夜の町で5
「う……お?」
胸に突き刺さった矢を男は信じられないものを見るような目で見ながら、ヨロヨロと後ろへ下がっていく。
自然とエリーゼも男の足の下から逃れ、よろよろと立ち上がってカナメと男の間の射線上から逃れる。
それが「カナメの邪魔をしない」為の行動であるのは明白で……だからこそカナメは再度逃れ得ぬ風の矢を弓へと番え放つ。
「お、おおおおおおおおおおおおお!!」
放たれた逃れ得ぬ風の矢を男は叩き切るべく剣を振るい……しかし、その剣先が当たる直前で逃れ得ぬ風の矢はするりと軌道を変える。
だが、男は更にそれに対応し剣を振るう。
「ざっけんなあ!」
矢が避ける。その理不尽な現象を「そういうもの」と理解した上で対応した男の剣の腕は、間違いなく一流。
だが……逃れ得ぬ風の矢はその男の剣を更に避けて男の腕に突き刺さる。
「矢作成・逃れ得ぬ風の矢」
カナメの手には、再び半透明の矢。
それを憎々しげに睨み付けると、男は叫ぶ。
「オイイイイ! この卑怯者があ! んだこのクソ矢ァ! 大体その弓、どっから出しやがった!」
「……」
カナメは答えずに再び矢を放つ。放たれた矢は今度は男の肩に刺さり、男は怒りに満ちた絶叫の声を上げる。
この矢では倒しきれない。それはカナメにも充分に分かっている。
カナメが今効果を理解している中で目の前の男を倒せる矢があるとすれば、それは二つ。
すなわち叩き砕く岩の矢と弓神の矢。
弓神の矢は問題外だ。男どころか、町の一部を消し飛ばしてしまう。
叩き砕く岩の矢は……材料の問題がある。
流石に男から目を離している隙があるとはカナメは思っていない。
距離を詰められたら男は間違いなく剣で襲ってくるだろうし……この状況になっても魔法を使う様子もなく剣を握っているのがその証拠だ。
剣の距離に詰めれば勝てると考えているのだろう、その瞳は怒りに燃え勝利を全く諦めていない。
……となると、カナメが勝つ為にはまだ試したことのない「風」の矢か……あるいは。
「避けらんねえ、だが威力はそこまでじゃねえ……ならっ!」
だが、同時に男もカナメへの対応を決め正面から突っ込んでくる。
あの勢いではおそらく逃れ得ぬ風の矢では止まらない。
ならばとカナメは矢作成と唱えかけ……しかし、そこで男が蹴り飛ばした瓦礫に気付く。
明らかな詠唱妨害。まともに受ければ吹っ飛ぶし、避けても体制が崩れ男の接近を許してしまう。
いや、この瞬間にも。
だから。カナメは……飛んでくる瓦礫に、正面から手を伸ばす。
「矢作成……ッ!」
手の平が瓦礫に触れる、その瞬間。
カナメの手から伸びた魔力が、瓦礫を捕え「材料」として分解する。
「叩き砕く岩の矢!!」
「違う矢……だが遅ェッ!」
男はすでにカナメに剣を届かせる直前まで接近している。
だが、カナメの弓も矢も……見た目通りの武器ではない。
番え、引き、放つ。そうした工程を辿り放つ魔法。
それさえ成っていれば、ありえない姿勢であろうと力加減であろうと矢は飛翔する。
だからこそ、男の剣が振り下ろされるその瞬間にカナメの矢もまた放たれる。
振り下ろされた剣は間違いなく必殺。だがカナメの叩き砕く岩の矢はそれが必殺となる前に剣を粉々に砕き……その衝撃で、男は腕を本来は曲がらない方向に曲げながら背後へ転がっていく。
「ごっ……ぐあ……ははっ、ははは! ウッソだろ、ダグマ鋼の剣が砕けたぞ。一番信じられねえのは、今ので死んでねえ! はは……は……」
だらりと動かない腕を庇いながら男はよろよろと立ち上がり、カナメを感情のない目で睨み付ける。
「……情けでもかけたつもりか。それとも二本足は殺せないチキンかテメエ」
「どっちでもない。今のは、さっきの矢よりも少し不便なんだ」
だが、次はない。今度は、確実に殺す。
そうしなければ殺されると分かっているから、必ず仕留める。
カナメは弓を構え、男へと向ける。
「クレス……」
「そこまでよ」
矢作成、と。そう唱えようとしたカナメの耳に、そんな言葉が届く。
男から狙いを離さないようにカナメは周囲を視線だけで探り……それを見た。
「む……うっ」
そこに居たのは、口を塞がれているエリーゼと……エリーゼの口を塞ぎ、喉元に短剣を突き付けている背の高い女。
緑色の肌と長い耳を見るに、どんな相手であるかは想像するまでもない。
「アロゼムテトゥラ……お前、見てやがったのか」
「あら。余計な邪魔が入らないように風で音を消していたっていうのに、随分な言い草じゃないの」
アロゼムテトゥラと呼ばれた女はそう言ってクスクスと笑いながらカナメへと視線を向ける。
成程、あれだけやっても自警団が飛んでこなかったのはどうやらこの女が原因であったらしいが……今のカナメにとって問題なのは、エリーゼが捕えられている事。
ならば、逃れ得ぬ風の矢で女の腕を狙って……と考えるカナメにしかし、女は男と似たようなニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「ダメよ、坊や。さっきの不気味な風の矢を使ったら、この子の喉にサクッとナイフが刺さるわよ?」
「……っ」
「趣味悪ィぞ、アロゼムテトゥラ」
「なに言ってるのよ、クラートテルラン。この子を使えばもっと簡単に勝てたでしょうに」
男は……クラートテルランは趣味じゃあねえ、と吐き捨てて。しかしだからといってアロゼムテトゥラを止めるわけでもない。
自分のやり方で失敗したのは確かだし、趣味じゃないからと止める理由などない。
少しばかりの執着も、目的の前では無意味だ。
「しまらねえ最後だ」
そう言ってクラートテルランはカナメ達に背を向け歩き出し……「その気配」に気付き振り返る。
「まずは、その弓を捨てなさい。妙な動きをしたら、この子を殺すわ。でも、そうね……貴方が死ぬならこの子は」
「申し訳ありませんが」
アロゼムテトゥラの眼前に立っていたのは、やわらかい笑みを浮かべる執事服の男。
その手にはエリーゼに突き付けられていたはずの短剣があり……その事実が理解できずアロゼムテトゥラは思わずエリーゼを抱えていた手が緩む。
そのチャンスを逃すまいとばかりにエリーゼはしゃがみ込むようにしてアロゼムテトゥラの腕から逃れて。
「却下します」
執事服の男……ハインツの拳が、躊躇なくアロゼムテトゥラの顔面へと叩き込まれた。




