った。


「は、はぃ! きゅ、休憩です!」


「ぁ、いえ……素振りはこれでいいのでしょうか……」


「ぁ、はぃ……完璧です……そろそろ軽く打ちあってみましょうか……休憩が終わったら……」


シェルスは一週間ずっと素振りを繰り返していた。レコスは姫が早々に飽きてくれる事を祈りつつ素振りを続けさせていたが、飲みこみが早いシェルスの成長ぶりに次の段階へ進みたくなった。


「はい、わかりました……」


シェルスは汗を拭きつつレコスと共にベンチへと座る。そこに心地よい風が吹いた。中庭へと透き通るように優しい風。しばらくしてお茶を持ったナハトが帰ってくる。


「お待たせしました姫様。どうぞ」


ポットから冷たい紅茶を注ぎ二人に渡すハナト。二人とも同時に頭下げ紅茶を飲み干す姿に思わずナハトは笑ってしまう。


「まるで姉妹ですね?」


思わずお茶を吹き出すレコス。ナハトは冷静に吹きだした分のお茶をレコスのカップに追加した。


「なな、なんで……そ、そんな、姉妹なんて……」


「照れるな、レコス殿。そのドレスお似合いだぞ?」


ニヤ付きながらレコスを観察するナハト。完全にレコスはハナトに遊ばれている。


「そうですね、でもそんな可愛いドレス……剣の鍛錬で着て大丈夫ですか? もし良かったら私のを御貸ししますが……」


「いや! だ、大丈夫です!」


姫君の衣服を借りて剣の鍛錬など出来る筈が無いと、レコスは慌てて首を振る。


「そういえば……今、あの方はどちらに……? 私を助けて下さった……」


「ぁ、イリーナさんですか? 今は別の隊の訓練に……」


イリーナは今サリス隊の訓練に参加している。シェルスはまだちゃんとイリーナにバラス島から救い出してくれた事について礼を言っていなかった。そして別の隊の訓練と聞いて興味をそそられる。


「なんだったら見てみますか? 連隊騎士の訓練を見学するのも鍛錬の一環でしょう。なぁ、レコス殿」


「え?! ぁ、はい、そうですね……じゃ、じゃあ……行ってみます?」


シェルスは嬉しそうに頷き、そのまま三人はサリス隊の訓練が行われているジュール大聖堂前広場へと向かった。




 サリス・ハート。十五連隊騎士団隊長の一人であり、ウォーレンの秘書も務める女性。普段から怯えた態度でメガネを直す仕草から事務的なイメージが強いが、その実力は隊長の中でも五本指に入る程だった。


「おらぁ! 何ちんたら走ってんだ! そんなんで騎士が務まるか! 一日で大陸走り切る勢いで疾走しろ!!」


今騎士達は延々と大聖堂の周りを走らされている。その騎士へと叫ぶのは何を隠そうサリスその人だった。普段の様子からは想像も出来ない程気迫の入った指導。見学に来たシェルスは思わず言葉を失う。


「ぁ、姫様は……あのサリス隊長見るのは初めてですか? あの人訓練とか戦闘になると人格変わるので……」


レコスも以前サリス隊の訓練に参加した。その折何度も吐きそうになった事を想いだす。それほどサリス隊の訓練はどの隊よりも厳しかった。だが他の隊からサリス隊の訓練に参加する騎士は多い。


「よし! 休憩!」


サリスの号令でバタバタと倒れていく騎士達。その中にイリーナとモールスの姿もあった。二人とも延々と走らされ顔を真っ青にしながら地面へと転がる。


「まったく……だらしないぞ! ザナリアを見ろ! 鎧を着たまま走ってるんだぞ!」


何故か全身に黒い甲冑を見つけたまま走っている騎士が居た。思わず首を傾げるシェルスに、レコスは解説する。


「あの人、甲冑を付けてないとマトモに人と喋れないらしくて……サリス隊の変人ランキング上位ですよ。他にも変な人沢山……まあ、一番変わってるのはサリス隊長……」


解説をするレコス。だが目の前にサリスがいつのまにか立っていた。レコスは驚きながら姿勢を正す。影口を聞かれたとビクつきながらサリス隊長へと敬礼した。


「ぁ、ど、どうも、レコスさん……それに姫様……剣の鍛錬は順調ですか……?」


だがサリスは臆病モードに切り替わっていた。その変わりようにシェルスも呆気にとられつつ頭を下げる。


「は、はぃ、レコス様のご指導で……今は素振りを中心に……」


「そ、そうですか……ですがくれぐれも……お体にはお気をつけて……」


先程まで騎士達を恫喝していた人物とは思えないほど気弱な態度で頭を下げるサリス。そのまま再び騎士達が転がっている前へと戻り


「おらぁ! いつまで寝てんだ! さっさと起きろ!」


サリスの人格が再び切り替わる。これから模擬戦が行われようとしていた。


「姫様、サリス隊の訓練に参加してくる騎士の大半の目的は……あれですよ……」


あれ、とはサリスが直々に相手を行う模擬戦。例え何人いようがサリスは一人一人の相手をしていた。他の隊の隊長と手合わせする機会など滅多にないと、イリーナとモールスもそれを目的に参加していた。


