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異空のレクスオール  作者: 天野ハザマ
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SS「ルウネとちょっと過去の話」

 太くゆるく編んだ紫の髪と、眠そうな紫色の瞳。

 どことなくぼーっとした印象のある少女の名前は、ルウネ。

 ルシュヴァルト聖国の、どちらかというと中心部近く。

 天秤の神ヴェラールの神殿の近くに存在する茶屋「流れる棒切れ亭」の看板娘だ。

 祖父はダルキン。好々爺といった風ではあるが、怒らせると世界一怖い「ブレードキラー」の異名を持つ男である。

 すっかり落ち着いたように見えるが「かわいい孫娘」が祖父の棒術の鍛錬を真似しているのを見ると、何処からか世界樹の枝を削って作った専用の棒を調達してきてしまう程である。

 当時はルウネも気にせず喜んだのだが、今となっては何処から調達してきたのか聞くのが物凄く怖い。


「ルウネ。ちょっとセラトのところまで茶葉を届けてやってくれんか?」

「はいです、お爺ちゃん」


 ダルキンから茶葉の入った袋を受け取り、ルウネは店を出る。

「カッコイイお爺ちゃん」を目指してメイドナイトの修行をしたこともあったが、いざ修了の時が近づくと、何処から聞きつけたのか店の周りに怪しげな男達がウロつくようになった。

 そのほとんどはダルキンが再起不能にしたせいで、最近はそういう連中もいなくなったのだが……。


「ちょっといいかね、君」


 そんな声がルウネにかけられたのは、ヴェラール神殿に辿り着く直前。

 見上げれば、そこには何やら神経質そうな男の姿。

 仕立ての良い服を着てはいるが、恐らくは何処かの従者の……それも下っ端だろうとルウネは判断する。

 

「なんですか。忙しいです」

「君は……確かメイドナイト候補生のルウネ、という子だろう?」

「名乗らない人は、危ない人です」


 そう言ってルウネが身を翻すと、その肩を男はしっかりと掴む。


「そ、そう言わず! 話だけでも聞いてくれないか」

「ヤです」


 肩を掴む手をアッサリと外すと、ルウネは足を早め走り抜ける。


「あ、ちょっと待ちたまえ!」

「ヤです」

「君にも凄く良い話なんだぞ!」


 追いすがる男を置き去りにし、ルウネはヴェラール神殿の中に駆け込む。

 すると、すでに顔見知りの神官騎士が「お、ルウネちゃん」と笑顔で声をかけてくる。


「一応聞くけど、ありゃ知り合いじゃないよな?」

「不審者です」

「分かった。コラ、そこの不審者! そこ動くなっ!」


 笑顔から一転し、神官騎士は神殿の前で悔しそうにしていた男を追いかける。


「ひ、ひ……待て! 私を何方の遣いだと」

「伯爵だろうと公爵だろうと、この聖国で……しかも天秤の神たるヴェラールのお膝元で犯罪が許されると思うなよ!」


 取り押さえられた男が神官騎士にまだ何かを叫んでいたが、聖騎士団へ引き渡されるのであろう男の声は段々と遠ざかっていく。

 恐らくはあの男も、近日中には聖国から追放処分となるだろう。

 何処の貴族の遣いかは知らないが、それに例外はない。


「お、ルウネちゃん」

「今日はお使いかい?」

「配達です」


 すっかり顔パスになっているヴェラール神殿の奥へと進めば、そこには修行中のメイドナイトやバトラーナイトの姿もある。

 此処にいるということは見込みがあるということで、やがては彼等も一人前として巣立っていくのだろう。

 ルウネより年下もいれば、年上もいる。この辺りはまあ、年齢は関係ないからどうでもいいことだ。

 その全てがルウネにチラチラと視線を向けているが……これは、ルウネがすっかり有名人であるからだ。

 一発でメイドナイトの認定試験を突破しておきながら、未だに正式なメイドナイトとなっていない変人。

 まあ、一言で言えばそんな評価なのだが。


「気にすることはない。君の事情は私がよく知っている」


 茶葉の届け先であるセラト……このヴェラール神殿の神官長でありメイドナイトやバトラーナイトの最終認定者、そしてダルキンの茶飲み友達の男は届けられた茶葉の袋を棚に仕舞いながら、そんな事を言う。


「君はこの辺りでは有名だからな。メイドナイトになったと知れれば、ダルキンにどれだけ部下をボコボコにされても君に接触したがる者は多かろう。下手をすれば脅迫や誘拐騒ぎにも発展する。なにしろ君は……」

「最強のバトラーナイト、ダルキンの孫娘、ですか」

「そうだ。如何にブレードキラーの異名を隠そうとも、そちらについては隠しようもない。少し調べれば分かってしまうからな」


 そう、ダルキンは最強のバトラーナイトと呼ばれる男でもある。

 一度として主君を持った事はなく、脅迫しようとした者も全殺しに近い半殺し。

 ……だが、その孫娘がメイドナイトになったら?

 孫娘を手に入れる事が「最強」の祖父を召し抱える道に繋がるかもしれない。

 そんな目で見てくる連中の多さに、ルウネはメイドナイトになる直前で「そうなる」のをやめた。

 ギラギラとした目に嫌気が差したのだ。

 親身なフリをする者、博愛主義者を装う者。

 どいつもこいつも、目を見れば欲望が透けて見えた。

 例外は、このセラトやダルキンくらいのものだ。

 

「まあ、いつか君が仕えたいと思う者にも出会うだろう」

「それは、神様の教えか何かです?」


 問うルウネに、セラトは「いいや」と答える。


「単なる気休めだ。だが、そう思えば幾らか救いもあるというものだ」


 気休め。

 なるほど、と思う。

 ルウネの求めるような「主人」は、この先も現れないのかもしれない。

 けれど、そう思うよりは「いつか出会う」と考えた方が……確かに、救いはある。

 まあ、その先に本当に救いがあるのかは……今は、分からないけども。

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