プロローグ
少女は、細腕に似合わないような大剣を手にし、切り先を目の前の男に向けた。
その赤い瞳は、可愛らしい顔に似つかないような、憎悪の炎を燃やしてーー。
「お前が譲葉愛無」
「そう、だけど」
どう考えても異様な光景。なのに、彼女に大剣を突き付けられた男は、何故かとても綺麗な景色のように感じていた。だが、そんな突拍子のない感想など、彼以外は持ち合わせないわけで……。少女は剣をそのまま、ドスの効いた声を綺麗な口から吐き出した。
「許さない……兄者の敵!!!!」
「うわ!」
振り下ろされた剣を寸でのところで避ける。空を切り、コンクリートの床に大きくめり込んだ大剣を見て、少々愛無は肝を冷やした。が、当たらなければ意味は無い。それに、今気づいたが、少女はまだ大剣を上手く使いこなせないらしい。持ち上げる時に多少ふらついてるのが、いい証拠だろう。
この子はなんだ。そして、何故この建物に部外者がいるんだ。普通の人ならいの一番に出てきそうな質問がやっと出てきた愛無は、未だに剣をぶんぶん振り回してくる彼女の攻撃をかわしつつ、叫んだ。
「あのさ! ここ部外者以外立ち入り禁止なんだけど!」
「知るか!」
「早く外でないと警備の人にぽいってされちゃうよ!」
「まさか、私もゴミのように切り捨てるのか!?」
「なんのこと!?」
そんな会話の間も攻防を繰り返しているのだがら、ある意味この2人はすごい。なんだなんだと集まる人々の中で、罵声を張り上げる者が1人。
「黄花蛍!! 貴様ぁ、譲葉様になにやってるんだ!!」
「あだぁ!」
すごい勢いで飛んできたファインダーは、見事蛍の頭に命中。ばっしーーん!! と心地よい音が響く中、輪を押しのけやってきたのは、人事部部長の榊鋼太郎だ。いつもは澄ました顔をして、クールだと女性からはもっぱら人気な彼。だが今日は、よっぽど怒っているのか、額には青筋が浮かんで、鬼のような形相になっている。
「なにって、兄者の敵に報復するです!」
「なぁにが兄者の敵だ! 今その武器を向けてる人を誰と心得てる!」
「兄者の敵」
「じゃぁない! その方は、時病対策本部特別隊チェストの隊長であり、キングの譲葉様だ! 貴様みたいなひよっこ見習いにとって雲の上のお方だ!!!!」
「誰であろうと、兄者の敵である事には変わりないです!」
「おまぁえには変わらなくても、俺には変わるんだよ!!!! 良いから来い新人」
「いーやーだーでーすー!あの日から、 譲葉愛無を殺すのが私の存在意味なのです! それを達成出来そうなのに……」
「だぁれがさせるか! それに譲葉様は忙しいんだお前みたいなのに付き合ってる暇はない!!」
「はーなーしーてー!」
「はぁなぁすかぁ!!」
再びバチン! と殴られた蛍は、そのまま鋼太郎の手によって連れ去られて行った。まるで、竜巻のような出来事だ。それを記すかのように、集まった野次馬を含め、愛無までもがぽかんと2人が消えてく方向を見てしまった。
「な、なんだったんだ今の」
「確か、今日入った時使い。名前は黄花蛍」
「ふーん。……って、ルークどこいってたの。あの子出てくるまで俺の横いたよね?」
「キングが楽しそうにしてたので、ちょっと野次馬に混じってた」
「あれのどこが楽しそうに見えたの」
「どうどう」
「俺は馬じゃないんだけど」
しかも、無表情でどうどう言われても、ちっと落ち着けないんだが。そう心の中で愛無は呟いたが、ルークが普段は無表情なのはいつもの事なのであまり気に止めなかった。
ばらばらと野次馬が散ってく中、思い出した事があったのか、これまた無表情のままルークはぽんと手を叩いた。これは、何か思い出した時の合図だったりする。
「そうだ。あの子、面白い時使いだったはず」
「面白い?」
「どうやら、あの子、特殊耐らしい」
愛無は目を見開いた。特殊耐。それは、時喰いの干渉を受けないとされる、特別な耐性を持つものの事だ。未だその姿は発見されていないとされていたが、まさかこの国で見つかるとは思ってもみなかった。
「これで、時病にかかるリスクを軽減するワクチンが開発とかになったら良いな」
「そしたら、俺達時使いの仕事がなくなる」
「いいじゃないか。それは平和に繋がるんだから」
時病は、徐々に記憶を失っていく病気だ。これだけ聞くと、良くテレビなどで報道されているアルツハイマー病のようだが、似ているようで否なるものだ。
アルツハイマー病は、本人の記憶が消えてく。だが、時病は本人だけではなく、周りの人からも病にかかった人の記憶が消えていってしまうのだ。そして、最終的には、まるでそこに最初から誰もいなかったかのように消えていってしまうのだ。
時病の原因。それは、時喰いと言われる謎の生物がその人の記憶に住み着き、餌として記憶を蝕むせいだ。これは、普通の医者に治す事も、進行を抑えることも出来ない。時喰いを滅し、時病を治す事が出来るのは、愛無他時使いのみ。
彼らの殆どはは、政府が特別に設置した時病対策部に名を連ねており、常に時喰いと戦っているのだ。
「まさか、俺以外にタイムリープ以外の能力に目覚めるものが出るなんて」
「確に、時部に所属してる人、キング以外、過去か未来の記憶の行き来しかできない」
「そうなんだよね」
「……俺、キングの能力好きだよ」
「ありがとう」
ぽんぽんと愛無が軽く茶髪を撫でると、はにかむ様に笑うルーク。そんな彼が尻尾を振っている大型犬のように見えるのは、多分気のせいではないだろう。
「それじゃ、行こっか」
「うん」
特別な力を持っていても、見習いなら早々会うことはないだろう。ならば、あんな奇襲をかけられることも、もう無いはず。その事には少しホッとした愛無だが、蛍の言葉には少し気になる事があった。
「兄者の敵、ね」
何を今更。自分はこれまでに、かなりの人を手に掛けてきた。その者の兄弟に恨まれていてもおかしくない。いや、今まで現れなかった方がおかしかったのだ。
「これも運命、か」
これから大変そうだ。飴を転がすように口の中で言い、愛無は溜息を吐き出したのであった。




