三軒慎也の場合②
時病対策本部があるのは、普通の部署のように一つの部屋とか、フロアを使った部署ではなく、高層ビル丸々だったりする。
中には、特殊部隊から始まり、時使いの力によって第一部隊から第十部隊まであり、その他に一般人も勤務している、医療部、技術研究部、総務部、情報部、広報部、対策本部など様々な部署の部屋が立ち並んでいる。
時病は、発生してから特例でなければ、すぐに悪化する事はないという事と、周りに感染の恐れが無いことから、各地域に探査機はあるものの、時使いを配備している分署はない。なので、特別な事がなければ、全ての時使いはこの本部から出撃する。そのせいか、車移動は勿論、ヘリ出動という事も多々ある。
地下5階から地上10階まではそのような本部が置かれており、様々な人が働いている。そして、それより上は、全て居住区になっている。とある事情で時使いは部屋を借りる事は出来ないし、家族と住めないからだ。
食べ物屋は種類豊富であり、娯楽施設も色々とある。24時間経営のコンビニも完備済みだ。部屋にバスルームもあるが、大体の人は最上階にある展望大浴場を使う。そんな報道を時たまテレビでされるせいか、時使いになりたいという人もちらほらいるとか、いないとか。
そんなレストラン階の一角にある、居酒屋「夢現」そこに私服姿の慎也と絆輝はいた。
「隊長。今日もお疲れ様です」
「オフの時に隊長も敬語もやめてっていったでしょ?」
「あ……すみません。絆輝さん」
「敬語は相変わらずか」
「絆輝さんが俺より一つ下って言ったって、力も任務年数も叶いませんから」
「それを言ったら、俺は諜報力じゃ慎也さんに敵わないよ」
「俺のこれはただの特技ですから」
時使いの力のみで言えば8か9部隊に配属される位の力しかない慎也が、第一という最前線に立っているのは、その逸脱した探索力のお陰だろう。
時病に掛かった患者を救うにしても、時喰いが巣としている記憶が見つからなければ、時使いは対処できない。それを特定するのが、慎也のような諜報に秀でた隊員達だ。彼等は、様々な観点から患者の過去や起こりうる未来を洗い出し、ピンポイントで見つけ出す。言ってしまえば簡単かも知れないが、一人と言ってもその人の何十年分の記憶、全てに目を通し、その中から時喰いの存在を見つけ出すのは容易では無い。それは、床1面に散らかった米粒の中から、1粒だけある無洗米の米粒を見つけ出せと言われている程、かなり無謀な事だ。
本来なら、人工知能を搭載した最新発見機でさがすのだが、探し出すまでに早くて3日。下手すると数週間かかることもある。それを、慎也はどんなに遅くても、数時間で原因の記憶を叩き出すのだ。彼曰く、探すのが得意らしいが、この能力は上でも高く評価されており、失うわけにはいかないと彼はよほどの緊急事態でなければ、時喰い排除に出向かなくていい事になっている。
「まぁ、それもあいつの教育には、全く使えませんでしたが」
「黄花さんは、多分別の意味で特殊なんだと思う」
「え?」
どういう事なのだろう? 首を傾げる慎也の前でビールを飲み干した絆輝は、数秒黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「彼女は、数週間前に突如現れていた、謎の時使い本人らしい」
「あの、最近の時病患者の記憶に現れては、俺達よりも先に時喰いを退治してたっていう、2丁拳銃使いですか?」
「そうそう。最初は倒したらさっさといなくなっちゃったらしいんだけど、とある隊員がユズ……あ。譲葉の事。の名前を出したから引っ付いて来たらしい」
「なんですかそれ」
「上の話だと、彼女は時喰いを退治し続ければ譲葉に会えると言われたらしいけど、あまりに突拍子のない単語しか言わないから、誰にそれを言われたのかとかはさっぱり分からないらしい」
「へぇ。けど、あいつ大剣持ってませんでした?」
「拳銃は今壊れちゃったらしくて、技術部が直してる途中。あれは勝手に持ち出したものらしいよ」
「なるほど」
やけに振りかぶってる時に、ふらついているなと思ったらその為か。それは、拳銃も拳銃でそこそこ重いが、それを2つ合わせても足りないくらいの重量を誇る大剣を持った初っ端から、しかも女子が普通に振り回していたら、そっちの方が恐ろしく感じる。
「まぁ、色々と世間に疎いみたいだけど、大目に見てやって。俺もサポートするから」