 サリスは次々と騎士を相手にし倒していく。何度倒れても立ち上がりサリスに向かう者も居れば、一撃で失神してしまう者も居た。その光景を見てシェルスはレコスへと尋ねる。


「私も……あんな風に相手にして頂けるのでしょうか……もっと強くなれば……」


「そ、そうですね……その時まで頑張りましょう……」


レコスは心の何処かで、シェルスがサリス隊の訓練を見て折れてくれると期待していた。だが結果は真逆、余計に姫へやる気を出させてしまった。


(姫様……本当に強くなりたいと思ってるんだ……なら僕も……中途半端な気持ちで相手をする訳には行かない……)


レコスはここに来てようやく観念する。今までどうすればシェルスが剣の鍛錬に飽きてくれるかと考えていた。だがシェルスの気持ちを、強くなりたいという願いを受け取ったレコス。その願いに答えねば、とレコスはシェルスに心の中で敬礼した。




 サリスとの模擬戦、ついにイリーナの番がやって来た。交代で前の相手から木剣を受け取りサリスの前で構える。


モールスとの手合わせとは違う緊張がイリーナを襲った。サリスは一歩も動かず、木剣を片手に構える。サリスは普段片手剣に盾を持っていた。今は盾など持っていないが、イリーナの視線は木剣よりも何も持っていない拳へと注がれた。サリスは盾を盾として使わない。むしろ剣が盾と言わんばかりの戦闘を普段行っている。


「どうした、イリーナ。びびってんのか?」


普段のサリスからは想像も出来ないような言葉が飛んでくる。イリーナは冷や汗を垂らしながらゆっくり間合いを詰めていく。


(警戒すべきは木剣じゃない……あの拳だ……あの一撃さえ避ければ……)


サリスの拳は木剣よりも痛い。まさに鉄拳。あれは食らって立っていられるのは常に鎧を着こんでいるザナリアだけだ。イリーナは姿勢を低くし、チャンスを窺う。その時、サリスがズレたメガネを直した。


そのスキをイリーナは逃さない。傍から見れば卑怯臭いが、そんな温い事を言っていられる相手ではない。イリーナはサリスの腹へ木剣を叩きこもうと振りかぶる。だが


「ひっかかったな、お前なら来てくれると思った……っ」


愉快だと笑うサリスにイリーナは背筋を凍らせる。メガネを直したのはクセでは無くイリーナを誘き出す為の罠、イリーナは退こうとするがもう遅い。その下顎にサリスの強烈な鉄拳が突き刺さった。



 サリスの強烈な一撃で失神してしまったイリーナ。隅に運ばれ寝かされていた。


「見事に食らったな……っ、お前」


モールスがイリーナを介抱していた。濡れた手ぬぐいをイリーナへと手渡しながら笑う。


「あの人……ガリスの百倍は強いぞ……くそ……避けるつもりだったのに……」


渡された手ぬぐいで顎を抑えるイリーナ。まだ軽く眩暈がする。


「ところで……姫様が見学に来てるぞ。お前を見て心配そうにしてたが……」


「ん? あぁ……って、レコス……本当にあれ着てるんだな……似合ってるな……」


シェルスはレコスとナハトと共に騎士の相手をするサリスに夢中になっていた。その姿を見て笑いつつも不安そうな顔を浮かべるイリーナ。


(あの子は……なんで剣の鍛錬なんか……)


そんなイリーナの元へと歩み寄る人物が一人。またしてもリュネリアだった。イリーナと同じように不安そうに姫の様子を伺っている。


「リュネリア様……? どうしました……?」


「いえ……その……」


リュネリアはモールスへと視線をずらしつつ言葉を濁す。


「ん……さぁて……じゃあ俺も……鉄拳食らってくるか」


空気を読んだモールスはその場から去っていく。リュネリアは悲しそうな表情でシェルスを見た後、イリーナへと相談があると伝えた。


「あぁ、はい……なんでしょうか」


そのままリュネリアはイリーナを人気のない場所へと連れ出した。イリーナへと自分の不安をぶつけるリュネリア。


「イリーナ様……姫様は……何をお考えなのでしょうか……いきなり剣の鍛錬をしたいなどと……」


イリーナもそれは疑問だった。だがシェルスが言いだした事なのだ、黙って見守るしかないと思っていた。


「もし……またバラス島へ行きたいと言いだしたら……私はどうすれば……」


それは無いとイリーナは首を振る。聖女を一人殺しているのだ、この期に及んでまた行きたいなどと言い出すような姫では無い。だがリュネリアはそうは思っていなかった。


「剣の鍛錬をしているのも……あの島に行くためだったら……」


「リュネリア様……落ち付いてください……あの子はただ単純に強くなりたいだけです、聖女を殺してしまった自分に……負い目を感じているんでしょう……」


リュネリアはそんな負い目など感じる必要は無い、とイリーナへと抱き付きながら涙を流した。


「また……また姫様があんな目にあったら……っ……私は……」


あの日見た光景をリュネリアを思いだす。


イリーナと共にバラス島へ姫君を助けに行ったあの日。変わり果てたシェルスを殺せと叫ぶ貴族達


その光景が頭から離れない。


リュネリアの手に宿る大蛇の守護霊は悲しそうに青く光った。


 

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