でもずっと一緒
他の連載作品に出ている先生たちと、苗字が同じキャラクターは一応同一人物です。シリーズ的に書きたいなと思って書いてみたのです。
今回の作品が、一番初めに書いたので、水野先生はまだ新人です。
クシャッ。白いラッピングぺーパーとそれを包んだセロハンが僕の左頬にたたきつけられた。青臭い匂いと同時に、青や白の花びらと鮮やかな緑の葉が床に落ちる。反射的に背けた顔を上げると、『うちの子、死んでいないのに、このようなものおくられては困ります』という叫びと、泣いているようで怒っているような表情の石井さんが立っていた。
石井さんは、まだ右手に握っていた花束に一瞬絶望の走る視線を向けて、その絶望から逃れるように、花束を床に投げ捨てると、くるりと後ろを向き、病院の玄関から走り出て行った。その後ろ姿を眺めながら、ゆっくりと現実に戻ってきた自分を感じる。
診療時間が始まったばかりの待合室には、幸いまだ誰も患者さんは待っていなかったから、僕は散らばった花びらと、葉っぱを集めゴミ箱にほってから、床に投げ出された花束をそっと拾い上げる。石井さんのミーコが亡くなったのは昨日だ。
「悲しみの第2期だね」
後ろから不意に声がかかる。抑揚が少なく、ボリュームも大きくないのに、不思議とよく通るその声の主は篠原先生。10年目のベテラン獣医師で、僕の他には院長しかいないこの動物病院では、実質僕の指導官でもある。
「ミーコちゃんに花をおくったのがいけなかったのでしょうか」
僕の病院では、亡くなった患者さんにお花をおくる習慣がある。腎臓に病気を持ちながら15歳まで頑張ったミーコちゃんは、僕が初めて看取った患者さんでもある。だから、その霊前に花をおくりたかった、その手配を昨日確かに行い、そして今朝届いたのだろう、そしてそれを石井さんは拒絶した。
「人は、強い悲しみを受けると、まず拒絶する、それは嘘だって思いたいから、その次に、なんでこんな目に合わなければいけないのだろうと、怒りが湧いてくるんだよ。石井さんは今この段階にいる。君が花をおくったことは、石井さんが否定したいミーコちゃんの死を強く決定づけることになってしまうから、それを受け入れらず、怒りが強く出てしまったんだね。亡くなったら、お花をおくるという手順をスムーズに運ぶことも大事だけど、もっと石井さんの気持ちに寄り添うべきだったんだと思うよ」
相変わらず抑揚少なく、女性にしては低目の声で朗々と説明されてみれば、確かにことをスムーズに運びすぎたのかもしれないと思い当たらなくもない。でも、それは決して事務処理的なスムーズさを求めたのではなく、長い闘病を経て、いまは安らかに眠ったミーコちゃんの傍らに、花を早く供えてあげたいという、僕なりの配慮だったのだ。そこについて反論する気持ちがもやもやと頭をもたげる。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか。
「君にも、何かしら考えがあったのかもしれないけど、結果、石井さんに拒絶された、それが答えだから」
と、反論を許さずぴしゃりというと、篠原先生は検査室の方に向かって出て行った。なびいた白衣の裾がドアから消えるのが霞んで見えて、僕は自分が泣いていたことに初めて気がついた。