「ありがとうございます。他の人は遠目に見てるだけだったので」
「まぁ、時使いは友好的な人の方が少ないからね。慎也さんじゃなくて萌華だったら、もっと大変だったろうし」
「あー」
慎也は、自分の教育係をやってくれた清水萌華を思い出し、若干頬を引き攣らせた。萌華は、腕は軍を抜いてピカイチだったが、殆ど喋らないというより、言わないと言えないことすら端折る性格だったため、入りたての時代の慎也は、それはもう苦労した。幸い、絆輝が色々と教えてくれたから、なんとかなったが、絆輝まで放置プレイだったら、未だに慎也は現場に行けるだけの知識を持ち合わせていなかっただろう。そんな萌華も、慎也が2年目になるのを堺に特殊部隊へと昇進し、今はビショップの地位にいる。
「清水先輩は、俺の時使いの能力が低いのに、第一部隊というのを不服に思ってましたし」
「それだけ、慎也さんが真っ当な人生を歩んで来たってことじゃない」
「そう、なんですけど」
「そもそも、この時使いの力の差は、努力云々で埋められるものじゃないし。部隊としては、強ければ強いほど助かるけど、俺個人としては、弱ければ弱い程いいと思ってる」
「……」
「だって、あればあるほど強いなんて、おかしいもの」
「……」
慎也もそれは思っていた。人を救う力を求めるには、あまりにも代償の大きい。きっと、自分には想像のできない苦痛に、毎日苦しめられてるのだろう。
「……実は俺、時使いにならなくても、ここへの就職決まってたんです」
「そうなの?」
「はい。あの日、俺はここの会社に向かう途中、電車脱線事故に巻き込まれました」
ぎゅっと慎也は、ジョッキを持っている手に力を込めた。ぐちゃぐちゃになった死体。天井から滴り落ちてくる血。助けてとか細く聞こえる声。本当に地獄だった。未だに、赤い液体を見ると気持ち悪くなるのは、そのせいだったりする。お陰で、大好きだったトマトジュースが飲めなくなってしまった。
絆輝も覚えがあったのか、なんとも言えない表情を浮かべている。
「あれは、確か」
「はい。運転手が時病にかかったのが原因です」
「あの時点で運転手は、電車の操作の仕方の記憶を殆ど時喰いに食われていた。けれど、プライドから操作しての事故。時病関連だからと俺達も出動したけど、あれは酷かった」
「実際俺も、辛うじて息をしているような状態でした。けど、その時、時喰いが俺の中に入り込んできていったんです。生きたいなら、俺と契約しろって」
「それで、時使いに」
「はい。色々と辛いことはありますが、契約した事は後悔してません」
色々とあった。言葉で言い表せないほど、本当に色々と。それでも、ここで生きてる事や、絆輝の下で時病の患者を救える事に慎也は誇りを持っているし、退屈な毎日よりは余程充実している。
「だから、時使いとして、先輩として、黄花を少しでもきちんとした時使いに出来るよう、頑張りたいと思います」
「うん。頼りにしてるよ、慎也は第一部隊の頭脳なんだから」
「頭脳なんて大袈裟な」
「本当、皆慎也を頼りにしてるんだから。……明日、君の机を見てみな」
「え?」
「面白い事になってるだろうから」
「はぁ」
どういう事だ? とその時は首をかしげた慎也だったが、次の日それはすぐに判明する。
「これは……」
慎也の机に置かれていたもの。それは、細かくアドバイスの書かれた新人の研修プログラムやがんばれよと応援メッセージ付きの差し入れだった。昨日蛍のせいで手が回らなかったせいで山になってた書類は、やっておいたぜのメモ書きを残して机の上から消えていた。
「っ……!」
目頭が熱くなるのを感じて、思わず腕で目を擦る。皆、遠巻きに見ているだけと思っていたら、こんな、陰ながら助けていてくれたなんて……。慎也の心は感謝や申し訳なさでいっぱいになっていた。
「俺は、黄花の教育係頑張らないと……!」
皆、助けてくれてるんだ。応援してくれてるんだ。それに応えずしてどうする。
「黄花蛍出勤しましたです!」
「遅いぞ黄花! 今から昨日教えられなかったこと教えてやるから、こっち来い!」
「話を聞くだけは眠くなるです……」
「なら、模擬訓練付きでやるか?」
「ホントですか!?」
「但し、全部倒せなかったか、訓練後の試験で合格点取れなかったら、座学のみだからな。その時は叩いてでも寝てたら起こすからな」
「合点承知之助です!」
訓練訓練と音符が付きそうな勢いで訓練場に向かう蛍に、慎也は苦笑を浮かべつつ、後を追うのであった。




